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ドッグヴィル

Dogville
2003年【デンマーク】 上映時間:177分
ドラマサスペンス
[ドッグヴィル]
新規登録(2003-12-08)【おっさんさんさん】さん
タイトル情報更新(2017-07-02)【+】さん
公開開始日(2004-02-21)


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監督ラース・フォン・トリアー
キャストニコール・キッドマン(女優)グレース
ハリエット・アンデルセン(女優)グロリア
ローレン・バコール(女優)ジンジャー夫人
ジャン=マルク・バール(男優)大きい帽子を被った男
ポール・ベタニー(男優)トム・エディソン・ジュニア
ブレア・ブラウン(女優)ヘンソン夫人
ジェームズ・カーン(男優)大きな男
パトリシア・クラークソン(女優)ヴェラ
ジェレミー・デイビス(男優)ビル・ヘンソン
ベン・ギャザラ(男優)ジャック・マッケイ
フィリップ・ベイカー・ホール(男優)トム・エディソン
ウド・キア(男優)コートを羽織った男
クロエ・セヴィニー(女優)リズ・ヘンソン
ステラン・スカルスガルド(男優)チャック
ジェリコ・イヴァネク(男優)ベン
トム・ホフマン(男優)ギャング
シオバン・ファロン・ホーガン(女優)マーサ
ジョン・ハートナレーター
湯屋敦子グレース(日本語吹き替え版)
楠大典トム・エディソン・ジュニア(日本語吹き替え版)
木村雅史大きな男/ナレーター(日本語吹き替え版)
佐々木睦ジャック・マッケイ(日本語吹き替え版)
脚本ラース・フォン・トリアー
作曲アントニオ・ヴィヴァルディ”Cum dederit”
撮影アンソニー・ドッド・マントル(撮影監督)
ラース・フォン・トリアー(カメラ・オペレーター)
製作総指揮ラーシュ・ヨンソン(共同製作総指揮)
配給ギャガ・コミュニケーションズ
字幕翻訳松浦美奈
あらすじ
「ドッグヴィル」はアメリカの辺境にある村の人口が23人という小さくて貧しい村だ。ある日ドッグヴィルに住むトムは銃声を耳にする。そしてその日の夜、グレースと名乗る美しい女性が「ドッグヴィル」の村に姿を現すのだが・・・。

もっち~(←にょろ)】さん(2004-09-11)
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【クチコミ・感想】

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65.恐い映画だった。風刺童話にある様な恐怖が、本を読む如くに演劇風に撮ったことで更に強烈になったと思う。傲慢や偽善に答えが出せないのと同様に、この映画のラストも答えではないのだろう。役者陣も良かったし。あっという間に過ぎた3時間でした。 じふぶきさん 8点(2004-11-22 13:53:13)

64.《ネタバレ》 ニコール・キッドマンは本作のような姿がとても美しい。着飾ったり髪の毛をいじったりするとどこか人工的な美しさが出てしまい引いてしまうのだが、本作の彼女はシンプルで美しい。そして、この人間の弱さ醜さをこれほどまでに描ききったラース・フォン・トリアーに脱帽した。舞台でも演じきれそうだがそうではない。この話は映画でないと描ききれないのだ。カメラが私たちが見たいと思う物をしっかりととらえることができているからだ。(野球やサッカーをテレビで見た方が分かりやすいのと同じだ。)特に見たくも無い日常や自分以外の人間が何をしているのかどうしているのか分かることで、孤独さを強調することが出来る。10点でない理由は子どもを殺したからだ。幼い子ども(赤ちゃん)にどんな力があるというのだ。母親に対する仕返しのためとはいえ、罪がないのではなかろうか。。。。ま、映画的には子どもたちだけ助けるというのもしまらないですけどね。 ーーーーーーそして、明日からの私の生活はしばらく自己嫌悪でいっぱいの日々となるであろう。映画で人生について考えることが出来るのは良しとしたい。が、生きるのが嫌になる物を見てしまった。セックスの醜さをより強調して見せられ、正義も愛も倫理観もその他全て誰もが認める人間の素晴らしさが、欺瞞に思えてくる。ある意味、R指定の映画だ。 蝉丸さん 9点(2004-11-16 22:54:22)

