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1.  午後の五時
ひとりの女性の視点を通してのタリバン政権崩壊後のアフガニスタンの理想と現実を描いた作品。男たちに押さえつけられてきた古来の因習から逃れられず、旧態然とした存在の女性たちと、その一方で変革という国の将来を見据え、脱男社会を目指すという未来志向に燃える女性たち。冒頭から描かれる彼女たちの意見の衝突に示されるように、新しい社会に対する考え方の違いは互いに譲らないままだが、この国の若き女性たちそれぞれの信念を的確に感じさせるエピソードである。ハイヒールに折りたたみ式のワンタッチ・パラソルといった、いわゆる自由社会に憧れを擁くヒロインのノクレは、自国での初の女性大統領をも夢見る理想主義者として描かれる。が、それが余りにも絵空事だと感じさせるのが物語の現実部分。そこで、日々の食べるものにも困るほど窮乏生活を強いられている事と、奔放でまさに翔んだイメージで描かれる彼女の姿とに、なにか奇妙なアンバランスを感じてしまうのだが、映画は徐々に現実はそう簡単には変わらないという深刻なメッセージ性を帯びてくる。帰還民たちに家を占拠された挙句、放浪の旅に出ることを余儀なくされた父娘と乳飲み子を抱えた嫁。荒野を彷徨い、生きていく術をも知らない彼らにやがて夕暮れが迫ってくる。“アフター5”などと我々が日常的に使っている意味合いとはまったく違い、彼らにとってそれはまさに死を意味する“午後の五時”なのである。映画はこの国の人々の苛酷な未来を暗示するかのように終わるが、その重く深刻な現実的テーマとは裏腹に、映像のシャープさがからっとした明るさを生み出している。
7点(2004-07-27 16:07:16)(良:1票)
2.  ハナのアフガンノート
姉のサミラが監督しようとしている映画、「午後の五時」のキャスティングが決まるまでの顛末を、妹のハナが手持ちカメラでそれぞれの表情を追い続けるというドキュメンタリー。髭が立派だという理由でスカウトされ一度はカメラの前に立つが、職業上の理由から突如出演を辞退してしまう老人。あるいはヒロインに抜擢されて出演に色気を示しながらも、長期に渡る撮影期間に難色を隠せない乙女たち・・・といったふうに、話は二転三転。製作者側の思惑は外れっぱなしで、勝気なサミラは撮影時期が迫っている事もありイライラが募るばかり。今更一歩も引けず、スタッフともども候補者たちに懸命な説得にあたるが、なにかと自己チュー的な候補者との溝はなかなか埋まらない。このあたりの藁をもすがる思いの必死さが良く表れていて、彼女らの情熱が十分に伝わってくるのと同時に、この国での映画製作に対する理解の困難さをも感じずにはいられない。ハナの廻すカメラ映像が素朴ゆえ、余計実感として観る者を惹きつける作品となっている。
7点(2004-07-26 23:44:58)(良:1票)
3.  少女の髪どめ
M・マジディ監督の新作は今までとは趣が違い、貧困に喘ぐアフガン難民の問題に深く切り込んだ作品である。しかしその語り口はあくまでも静謐で詩情溢れるものであり、決して声高に主張したりはしない。いかにもマジディらしい暖かい眼差しを感じさせる作品である。少女へ無償の愛を捧げようとすることに懸命になるラティフ。何かを語るすべも知らぬ少女は、ただ日々生きていく事に懸命であり続ける。彼の一途さに応える気持ちの余裕などあろう筈もない彼女の姿に、ラティフの苦悩もまた深まる一方なのだが、純粋な淡い恋心というよりも、もはやこれは人間愛にまで昇華しているのである。少女との刹那的な出会いと別れ。アフガン難民の象徴が彼女なら、ラティフは監督自身ではないだろうか。「一日も早く平和が訪れますように・・・」 マジディ監督の祈りにも似た切ない願いが心に重く響く秀作。
8点(2003-11-18 00:19:23)(良:1票)
4.  一票のラブレター
