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1.  暗黒街のふたり
もぅ随分昔に観た作品だが、古代フランスから継承されているギロチンという処刑儀式の在り方に異を唱えた作品として、永く記憶に残っている。それは本人に知らされないまま、或る日突然やってくる。深夜、眠っているところをいきなり起こされたA・ドロンの凍りついた表情を尻目に、余計な感情が芽生えぬよう、粛々と準備にかかる関係者たち。その無表情さ。やがて真っ白なワイシャツに着替えさせられ、この世で最期に口にする一服の煙草と一口の酒を飲まされた後、首を剥き出しにする為、ワイシャツの襟をハサミで切り取るという念の入れよう。そして今まさに舞台が始まろうとしているかのように、正面の幕がさっと開けられると、そこには断頭台がそびえ立つ。足が竦みながらも、両脇を抱えられて向かう彼が一瞬振り返りざまに見たのは、彼の保護観察司であるJ・ギャバンの眼。なんという切ない眼だろうか。それは、更生を誓った男を、恩赦も適わず社会の誤解や偏見から守ってやれなかった一人の人間としての無力感を指し示す眼である。罪を犯した者の社会復帰が如何に難しいかを改めて問い正した秀作。
8点(2004-07-08 00:24:08)(良:4票)
2.  シンジケート
いわゆる、ブロンソン人気のピークの作品であり、M・ウィナー監督とのコンビネーションが最良の形で結実し、自信をもって世に送り出した作品だったと言える。ブロンソンの刑事役というのも案外珍しいが、どちらかと言えば“ガニ股武闘派”の彼にスーツは不似合いで、ここでもハミ出し刑事というより、やはり一匹狼の殺し屋的イメージが強い。一方、マフィアのドンをM・バルサムが重厚かつ貫禄の演技で魅せるが、終盤の家庭での些細なことを教会で懺悔する中、殺戮が次々とカットバックされるといったシーンは、なにやら「ゴッドファーザー」を意識した作りとなっている。が、そんな事など気にもならないくらい、全編ド派手な銃撃戦やカー・チェイスといったポリスムービーのあらゆる要素が詰め込まれ、切れ味鋭いアクション映画としてサービス満点のエンターテイメントに仕上がっている。
8点(2004-07-07 18:10:10)(良:1票)
3.  マックQ
相棒を殺害されたシアトルのはみ出し刑事が捜査に乗りだすが、麻薬ギャングと結びついている警察上層部の圧力から、私立探偵に転身して巨悪に立ち向かっていく姿を描いた作品。内容そのものはいわゆるポリスムービーの定食メニューといったところだが、監督J・スタージェスと音楽E・バーンスタインの名コンビに、主演がJ・ウェインとくれば、もぅほとんど西部劇のノリで、まさに豪快そのもの。好きな人にとっては期待するなと言うほうが無理というもの。しかし現代アクションに西部劇のスケール感やカウボーイの哀愁などといったものはやはり見出せず、西部の男一筋に生きてきたJ・ウェインもどこか居心地悪そうに映る。時代の流れとは言え、西部劇が終焉を迎え現代劇にしか活路を見出せないのは、残念なことだしやはり寂しい。それでも、馬を車に乗り換え大暴れするJ・ウェインは貫禄十分で、映画初登場の短機関銃イングラムM11をぶっ放すその勇壮な姿は今でも眼に焼き付いて離れない。とりわけ海岸に沿って繰り広げられる終盤での銃撃戦に、その威力をまざまざと見せつけられ、水しぶきを上げながらもんどり打って豪快に転げまわるカーアクションは、壮快ですらある。
7点(2003-12-08 17:44:49)
4.  ロイ・ビーン