63.汚さの勘違い。ある日を境に突然態度が変わる住民たち。想像力で補わなければいけない面倒な構成。そして一見したときのしょぼい舞台。5章までの面白くなさと全体的なテンポの悪さ。そこに重なる作品の長さ。正直ほめられたもんじゃない。借りて損したと心から思えた久しぶりの作品。ニコールが綺麗。あとはみんな演技はがんばってる。ただこの映画が嫌い。 JACKさん 1点(2004-11-07 21:33:48)

62.なんてこった。飛行機に乗ったこともないのにアメリカを描いたらしいこの作品、どこがアメリカ?と、言われているとおり、最初は確かに思った。こういう「村社会」じたいは昔や今のアメリカというよりはアジアとかヨーロッパ的。しかしグレースの選択に、このほどのアメリカの選択が、ある・・・!村のえぐさに隠れて気づかないとこだった!それ一発で描き切っちまったんかい。ブッシュPV映画なんかよりいいかもしれないよ。同時に人間のえぐさももれなく付いて来ます。そしてグレースに同調して溜飲を下げてる観客たちが、こんなにもいる。たぶん。もっとやれー。やっちまへー。恐ろしいよ。恐ろしすぎて面白いよ。こんなものに賞をあげたくなかったという気持ち、わかるよ。小説のバトルロワイヤルの時みたい。点数はけっこうフィーリングというかいいかげんに付けてるものだが(ぉぃ)0~2点か10点か。でも10点もあげたくない。そんな迷いの9点。そしてもうひとつのテーマでもある、世界のそこかしこにあるドッグヴィル村に捧げる映画でもある。 へろりうしオブトイジョイさん 9点(2004-11-06 01:04:47)(良:1票)

61.途中で観るのやめようかと思ったけど最後まで観て良かった。 B.Rabbitさん 7点(2004-10-19 11:55:10)

60.人間の醜い部分を見せたいがためだけに作られた映画。そんなの映画にしなくていいから。長すぎだし。 太郎さん 5点(2004-10-14 15:13:15)

59.奇抜なセットでの作品が弥が上にも目だつ本作。美術演出でごまかせないだけに、出演者の演技が観客を引き込むかどうか左右するという、ラース・フォン・トリア監督からの挑発的な挑戦状。で、結果は見事引きずりこまれてしまいました。終わってみれば、やっていたことはごく一般的なことだったんですけどね。普通に撮影してたら、ごく普通の映画になっていただろうに。この奇抜な一発芸に見事はめられたね。 tantanさん 8点(2004-10-13 00:13:04)


58.《ネタバレ》 奇抜な演出だけの作品かと思っていました。とんでもなかった… とてつもなく重い。
作り手は、ドッグヴィルの住人の、つまりは人間の傲慢さ、残酷さ、醜さを描きたかったのでしょうか。いや、当然町の人々だけではなく、グレースや彼女の父親も含む全ての登場人物について同じ視点で描きたかったのでしょう。そうに違いありません。
ただ、私には、そのことを作品の内部でのみ表現しているのではなく、観ている私達観客の心の中にまで拡大して表現しているように思えます。何故なら、このラストシーン、支持しますか?スッキリしましたか?もしかしたら、「早く殺せっ!こんなヤツラは殺してしまえっ!」なんて思いませんでしたか?ラストで彼女が町に残るか、はたまた町を消すか。これだけの長編なのに、僅か数分のラストで作品全体の方向性さえ変わりかねません。
最後の選択を支持するのも傲慢、支持しないのも傲慢。結局人間とは、まだまだその程度の心しか持ち合わせていないのだ、そんなメッセージを観客の心の中に直接生じさせているのだと受け止めました。そして、一匹の犬だけが、全てを客観的を見ていた証人だったのでしょう。全てが消え去り、観察者は姿を現しました。
ちなみに、殺風景なスタジオなのに、途中から(実際には目の前にない)風景が脳裏に浮かび始めました。優れた表現力を持って書き上げられた、そんな小説を読んでいるかのような錯覚におちいったのは、私だけでしょうか?
タコ太(ぺいぺい)さん 9点(2004-10-10 00:42:32)(良:2票)

