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かっぱ堰さんのレビューページ
プロフィール
コメント数 12
性別 男性
自己紹介 【名前】「くるきまき」(Kurkimäki)を10年近く使いましたが変な名前だったので捨てました。
【文章】感想文を書いています。できる限り作り手の意図をくみ取ろうとしています。また、わざわざ見るからにはなるべく面白がろうとしています。
【点数】基本的に個人的な好き嫌いで付けています。
5点が標準点で、悪くないが特にいいとも思わない、または可も不可もあって相殺しているもの、素人目にも出来がよくないがいいところのある映画の最高点、嫌悪する映画の最高点と、感情問題としては0だが外見的に角が立たないよう標準点にしたものです。6点以上は好意的、4点以下は否定的です。
また0点は、特に事情があって採点放棄したもの、あるいは憎しみや怒りなどで効用が0以下になっているものです。

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1.  ウルトラマン [39話] 《ネタバレ》 
最終回なので「地球最後の日」の雰囲気を出している。パリの総合本部では、敵が日本に向かって来たのをいいことに「健闘を祈る」とだけ言って日本の科特隊とウルトラマンに押し付けたかのようで、誰も助けに来ないのかと恨み言を言いたくなったが、日本の科特隊としてはこれで本気度が倍加したらしい。 結果としては、国際組織が逃げてウルトラマンも負けた相手を日本の科特隊があっさり撃滅してしまい、今後は人類自ら地球を守る決意を見せるエピソードにはなっている。しかしそれにしてもちょっとウルトラマン自体が弱いという印象だった(国際社会も非情だ)。 なおハヤタが第1話からの記憶を失っていたのは残念なことだった。外見的にはハヤタ1人でも、実は心の中でウルトラマンといろいろ交流があったのではと思うわけで、それが全部忘れられたとすれば寂しいことだが、まあウルトラマンの方が覚えていてくれればそれでいいか。  ところでゾフィがハヤタに命をやると言っていたことからすると、地球人もウルトラマンも命は共通のものだということがわかる。またウルトラマンが倒れてから過去の戦いが映されるのがいわゆるパノラマ視現象(走馬灯)ということなら、ウルトラマンの種族も臨死体験は地球人と同様ということになるか。命の持ち運びとか寿命が万年単位とかいうのは別として、意外にウルトラマンの種族も死生に関わることでは地球人と話が通じるのかも知れない。 最後のナレーションによれば、ウルトラマンが地球に来た目的は「人類の平和と正義を守るため」だったそうだが、その後の言葉とあわせて聞けば、凶暴な怪獣たちを倒す=平和を守る、宇宙からの侵略者と戦う=正義を守る、という整理の仕方だったと思われる。ウルトラマンが「正義の味方」ということ自体は間違いないにしても、それだけでなく怪獣退治も含めて「人類の味方」だったというのがより実態に近いのではないか。「そんなに地球人が好きになったのか」とも言われていたが、人類側としてもまことにありがたいことだったと思わなければならない。 あとは人類が自分で何とかするとしても、現実社会のことを考えれば本当の敵は内にいるのではないかというような皮肉もいいたくなる。しかしそれは大人になってからの話ということで、これを見ていた子どもらは、まずは自分も誰かのための役に立ちたいという気持ちを持ちつづけてもらいたいと言われていたということだ。
[DVD(日本ドラマ)] 5点(2022-12-31 10:24:33)
2.  ウルトラマン [37話] 《ネタバレ》 
最初にピグモンが出現した玩具売場は「(東京都中央区の)銀座の真ん中にあるデパート」だそうだが、松屋デパートとすればその後にチブル星人も現れた場所ということになる。東京の視聴者には馴染みの場所だったかも知れないが地方民には縁がない。  今回はイデが「科学特捜隊もウルトラマンさえいれば必要ない」と嘆くのが有名なエピソードだが、突然そのように思いつめたきっかけが見えないのは不自然だ。また今回もピグモンは最初から人間側に助力していたわけで、それを完全無視してウルトラマンだけいればいいというのは失礼だろうと思ったが、しかし終盤まさにそのことに気づかされたイデが一念発起した、というのがドラマチックなところと思われる。 今回は新登場の怪獣のほか、再登場の怪獣も複数いて豪華キャストだが、そのような「怪獣総攻撃」のエピソードにこういうドラマを組み合わせる必然性があったかに関しては、まずはドラコとかテレスドンといったそれぞれ名のある連中をザコ扱いして、人の力だけで倒してみせる展開を用意するためだったとはいえる。また再度ピグモンに活躍してもらうのも題名につながる重要ポイントである。 ラストの大酋長にはさすがのウルトラマンも手こずったようで、羽根攻撃の対処にスペシウム光線を相当使ってしまって赤ランプがついたところをイデが倒した形だったので、ハヤタの言う「持ちつ持たれつ」という感じには一応なっている。ただやはりどうしてもウルトラマンが少し無理してイデに花を持たせた感じもあり、この件はこの少し後の最終話に持ち越しになった形だった。 なお今回は人事を尽くしてこそウルトラマンも助けてくれるという考え方が出ていたが、ここから「帰ってきたウルトラマン」にもつながっていったということかも知れない。  ほか雑談として、劇中の科学特捜隊の活動のうちウルトラマンの力を借りないで済んだため、番組で取り上げられなかった事件が相当数あったとすればイデもこういう気持ちにならなくて済んだはずである。しかしそうでなかったということは、実際に起きた事件のほとんどがウルトラマンの活躍で解決されたことになり、番組ではその1事件を1話に編集して1週ごとに放映していたらしい。ウルトラマンが出たものの、大したことはなかったのでTVでは割愛された事件もあったかどうか。
[DVD(日本ドラマ)] 5点(2022-12-31 10:23:11)
3.  ウルトラマン [33話] 《ネタバレ》 