舞台は19世紀末の西部。町の治安を守るため、私刑により犯罪者たちの所持金を巻き上げ、私腹を肥やしていたのがこの物語の主人公“自称”判事=ロイ・ビーンだった。この男、相手を倒す為なら背中から撃つことも平然とやってのけ(S・キーチ演じる悪党のどてっ腹に、デフォルメされた風穴が空くという、劇画チックなシーンが用意されている)、そうかと思えば、未だ見ぬ舞台女優リリー・ラングトリーに憧れを抱きつづけるという、従来の“西部の男”というイメージからは程遠い存在である。このユニークなアンチ・ヒーローとしてのキャラは映画的には格好の素材で、J・ヒューストン監督が珍しくアメリカン・ニューシネマ的手法を取り入れ、エピソードの各シーンごとに演出スタイルを変えるなどケレン味たっぷりに描き、ロイ・ビーンを無邪気で人間味溢れる男として見事に浮び上がらせている。劇中、熊と戯れるシーンにA・ウイリアムズの歌を挿入させるなど、明らかに「明日に向かって撃て」を意識した作りとなっているが、言わんとするところは同じで、古き良き(西部)時代の終焉とそれに対するレクイエムであろう。クライマックス、彼の姿が夕陽に煌めきシルエットとして浮び上がるショットは、映画的高揚感が最高潮に達した瞬間として、忘れられない名シーンであった。
8点(2003-12-05 00:09:14)
5.  マジェスティック(1974)
都会型アクションが少々マンネリ化してきた為に目先を変える意味で、郊外に活路を見出したアクション映画が登場したのがこの頃。本作もそのうちの一本で、なんとC・ブロンソンが西瓜畑の経営者という設定も珍しい。しかしその風貌からしてまったく違和感のない役柄で、ことさら田園風景がよく似合っている。話は、自ら経営する畑と雇い入れたメキシコ移民たちを、ならず者の襲撃から守ってやるという、ごく単純なもの。このならず者のリーダーがこの時期の売れっ子悪役A・レッティエリで、凄味があって迫力をも感じさせるが、いつもどこか間の抜けたようなキャラも併せ持っていて、心底憎めない人だ。で、散々嫌がらせを受けたブロンソンはついに怒りを爆発させ、一気呵成に反撃に出るが、美しい田園風景の中で展開されるアクションは、R・フライシャー監督のテンポのいい演出もあって、実に爽快感溢れたものとなっている。とりわけ大きくバウンドするトラックの荷台からの銃撃戦や、窓ガラスを突き破って飛び込みざまショットガンをぶっ放して相手を倒すなど、軽業師顔負けの活躍で、むしろ悪役たちが気の毒になるほど。こんな強い西瓜畑の経営者がいることも不思議だが、だからこそそれだけ余計痛快さが際立った作品だったともいえる。
7点(2003-11-27 23:49:07)(良:1票)
6.  夜の訪問者
確か、テレンス・ヤング監督とC・ブロンソンとが初めて手を組んだ作品だったと記憶しているが、南仏の港町が舞台のれっきとしたフランス映画という割には、アメリカ映画といった印象が強いのも、やはりこの二人の持って生まれた資質がそうさせているのかも知れない。そして、ベルイマン作品の常連であるリブ・ウルマンを相手役に担ぎ出したのが、本作の特徴であり驚きでもあった。彼女がこういったアクション映画に出演したのは後にも先にも本作だけだっただけに、そういう意味においては実に貴重な映像を残してくれたと思う。それにしても本編は、小気味いいアクションとスリリングなカー・アクションが実に軽快なテンポで展開されていくという、まさに手に汗握るシーンの連続であり、T・ヤングの力量が存分に発揮されたといえるが、同時に筋立ての荒さも気になってしまった。ラストの救難用の照明弾の使い方には、“007のヤング”ということもあり、思わずニヤリとしてしまう。
7点(2003-11-18 17:38:04)
7.  ダーティ・メリー/クレイジー・ラリー
