SCAT/くちずさむねこ(2007)

 

パーンの迷宮補完計画

…または『フランコはフランケンシュタインの夢を観たか?』。
ここでは『パンズ・ラビリンス』を読み解く上で役立つキーワードや注目シーンを列記して行きます。
この記事は今週中、随時更新とします(明日は早出なのだ (^^;)。

前の記事に書いた通り、この映画は矛盾する(またはダブルミーニングの)記号を平然と使っているので、正解はないと思った方がいい。文字通り論理の迷宮であって、その複雑怪奇なマンダラを楽しむのが正しい鑑賞方法なんじゃないかと思います。

まず、本作の大きく目立ってる記号に、「男」と「女」があるっすね。
・配給食糧を入れてある倉庫には錠がかけられてて、鍵を持ってるのは大尉のみ。鍵と錠は男女の暗喩なので、「実は鍵はいっぱいあって、レジスタンスに配給品が渡ってました」ってのは、いろいろ裏読みする余地が大きいです。
・家の外、家の中。男性の世界と女性の世界。この区分けで見て行くと、大尉の統治が自宅ではおろそかになっているのが見えてくる。女性世界には女性世界の掟があり、その論理で思考すれば、全てを統治できるはずのファシズム/恐怖政治も穴が多い。現代ではその論理を「ファンタジー」と言うわけだが、近世までの欧州では普通に「魔術」だった。母から娘へ伝えられたこの日陰の掟は、家の中を暗然と統治している。兎狩の親子が持っていた本も注目ですな。この村自体にも、古くから魔術が浸透しています。
・ヴィダル大尉の、息子への執着。オフィーリアの、母への愛。父系と母系が、家族をタテ割にキッパリと切り離している。ぶっちゃけ、この父と娘はフランコ体制=ファシズムの両側面(でもある)と思ってますが、心情が重なる瞬間は全くなかった。最初の方で、「そっちの手で握手をしろや」という大尉の言葉は、魔術と縁を切るように示唆する、象徴的な警告になっています。両者は「軍事」「幻想」という、異なる技能のプロフェッショナルなんですな。

魔術&民間信仰関連。
・最強の媚薬として有名なマンドラゴラですが、魔女が望まない子供を堕胎するのにも使われた。このあたりは「誕生」「殺し」と、逆の意味が重なり合っていて、いかにもこの映画らしい使われ方。ただ、こいつを手に持ってドアを開けるとどんなドアでも相手しまう…という伝承もあって(故に「盗賊のお守り」という別名もある)、「あれ、チョークいらないんじゃない?」とか思ったりもしました。監督がどこまで考慮してるかは不明ですね、このへん。
・パーンは戦争の神として有名です。だもんで、彼が使えている王国なんてファシズムばりんばりんの軍事国家に決まってる。このあたりは中盤、主人公の運命を心配する観客に緊張感を与えてくれます。
・王国の意味は「非キリスト教的な天国」というのが表面的なイメージだが、王国=国連の比喩も忘れちゃならん思う。これが観客のいる現代と&イラク戦争に照射されると、イメージが大爆発を起こして脳が弾けます。古代末期のスペインはイスラムの勢力圏に飲まれちゃってますから(そこでレコンキスタが起こる)、表面的には「イスラムを排斥する事で王国復興」と受け取れる。だが物語では代わりに主人公が犠牲になる事で王国に入れるようになる。主人公が弟を愛していたか、憎んでいたか…どちらの側面もエピソードがあるので、簡単には答えが出ません。監督のメッセージとしては、ここを読み解くのは重要なんでしょうけどね…オイラもスペイン人じゃないし〜。

人物名
人名はさらに節操がなくて、
・主人公=オフィーリア(まあ狂ってると言えなくもないが…)
・母=カルメン(性格が真逆だろ)
・父=ヴィダル(魔術用語では「生命の活力」。転じてビタミンの語源になった。だが軍事用語にも「エラン・ヴィタール」というのがあるので、両義的ですな)
みんな、表面的には受け取れない、記号的な名前がつけられてます。レジスタンスの下女メルセデスにも何か意味がありそう。ベンツしか思い浮かばないけど。