今回登場の宇宙人は、「暴力は嫌い」と言いながらも序盤から平気で破壊工作をやっている。侵略先の住民を利益供与や脅しで従わせ、またいきなり実力行使ではなく武力で威嚇するのは人類社会でも普通にあることだが、その上で全面侵攻にまでは至らなかったのは確かに力の信奉者ではないらしい。ウルトラマンとは互角の勝負であって、敵わないと思って逃げたのではないという点は重要かも知れない。 ただこの宇宙人が地球を奪う正当性が、議会とかならともかく少年一人の承諾だけで得られるという考え方は全く筋が通らない。何でこの少年でなければならないのかも不明であり、「サトル君は素晴らしい地球人だ」などという言い訳のウソ臭さには子どもでも騙されないと思われる。しかし思うにこれはこのエピソードの都合上あえてこういう無理を通したのであって、要は劇中少年の果たした人としての責務を、視聴者の一人ひとりがそれぞれ負うことを明瞭にするためだったと思われる。これこそが民主主義社会の本来あるべき姿を示したともいえる。 そういう前提で見れば、自分の食い物を他人に分ける気もないわがままで小癪なガキが「ぼく一人が…嬉しくなんかない」と啖呵を切るのには泣かされてしまう。それなりに幸せに暮らす人々と一緒に、自分もそれなりに幸せに生きたいというのが普通一般の人の願いであって、周囲の人々を見捨てて(踏みつけにして、従わせて)自分だけの利を得ようとしないでもらいたいという思いがここに感じられる。当時の大人に鼻で笑われていた子ども番組に、こういう真直ぐなメッセージを込めた真摯な姿勢には頭が下がる。 ラストでは「メフィラス星人は、今度はあなたの心に挑戦して来るかも知れないのだ」という脅し文句が出ていたが、これを見ていたガキ連中が今頃どうしているかと思うと悲観的になる。メフィラス星人のようなのにやられっ放しではないかと思わなくもないが、まあ世の中全部がそうでもないはずだと思っておく。  なお今回は、宇宙人よりむしろ「巨大フジ隊員」が見どころになっている。「ウルトラQ」第17話の時と立場が逆なようだが、実際はどちらも男連中は普通のサイズのままで、この人の方がその場の都合で縮小されたり巨大化させられたりするのは気の毒だ。オヤジ警官に拳銃で撃たれていたが、科特隊の制服だったので穴は開かなかっただろうと思われる。
[DVD(日本ドラマ)] 6点(2022-12-31 10:21:33)
4.  ウルトラマン [18話] 《ネタバレ》 
今回登場は「ザラブ星人」と表示されるが肩書はついていない。「凶悪宇宙人」というのは後付けの称号だったらしいが、凶悪というよりいかにも胡散臭い雰囲気を出している。侵略の前工作で「放射能」を含む霧を東京に出していたが、それで「東京は数時間以内に死の街になる」というのではやりすぎで洒落にならない(歴史的な大惨事だ)。この頃の日本ではまだ放射線の脅威に対する認識が甘かったのか。 科特隊の面々はさすがに疑念を解いていなかったようだが、対して政府や御用学者のようなのが頼りにならない連中で、胡散臭げな宇宙人にまんまと手なずけられてしまっていた。国際組織から国家機関への移管を求めて役人が押しかけて来た場面は国家エゴを形にして見せていて生々しい。こんなのをよく子ども番組(小学校低~中学年向けくらい?)で見せるものだと思うが、これを見て国家権力を批判していればいいというよりも、劇中少年の見せた無垢で純粋な心の方に目を向けるべきとはいえる。これを見た子どもらが年を取ってからも、世間の醜さはどうでも自分は自分として正しいことをする、と思う真直ぐな心を持っていられるかの問題なのだと真面目に理解しておく。 しかしそれにしても泣けばいいというものではないのであって、乙女の涙ならまだしも生意気なガキでは効果が怪しいが、ここは人事を尽くしてこその奇跡という含みがあると思っておく。締めの「やっぱりウルトラマンは正義の味方だったんだ」という言葉には文句をつけようがない。誰が茶化そうが貶めようがウルトラマンは正義の味方である。  登場人物に関して、ホシノ君は第一線での活動を志向していたにもかかわらず、結果的にフジ隊員の助手を命じられてお茶くみまでやらされていたが(女子供という括り)、結果的に大手柄を挙げていたのは年少の視聴者向けの趣向である。一方でハヤタが大事なものを単純に忘れて行ったという展開には呆れるが、そもそも今回のハヤタは宇宙人に先手を取られて狼狽したりして人間的な顔を見せていて、常日頃からウルトラマンなのではなく普通に人として生きているらしいと思わされた。 ほかザラブ星人の化けたフジ隊員はいつもより怪しげな美貌を見せている。ニセ・フジ隊員も、ニセ・ウルトラマンと並ぶ悪のキャラクターだった(今回は巨大化しない)。本物のフジ隊員は年少者をさりげなくかばう気遣いを見せていた。
[DVD(日本ドラマ)] 5点(2022-12-31 10:19:51)
5.  ウルトラマン [1話] 《ネタバレ》 
現在もまだ続いているシリーズの記念すべき第1回である。 史上初の巨大ヒーローであり、怪獣ばかりが出ていた従来の特撮怪獣物からすれば常識外の存在だったはずだが、それにしては人間側の驚きが表現されていない。ウルトラマンを見た科特隊員が、何も疑問を持たずにいきなり応援していたのは直前のナレーションでも聞いていたからか。視聴者にしても事前のアナウンスで、ウルトラマンとはこういうものと知っていて何とも思わなかったかも知れないがちょっと物足りない。  背景設定に関するナレーションの説明によれば、「科学特捜隊」とは「国際科学警察機構」という国際組織の日本支部に置かれた特別チームであって、ウルトラセブンでいう地球防衛軍の極東基地にいるウルトラ警備隊と同じような位置付けになっている。本部がパリなのはなぜかと昔から思っていたが、実在の「国際刑事警察機構」(ICPO)の本部が当時はパリにあったことからの連想かも知れない。 科特隊本部内の透明地図を見ると、本部の位置を示しているらしい赤丸が練馬区と杉並区(と中野区?)の境界あたりに付いている。