スーパー強盗に押し入った男女三人が、警察の追跡をかわしながら逃避行を続けるという、一種のロード・ムービー。P・フォンダ主演という事もあって、いわゆる反権力を謳ったアメリカン・ニューシネマのようなテイストもあるが、むしろこの頃の主流である「田園郊外型アクション」の代表作の一本と位置付けたい。物語の性格上、全編が凄まじいカー・アクションで貫かれていて、とりわけ地元警察の保安官が乗るヘリとの攻防が最大の見せ場となる。この保安官フランクリンに扮するのがV・モローで、そのクレイジーさはラリーと好一対をなし、追う側としてのインパクトは強烈で本作をより面白くしている。追われる側の三人だが、フォンダ演じるラリーは元レーサーという事もあって、その抜群のドライバー・テクニックを駆使して、カーチェイスを楽しんでいる野放図な男として描かれる一方、相棒のディーク(=A・ロアーク)は自分たちの行動に何かと疑問を抱く良識派として対比させていく、その妙味には捨てがたいものがある。そして、この二人に絡むチャーミングだがいかにも粗野で頭の弱そうな娼婦メリーを、この頃の売れっ子S・ジョージが好演という様に、アクション以上に登場人物のキャラが際立った作品でもあった。後半のある小さな事故が衝撃のラストの伏線としても効いていて、本作はこの時代の無軌道な破滅型の若者の青春を鮮やかに浮び上がらせている。
7点(2003-11-13 11:47:07)(良:1票)
8.  ソルジャー・ブルー
いわゆるアメリカン・ニューシネマの中でも、本作はハリウッドの伝統的な西部劇のスタイルを覆し、歴史に埋もれた真実を鋭く暴いた異色作で、公開当時はかなりの衝撃作として物議を醸し出した。とりわけ終盤で描かれる騎兵隊のインディアン大量虐殺シーンの数々は目を覆いたくなるほどの残酷描写であるが、それまでがふたりの男女の青春ドラマにウエイトが置かれていた為に、がらりと画調が変わり一気呵成に見せられる事で、より衝撃度が高まったようだ。そういう意味では実に効果的な構成だったと思う。で、この時代から先住民に対する米国の虐殺の歴史が始まったとも言われ、今日に至るまでの、まさに支配者たる米国の歴史は繰り返されているというメッセージが読みとれ、反戦というテーマが浮かび上がってくる。(もっとも余りに良く出来た殺戮シーンの為、好戦映画と批判も浴びた事もあったが・・・。)バフィ・セント・メリーのテーマ曲とR・バッドの透明感溢れるスコアは、本作により力強さと爽やかさをもたらしている。
7点(2003-10-18 23:37:43)
9.  重犯罪特捜班/ザ・セブン・アップス
F・ダントニ初監督作品とは言っても、確かこの一本だけだったように思うが、他は知らない。細かいストーリーは忘れてしまったが、続出する偽装警官によるマフィア幹部誘拐事件を、R・シャイダー率いる特殊チームが捜査するというもの。「ザ・セブン・アップス」とは、刑期が七年以上の重犯罪を専任にしていることから付けられたもので、その行動力や腕は立つが、危険を顧みないという警察上層部を困惑させるような粗暴な性格をも併せ持っている。要ははみだし刑事のハシリと言ってもいいような作品だ。かなり渋めで全編リアリズムで貫かれいて「フレンチ・コネクション」の夢よ再びといった趣があるが、本音はやはりカーアクションを撮りたいが為の作品で、さすがにスタントには力が入っていて迫力十分。歴代のカーアクション映画でも上位にランクされると思う。
7点(2003-10-15 23:57:05)
10.  ローリング・サンダー(1977)