ビアスの引用!
Yahoo 映画でお気に入りに入れてるレビュアーさんが、冒頭の逆回転映像を指して「A.ビアスの『アウルクリーク橋の一件』パターン」と喝破していた。言われてなるほど、確かにビアスパターンだ。
つまり、ファシズムが云々、レジスタンスが云々言う前に、それ自体全部が「死に際の夢」として構成されている。アウルクリークもいいが、『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』と比較したくなってきた(6月に二束三文で売ったけどな)。
この仕掛けは、サスガにもう一度見ないと構造が把握できないなあ…。

未解決問題。
・第2の試練で「食べ物を食べちゃダメだぜ」と釘をさされていたにもかかわらず、ブドウをつまんじゃって自らピンチを招く主人公。彼女は明かに空腹ではないし、それほど果物を食べたいと思っているなら、事前にそういうエピソードが入っていたはずだ。代わりに彼女は、禁を冒す前に逡巡する。それなりのカット数で、何度もブドウとオフェリアがカットバックされる。一体どんな想いでブドウヘ手を伸ばしたのか…これだけはまだ全く理解できないでいます。
・本作最大のショックシーンである、「悪魔の口」を縫うヴィダル。このシーンの特殊メイクとCGワークの融合が、アカデミーの撮影・美術・メイクアップ賞を取った決定打だったようだ。だが、普通なら口が切り裂かれる/裂かれたままの口で指示を出す、そういうシーンをじっくりと描写するはずで、そういう部分は完全に飛ばしたのが、気にかかっている。おそらく前半にあるヴィダルのヒゲ剃りシーンと対応関係にあるんだろうが、そもそも一体何の目的で両シーンを対比しているのかが不明。もちろん特撮シーンとしては画期的なほど(グロくて)凄いんだが、賞狙いでわざわざ入れたシーンとは思いたくないな。

…だいたいこんなとこかな…。


補足(というか歴史考証的なツッコミ)。

・Wikipedia の「抗菌材の年表」によると、最初の抗生物質が市場に出回ったのが 1939 年。一世を風靡したペニシリン系抗生物質の市場投下が 1942 年。内戦の激しかったスペインで、しかも山奥の村医が入手可能だったかと言えば微妙だ。逆に、仮にあのアンプルはレジスタンスが入手して村医に渡す手はずのモノだったとすると、レジスタンスは連合軍との接触ルートを持っていなくてはならない。そういうルートはないのが、作品中で何度も描かれている。ここは、シナリオのちょっとした考証ミスと考えておくべきかな。デル・トロ監督のために抗弁しておくと、抗生物質は英語では「antibiotics」つまり反生命であって、ヴィダルから見ると共産主義の記号として作用しているはずだ。
2007-10-15 23:15:36 | 実写作品 | コメント(0) | トラックバック(3)
パンの迷宮を抜け出す鍵の名は心。 『Pan's Labyrinth』 『パンズ・ラビリンス』 ウィキペディア(Wikipedia) スペイン内戦で父親を亡くした少女オフェリアは、 妊娠中の母親と共に母親の再婚相手であるヴィダル大尉
受信日時:2007-10-25 11:18:32 
映画「パンズ・ラビリンス」(茸茶の想い ∞ ~祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり~)
原題:Pan's Labyrinth この映画での"PG-12"の意味は、成人保護者同伴で小学生を映画館に連れて行って、是非観せてあげてくださいという意味に違いない・・教育指導的お伽噺・・ オフェリア(イバナ・バケロ)は、身重の母カルメン(アリアドナ・ヒル)に連れられ
受信日時:2007-10-29 01:08:20 
カテゴリに入れるならホラー、しかしホラーでない? ダーク・ファンタジーと銘打たれた「パンズ・ラビリンス」作品概要については公式及びwikiを参照してください。多くの賞を取ってい...
受信日時:2007-12-18 17:59:19