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はち-ご=さんの口コミ一覧[この方をお気に入り登録する

プロフィール
コメント数 327
性別 女性
年齢 37歳
自己紹介 知的障害を持つ23歳女性です。
1週間に40時間働いているから多分社会人だと思うけど
今は旦那や発達障害者仲間とルームシェア生活です。

知能指数は11歳ですが、
この映画レビューサイトでは
見よう見まねで大人びた文章で気取らせて貰っています。

ちなみに登録自体は旦那がやっていますので
■妻投稿■がついているのが私です。
あ、でもそうじゃないので一人称が「僕」なのも
実は私が投稿していたものもあったり
「ドラえもん」とか「A」とか(^_^;)

インターネットの書き込みは初めてに近く
インターネットルールは一通り勉強したつもりですが、
「場の空気を読む」などの高度な技術は難しいので
そんな時にはスルーしてください。

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【製作年 : 2000年代 抽出】 >> 製作年レビュー統計
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1.  ハッピーフライト(2008) 《ネタバレ》 
実はこの作品、キルギス共和国ビシュケクの映画館で見たのです。ちょうど政変や民族紛争が終わって2年後くらい。JICAの日本フェスで上映されていました。パイロットが無線を間違える場面でキルギス人は大爆笑していました。あと、鬘のシーンでも大爆笑していました。ほとんどのキルギス人が映画上映中ほとんど大爆笑していました。しかし映画が終わって友人のキルギス人に感想を聞いてみると、「いやー、いまいちかなー」ってあんた手を叩いて笑っていたじゃん!! そう突っ込むとスペクタクルが足りないと。で、その後映画館の2階のカフェでお茶を飲むと、知り合いの知り合いのそのまた知り合いのおばちゃんが集まってきて、その中の10歳くらいの娘さんとドラえもんの映画で盛り上がりました。「恐竜」から「銀河超特急」まで熱く評論しました(余談だがその後行ったカザフスタンでも現地の若い人とアニメの話ばっかりやっていた)。キルギス人の男性とは綾瀬はるかで盛り上がりました。まあ、日本で見ればそこそこおもしろい映画で終わったのでしょう。しかし、僕には忘れられない作品になりました。映画ってのはそういうものです。平均点が5点台の映画でも、それだけの力があるのです。 その力がなんか「日本で映画を見ている環境だと感じられない気がする」というのは変な懐古主義になりそうなのでやめますが、最初から評論家気分で見ないで「自分の映画の見方」ぐらいは変えてみようかなとは思いました。久しぶりの夫の方の投稿でした。
[映画館(邦画)] 8点(2013-11-16 22:51:25)(良:2票)
2.  チョコレート・ソルジャー 《ネタバレ》 
妻投稿■感想は前作と一緒。つまり何でアクションは素晴らしいのにいちいち無駄に主要キャラクターを殺して悲劇性をあらわにするのだああという事。こういう映画にはヒーローを際立たせるサイドストーリーが必要なんだけど、その際立たせ方が相変わらず下手くそ。別に高尚で無駄に練られたものじゃなくていい。でも、アクションシーンで「うおおおおお、いてもうたれええ」という高揚感が湧かない「ここで敵に勝っても何もいいことないな」という鬱展開はそろそろどうにかした方がいいと思う。私はもうタイ映画のアクションシーンはストーリーをリセットして見ることにしている。これはエンターテイメントとしては失格なんだと思う。■とはいうものの、この映画のラスボスとの戦いははっきり言って、酔拳2やサイクロンZ、A計画に匹敵する小細工も引用もない全く新しいタイプのハイクオリティバトルとして歴史に残ると思う(だから、「それだけ」の映画になったことが余計に悔しい)。ジージャーは凄いかわいいお姉さんになったんだけど、あの敵と戦う間の踊りはヒップホップと言うより、同国で作られた某巨大ヒーロー兄弟の特撮映画に出てきた「例のあの白い悪魔」のサル踊りにしか見えん。
[DVD(字幕)] 6点(2012-09-12 22:29:24)
3.  涼宮ハルヒの消失 《ネタバレ》 
妻投稿■ハルヒはまったくノータッチで、この映画が初見。殺人少女は唐突だったけどそれ以外の登場人物設定はすんなり頭に入ってきたし、その世界が変わってしまったことによるキョンの恐怖と絶望を主人公と一緒に感じ、元に戻るキーワードを見つけた事で主人公と一緒に泣きそうになり、灰色の重たい坂道の住宅地で主人公と一緒に走り回った、手に汗握った。■所謂「非実在青少年」とここまで一緒にもがき苦しみ、一喜一憂出来たアニメ映画はあっただろうか。ターミネーター2? バック・トゥー・ザ・ヒューチャー? いや、彼らには常に助けてくれる最強の味方がいた。しかしキョンはたった1人で答えを見つけるために走り回らないといけない。たった1人で自分はどうするべきだったのか選択しないといけないのだ。その選択が「自分も当事者として世界に関わる」というものであるとキョンが意思表示をしたとき、涙がぶわっと出てきて来た。■いわゆる宇宙人や未来人や超能力者と友達になる一般人の求められる「勇気」って、多くの作品ではヒーローの手取り足取りになる勇気でしかない。しかしキョンは自分の意志で、仲間のヒーローの意志に反し、その責任を取る事も含めて選択したのだ。これが出来る男に感動しないわけにはいかないじゃないか!