57.《ネタバレ》 たまには、これだけ人間の醜悪な部分を一つの作品として見せ付けられるのも、私のような「ハッピーエンド願望ボケ」している一映画ファンにとっては新鮮に映った。「自分の中にも存在する醜さに気付け。そして自分なりに答えを探して歩け。」というのが監督がこの作品に込めたメッセージなんだろうし、それについて考える事は非常に大きな意義があると思う。 それともう一つ、この作品の出演者は素晴らしい。あれ程さらけ出され(手抜きが一切許されず)、舞台の構造も演じる題材も閉塞感で嫌気がさしそうな現場で、きっちりと各役柄を演じて見せた俳優陣は本当に凄い。特に主演のニコール・キッドマンには、女優としての役者魂のようなものを見せてもらった気がした。 woodさん 8点(2004-10-02 12:00:19)

56.舞台をする予定で脚本を書いたが、あまりの出来の良さに世界中の人に見てもらいたい!と思い映画にしてみました。だったら分かるがそれ以外のつまらん理由で演劇・舞台っぽくしたのなら、そんなに目立ちたいか?って思ってしまう心の狭い俺がいる。ただ内容は素晴らしい。人間のグロい内面がてんこ盛りで非常に醜いがダンサー・イン・ザ・ダークに無いどっちもどっち的な相殺感があったように思う。 って偉そうに言ってみたけど俺にはこんな難しい映画の解釈は無理。正直これが結論。 モチキチさん 8点(2004-09-25 02:49:14)

55.《ネタバレ》 あまり映画ぽくない。論文を読んでいるようだった。最後の父親との会話は討論のようだ。人々の所業を回想し精査し議論し結論を出す。ラストは神託のようでもある。虚飾を廃した箱庭的な演出、遮る壁のない1ショットで収まる舞台、時折見られる真上から町を俯瞰したカットはドッグヴィルの人々を観察対象、サンプルケースのように客観的に見せるためなのだろう。影の部分を作りたくない。全てのものが常に観察の対象にある。役者は堪ったものではなかっただろう。学者的な俯瞰した視点で人々を観察していたトムも、ドッグヴィルの箱庭の一部として消去されるのがおもしろい。トムの欲望が顕わになるあたりで視点がさらに上空に移動した感じがした。宇宙の真理を説いているような達観者も結局は傲慢な人間なんだよ、そう監督が言っているような気がした。人は罪深い存在なのか。良いことは良い、悪いことは悪い。正しいことを正しいと思うことの傲慢さ。ドッグヴィルの人々に感じた言いようのない不快感、嫌悪感はそのまま人間の倫理観、道徳観への違和感でもある。人の心なんてその立場によって如何様にも変わる。戦争に正義なんてないはずなのに、勝利した者は正義と平和を謳う…子供を殺された親の加害者への恨み…そんなことはいくらでもある。何が正しいのか?そんな問いは愚問なんだろうか。結局、神にすがるしかないのか?だが神は人にとってはあまりに残酷だ。人はみな死ぬしかないからね・・・どうもレビューが長くなる傾向があるね。おもしろいんだけどね。個人的に嫌なストーリーだったな。だから最後はスカッとした。P.S.レビューを書き終え陰鬱な気分で他人のレビューを読んでみて開眼。こんなどうしようもないものを抱えても前向きに生きていく人間、てのもアリなのかなと。 まことさん 7点(2004-09-15 00:04:38)

54.美女ゆえに村のアイドルとなり、果ては性的対象にされてしまうグレース。圧倒的な美貌ゆえに変態トリアー監督の悪趣味作品に指名されたニコール。あ~ブスに産まれて良かった! Bebeさん 5点(2004-09-13 20:06:05)(良:1票)

53.《ネタバレ》 かなり監督の意図的な「挑発」が見える映画。人間社会の縮図としてのドッグヴィルには、負の人間性を象徴するような出来事ばかりが起こる。閉ざされた共同体に入り込む「異物」としての主人公。異物を受け入れることで、他者からの見返りを期待する村人たち。その彼女を受け入れさせたりと、他者を説得する行動自体が自己目的化する男。その善意が彼女のためではなく、内側に向けられた自己満足であることにも気付かない愚かしさ。そして、期待が裏切られたという一方的な思い込みから、その感情を相手に対する憎しみに転化させる自己正当化と自己欺瞞。

監督は人間社会で起こりうる典型的な人間性の露悪を、壁の無い舞台セットを使って文字通り「劇的」に描こうとする。そしてラストにおける「粛清」こそが、この作品を見ている我々に対して向けられた挑発であり、監督が最も言いたかったことであろう。