円谷プロなので世田谷区かと思えばそうでもなかったようだが、ちなみにその後に怪事件があったと埼玉県警から通報があった場面では、なぜか群馬県館林市の付近に赤丸を付けていた(その日の全国最高気温の場所?)。あまりこの透明地図は当てにしない方がいい。  ドラマ的には、初回なので仕方ないかも知れないが半端な感じになっている。テープレコーダー(オープンリール式)を使った意図が不明で、命令を素直に聞いてよかったという意味になるわけではなく、あるいはフジ隊員の精神状態が正常であることの証拠にもなっていない。 初回なので主要人物が一通り出ている中で、特にフジ隊員とホシノ君のやりとりの部分が大きかったが、しかしこれも何がいいたいのかよくわからない。科特隊は規律が厳しいのか緩いのかが最終的に不明瞭だったが、大人の社会はそんなものだということか、あるいは建前よりも実態に即した臨機応変な動きが優先するということなのか。要は硬軟あわせ持った組織ということだと思っておく。 なおフジ隊員はイデに「所詮は女の子ですからね」と言われていたが、ジェット機(それもVTOL機)の操縦を普通にしているなどそもそも常人にできることではなく、これはイデの偏見というしかない。
[DVD(日本ドラマ)] 4点(2022-12-31 10:17:54)
6.  ウルトラセブン [45話] 《ネタバレ》 
実相寺監督作なので少し奇を衒った風に見える。 野球中継の聞こえる仕舞屋のような家に宇宙人がいて、変になれなれしいのはメトロン星人(第8話)と同類かと思わせる。終盤の戦いでは着ぐるみの格闘はほとんどなく、主に特殊効果で光の交錯による激闘の印象を出していた。音楽面ではM52(ディヴェルティメント)、M50(Sieste)、M51(フルートとピアノの為の協奏曲)といったクラシック風の曲を多用している。  今回の主人公は世田谷区在住で町工場に勤める青年である。ウルトラセブンの実在する世界を市井の庶民の目から見たエピソードらしい。 彼が趣味の天体観測に没頭し、仕事が疎かになっていたのは世間的には駄目な奴である。しかし彗星の発見者になったりすればその辺の連中を見返してやることもできるわけで、そうでなくても今回の思いがけない手柄により、近隣住民にも賞賛されていたのは名誉なことだったはずである。 それでも素直に喜べなかった理由はよくわからないが、もともと彼は人間嫌いでこの世界からの逃避が究極の夢だったらしく、その夢が実現するかと思ったとたんに失われた落差で、もう世間的な名誉などどうでもよくなってしまったのか。あるいは、清らかだと思った「星の世界」も地球からそう見えていただけの幻影のようなもので、実は覇権拡大の野望が渦巻く汚れた世界だったことに失望したのかとも思われる。終幕場面は、夢から覚めたあとの本当に何もない日常を、彼がただ生きなければならなくなったことの表現かも知れない。 なお劇中では専門家がアマチュアを小馬鹿にする様子が見えていたが、少なくとも天体観測の分野では、彗星発見のようにアマチュアの働きが評価される機会もなくはなかったはずである。しかしあえて皮肉をいえば、アマチュアの立場で評価されるほどのことはめったに起こらないので、プロの仕事で評価されるようしっかり務めろ、という教訓も込められていたかも知れない(不明)。 ちなみに少年の発言にあったように、恋人ができさえすればそれだけで今の現実が全く別の輝かしい世界に変わる可能性もある。しかしそれこそがこの青年には最高に難しいのだとは思われる。  ほかレギュラー紅一点のアンヌ隊員は甘ったれた様子もなく冷静な表情で職務に専念していたが、それはそれで可愛く見える。今回は謎解き役を当てられていて、少しいいところを見せていた(言っていたこと自体は意味不明だが)。
[ブルーレイ(日本ドラマ)] 7点(2021-07-31 08:54:05)
7.  ウルトラQ [11話] 《ネタバレ》 
今回登場のバルンガは土星出身と言われていた気がするが、改めて見ると土星産ということでもなく、たまたま地球へ帰る土星ロケットに付いて来ただけらしい。「宇宙空間をさまよい、恒星のエネルギーを食う生命体」というのは、単純に異星の生物というよりはサイエンスフィクション的な発想である。 造形物としては、最初に机の上に浮いていた姿はユーモラスだった。この時点では「風船虫」と言われていたが、その後の車内の場面でも、まるきりつぶれたゴム風船のようなのを引っ張り出した感じだったのが可笑しい。しかし最終的に、巨大化した姿で東京タワーの近くに浮いていたのは絵として悪くない。その辺の空にただいるだけで、人類文明に破滅をもたらす存在ということに独特の風情が感じられる。 背景音楽としては不穏なピアノ音が印象的だった。またドラマ的には、一平という男が後半で危機に陥ることとの対比なのか、前半で江戸川記者と同級生的な仲のよさを見せていたのは和んだ。  社会的なテーマがあるかはよくわからなかったが、単純な現代文明への批判かと思ったらそうでもなく、むしろ批判だけしてどうすべきかを考えない態度への批判が込められていたように見える。 今回登場の訳知り顔の博士は、個人的事情もあって当初は世間を蔑むように神の警告とか反省しろとか皮肉を言うばかりだった。しかし現実の問題として電気が来なくなれば、救える命も失われるという人として見過ごせない事態が生じてしまう。また自然現象に逆らうのは無意味だなどと突き放したことを言っていたが、人間の立場としては自然現象だろうが天罰だろうがやられ放題でいいことにはならない。これに対する江戸川記者の直言で、ひねくれた老人の心も結果的に揺らいだのかも知れない。 またその江戸川記者の関係では報道の使命といったことに触れていたようでもある。当然ながら報道自体に価値があるのでなく、報道がどうやって人の役に立つかが大事ということか。「いいじゃありませんか」のところは人の情に寄り添ったいい発言だった。  ほか雑談として、この当時はあったが今はあまりないだろうと思うものとして、博士がいた和室がこの家の空き部屋を借りていたものだとすれば、これが本来の意味での「下宿」ということになる。また最後の電車の場面は地下鉄が神田川を斜めに横切る場所だろうが、この付近も現在はかなり雰囲気が違っているようである。
