みんなのシネマレビュー

異邦人

The Stranger
(Lo Straniero)
1967年【伊・仏・アルジェリア】 上映時間:104分
ドラマ小説の映画化
[イホウジン]
新規登録(2003-10-22)【へちょちょ】さん
タイトル情報更新(2017-06-30)【S&S】さん
公開開始日(1968-09-21)


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監督ルキノ・ヴィスコンティ
キャストマルチェロ・マストロヤンニ(男優)アーサー・ムルソー
アンナ・カリーナ(女優)マリー
ベルナール・ブリエ(男優)弁護人
ジョルジュ・ウィルソン(男優)予審判事
原作アルベール・カミュ
脚本スーゾ・チェッキ・ダミーコ
音楽ピエロ・ピッチオーニ
撮影ジュゼッペ・ロトゥンノ
製作ディノ・デ・ラウレンティス
配給パラマウント・ピクチャーズ
編集ルッジェーロ・マストロヤンニ
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【クチコミ・感想】

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3.《ネタバレ》 諸々ひっくるめて原作(の雰囲気)にかなり忠実というか、それはつまりどちらかと言えば(ややもすると)少し工夫を欠く、というコトにも思われる。何故そう思うか、と言えば、そーしちゃったら中々に勝目の無い戦いに陥る、とも思われるからだ、とでも言いますか。

小説も実に淡々としているのは映画とも同様なのだが、あっちはムルソーの一人称で書かれているため、ごく一部の箇所においては彼の心情の極めて重要な部分が直接的に表れてくるのだ。それがこのお話を理解するための非常に重要な取っ掛かりでもある。しかし、実際のそれは彼が心で独り言ちているものであるから、小説に忠実に撮ってしまったこの映画ではそれが抜け落ちてしまっているのも必然なのであって、結局コレ、小説読んでない人には多分「分からない」と思う。件の太陽の描写、ラストの監獄での神父との対話、等々、ソコも確かに重要だとは思うのだけど、でもソコ「だけ」でもない、とも思うのだよね。「太陽のせい」というのは、別にホントに「太陽」の所為であったワケではないのだからさ。

結局のトコロ、オーソドックスに映画化するには向かないタイプの小説、つーことかと思います(そもそも)。マストロヤンニ自体の出来は決して悪くないし、地味にアンナ・カリーナが出ててお得感もあったりするのだケド。 Yuki2Invyさん [映画館(字幕)] 5点(2021-04-03 19:19:22)

2.《ネタバレ》 主人公のムルソー(マルチェロ・マストロヤンニ)は、平凡な男だ。
それなのに、彼はいつの間にか、彼をめぐる社会からはみ出した"異邦人"になってしまっていることに気づく。

平凡な男が、いつの間にか平凡でない存在になってしまうのはなぜだろうか?

養老院で母が死んだので、彼は町から60キロほど離れた田舎の養老院へ行く。
汚いバスの中で、彼は暑さにぐったりしている。

暑い時に暑いと感じるのは当たり前だ。
そんな風に、彼の気持ちは、常に当たり前に動いて行く。

母の遺骸の傍らで通夜をしながら、彼は煙草を吸う。そして、コーヒーを飲んだ。
そのことが、後で彼が裁判にかけられた時、不利な状況証拠となってしまう。
母の遺骸に涙も流さず、不謹慎にも煙草を吸い、コーヒーを飲んだと受け取られるのだ。

それでは、ムルソーにとって、母の遺骸の前で泣き、煙草もコーヒーも断つことが、彼の本当の気持ちに忠実だったのかといえば、それはもちろん違う。
そんなことは、悲しみのまやかし的表現であり、嘘である。
ムルソーは、自分の気持ちを偽ることができなかったのだ。

暑い葬式の後で、泳ぎに行き、女友達のマリー(アンナ・カリーナ)に会い、フェルナンデルの喜劇映画を観に行った。
それは、果たして、法廷で非難されたように不謹慎な行為なのだろうか?

ムルソーは、ごく当たり前に生活する。
それが、世の中を支配しているまやかしの道徳にそぐわなかったのだ。

ムルソーは、"異邦人"のごとく見られ、断罪される。
だが、真に断罪されなければならないのは、彼を有罪とした社会なのだ。

"太陽のせいで"アラブ人を射殺する有名な事件は、原作者アルベール・カミュの"不条理"の哲学を直截に、しかも余すところなく具現化したものと言えるだろう。

ムルソーの人生は、不条理だ。だが、それでは条理とはなにか?
ムルソーの生き方を見ていると、不条理に生きる人生こそが、最も平凡な、というよりは人間として当然の人生ではないかとさえ思われる。

それに比べて、条理の側に立ってムルソーを断罪する人たちの道徳や倫理観の、なんと非人間的なことか。
ムルソーの不条理とは、最も人間的に生きることなのであった。

かくて、最も人間的に生きた人間が断罪される不条理こそが問われなければならなくなってくるのだ。 dreamerさん [インターネット(字幕)] 9点(2019-03-13 16:03:35)

1.《ネタバレ》 人が死に直面した時、何を思うか?
それを深く追究した内容。
原作はアルベール・カミュの名作で、原作は既読だが、映画を見る際に、原作を既読か未読かなんてことはどうでもよいことだ。

誰もがいつかは死を迎える。
その際、人は何を思い、どう気持ちが弱るのか?
とても考えさせられる内容だった。
どんなに気丈にふるまい、自分を鼓舞しようと、最後の最後は何かにすがるのだと、本作は言いたいらしい。

でも、おそらくそうなのかもしれない。
だけど、そんなことは死の間際に考えればいいだけだ。
それをもって、宗教に日頃から傾倒すべき理由にはならない気がする。

もう一つ、無気力、無関心というものが、いかに人間の精神を蝕むか。
そこにも焦点が当てられている。
ここは特に興味深い。
やはり、少しでも生きている幸せを実感にするには、何かに関心を持ち、感動する心を持っている必要があるのだろう。
何か面白いこと、興味をひかれること、そして感動すべき何かを模索することが、鬱々とした気分になった際の、処方箋になるのではないだろうか。 にじばぶさん [インターネット(字幕)] 7点(2016-11-04 01:43:18)

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【点数情報】

Review人数 3人
平均点数 7.00点
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【ゴールデングローブ賞 情報】

1967年 25回
外国語映画賞 候補(ノミネート) 

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