[インターネット(字幕)] 10点(2012-07-03 03:54:22)(良:2票)
4.  小さき勇者たち ガメラ 《ネタバレ》 
妻投稿■冒頭の京都っぽい音楽と夜と炎とガメラVSギャオスの組み合わせは、皆さんがおっしゃられているように平成ガメラ三部作、特にその第三作目のテイストのそれであり、ガメラの自爆シーンは三部作の後日談、丸投げの収束、そして終了という意味が込められていると思います。■そして今回ガメラ誕生シーンから始めたのは(実は子供ガメラが出てきたのはこの映画が初めて)2つの理由があると思います。 ①平成ガメラ三部作とこの作品の「断絶」の過程を怪獣ファン向けに提示する為(これってすごく丁寧だと思います)。 ②ガメラと敵怪獣の死闘を政府、自衛隊、超能力少女の視点からではなく、映画の客層である子供たちの視点から「友達」「ヒーロー」というキーワードで捉える原点回帰には、どうしても必要だった。・・・・■金子監督のガメラ3みたいに「ガメラ」みたいなシリーズ概念をぶっ壊して映画を作るのって、そんなに難しくないのですが、その「ぶっ壊された概念を再構築する」映画って、本当はめちゃくちゃ難しいと思います。この映画は「今までのを無かったことにする」という手段を使う(21世紀ゴジラが醜悪なくらいそれをやりまくっていた)のではなくて真正面から挑み、次のガメラ作品への責任をしっかり果たす映画作りを目指したのだと思います。その手段において、主人公の家の隣の窓にかわいい女の子(しかも夏帆)の部屋を配置した事や、怪獣の大きさを敢えて小さめに設定して、等身大の住宅地で戦わせるシーンを挿入したことはグッド。ただ子供のリレーはもう少し他にやり方はなかったのかとは思います(昭和のガメラは「子供」を使いながらも子供という概念をスピリチュアルと同一視せず、それなりの勇気と叡智を持って戦わせていた)。■でもこの映画を見てガメラの続編を見たくなりました。ありがとう。
[DVD(邦画)] 7点(2011-11-28 12:33:36)(良:2票)
5.  シルミド/SILMIDO 《ネタバレ》 
妻投稿■企業のセクハラや大学アメフト部暴行事件って、こういうノリの延長だったんだなーという再確認が最初の感想。根性論って行き過ぎると、弱者への暴力に対する抑制が利かなくなるんだよねえ。火山高の先生が軍服来て船の上でマシンガン乱射している時点で魁男塾的ノリを想像していたんだけど、後半は現在皆さんが利用している仁川国際空港‐ソウル間のAlex=広域空港地下鉄の車窓から見える島でこういうことがあったんだという事実に愕然とさせられました。■この映画の登場人物に同情すべき点は見当たらない。みんな犯罪者だし、劇中でやっていることも殺人、強姦、民間人の人質を取っての籠城。神の目視点でモルモットを見るように映画を見ることはできても、登場人物に感情移入して映画を見ることはできないし、そういう映画でもないと思う。■・・・・なんだけど、誰もやりたくないことを誰かに強要するときに「お前らは同情する価値もない人間だから、騙して酷いことをやらせても、殺してしまってもいいんだよ」と言ってしまう行為…この”悍ましさ”はしっかりと受け取ることができた。史実では登場人物は死刑囚でもなく、農村から騙されて連れてこられた(今の福島原発みたいだね)人であるという事実を敢えて捻じ曲げ、登場人物に過度に感情移入しないようにしたのも、上記の悍ましさを描き出すことにこの映画を特化させた結果なんじゃないかと思う。■今の世間でも弱者や無抵抗の人間に酷いことをしても、謝る前に「こいつはこれこれこうだから価値のない人間なんだ」と吹聴する奴とか、「こうやって逞しくしてやっているんだ」って言う奴いるよね。この映画はこういう社会を、前半の魁男塾から後半のバス自爆まで、一貫して皮肉っている。
[DVD(字幕)] 8点(2011-09-29 12:18:50)
6.  嫌われ松子の一生 《ネタバレ》 