この時期に多く製作された、いわゆる“ベトナム後遺症モノ”の中でも異色中の異色作。主人公は空軍将校。長く苦しい捕虜生活から解放され帰国した彼を待ち受けていたのは、お座なりの歓迎と待っている筈の妻の夫への裏切り。失意の中、やがてならず者に妻子を殺され、自らも右腕を失ってしまう運命に。ベトナムで負け戦を強いられ、帰郷しても生きる気力を無くしかけていた彼が、復讐を果たすことで見せる男としての最後の意地。それは自らのアイデンティティを確かめる闘いでもある。脚本が「タクシー・ドライバー」のP・シュレイダーということもあり、本作もクライマックスの凄まじいバイオレンス・シーンに力点が置かれていて、我慢に我慢を重ねやがて怒りを一気に爆発させるというシチュエーションは、まるで日本の仁侠映画のようであり、かつての戦友(若き日のT・L・ジョーンズ)を従え、売春宿へ弔い合戦に向かう姿などはまさにそれ。軍服に身を包み、義手に銃身を短くカットしたショット・ガンを構えたW・ディベインには強烈なほどの凄味を感じたもので、そういう意味でも彼の代表作だと言える。
8点(2003-09-28 17:29:05)
11.  メカニック(1972)
殺し屋としての殺しの美学と言うよりも、男の行動の美学というものがより顕著に表現された作品だったのではないだろうか。そのテクニックは大掛かりなものから、小手先だけのものといったものまで、多岐にわたる。しかし頭脳明晰で完璧な計画の下、黙々と遂行されるプロセスはスリリングですらある。才能ある若者を一人前の殺し屋に育て上げる事をサイドストーリーにして、殺し屋の世界の非情さを描いてはいるが、カーアクションや銃撃戦、クルーザーの大爆発など、エンターティンメントとしてド派手な見せ場にも事欠かない作品だった。ブロンソンの映画である以上に、やはりこれは監督M・ウィナーの作品だと言っていいのではないだろうか。
8点(2003-08-24 23:06:10)
12.  暴走パニック 大激突
深作欣二といえども、秀作ばかりを連発するという訳にはいかない。大きな話題ともなったS・ペキンパーの「ゲッタウェイ」にヒントを得たような単なる思いつきの、いわゆる東映のお仕着せ企画に、ここではむしろ深作自身があまり乗り切れていない印象を持った作品。女の前ではやたらカッコをつけてはいるが、所詮優柔不断な軟弱男に対し、邪険にされても尚すがり付くような薄幸の女といった、主人公たちの大時代的な設定の図式に安直さを感じるし、脇役たちのハチャメチャぶりも悪ノリの域を一歩も出ない。確か「日本映画としては良く出来ている!」との声もあったカーアクションだが、郊外の埋立地を壊れてもいいような中古車が走り回っているという程度のレベル。それでも面白いと言ってくれる映画ファンがいるという事は実に有難いものだ。
5点(2003-08-18 00:19:22)
13.  自由の幻想
公開当時“映像の尻取り遊び”と表現されたL・ブニュエル監督晩年の傑作の一つ。いわゆるオムニバス形式の変種と言ってもいいユニークさで、ひとつのエピソードが終わると、それまで脇を努めていた人物が、次なるエピソードの中心人物となっていくという、幾つかのエピソードがそれぞれ微妙な接点を持ちながら場面転換していく構成となっている。要するに最初から最後まで出ずっぱりの登場人物などいないということでもあるのだけれど、こればっかりはいくら説明しても、実際に映画を観てみないと、良く呑み込めないのではないかと思う。で、内容そのものはと言うと、“もし、こういう世界であったなら・・・”といった、まさしくタイトル通り“自由というものに対する幻想”を描いたもので、真の自由とは何か、世の中で今まかり通っている秩序が本当に正しいものなのか・・と言った問いかけをしながら、戯画化されたブルジョワ社会を皮肉まじりに批判していく。いかにも鬼才ブニュエル作品らしく、逆転の発想のユニークさやそのイメージの奇抜さ奔放さには圧倒されてしまう。
9点(2003-08-15 00:35:06)
14.  ブルジョワジーの秘かな愉しみ