[ブルーレイ(日本ドラマ)] 5点(2021-07-24 08:18:36)
8.  ウルトラセブン [8話] 《ネタバレ》 
監督のせいで見た目が非常に特徴的なエピソードになっている。 冒頭、かよわい女性を痛めつける場面は子ども番組とも思われず、いかにも戦後社会に好まれた暴力性と狂気の表現になっている。その後の展開は迅速で、寺院の参道ですれ違う人々の断片的な会話から事情が知らされていくのは手際がいい。映像的には、メディカルセンターで白丸4個それぞれに人の頭4個が入っていたのが印象的だったが、そもそも室内照明を落としているのでいつもと同じ場所とは思えない。 終盤のアパートでは、ネコがニャンと言って逃げていった場面が好きだ。またちゃぶ台の上に茶碗があったが中には何も入っていなかったようで、これはわざわざ出したのでなく前の客が来た時のものを洗わずに放置していたということか。敵の宇宙人は偉そうな物言いだったが案外話好きな奴だったのかも知れない。  ところで、この番組の初期エピソードは子ども向け学習教材のように見えることがあるが、今回の物語で学ぶべきは人間社会を成り立たせている基本原理のようなものである。つまり人間が安定的な社会を形成するためには最低限必要な共通認識(人を害してはならないなど)があり、これを自分が守るとともに、他者も同様に守っていると信じられることで安全かつ安心な社会ができるのだということである。 これは日本ではとっくの昔に実現しているはずだが、しかし劇中のように誰が自分を害するかわからない状況になれば、自分を守るために皆が疑心暗鬼に陥ってしまい、人々の安全を担保するはずの社会自体が弱体化または崩壊してしまうかも知れない。例えばアメリカでは銃規制が緩いことで多数の人々が一度に殺されたりするのが不安要因であり、またいわゆる失敗国家などで治安が悪化するのも安全・安心が脅かされた事例といえる。この「安全」「安心」を確保する手段を、このエピソードでは「ルール」「信頼」という言葉で説明していたわけである。 そういう生真面目な話だったにも関わらず、「交通ルールを守る家」の札で茶化して矮小化してしまい、また最後のナレーションで「信頼」の意味をわざわざ歪曲していたのも大衆受けを狙って皮肉めかして格好つけただけのようで大人気ない。台本通りでは面白くないのはわかるとしても、この件で自分としては今回の監督が許せない。というか嫌いだ。レギュラー紅一点のアンヌ隊員をキレイに見せないのも気に入らない(なぜか胸を目立たせていたが)。
[ブルーレイ(日本ドラマ)] 7点(2018-12-31 23:22:06)
9.  ウルトラセブン [2話] 《ネタバレ》 
第2話にしていきなり怖い話である。 まずは植物モンスターに襲われて怪物化した者が、また別の者を襲って増殖していく吸血鬼/ゾンビパターン自体が恐ろしい。また路上で襲われた酔っ払い(演・大村千吉氏)の恐怖に歪む顔とか、救急隊員が背後から襲われるなど映像面のインパクトも大きい。終盤の電車がトンネル内で停車してしまったのは不測の事態で慌てるが、そこで逃げ場のなくなる運転席というのがまた怖い。 それでも最後に敵が倒されると、犠牲者も元の姿に戻ってめでたしめでたしなのは子ども番組らしい優しさともいえるが、しかし最後のナレーションではまた視聴者の不安を煽るようなことを言ってみせる。年齢が上がってしまえばそんなこと言われても怖くないぞ、と強がることもできるが、昔これを見た子どもの立場としては、内心本当に不安になってしまうというのが正直なところだった。 ちなみに昔の田舎の子どもとしては、東京に関することをTV番組で初めて知る場合も多かったわけだが、その面で今回記憶に残ったのは終盤の電車だった。この番組のせいで、自分としては「小田急ロマンスカー」(3100形らしい)というのは恐ろしいものだとその後ずっと思っていたわけだが、そういうのは小田急電鉄にとって誤算ではなかったのか。 ほか登場人物ではレギュラー紅一点のアンヌ隊員が、物言いは女の子風ながら沈着冷静で有能なところを見せているが、ラストではちゃっかりダブルデートを企んで、それを隊長が黙認していたのは緩い職場と思わせるものがある。またゲスト出演の中真千子さんが、いわゆるいたずらっぽい顔をしてみせるあたりは表情豊かとはいえるが、今の目で見るとわざとらしかったりする(笑う)。  なおこの回の変な点として、地球防衛軍の隊員が妙に金持ちらしいのには突っ込まないとしても、自宅に若妻を残して6か月ぶりに帰宅して、最初の晩に「先にお休み」と若妻を寝かせておいて次の晩以降も同じだったろうと思われるのを当の若妻は一体どう思っていたのか。一応その辺は若妻の態度に表れていたと見えなくもないが、本来いち早く夫が別人であることに気付くべきだったのに箱根に誘われて浮かれてしまったのは呑気な奥様というしかない。またそのことと直接関係ないが、宇宙ステーションでは自室に鍵をかけるのが習慣というのはどういう理由なのかも気になる(南極観測隊ではどうなのか)。
[ブルーレイ(日本ドラマ)] 6点(2018-12-31 23:22:03)
10.  ウルトラセブン [34話] 《ネタバレ》 
