とらをおういぬ

 

まえおき

 このところレビューが長大化する傾向があるので、せっかくだからブログ機能を利用してみることにしました。

 シネマレビュー本体にネタバレのない短いレビューをして、ブログの方でネタバレありのより詳しいレビューをする、という使い方もできますしね(非常に便利な機能だと思うので、利用者が少ないのが不思議なくらいですが……)。

 主に映画感想の補足の場として利用するつもりなので、頻繁に更新することはないと思います。

2009-08-18 22:47:52 |  | コメント(0) | トラックバック(0)

ドニー・ダーコ(2001年【米】)

この作品についてはどうしてもレビューがまとめられず、書いては消しを何度か繰り返していた。爽やかなスポーツものとは真逆の、感受性と過剰な自意識にがんじ搦めにされた暗く鬱屈した青春。


サリンジャーの諸作品や、『トニオ・クレーゲル』、『氷の海のガレオン』、あるいは『ぼくは勉強ができない』(?)のような青春物語の系統に連なる作品と思う。

甲子園で汗を流す球児たちの姿も素晴らしいとは思うけれども、実は日の当たらない場所で、静かに戦い続けている少年少女も少なからず存在する。はっきりいってそういった連中の考えていることの半分はろくでもないわけだけれども、感受性が鋭敏である分、周囲の欺瞞を見抜く目を持っていたりもする。ただし、適当に流す柔軟さは持ち合わせていない。現実世界の煩わしさ、嫌らしさに不器用にぶつかることしかできない。

劇中、ドニー・ダーコは唐突に太った女の子の顔をつかんで「君もいつか幸せになれる」という。みんなにバカにされているその子をドニーだけはいじめない。普通、この年代の子どもは自分の悩みごとでいっぱいになってるときは、どこまでも自己勝手になれるものだ。ドニー・ダーコは根暗で孤独なガキのくせに、人に優しくあろうとしていた。それが妙に悲しく、やり切れない。

ガールフレンドのために未来を書き換えようとしたドニーの思いは、ライ麦畑のキャッチャーでありたいと願ったホールデンのそれと一緒だ。しかし現実社会に生きていこうとするなら、自分自身も泥を被ることは避けられない。ホールデンは切り抜けたが、ドニー・ダーコにはできなかった。微笑んで敗北を受け入れた。

"Mad World"が流れるシーンで、それぞれの眠れない夜が映し出される。ある者は悪夢に悲鳴を上げて目を覚まし、ある者は考えごとに耽って目が冴えてしまう。彼らはドニーが逃げ出した戦いを引き受けた者たちだ。そのなかでドニーだけが嬉しそうに目を閉じる。「昨日僕は自分が死ぬ夢を見た/これまで見た中で最高の夢」。"Mad World"は信じられないほどこの映画に溶け込んでいるが、自分はここでRadioheadのある曲も思い出した。「誰もが何かを恐れている、何かを」といった詞のあの歌。

自分自身や周囲と距離を取ることを覚えれば、人生はそんなに捨てたものじゃないと思う。その意味ではドニーはただの甘ったれたガキで、人生を半端に投げ出したバカ野郎でしかない。

けれどもこの少年の気持ちが理解できるのも確かだ。夜中に目を覚まして天井を見つめるときの寄る辺ない気持ち、耐え難い不安。足元に空いている真っ暗な穴を見つけてしまったかのような気がして、目の前がぐらぐらしてくる。心に隙間ができて、自殺願望とまではいかないとしても、いっそこのまま消えてしまえたら楽なのにな、なんてふと考えてしまう。普段は目を逸らしている、根っこのところの問いが立ち返ってくるあの瞬間は、いつも真夜中にやってくる。
大人になっていろいろなことを受け流すのは上手くなったけれども、正面から向かうことはさっぱりだ。受け流してこられたのだって、ただ単に運がよかったから、という気がしなくもない。乗り越えられなかったドニーを誰が笑えるだろうか。

ビジュアル的なイメージを拾うだけでもそれなりに面白いが、万人受けする映画ではない。けれども人によってはとても大切な作品になるだろう。少なくとも自分は、心の奥に仕舞いこもうとしていた秘密を掬い上げられてしまったような感じがした。感動という言葉では足りない、心の深い部分での共感があった。
評価:10点
鑑賞環境:DVD(字幕)
2009-08-18 22:38:55 | 映画 | コメント(0) | トラックバック(0)