巨匠L・ブニュエルが、6人の男女の遭遇する奇妙な日常を寓話的に描くことで、ブルジョア社会を痛烈に皮肉るという怪作。ここでは晩餐会(もしくはパーティ)というブルジョアジーの典型例をモチーフとして描かれていくが、なにやらボタンの掛け違えのような様々なエピソードを挟みながら、何故か終始食事にありつけない彼等の人間本来の姿が炙り出されていく。愛欲も食欲も普通の人間そのものだが、彼等はあくまでも見かけに拘る。体裁に構う。表層的なもので身を覆う。そしてその事により悪夢にうなされ続けるのである。繰り返し挿入される、着飾った正装姿でなぜか車にも乗らずに田園の一本道を歩く彼等。しかし何処へ行こうというのか、定かではない。あたかも夢の堂々巡りを象徴するかのようなエンディングに、ブルジョアジーの傲慢さと退廃の臭いを感じさせる。素人の批評など挟み込む余地の無いほど、ブニュエルの偏屈ぶりとイメージの奔放さは、本作でも独特のブラックな作品世界を築き上げ、異彩を放っている。
8点(2003-08-14 00:27:25)(良:2票)
15.  マーフィの戦い
P・オトゥールといえば「アラビアのロレンス」がベストだとは思うが、もうひとつ忘れてはいけないのが本作のマーフィ役。冒頭、いきなり英海軍の戦艦が独軍のUボートの攻撃で撃沈されてしまい、たった一人生き残ったマーフィが、単身、弔い合戦を決行しようとする。いたって単純明快なストーリーながら、どうやって彼が仲間の復讐を果たすのかに焦点を絞ったP・イエーツ監督の職人芸ともいえる演出力で、見事な娯楽作に仕上げられている。マーフィが整備士という設定がミソで、あの手この手でポンコツの機械から武器を作り出すというプロセスが、なんともユーモラスに描かれていく。この復讐の鬼と化したマーフィを演ずるオトゥールの、何かに取り憑かれたような表情は、まさに彼の独壇場で、この孤独で執念の塊のような男を好演している。海に囲まれた島を舞台にした事と、共演者にF・ノワレを配したこともあって、緊迫感や殺伐感が中和されたかのように、ゆったり・のんびりといった印象を受けるが、それらの事がマーフィの人間性をより強烈に印象付けるには、実に効果的ではなかったろうか。本作は豊かな娯楽性と同時に、一人対潜水艦という刺し違え覚悟の無謀な戦いが、戦争終結となっても止むことなく、彼個人のレベルで展開されるという、まさに戦争がもたらす人間性の崩壊をも鋭く突いたことで、名作たり得たのではないだろうか。
8点(2003-06-12 01:12:17)
16.  リップスティック
レイプという今日的な問題を扱った作品ではあったが、娯楽性が強いという事もあって、当時としてもそれ程の問題作という印象はなかったように記憶している。ただ音楽教師としては、作曲する音楽そのものからして異常性が感じられ、この時期もっとも個性的な俳優C・サランドンの変質者ぶりが、強烈なインパクトとして残っている。マーゴ・ヘミングウェイ演ずるファッションモデルが彼にレイプされる生々しいシーンから、一転、裁判モノに移行する構成となっているが、終始被告に有利に展開するレイプ裁判の難しさというものを、考えさせられたものだった。結局、罪を問う事が出来ず、彼は無罪放免。しかし、再び魔の手が自分の妹にまで及んだときに起こした姉の行動が、クライマックスに用意されている。白いドレスを美しく翻しながら、ライフルの銃口を向ける彼女。我慢に我慢を重ねた末の感情の爆発。まさにカタルシスが最高潮に達した瞬間だが、弾が無くなっても引き金を引き続けていたのは、他でもない、我々自身である。
7点(2003-05-23 11:18:17)(良:1票)
17.  フリービーとビーン/大乱戦