妻投稿■嫌われ松子の一生、不幸な女の一生。これをどう楽しく肯定するかが作品の味噌なんだろうけど…。よーく見たら、この松子という人、不幸な女という以前に他人を不幸にしまくっている(挙句に殺しちゃったりしている)。それも「自分が愛されたい」が為にだ。これって単なる「依存」だよね。私は依存自体は悪いことではないと思うけど、愛というものは「依存」だけでは続かないわけでありまして(-_-;)。■私の中にも当然松子的なあるわけで、多分女なら誰だってもっていて、それとうまく付き合い制御し、悩むのが人生だというのはわかるんだけど、そのダメな部分を肯定すること=人生を肯定することっていうのはちと監督違うんじゃないかと私は思う。■この映画、松子を主人公にしていると思うけど、こういう誰でも持っている、どう制御するか悩む部分をグロテスク(だと私は思う)な色彩で面白おかしく描くのなら、別に私も松子(デラックスの方)も麻原彰晃も、とにかく誰でも主人公に出来るわけで、でもそれって世間から前衛的と評価される事なのかという疑問は生じます。「ダメなところを肯定する」だけで一人の人間を描く最近の傾向には、その人をモルモットみたいに見ているような、冷たい感じがして嫌です。
[DVD(邦画)] 5点(2011-09-17 01:20:44)
7.  めがね 《ネタバレ》 
妻投稿■この映画、私にはだめだ(-_-;)。いや、何も起こらない緩い展開は嫌いじゃないんですよ。むしろ、何かを起こすことばかり躍起になっている映画しか評価されない最近の風潮が結構嫌だし、○○でないから幸せではないという線引きが行われる風潮もいや。■でもこの映画「人間に必要なものはほんの少しで、あとは流しておけば幸せになれる」というメッセージなんです。でもその「ほんの少し」を手に入れるために、人間は命以外の全部を犠牲にするくらいの努力が必要な世の中になっているわけでして。これ、気を付けないと、踏みにじられている人や自分を犠牲にしている人を「商業資本主義の中で贅沢を求めた結果の自己責任」と決めつけるような、カルト宗教がやっている、すげーギロチンスティックな陶酔に走りかねないと思います。■いや、私の周りにも登場人物的なキャラは大量にいますよ。でも彼らは人権を蹂躙されても踏みにじられてもサバイバーとして生きる自己完結力と、自分の生存方法が万人に適応されるなんて思っていない謙虚さがあります。「何も起こらない映画」の名作って、そういう事実を踏まえたうえでどうするか…という提示をさりげなくしていますが、この映画はそれがないです。■でも風景や室内のカメラワーク(3メートル離れたところから撮る構図)が現実の人間の視線とリンクしていて、世界観の構築はさすがだなと思いました。
[DVD(邦画)] 5点(2011-09-05 16:01:15)(良:1票)
8.  犯人に告ぐ 《ネタバレ》 
妻投稿■原作未読…というより私の頭で処理できる小説の長さは少年探偵やズッコケ三人組が限界なんです(-_-;)。映画だって見ながらメモを取らないと構成忘れちゃうし(-_-;)。■さて、代休でバイトが早くに上がったので図書館で借りていたDVDを鑑賞。で、この映画の製作者、観客のストーリー予想である「妻に死なれた髭の刑事が、数年後若いボンボン刑事と最初反目しながらも、力を合わせて児童殺害犯人を追いかけるんだけど、その犯人が主人公の子供を誘拐して、2人で力を合わせて捕まえてみれば、数年前に子供を殺された父親だった」という王道展開を裏切り続ければ、サスペンスに求められる「先の読めなさ」「二転三転」を達成できると考えていたんじゃないだろうか。確かに、私も何回か「このボンボン悪いなあ」とか「奥さん生きているよー」とか「息子誘拐したのは犯人だと思ったあ」と言ったミスリードはあったんだけど、その感想は「へえー」「そーだったんだー、へー」というトリビアルな反応しかできなかった(友達が大病抱えていた縁で、奥さんが生きていたのは気分的にうれしかったけど)。なんていうか、ミスリードってのを「単にミステリーの王道を裏切る」事と混同しているだけに見えるんだよね。■ラスト目がかっと見開いたのって、「足柄のおじちゃん刑事の台詞が真犯人にしか知りえないものだった」というオチなのかとも思ったけど、そのままエンドールになっちゃうし。とにかく面白くない。