教訓めいたもののない、ほとんど純粋な娯楽エピソードに見える。 時代背景としては、冒頭のナレーションで「水道・ガス・電気・地下鉄など、大都会の動脈を作る工事が、いつも、どこかで行われています」ということが語られている。工事自体は今でも当然あるとして、高度成長期の頃はそもそもインフラ自体が整備途上のため目についたということかと思うが、言われてみれば昔の記憶として、ある場所を掘り返す工事が終わって埋めたあとにすぐまた別の工事で掘り返す、といったことが皮肉めかして語られていた気もする。またそれとは別に当時の世相として、今まで普通に暮らしていた人間が突然失踪する“人間蒸発”というのが問題になっていたこともあり、この前年にも「人間蒸発」(1967年、今村昌平監督)という映画が公開されたりしている。 今回はそのような“街を掘り返す”ことと“蒸発する”という要素を組み合わせて作った話のようで、具体的には大都市の一角がそのまま野原に移動してしまう(舗装つき)というのが見所になっている。しかし締めのナレーションなどは取ってつけたようで、社会批評にしてもあまり突っ込んで考えたようには思われない。生粋の東京人なら、田舎は自然があっていいですねと言いながら、実は東京だけが人の住むところなどと思っていたはずで、それはナレーションで言及されたビル街も同じ思いだったに違いない。  今回登場の宇宙生物(名乗らない、知能あり)は、本来は不定形のものだったらしく、湧き立つ白い泡が増殖する細胞を思わせて気色悪くも見える。これが何にでも形を変えるとのことで、変な怪獣になった姿は薄い水色にあざやかな赤の目と口という配色が悪くなかった。ただ怪獣としては特に武器になるようなものもなく非力だったようである。 また登場人物としては、前作の「ウルトラマン」にも出ていた真理アンヌという人が“霊媒師”の役で出ているが、脚本の金城哲夫氏がこの人のファンだったとのことで、この番組レギュラーの友里アンヌ隊員の名前の由来にもなっている。そのアンヌ隊員は、ラストの顔など見ると普通に可愛く笑っているが、途中でモロボシダンが“蒸発”して(拉致されて)心配していたところでは、精神的な負荷のためか無表情になっているのがかえって美しくも見えた。この人のこんな顔は珍しいかも知れない。
[ブルーレイ(日本ドラマ)] 5点(2018-11-10 22:22:59)
11.  怪奇大作戦 [25話] 《ネタバレ》 
実相寺監督・佐々木守脚本のエピソードで、この組み合わせは第5話以来である。第23話に続いて(一つ飛ばして)今回も京都が舞台になっており、レギュラーの面々と町田警部がまた出張して来ている。 ファンの間では評価の高いエピソードだが、自分としてはそれほど気に入っていない。その理由は主に、昔が正しい/今は間違っているという思い込みが感じられることである。教授の助手が、一千年前に(西暦969年/安和二年、藤原氏の全盛期)美しい文化が栄えたと言っていたのまではいいとして、都市景観まで美しかったろうと思う根拠は何なのか。また教授の「近頃の京都の変わりよう」という発言は、単に自分が生きていた範囲の昔と比べているだけのことで、年配者にみられる勝手な決めつけにしか思われない。さらに街や人のありようと仏像がどう関係するのかもわからなかったが、まあ昭和40年代の時点での素朴な問題意識を未整理なままで出していたと思うしかない。ついでにいえば、京都にいながら「…大和しうるはし」という一文を引くのでは、盗品を奈良県に隠す意図でもあるかのように聞こえる。 そのほか人物の関係では、恋人未満の2人の思いはくみ取れるが、個人的に問題だったのは教授の助手(観音様?)がどうも好きになれないことである。申し訳ないが第23話の「信子はん」の魅力には負けている。  なお今回はレギュラー紅一点のさおりちゃんも出張に同行したようで、他のメンバーと一緒に和風旅館で座卓を囲んでいたが、ここでの言動を見ているとまるで酔っ払いのように見える(鼻もテカテカしている)のは非常に変だ(酒は出ていない、そもそも未成年では?)。今回最も面白かったのはこの場面だった。
[DVD(日本ドラマ)] 5点(2018-11-10 22:22:58)
12.  ウルトラマン [24話] 《ネタバレ》 
「深海怪獣 グビラ 登場」の回である。「協力 よみうりランド」とのことで、当時あった水族館の映像を使っていたと思われる。 普通の感覚でいえばガキが出て来て煩わしいエピソードということになるが、今回はそのホシノ君がかなり格好いいところを見せている。女児が泣こうが大人がゴネようが終始沈着冷静で、キャップからの指示で迅速的確な対処をみせるなど、実質的に科学特捜隊の隊員として働いているのに感心するが、こういう優等生は、現代であれば(当時も?)かえって毛嫌いされるのではないかと思ったりする。 しかし泣いていた女児を変顔で一生懸命慰めて、女児が機嫌を直したあたりは、子役の表情が自然な感じで和むものがあったといえなくはない。  このホシノ君との対比で、駄目な大人の例として出ていたのが「科学公団総裁」である。この公団は今回の海底センターの設置主体だったのではないかと思うが(マスコミの取材を受けていた)、その組織のトップともあろうものが「水圧も相当なんだろうね君」などという素朴な疑問を他人事のように科学特捜隊にぶつけるとか、そこで一度水圧の話が出たにも関わらず動転して海中に出ようとするなどほとんどまともな人間扱いされていない。「日本の科学を信頼して下さい」と他人に言われる科学公団総裁というのは一体どういう役職なのか。もとが高級官僚だったとすれば馬鹿ということは本来ないはずだが、当時からこの種の連中が全く信用されていなかったことの表れと取るべきか。 そのほかフジ隊員が、自分に失策があったと思って責任を感じていたのが単なる本人の思い込みに終わったのは若干不自然だったが、これも総裁との関係で隊員の責任感を強調するための趣向だったのか。最後に締めとして、フジ隊員に過失はなかったことが判明してほっとする場面、及び総裁が恥じ入る場面を入れてもらいたかったが、女児が父親のもとに駆け寄る場面が優先されたらしい。
[DVD(日本ドラマ)] 4点(2018-11-10 22:16:36)
13.  ウルトラQ [19話] 《ネタバレ》 
