23.《ネタバレ》 病院の定期検診にて健康のお墨付きを貰い、その祝いとばかりに贅沢をして「ロースハム」「アボカド」「鰻」を食す。
主人公の父親は、そんな幸せな瞬間を味わった後に最期を迎えた訳で、この導入部からして、何だか本作の内容が窺えるような気がしましたね。
確かに怖いものやら悲しいものやら色々と含まれているのだけど、根本的には「楽しい」「面白い」「幸せ」といった、前向きな要素の数々で構成されている感じ。
それにしてもまぁ、主人公が不倫相手の女性と、互いに喪服のまま性行為に耽るシーンには、度胆を抜かれました。
妻役が宮本信子である点も含めて、この主人公は明らかに監督の伊丹十三そのものだろうに「えっ? そんな事しちゃって大丈夫なの?」と、観ているコチラがドキドキしてしまったくらい。
勿論、やっている事は単なる不貞行為なのだから、嫌悪感を抱いていてもおかしくないシーンだったのですが、衝撃が大きかったゆえか、余り拒否反応は出て来なくて、不思議な感覚でしたね。
下品かつ失礼な表現で申し訳ないのですが「女優さんのお尻、あんまり綺麗じゃないなぁ……」という考えが、薄ぼんやりと浮かんできて、その後は気が付けば画面に釘付けになっていました。
夫の不倫なんて全部承知の上よと言わんばかりの表情で、妻が丸太式のブランコを漕いでいる姿なんかも、実に印象深い。
何やら恐ろしげな演出だったのですが、何となく自分には「夫の情けない行いを止める事が出来ない女の弱さ、滑稽さ」のようなものを感じてしまい、怖い顔をしているはずの彼女が、哀れに思えたりもしましたね。
そんな場面を経ているにも拘らず、終盤にて「大丈夫よ、貴方」「貴方、何時だって上手くいくんだから」と夫を励ましてくれたりもするのだから(良い嫁さんだなぁ)と、しみじみ感心。
ここの台詞は「初監督作品」への不安を抱えた伊丹監督自身に対しての言葉でもあるのでしょうね。
不倫問題が悲劇的な結末に繋がらなかった事にはホッとする一方で、放ったらかしな扱いには、居心地の悪さも覚えたのですが、きっとこのシーンにおける妻の優しい態度こそが「それでも貴方を愛して、夫婦として支え続けてあげる」というメッセージ、彼女なりの「許し」の証なのでは……と、推測する次第。
ちょっと男にとって都合が良過ぎる考えですが、どうも伊丹映画におけるヒロイン=宮本信子って、こういう「アンタにとって都合の良い女でいてあげるよ」的な優しさを漂わせているもんだから、ついつい、それに甘えたくなってしまいます。
火葬場にて、職員の人から「死体が生き返ったりしないか心配になる」「赤ちゃんの死体は骨まで燃やし尽くさないよう、弱めの火で、静かに焼いてやらないといけない」という話を聞かされる件なんて、さながら社会科見学のよう。
作法なども含め、恐らくは監督としても意図的に「お葬式の教材ビデオ」めいた側面を持たせているとは思うのですが、自分としては少し苦手に感じたというか(そういうのは、ちゃんと他で勉強するよ)なんて気持ちに襲われたりもして、残念でしたね。
同監督の作品なら「ミンボーの女」における「ヤクザのあしらい方講座」などは、同じ教材ビデオのようでも、ちゃんと観ている限りでも痛快で面白かったのですが、デビュー作である本作に関しては、そういった娯楽的観点のようなものが、まだ充分に育まれていないように思えました。
そんな中でも、香典が風に舞って、人々が慌てて拾い集める事になるシーンのユーモラスさ。
最後の最後に、故人の妻が感動的な挨拶をして、綺麗に締める辺りの手腕などは、流石といった感じ。
自分の場合は、事前に伊丹監督の後年の作を観賞済みであった為、どうしてもそれらと比較し「未熟さ」「稚拙さ」の方を感じ取ってしまったみたいですが、もしも、この映画が「伊丹映画初体験」であったなら
(デビュー作で、これだけのモノを撮るだなんて、凄い!)
と、もっと興奮し、感動出来たかも知れませんね。
非常に惜しまれる映画でありました。