[DVD(邦画)] 5点(2011-09-05 15:34:19)
9.  ヒトラーの贋札 《ネタバレ》 
妻投稿■ホロコーストの映画って、虐殺被害者は聖人君子みたいな人ばかりで、生き残れた喜びと生き残れなかった悲惨さを対極に画くことが多い。これって、歴史修正の中で被害者(の人として許される範疇の世俗)に物凄いバッシングが来たり、被害者自身が「お前は実はこんなズルで生き残ったんじゃないか」と生き残ったことに罪悪感を感じるように強要されたり、そうやって結局虐殺を容認した社会やそこに生きる人の想像力の足りなさが無罪放免になる仕組みになったりして、とても危険だと思います。■この映画は、というよりこの原作者で実際に収容所に入って贋札を作った方は、「私のことを厭らしい俗物と非難してくれてもかまわない」「かわいそうだと思ってくれなくてもかまわない」「贋札作りという理的行為を行った人間として糾弾してくれても構わない」というスタンスです。その代わりに見た人に対し、「私たちはこの状況で正義を取れるか、それとも安全のために強いものに気に入られるよう頑張るか」というジレンマを感じてほしかったんだと思います。ホロコーストは一般大衆が賛成した大虐殺。それを許した歴史を持つ人間は、実はヒトラーに洗脳されて何が正しいのかわからなかったのだけではなく、正しいものを封殺した主人公のような俗人的部分があったんだと思います。だから、終戦記念日の黙祷時間に、こういうジレンマが自分の体にあることを感じてほしいと、この映画は訴えているんじゃないかと思います。生き残ったものがカジノで喜びではなく孤独を感じるシーンは、その象徴だと思います。
[DVD(字幕)] 8点(2011-07-14 10:41:42)
10.  ブラック会社に勤めてるんだが、もう俺は限界かもしれない 《ネタバレ》 
妻投稿■私自身はずっと前に給料ゼロ、腎臓破裂級暴力、性的虐待が当たり前な職場に勤め、HIVになって放り出された口である。なんでそんなことが起こるのか。それは私が知的障害であり、それとは別の意味でも馬鹿だからである。私みたいな馬鹿を助けるメリットが世の中にない以上、本来私は相手の欲望を満足させることでしか生き残れない。しかし、今旦那は私の「私が6時間飲むのがずれただけでウイルス抗体が出来て死にいたる」薬を飲ませるために、あるいは私の友人の職場内強姦で生まれた女の子の学資保険を払うために本業の農業とは別にアルバイトをしてくれている。旦那のほかにも、いろいろ助けてくれるルームメイトがいる。この映画を見て、私はいろいろ劣っているのに、なんでこんなに「生きる」事に恵まれているんだろうと思った。■私は自分に「生きる権利」があるから、生きていると思っていた。でもこの映画を見てわかった。私が生きているのは周囲の人という運がよかっただけだ。■人権の尊重なんてものが都市伝説という昨今、主人公の出した生存手段の結論は、私なんかよりよっぽど強い人じゃないと出せない結論だが、とにかくその方法でもどの方法でも、主人公が自分が生きることを肯定できればいいと思う。人間は自分が生きることを肯定するために頑張っているのだから。■と、ここまで書いたのだが、上司がただのイカレポンチみたいに描かれているのがいまいち。暴力にしろパワハラにしろ、相手を絶望させ、完全に言うことを聞かせるために巧妙に用いられる計画行動だと思う。周囲が「尊厳を一切認めない」世界で、自分の尊厳を信じるという行為は組織や社会に対する許されざる犯罪行為であり、故に非常に難しい。これを映画では描ききれていない。カンバスはいい映画なので非常に残念。
[DVD(邦画)] 7点(2011-06-26 06:35:06)
11.  僕の彼女はサイボーグ 《ネタバレ》 