近未来から何かが来たというSFっぽいエピソードである。劇中の説明によれば、地球の西暦で書いてあるからといって未来の地球人というわけではなく、2020年時点での他惑星の生物が、空間と時間を越えて1966年の地球に来たと取るしかない。 ちなみに今になってみると、その2020年がもう目の前に迫っているというのは非常に感慨深い。この番組が放送されたのは東京オリンピックの2年後だが、その時点から54年後に東京でまたオリンピック(+パラリンピック)が開催されるとは当時誰も思ってなかったろう。  今回は液体が動いて人を襲うというのが嫌な感じだが、加えてこの液体(「消去エネルギー源」)に触れた者が、どこかの世界に連れ去られてしまうというのが子どもにとっては非常に怖い設定だった。いったん安心させておいてからのラストも後味が悪い。 またケムール星から来た怪人は外見も出方も不気味で、この番組に出る怪獣・宇宙人の中で一・二を争う強烈な印象がある。なぜか頭についている管からときどき液体を噴出するのが気色悪く、最初は感電して慌てた場面で出たのでいわゆる“小便ちびる”というようなものかと思ったが、外部情報によればこれが消去エネルギー源だと説明されているらしい。特殊効果なしで軽々と跳ねる演技をしていたのは中の人(古谷敏氏)が頑張っているなという感じだった。 ほか特撮場面では「ジェット哨戒機」(F-104J戦闘機)が2機ともやられた場面や、ケムール人が巨大化する場面で液体イメージの映像を合成していたのが目新しい印象だった。  登場人物では、今回は江戸川記者が大活躍する回になっている。男社会をものともしない強気の新聞記者のようでいて「こわいじゃないの」など、第一線の職業人と女の子っぽいところをちゃんと両立させており、これは男女共同参画的な観点からの見本と思われる。ラストで逃げていったのも笑われていた。 ちなみに江戸川記者が遊園地からデスクに電話する場面は面白かったが、ここで「さいかち」と言っているのは意味不明だった。サイカチでは植物の名前になってしまうだろうが、「才槌」(さいづち)であれば「才槌頭」という言葉が昔あったので(1949年の映画「虹男」の原作にも出て来る)、もしかすると「石頭」から連想された言葉だったのかも知れない。BD特典の台本にも「サイカチ」と書いてあるので脚本段階からの間違いと思われる。
[ブルーレイ(日本ドラマ)] 7点(2018-11-10 22:16:34)
14.  ウルトラQ [8話] 《ネタバレ》 
冒頭がサスペンス調の映像で始まり、単なる子ども番組で済ませずにそれなりのドラマを作ろうとしているなと思わせる。 題名の「甘い蜜」とは、いわゆるローヤルゼリーの何百倍もの効力をもつという「ハニーゼリオン」なる薬品のことである。これを実験段階で悪用したため災難が起きたという展開は、アメリカ映画「蜂女の実験室(蜂女の恐怖)」(1959)の発想を借りたように見える。 一応ちゃんと怪獣も出るエピソードだが、出るのはただの巨大なモグラである(「大モグラ」と呼称されている)。本人には特に悪意もないのだろうが、本来の習性で土をほじくるだけで地表に被害を及ぼしてしまい、建物などのほか農地にも被害が出て農家から苦情が寄せられていたのがモグラ怪獣らしい。普通一般の怪獣特撮では、都市部(要は東京)にばかり目が行っていて農村部には何も存在していないかのような感覚が普通だろうから、このドラマで農村的な土地利用を意識していたのは珍しく見えた。 ほか本筋に関係ないが、序盤で蒸気機関車の引く貨物列車が転覆事故を起こす場面があり、その積荷が主に木材だったのは日本の林業が健在だったことを思わせる。また映像面では、その汽車の場面で同じ映像を何度も繰り返すのはさすがにもたつく感じだったが、モグラが地表に出た場面でカメラに土煙が吹きつけるとか、戦車の攻撃場面で爆煙に力が入っていたのが特徴的だった。  ドラマとしては、人間の「小さな心の歪み」が周辺の農業被害や火山の噴火まで引き起こした話になっている。東宝映画「ガス人間第一号」(1960)と同じ背景音楽が鳴っていることもあり、破滅的な悲恋物語(今回は単純な片思い)との印象も出していた。少し残念だったのは、最初は悪役が本当の動機を隠すつもりだったように見えたのに、最後にもう一度出てきてわざわざ本心を告げたことである。ここは関係者も視聴者もみなわかっていたはずなので言わずもがなではないかと思ったが、人はいくら格好つけようとしても結局みっともないものだ、ということを言いたかったのか。 なお今回のヒロイン役は東宝の沢井桂子さんという人で、劇中人物としては清楚だが、視聴者にとってはあまり好きになれない役だった。悪役の男を最初から毛嫌いしていたのは仕方ないとしても、あからさまにこういう態度を取られてしまうと、自分としても男の立場になってしまってつらいものがある。
[ブルーレイ(日本ドラマ)] 5点(2018-11-10 22:16:33)
15.  ウルトラセブン [9話] 《ネタバレ》 
素直なエピソードで、子ども向けの教育的意図も社会批評も特にないように見える。 宇宙人(名前は出ない)が子どもらに武器を持たせて地球征服をさせようとする話だが、実際に征服を始めてしまうと30分番組に収まらないので未遂で止めている。これが実行された場合に「世の大人たちは手も足も出なかっただろうな」という劇中人物の述懐は、普通に考えればそのとおりだろうが、現実の世界をみればそういう例は珍しくないので洒落にならない。いかにこの手の特撮番組が、日本人の善良さを前提にして作られていたかと逆に思わされる。 侵略開始は午前零時の予定だったが直前に食い止められて、何事もないまま電光表示が0:00になり、「街は、平和に眠っていた」というナレーションとM27系の終曲が余韻を残す。同時にこれを見ていた子どもらも、自分らが当然寝ているはずの(起きているのが許されない)時間帯だということに気づかされる。もともとこの番組自体が架空の世界ではあるが、さらに今回は東京の子どもにとって(多分)見慣れたデパート(銀座松屋)の深夜を舞台にすることで、子ども番組らしいささやかな異世界体験を提供する趣向だったかも知れない。 キャストとしては、題名のアンドロイド(金ピカ美女)役の小林夕岐子さんは昭和特撮の世界でも美貌で知られた女優だが、今回はマネキンロボット?の役ということで、微妙に薄ら笑いする程度の無表情で通している(そこがいいのか)。しかしレギュラー紅一点のアンヌ隊員は、この時期に演者が監督から干されていたとのことでほとんど姿が見えず台詞もない。  ところで今回は変に視聴者を笑わせる場面が入れてあるのが特徴で、序盤でフルハシ隊員が負傷させられる場面では、隣でソガ隊員が笑っている意味を金ピカ美女がわかっておらず、これは劇中アンドロイド搭載AIの性能不足を示していると思われる。また子を抱いた婦人が、警備隊のビデオシーバーに興味津々だった場面も失笑させられる。ちなみにこの場面は今の感覚だと祖母が孫を預かっているように見えるが、この役者が加藤土代子という人だとすれば実年齢はおそらく37歳くらいであるから、自分の子だったとしても不思議はないことになる。 一方で全く笑えないのが大型のガをつぶす場面で、腹の中身が出るような描写はなかったが気色悪いので勘弁してもらいたい。ちなみにこのガはアケビコノハだと思われる。