舞台はキシュ島。長く続く白い砂浜と大部分が砂漠で占められた小さな小さな島。物語は、おそらく何の変化も無い毎日を湾岸警備に従事する青年兵士の前に、ある日1艘の船に乗って一人の娘がやって来るところから始まる。彼女はいわゆる選挙管理委員として投票箱片手に、数少ない島民になんとか投票させようと、選挙の重要性を説いて回る役目を担っていた。限られた時間の為、運転手として兵士が娘と島中を奔走するハメになる。この理想に燃える娘と現実的な兵士との珍妙な遣り取りがなんとも微笑ましく、(砂漠の真中に何故かある信号機に従うような愚直な兵士だが、彼女の直向きさにやがて好意を寄せ始める。しかし彼女はそんな空気が読めないというもどかしさ!)宗教と古い因習の根強い島の人々とのギャップともども、心を伝えるというコミュニケーションの難しさと、民主主義への矛盾や疑問というものを痛切に考えさせられる。声が大きく多弁さが圧する現代において、時が止まったかのような風景の中、この囁くような作品は貴重だ。終盤、帰路に間に合わなかった彼女にドラマチックな味付けが施されるという憎い演出もあり、また彼女の去った後の兵士の寂寞感漂う後姿に、言い知れぬ余韻を残しつつ終わるという、幕切れも実に鮮やかなものである。
9点(2003-07-24 00:50:14)(良:1票)
5.  酔っぱらった馬の時間
えっ!もぅ終わったの?上映時間1時間20分という、昨今の映画の中にあってこれはむしろ短編といってもいいほどの作品だが、いたずらにダラダラ長いばかりでさっぱり印象が残らない映画が多い中、これほど濃密な内容の作品は稀有だといえる。映画はイランとイラクの国境山岳地帯の寒村を舞台に、そこに住むクルド人たちの悲哀と、両親と死別し懸命に生きていこうとする幼い姉弟たちの姿を克明に描いていく。難病の兄を救おうと、大のおとなでも危険な密輸仕事を手伝う次男や、見知らぬ土地へ嫁がされる長女の姿に、貧しさゆえ互いに気遣い力を合わせて生きていこうとする子供たちのけなげさに胸打たれると同時に、地球の向こう側に厳しい現実が紛れも無く存在することを改めて思い知らされる。終盤、密輸のタイヤを運搬させるロバに、(おそらく寒さの気付けの為だろうか)酒を飲ませるシーンがあって、そのあと警備兵の待ち構える国境近くで本当に酔っぱらってしまった事から、次男らが死と直面する事となる。常に危険と隣り合わせで生き抜いていかなければならない彼らの長く苦しい闘いと、子供たちの行く末を暗示するかのように映画は終わる。テオ・アンゲロプロス作品を彷彿とさせる雪山の美しいシーンなど、セミ・ドキュメンタリーのような肌ざわりだが、あくまでもこれは劇映画なのだと理解するには、多少の時間を要するかも知れない。
8点(2003-02-07 00:19:06)
6.  桜桃の味
人生に絶望した男が、自殺の手伝いをしてくれる者を車で探し回るという、一種のロード・ムービー。話はいたって単純で、映画の殆どは車の中で進行する。死に向かう途中の彼とさまざまな人々との出会い。それはまさに人生の縮図ともとれる。シンプルゆえに奥深さが心に残る逸品。
8点(2000-11-04 16:09:02)
7.  運動靴と赤い金魚
“珠玉の名作”ってこの作品のためにできたような言葉。兄妹愛、子供に対する親の愛情、それぞれの子供たちのけなげさやひたむきさ、そして人が人を思う思いやりの心など、マジッド・マジディ監督が切々と描き謳いあげてゆく。実に学ぶべき点の多い作品です。未見のかたには、なぜ“赤い金魚”なのかはラストで初めて分かる仕掛けになっています。白日夢を見るかのようなその美しいシーンに感動し、心が癒されたかたもきっと多いはず!
10点(2000-10-15 14:06:01)
8.  太陽は、ぼくの瞳
マジディ監督の前作「運動靴と赤い金魚」の健気な子供達や、ほのぼのとしたエンディングを期待するむきには外されます。ここで描かれるのは盲目の少年と、貧困と過酷な人生を懸命に生きようとする父親との物語。たびたび映し出される野花畑の眩しい美しさは、子供達の無垢な心象風景のようでもある。そしてこれでもかと言うような残酷なラスト!・・・が、しかし太陽(神)は決して彼らを見放さない。より強く生きろと・・・。
9点(2000-06-11 14:53:31)
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