妻投稿■カク・ジェヨン監督の妄想三部作の最終章。多分彼は中坊そのまんまの自室にあるダッチワイフからヒントを得て脚本を書き続けたに違いない。タイムパラドックスがどうとかいう問題はSF作品なら重大な問題だろうが、中坊の妄想に要求されるサイドストーリーにはどうでもいい問題なのである。その証拠にこの映画、設定の整合性やストーリーのバランスは最低限の配慮しかされていないが、綾瀬はるかが横向きに街路を歩いて胸が強調されていたり、未来の女子高生の制服(綾瀬はるかの友人が制服で強調された胸を手で押さえながら走ってくるシーン)や、綾瀬はるかとメイドのダッチワイフ的な歌声とシュールな首振りといったシュールな光景といった「画」にかける拘りが物凄く強い事が見て取れる。「好き」を職業にする事は非常に難しいと「自分探し」を批判する人が良く口にしているが、「妄想」を職業にする事はもっと難しいと思う。妄想の上に芸術を塗りたくれば一応相応の作品は出来るのだろうが、妄想そのものを作品化して受け入れられるには、自らの妄想を的確かつ徹底的に分析する必要があるに違いない。「花ざかりの君たちへ」や「イケメンパラダイス」を存分に楽しんだ私としては、この監督は素晴らしい監督だと思う。
[DVD(吹替)] 9点(2011-03-01 21:02:11)
12.  ザ・コーヴ 《ネタバレ》 
妻投稿■旦那の日本語訳で見ました。映画の内容はイルカがいかに素晴らしい生き物で、それを殺戮する和歌山県太地の人たちとそれを容認する日本人たちがいかに残虐な民族であるかと言う事が描かれています。プロパガンダとしての質はやらせ感のおかげでマイナスですが、冒頭の光影逆転で表現された日本の風景、太地町なのにやたら京都っぽい神社仏閣が出てくる描写、水俣は明らかに日本文化に対する嫌悪感で満ちていまる事はわかります。■■私はこれを当然の描写だと考えています。なぜならこの映画はイルカを虐殺する事が許せない、イルカを救いたいという人たちが作った映画であり、彼らにとってイルカを食っちゃう文化はあってはならない文化だからです。■私はイランで性暴力被害者の女の子が処刑されたり、同性愛というだけでクレーンで首を吊らされている事に凄い嫌悪感を感じていて、そういうものを容認するイランの社会に不信感を持っています。もし私に金と能力がありそれを映画にする事があったら(馬鹿なので私自身が首つり死体にされる可能性が高いですが)、あっちの文化や政治的な事情抜きにしてこっちの価値観のみでザ・コーヴも真っ青なプロパガンダ映画を作ってみせます。日本人の方も自然保護団体の非合法行為に合法的な生計を邪魔される太地町の人や、欧米植民地において行われた「先住民」という名の「動物」の虐殺を描いた映画を作ってもいいのです(その時はせめてもう少し完成したプロパガンダでよろしく)。■■「それでは中立な映画が出来ない」「映画人同士での和解が出来ないじゃないか」と思うかもしれませんが、映画は中立でなくてもいいのが私の持論です。双方、あるいは片方だけでも見たものをしっかり自分で考え、自分なりの「中立」を見つけるのは、視聴者の役割なんだと思います。■■それにしても「殺していい存在」「殺しちゃだめな存在」の境界って何なんでしょうね。製作陣はどう考えているのか一度聞いてみたいと思います。ちなみに私は人間同士の強弱に差がありすぎたり、世の中が荒れていたりして「自分の人権を侵害されるリスクを減らす最大の方法は他人の人権を守る事」という原則が成立しない場合、人間も動物も命の大切さにおいては変わらなくなると思います。北朝鮮なんて牛一匹殺したら銃殺でしょ。
[インターネット(字幕)] 7点(2011-02-22 07:08:10)(良:1票)
13.  ムルデカ17805 《ネタバレ》 