[DVD(日本ドラマ)] 6点(2018-08-25 18:42:50)
16.  怪奇大作戦 [6話] 《ネタバレ》 
なぜか吸血鬼の話である。最初に洋館で棺の中から吸血鬼が出て来るが、本来は現代(昭和43年)の科学犯罪を扱った番組のはずなのに科学的な説明がつくわけでもなく、最後まで単なる吸血鬼の話で終わってしまう。これは劇中人物にとっても意外な展開だったのではないか。現代の吸血鬼は売血業者だ、といった戦後の風潮を反映した感じの発言もあり、何らかの社会批評を絡めた話かと思えばそうでもない。また単なる吸血鬼の話としても問題があり、最初にポーランドが出て来たのは渋いところを狙ったかと思ったが、最後のナレーションなど聞くと、もともと小説の登場人物だったドラキュラを単純に吸血鬼と同一視してしまっており、いくら昔の番組とはいえこれはさすがに考えが足りない。 さらにストーリーの面でもいい出来には思われない。題名の「地獄」はタイアップ先の「別府地獄めぐり」を意識したのだろうが、物語に即してみれば、劇中の若い男女が陥った境遇を表現していたと取れなくもない。しかし特に若い男の人物像が共感を妨げるものがあり、また時々出る錠剤の意味が不明瞭なこともあって万人に訴える悲劇にはなっていない。そのほか一度死んで葬式もしたはずなのに何もなかったことになっているなど不審な点もあり、また特に最初と最後のナレーションが、物語で表現できていないことを言葉で説明して適当に始末をつけたように聞こえる。どうも何かの事情でやっつけ仕事になってしまったエピソードのように思われた。 なおレギュラー紅一点のさおりちゃんが出ないのも不満足な印象を残すことにつながっている。  しかしそれでも当時これを見た子どもとしては十分怖いエピソードだったと記憶している。この回は別府市の観海寺温泉にあった観光ホテルと全日空のタイアップで製作したものだが、こんな番組と提携しては誘客には逆効果であり(子どもだったら絶対行きたくない)、これは見通しが甘かったのではないかと言いたい。ホテルだけでなく別府全体が“吸血鬼の徘徊する街”になってしまっているのはまずくないか。 ちなみにそのホテルはすでに廃業したとのことで、いまこれを見て行きたいと思っても残念ながら無理である。現地は空き地になっており、その向かいの敷地に同名の介護付有料老人ホームが新しくできているようだが関係はよくわからない。
[DVD(日本ドラマ)] 4点(2018-08-25 18:42:47)
17.  怪奇大作戦 [5話] 《ネタバレ》 
ファンの間では劇中歌が有名なエピソードである。脚本・監督は特撮TV番組「ウルトラセブン」(1967)の欠番エピソードと同じ佐々木守・実相寺昭雄の組み合わせだが、この番組のこの回では変に羽目を外したところもなく、テーマもわかりやすく表現されている。  テーマに関しては見ればわかるとして個人的感想を書くと、まず劇中の犯人の主張は全く容認できない。誰かが罪なく死ぬのならその他の人間を罪なく死なせていいはずだというのは理屈にもなっておらず、今どきこういうテロリストまがいの発想にはつき合っていられない。 また注意しなければならないのは、こういうのを見ると妹に同情するあまり兄の主張も否定しづらくなるわけだが、実際やっていたことは妹の意志でも何でもなく、基本的には兄側の事情によるものだということである。妹と同年配の女性を狙っていたのは八つ当たりのようでもあり(cf.第21話)、また若い女性を殺すことで本人の満たされない性的欲求(妹への愛情?)のはけ口を見出そうとする変質者だったかも知れないわけで(cf.第16話)、この役者の面相自体がそういうことを疑わせるものがある。 簡単に誰かのせいにして済ませる話でないのは作り手側が曲者なのかも知れないが、しかし結局は、社会への反発も割り切れない個人感情もまるごと機動隊が踏みつぶす形になっており、どうも最後は権力を糾弾する方へ話を振らずには済まないらしい。通俗的な締め方ではあるが、この時代はそういうのが普通だったと思うしかない。 ただし自分も生きたい/誰も死んでほしくないという思いの相克に苦悩する妹はまともな人である。「胎内被爆」というものの存在は当時すでに知られていたわけだろうが、それを含めて後々まで尾を引く被害の理不尽さという点で、現在なら「夕凪の街 桜の国」を読んだ方がいい(映画ではなく原作の方)。  なお個別の場面としては、国立大学のボロい校舎の裏で所員2人が煙草をふかしている構図がよかった。またレギュラー紅一点のさおりちゃんは、今回はあまり可愛く映っていないが(監督のせいだ)、職場に芸能雑誌を持ち込むいまどきの(昭和40年代の)若い娘で、そこから事件解明の手がかりを拾う利発さを見せていた。
[DVD(日本ドラマ)] 5点(2018-05-30 23:56:20)
18.  ウルトラセブン [26話] 《ネタバレ》 
