1.《ネタバレ》 スパイの日常生活を描くという点で『トゥルーライズ』に近いコンセプトの作品であり、私はてっきり本作をブラックコメディだと思っていたのですが、これが極めてシリアスなドラマとして作られていました。以下の通り劇中には笑うしかないような状況が多数登場するのですが、安易に笑いへ逃げることなく真剣なドラマとして作品を構築した辺りに、本作のクリエイター達の志とスキルの高さを感じました。
スパイの手口は基本、色仕掛け。仕掛ける方も仕掛ける方なら、落とされる方も「脇が甘すぎるんちゃいまっか」と言いたくなるレベルなのですが、新聞沙汰になった現実の機密漏洩事件も色仕掛けにハマった結果のものが多く、人間が一番抗えないのは性欲だということがよく分かります。本作の主人公達も当然色仕掛けを基本戦略としているのですが、ジェームズ・ボンドのように相手が美女ということは現実にありえなくて、彼らはおじさん、ブス、ド変態を夜な夜な相手にして機密情報を聞き出しています。スパイの方々の努力には頭が下がります。
ただし、偽装結婚とは言え20年も生活を共にすればお互いへの愛着が生じ始めている中でパートナーがターゲットとの関係を持っているのだから、時に心穏やかではいられなくなります。本作はホームドラマでもあり、偽装結婚が次第に本当の愛情に変わろうとするが、特殊な職務の中でまた現実に引き戻されるという綱渡りの夫婦関係が面白さのひとつとなっています。もうひとつ面白いのが、そのような特殊状況に対する男女間の反応の違いを描いていることで、奥さんの方は旦那がよその女と関係を結んでも「仕事だから頑張って」と割り切っているのに対して、旦那の方は自分の奥さんがよその男に抱かれることに抵抗を示しており、ドSのヘンタイ野郎に傷つけられた日には、任務そっちのけで「そいつをぶっ殺してやる」と激高します。メンタルにおける適応能力は男性よりも女性の方が上ということが如実に描かれているのです。
そんな彼らのお隣には、FBI防諜部員とその家族が引っ越してきます。まさに彼ら潜入工作員を追っている人間がお隣さんになり、さらには家族ぐるみの付き合いを始めるという非現実的な設定を作品に持ち込んでいるのですが、これをお笑いにすることなく視聴者から自然に受け入れられる形にまとめた辺りに、本作の出来の良さがあります。同時に、現実に存在した潜入工作員達がいかにうまくアメリカ社会に溶け込んでいたかをこの辺りの展開で象徴的に見せており、なかなかうまいものだと感心しました。
ただし、このFBI防諜部員単独のドラマについては多少説得力に欠ける部分があることが残念でした。彼は職務に没頭しすぎる余り家族との関係が悪くなり、他方で二重スパイとして抱き込んだKGB職員の女と親しくなり、最後には男女の関係を結んでしまうのですが、この展開はさすがに飛躍しすぎでした。色仕掛けに引っかかるのは素人であり、しかも相手をスパイと知らずに引っかかるのに対して、彼は潜入捜査の経験もあるバリバリのプロであり、しかも相手の女はKGB職員であることが事前に分かっているのだから、そんな相手に心を許して恋に落ちるなんてことはリアリティに欠けます。