妻投稿■何で日本人が「あの映画は日本が一方的に悪い戦争じゃないんだ」「連合国だって植民地支配で悪い事をしていたんだ」「アジアの人は日本軍の到来を待っていたんだ」という映画を作ると、こういうどこをどう感動したらいいのかわからん映画が出来てしまうんだろう。ブラックホークダウンでも書いたけど、本国の人は勝っている時は○○の解放の為に兵士が戦っていると錯覚し、負ければ戦争中毒、残虐行為の為に戦っていると都合よく錯覚する。でも前線の兵士は戦友の為、部隊全体の為に戦うほかないのだ。その事実を踏まえた上でもアジア解放の大義は描けるし、日本軍の絶対悪論に一石を投じる映画は作れるはずだし、それは多くの人の心を打つ映画になるはずなのだ(オランダ軍の尋問場面はこの映画でかろうじて映画の価値を考えられる場面)。日本人の心が「もし」日本絶対悪に染まってしまっていると言うなら、それは「所謂」日教組の自虐史観とやらのせいではなく、日本軍のブーツにキスをするインドネシアの山姥…もとい貴婦人というインドネシアを馬鹿にした構図でしか、「戦後日本人の第二次大戦で戦った兵士たちへの都合のよい解釈・錯覚」に対し反省を促す事が出来なかった保守メディアが悪いと思う。
[ビデオ(邦画)] 4点(2011-02-17 15:44:48)
14.  キャピタリズム~マネーは踊る~ 《ネタバレ》 
妻投稿■私は10代後半の2年間を奴隷労働と性暴力やりたい放題な職場に捧げた口であり、それは行政も司法も容認していた。理由は簡単。私みたいな池沼の人権を保護するより経営者のやりたい放題を容認した方が世の中の利益になるからである。これは健常者の世の中が悪いのではなく、障害者が健常者にとって価値のある人間になればいいだけの話である。私はそこまでの甲斐性はないので(あとダチが妊娠した事もあって共同保育が必要だった)、仲間と徒党を組んで友人の農家でルームシェアを始めた。資本主義も社会主義も民主主義も全体主義も宗教も関係ない。「金も人権も与えられないならそんなものなくても生きていける方法を考えよう」的なノリだった。最初の2年くらいはみんなでホタルの墓に入りそうな状況だったが、ダチの努力とダチが家を相続出来た幸運がかなり貢献して何とかチビの学資保険をサボらず払い続けている。■このDVDを入れたパソコンを前でブドウジュースが入ったグラスを片手に「私の味わった恐怖と絶望を健常者どもも味わうが良い」などとムスカ目線で右往左往するアメリカを見ている自分が浅ましい。でもその横で旦那は「こういう社会で農家はどうあるべきか」を真剣に考えている。ダチも「障害者は守らなくても社会秩序は維持できていた。でも健常者が守られないと、何もかもが紙くずになる。意味が違う」と真面目に言った。確かに、少数派が秩序を信じられなくなることと多数派が秩序を信じられなくなる事は全く違い、前者は個人が崩壊するだけだが、後者は社会が崩壊する。民主主義は社会の崩壊を防ぐ多数派を歯車とする装置なのだ。この映画の価値は、貧困の悲惨さを描いた事でも、資本主義の悪党ぶりを描いた事でもない。これらが民主主義によって作られた社会を崩壊させていく危機を描いているところにある。今他者への想像力と行動は、人助けという絵でも柄でもなくなっている。後に待っているものは全体主義でも共産主義でもない。多分ソマリアだ。
[DVD(字幕)] 8点(2011-02-10 20:15:01)
15.  スタンドアップ 《ネタバレ》 
妻投稿■「スタンドアップ」という題名「立ち上がる」という意味だったのですね。てっきり私は野郎自身…(以下自重)。■内容はかなり吐き気がする内容でした。いろんな意味でリアルすぎるから。ただ私や一緒に見た私の親友(強姦出生児の母)は「働くと言う事は遊びではないのだからセクハラやレイプが当たり前」「自分の性的自由の尊重を会社や社会や警察や裁判所に期待してはいけない」という事実を体で勉強した発達障害者だし、むしろそういう職場から脱出可能な状況を自分で作る(ルームシェアとか強姦出生児を仲間みんなで養育する約束とか)方に特化したので、映画を見ていると「女友達と徒党を組んで、『社会において自立する』のではなく『社会から自立する』くらいのバックグランドを作って対抗した方がいいのでは」と思ってしまうのだが、それは私がそういう友達がいたという幸運があって余裕ぶっこいて言っているだけの事なので、主人公の女の人を私の歪な巻尺で勝手に評価してはいけない事だとも思う。■ただし、映画は一応は「家族愛」を描いている内容だが、私は「傷ついた家族を社会の野獣から保護できるバックグラウンド」になり得ない家族がこういう法廷の場で「家族愛」を叫ぶ権利はないと思うし、「男ってそういう生き物なんだよ」という卑劣物語+「父と娘の感動的な家族愛」を見せられて、果たして「女の子が社会でどう自分の命と体を守っていけばいいか」というヒントは得られたかと言えば「no」としか言いようがない。従って私はこの映画をそれほど評価しない。