好意的な理解がかなり困難なエピソードである。 今回は地球防衛軍が新たに開発した惑星攻撃用の超兵器が問題視されていたが、それは実験で宇宙環境が破壊されるからではなく、大量破壊兵器の開発競争につながるからということである。しかし製作時点での世界の現実をそのままこの番組世界に持ち込んでも、相手が特定されないのでは競争にならないので説得力が全くない。一方では登場人物の発言のように抑止力という考え方もあるはずで、使用せずに済ませる前提なら推進派のいう通り、地球防衛の目的のためにとりあえず強力なものを作っておけば無難というしかない。 また演出面でも個人的には好きになれない。何かと推進派を滑稽に見せていたようだが、特にオヤジ博士(演・向井淳一郎)の顔を大写しにして突拍子もない発言をさせたのはおふざけにしか見えず、その後にわざとらしく野の花を蹂躙するとか、威勢のいい背景音楽にあわせて残虐場面を入れていたのも真面目に見る気が失せる。最後には推進派が突然一斉に反省していたが、いかにも“悲しい”背景音楽から一転して“嬉しい”音楽に変わるのは薄っぺらいとしか思われず、まずは小動物の虐待をやめろと言いたくなった。 以上により、意図はわかるが笑えない風刺漫画のような印象だった。そもそも侵略者に対して非力な地球人だからこそ、実力行使での対抗が是認されるとともにお助け宇宙人も支援しようとしていたわけで、そういう番組の基本前提を覆すようなことを大した考えもなく単なる1エピソードのためにやってよかったとは全く思われない。  ちなみに前野博士役の女優は田村奈巳さんという人で、別の特撮番組では医師役をやっていたが今回は「宇宙生物学の第一人者」だそうである。役どころとしてはそれほど素直に思いを寄せたくなる人物ではないが、見た目は肩書きに似合わない可憐な女性で、ラストで背景音楽が転換する場面ではこの人の美しさが花開いた印象だった。今回はこの人のためにあるエピソードである(アンヌ隊員もかわいい)。
[ブルーレイ(日本ドラマ)] 5点(2018-05-30 23:56:17)
19.  ウルトラQ [5話] 《ネタバレ》 
第5話にして突然南極の話である。 日本の南極観測隊は戦後の1956年から派遣されており、1961~1962年の第6次観測隊でいったん終了したが、その後1965年11月出発の第7次観測隊により再開されたとのことで、このエピソードが放映された1966/1/30時点でも南極観測に対する国民意識が高まっていたのかも知れない。そこまでの間、日本の砕氷船が氷に閉じ込められたこともあり、また1960年には隊員が遭難したため現地に石積みのケルンを建てた(1968年に遺体を発見)というような、今回のエピソードに似た事件も実際に起こっている。1959年には、前年に現地に置き去りにされた犬の「タロ」「ジロ」の生存が確認されたという有名な出来事があり、劇中の「サブロウ」というネーミングはその単純延長という発想である。  今回のお話は、雪と氷に閉ざされた南極基地でのシチュエーションスリラーのような雰囲気を出している。人は見えずにドアが開くとか、不気味な男が女性に襲いかかるとか無意味にサスペンス調のところがあるが基本的にこけ脅しである。ただ事件の開始と終了の区切りとして、怪音とともに煙玉が飛んでいたのは意味不明だが面白い。 番組最後のナレーションによると“怪獣に襲われたらとりあえず弱点を探す必要がある”というのが今回の教訓だったようで、確かに昔の怪獣図鑑を見ると共通項目として「弱点」というのがあったが、とても個人(子ども)が対応できるようなものではなかったので気休めにもならなかったことを思い出す。今回のエピソードでいえば「ペギミンH」は絶対無理だが、苔の効用に気付くことくらいはできるかも知れない(最初は犬嫌いなのかと思ったが)。  なお最後に重要事項として、このエピソードは何といっても医師役の田村奈巳さんが見どころである。最初の方では髪型がいわゆる盛り髪のようで不自然だが、ラストではすっきりしたショートヘアに見えて可憐な美しさを際立たせている。
[ブルーレイ(日本ドラマ)] 5点(2018-05-30 23:56:14)
20.  怪奇大作戦 [23話] 《ネタバレ》 
実相寺監督のエピソードだが、突拍子もない奇抜な演出などはなく(眼鏡に映る炎がわざとらしい程度)、わりと堅実に映像化されている。終盤に出た「戦争のたびに科学が進歩する」という台詞はいかにも当時の意識の高い人々が食いつきそうなネタだが、話の中身とは特に関係がなく、そのように適当に格好つけて締めるのが当時の習慣だったのか、あるいは第21話と同じく脚本家のハッタリか。  今回は京都が舞台で、レギュラーの面々は京都府警に招かれて出張したような感じである。劇中人物の名刺に出ていた古美術店の住所は実在の地名で、実際に美術工芸品店が多いことで知られた通りらしい(知恩院の門前町とのこと)。 物語としては、京都の古美術商に代々贋作を強いられてきた家の男が復讐する話になっている。翌年には大阪で万国博覧会(ポスターが見えた)が開催されるような時期でもまだ旧時代の悪弊が残っているという告発のようでもあり、古い日本の因習に抑圧された若い世代の境遇がやるせないともいえる。ただし似たような設定は最近の映画(「嘘八百」2017年)でも使われているので、もしかすると素人が知らないだけで、本当にこういうことが今も連綿と続いていたりするのではないか??と勘繰ってしまうところもないではない。 ほか今回は所員に危機が迫った一瞬の緊迫感が印象的で、その後遺症で所長が鼻をかんでいたのが気の毒だった。また特撮面ではとにかく寺院の炎上場面に度肝を抜かれたが、正確にいうと本物の寺に火をつけるはずはないので合成かと思っていたら全焼してしまったので全部がミニチュアだったとわかった、ということである。犯人の台詞で「この寺は本物か偽物か」と言っていたのは残念ながらよくできた偽物だったことになるが、その偽物を作ったスタッフの力量がどれほどだったかはDVDによって後世に残されている。  なおレギュラー紅一点のさおりちゃんは、今回は東京にいて一人で留守番していたらしく出て来ないが、代わりに古美術商の跡取り娘の「信子はん」には心惹かれるものがあった。女には権利がある、男には義務があるなどと無理に現代風にふるまってはいたが、実際は男に依存するばかりの古風な女だったのが不憫で愛おしい。また変に顔が大写しになるせいで殊更に色っぽく見えたりもする。この松川純子という女優さん(当時25歳?)は、どうやら昨年(2017年)亡くなられたようで少しショックである。
[DVD(日本ドラマ)] 7点(2018-03-11 21:28:13)
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