70年代に大流行したポリス・ムービーの中にあっては異色中の異色作。四六時中喧嘩の絶えない二人の刑事の徹底したハチャメチャ・デタラメぶりが描かれるコメディだが、J・カーンとA・アーキンが大真面目に演じているところがこの作品の狙いであり面白いところ。捜査をしているうちに、逆に殺し屋に狙われるハメとなり、追いつ追われつのまさに“大乱戦”が始まってからは、あたり構わずトイレで二丁拳銃をぶっ放すわ、シースルーのエレベーターでの銃撃戦は始まるわ、凄まじいカーアクションではクラッシュしまくりの、最後は高速道路からビルの窓に突っ込むわで、(これで一般人にけが人が出ないのがご愛嬌でもあるのだが)全編見せ場の連続といった、そのサービス精神には恐れ入る。ラストのオチまでひっくるめて、どこまでも人を食った、しかし愛すべき映画で、ストレス解消には持ってこいの珍品。
8点(2003-05-21 14:50:38)
18.  愛の狩人
同じM・ニコルズ監督の「卒業」の姉妹編とも言われている本作だが、前者が“青春映画のバイブル”と謳われて、今尚熱い支持を得ているのに比べ、高い完成度ながらそれほどポピュラリティを持ち得ていないのは何故だろうか。(アメリカではともかく、少なくとも日本ではあまりウケなかったように記憶している)物語はひとことで言うと、ジョナサンとサンディという典型的な(当時の)二つのタイプのアメリカ人男性を通して、学生時代から社会人になってからも付いて廻る、性(SEX)と結婚(生活)への願望と幻滅を描いたもの。SEXの道具としてしか女性を愛せない男と、その一方で心の結びつきを大切にしようとする男。映画は彼のどちらにも肩入れすることなく、むしろ二人ともが否定されるかのように、痛々しくそして極めてシニカルな眼差しで描かれていく。ここに当時流行った「アメリカ神話の崩壊」を見てとれ、決して彼らに感情移入する隙を与えず、まさに絶望に突き進んでいくような、かなり辛口の青春ドラマだといえる。果たして彼らに救いはあるのだろうか。しかしこの明朗快活でない作品も、絶妙のキャスティングがひとつの魅力でもあり、またキャンパス・ファッションにも大いなる影響を受けたものだった。
8点(2003-05-18 17:08:43)(良:1票)
19.  地球爆破作戦
「2001年宇宙の旅」と同時期に誕生した、もうひとつのコンピューター反乱モノ。敵国の核ミサイルの制御監視用に「コロッサス」なるスーパー・コンピューターが米国で製作される一方で、ソ連でも「ガーディアン」と命名された同機能を有するコンピューターが誕生していた。やがてこの二つのコンピューターが自ら意志を持ち始め、互いに反乱を起こして世界を支配してしまおうという怖~いお話し。まさに米ソ冷戦時代だからこそ生まれたような異色SF作だが、人類はその恒久的平和の約束と引き換えにコンピューターに屈するという結末には、映画とはいえ暗澹たる気分になること必至だ。SF映画とは言え、かなりマイナーな作りのため、視覚効果などは期待するべくも無いが、J・サージェント監督の緊迫感溢れる演出で、これぞ大人向けの近未来SFの秀作とだけは間違いなく言える。
8点(2003-05-16 00:29:23)(良:1票)
20.  愛と喝采の日々
70年代後半に輩出された多くの女性の自立を描いた映画の先鞭をつけた同時に、邦題が「愛と○○のナントカ・・・」のハシリともなった作品でもある。S・マクレーンとA・バンクロフトの二大女優の競演が話題ともなり高い評価も受けたが、人生の節々における葛藤と和解という作品そのものの訴求力があまりにも弱く、終盤、彼女たちが取っ組合いの喧嘩をするシーンと、M・バリシニコフとレスリー・ブラウンとのバレー・シーンが印象に残るという程度。H・ロス監督作品では、同時期に公開された「グッバイ・ガール」とかなり落差があるように思う。余談ながら原題の“ターニング・ポイント”という言葉を初めて覚えたのも、この作品からである
7点(2003-05-14 23:40:41)
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