[ビデオ(字幕)] 5点(2010-11-16 13:49:50)
16.  ハート・ロッカー 《ネタバレ》 
妻投稿■この映画の主人公は戦争に狂ってしまった・・・・のではなく、戦争に適応したのだと思う。この映画の主人公は決して狂ったわけではない事を私は主張したい。そのうえで評価すると。■私の友達の強姦被害者の言葉を、映画を見て私はずっと思い出していた。「私たちが戦わなければいけない感情は、怒りでも憎しみでもない。無力感だ」という言葉だった。暴力、虐待など圧倒的かつ予想不可能な力による死の恐怖に向かい合わざるを得ない状況下で、人間は無力感に押しつぶされやすい。実は人間の愚行、自分を傷つける、他人を傷つける、人生をダメにするという様々な悲劇のかなりの割合が「無力感」によって生まれているのではないかと私は思う。主人公は人間の生存、自己保護本能によって戦争に適応した。しかしそんな中でも彼は予想だにしない死の恐怖を、その果てにある無力感と戦っているのだ。この映画は、そういう極めて普通の人間の当たり前の姿、しかし平和のなかでは異端視されやすい姿を直視した映画であり、それ以上でも以下でもないのではと私は思う。■ただしそういう映像を表現するのに必要以上のカメラのブレはいただけない。私はカメラのブレは「カメラがその場に存在する」という現実味を与える事は出来ると思うが、「観客がその場の空気を感じる臨場感」を与える事は出来ず、むしろ逆効果だと思う。観客の人間の目って、日常生活でブレを意識したりしないでしょ?
[DVD(吹替)] 8点(2010-11-15 22:25:17)(良:1票)
17.  アイランド(2005) 《ネタバレ》 
妻投稿■職場レイプで女の子を産んだ友達と映画を鑑賞。「人間がそれ自体に価値があるのか」あるいは「人間は誰かの利益の為に存在させてもらっているのか」という大命題を知りたい20代女2人が頼ったのがよりにもよってマイケル・ベイというのは不徳の致すところだが、2人とも軽度知的障害なもんで、導入部ってものが必要でしょうと言い訳してみる。■内容は、日本でマイケル・ベイが嫌われる理由ってこれじゃないかと思えるような「どんだけ巻き込まれ死傷者が出てもラストで美男美女がイチャイチャ出来れば万事解決」というものだが、お母さんが赤ちゃんを抱っこ出来ずに殺されていくシーンを見てボロボロ泣いている友達(彼女は控室に待っているクライアントのアジア系の旦那が、自分を強姦した奴に見えたと言ってた)を尻目に、私は「自分自身が殺されたくない、体を切り刻まれたくない…という感情を持つ事が許されない」世界をベイ・リズムに乗ってやりたい放題で逃げ回る主役の2人に爽快感を相当感じていたような気がする。■さて、先ほどの「人間は果たしてそれ自体に価値があるのか」という問いだが、私は「人間というのはただそこに存在している」のであり、しかし存在しているゆえに「私という人間に価値がある」と思いたい自分自身と「お前は俺様の目的の為に存在することが許されているのだ」という倫理を押し付けたい他人の思惑との対立が発生するのだと思う。しかしクローンという存在は、そうした対立が発生しえない極めてアンフェアかつアンバランスな問題をはらんでいる事は映画を見てわかった。ただこの映画はクローン自身の生存要求に終始してしまっていて、そのクローンの「生きたい」という動物的要求を社会に生きる人間が自身が生きたいと思う故に無視した結果、そうした歪みが社会にとっても不幸な結果を招くというメッセージはやはりベイには描けなかったようだ。「クローンの生きたいという要求」などクローンに我慢させれば社会の誰も困らないのだから。私は「人道」そのものはメッセージにはなりえないと思う。
[地上波(吹替)] 7点(2010-11-01 00:11:58)
18.  俺は、君のためにこそ死ににいく 《ネタバレ》 
妻投稿■この映画は石原知事のコメントを見る限り、「特攻作戦そのものに賛成したのではなく、特攻隊員の勇気と美しさを賛美したものだ」というスタンスで作られたらしい。だが映画を見て、私はそれは絶対ないなと思った。会社で過労死するまで給料ゼロで働かされた18、19のフリーターの子がいたとしよう(障害を持っているなどでそういう労働条件で働かされている人は結構いる)。その人に対し、「彼は愛社精神のある美しい労働者だ。愛する家族の為日本経済を守るこの精神を今の日本人は見習うべきだ」という事をコメンテーターが言ったとして、果たしてこれが亡くなった人の供養になるだろうか。多分私がその人の友達だったら「そんなことよりもうどうしたらこういう事がなくなるか考えろよ」とその傲慢さにブチ切れるだろう。■特攻隊の彼らがいかに素晴らしい人間だったか。それは彼らの家族や恋人が一番よく知っている事だ。直接彼らを知らない私は記録映像を見るたびにそれくらいは想像できなくてはいけない。私たち自身の力で想像できなかったら、「彼らは素晴らしい人間だったんだよ」と偉い人にポンと肩をたたかれて、「何でこうなったの」「どうすればこういう事はもう起こらないの」というところまで話が続かずに強制終了されてしまうのだ。
[DVD(邦画)] 3点(2010-10-22 12:45:41)
19.  ジャーヘッド
妻投稿■人間は自分という存在に対し、絶対的な支配権がある。唯一殺しても罪に問われないのが自分自身であるくらいその自己支配権は絶大だ。当然「死ね」と言われて死ぬ必要もないし、自分の命を守るためなら「社会人の品格」なんて踏みにじっても問題はない。それが人間の自然だ。■でも軍隊の訓練はそういう自然を不自然にし、自己支配権を組織に全部渡してしまう作業だ。その時点で実は物凄く無茶なんですよね。そういう無茶をさせられた人間が、戦闘に巻き込まれなくてハッピーハッピーかというとそうでもなく、「自分自身が安全で、殺されたり殺さなくてもいい状況」を許せなくなってしまう。「人間兵器」に自己進化した人間の、なんかすごく悲しいものが描かれていたと思う。■でもそういう人間を作り上げる事で現代社会の繁栄と安全は成り立っているんですよね。結構重い問題ですよね。
[DVD(吹替)] 8点(2010-09-02 22:40:22)
20.  ウィッチマウンテン/地図から消された山 《ネタバレ》 
妻投稿■題名からしてアメリカ版横溝ワールドを想像していましたが、子供向けSFストーリーです。ストーリーはありきたり、設定にひねりもなし…そういう映画でありながらかなりハラハラドキドキさせてくれます。カーチェイスやUFO追跡劇をやり続けるのに平坦で障害物もない砂漠は迫力面などで不適格だろうと思いきや、追跡者の乗り物の全容を敢えて見せないまま暗闇の逃避行を臨場感たっぷりに見せてくれますし、基地に乗り込むシーンもテンポが良くてしかも無理がなく、なんかうちら夫婦でもヒーローになれそうな気になっちゃいました。設定やストーリーを無駄に難解にして結局は観客を舐めきった「話題作」が氾濫する中、この映画は「ありきたり」と蔑まれながら、実は観客をどう楽しませるかいろいろ思案している、ほのぼのとした小さな発展途上国で作られたようないいにおいのする映画です。■ただ途中「名前を言うのも恐ろしい例のあの映画」ほどではありませんが非常に短い作中時間で夜と昼がいつのまにか逆転しているシーンが2回ありました。まさかエイリアン格納庫には「夜の帝王」が待ち構えているのではないか…そんな不安が一瞬よぎりました。
[DVD(吹替)] 8点(2010-08-25 23:33:50)(笑:1票) (良:1票)
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