私自身がそうであるように、誰でもあの虐殺シーンを見て少なからずカタルシスを味わってしまうという脚本構成が曲者。詰まるところ、それは自分が見てきた村人たちの「罪」に対する「罰」として、今度は彼女の立場に一方的に同調して「殺されて当然」と殺人をも許容している自分自身の人間性と向かい合う構図になっている。良くも悪くも嫌らしい作品である。 FSSさん 7点(2004-09-12 04:07:32)(良:2票)

52.《ネタバレ》 まず最初に目に付くのは舞台となるドッグヴィルのセットです。白線を引いて家やストリートの境界を示しただけで、ドアも家の壁も背景も無く、机やベッドやベンチなどの小物以外は何も無い空間なのです。まるで小劇場で演劇をやるような簡素なセットで、全ての物語はこの小さくて奇妙な空間で行われます。この「ドッグヴィル」という映画を見終わった人なら分かるでしょうが、何故このようなセットを組んだかと言えば、この映画は(フォン・トリアーの映画はいつもそうなのですが)「人間の醜悪さ」がテーマだからです。背景もセットも何も無いのだから、観客の目は自然と人(役者)の行動・表情・言動に行くことになります。つまり観客はフォン・トリアーの描く「人間の醜悪さ」を嫌でも見せつけられるということなのです。エスカレートしたドッグヴィルの町の人たちはグレースの首におもりのついた首輪をつけ、働く事を強要します。そして男はグレースを肉欲の対象にし、女は集団で虐げます。ドッグヴィル以外の町から来た他者・異端者であるグレースを抑圧し、虐待し、差別する彼らはとても醜く、人間はかくもいやらしい生き物となり得るのかを淡々と見せ付けます。彼らはグレースを使えるだけ使った後、厄介者扱いをして警察にグレースを売ってしまいます。しかし到着したのはギャングの一味でした。そしてギャングのボスの娘だったグレースの命令で町の人たちは凄惨な結末を迎えます。それは当然の報いであるように感じるのですが、僕は全く爽快な気分にはなりませんでした。というのもよく考えてみると、ドッグヴィルの町の人たちはこの映画を見ている我々・観客と何ら違いは無いのではないかと思ったからです。自分が加害者でもあるかもしれないし、被害者でもあるかもしれませんが、自己を正当化し他者を抑圧しているという構図は僕たちの日常でよくある光景です。また、自分は正しい事をしたくても周りの大多数の意見に抗うことができず、長いものに巻かれてしまうということも多いのではないでしょうか。ドッグヴィルの町の人たちの心の醜悪さは僕たち自身のそれとどこがどう違うと言えましょうか。人間は誰しもそういう醜い面を抱えているものなのでしょうね。そしてドッグヴィルの町の人たちが人間を象徴しているだからなのでしょう。彼らがマシンガンで銃殺されていくシーンでは、まるで自分まで撃たれたかのような気分にさせられました。 もっち~(←にょろ)さん 8点(2004-09-11 12:10:13)

51.《ネタバレ》 これ第三者である私達までまきこんでるんだよね・・・。道徳的観念からみると
村人大虐殺は許されることではないと思うのが普通ですが。これだけのことを
してきたのだから皆死んで当たり前だという道徳的要素を主人公へのこれまでの
いたたまれなさから逆にスカっとしてしまう・・・。そう感じた人は何一つこの村人
としている事が変わらない自ら正当化して村人大虐殺はいい事だとしてしまう。
本当人間って残酷ですね。正当化したあとの人間っていうのは。 とまさん 8点(2004-09-11 02:49:40)

50.《ネタバレ》 この映画の鑑賞は人間や世界の「観察」といった趣があります。そう考えると箱庭的なけったいなセットも違和感ありません。壁がないのは、これはまともな家など必要ない動物実験(人間=犬)みたいなもの、ということでしょうか?。エゴや打算や悪意や偽善にまみれた人間の生々しい姿が現実よりも浮き彫りにされるのが「観察」できます。小説のネタのために人間観察の「実例」として主人公の女性を扱うあのヘタレ男は監督自身の戯画化ではないでしょうか?。監督はたしかに悪趣味で女優イジメのサディストかもしれませんが、私はこの人メチャクチャ真摯という印象が強いですね。写実的で外見リアルなくせに世界が狭い映画が多い中、なんと豊かな象徴的フィクション表現、なんという世界の広がりでしょう。観察」の結果の解釈は観察者によって大きく異なるでしょう。ラストの言葉のように、「ここには答えはない」のです。まあ、以上のようなことは後から考えたことで、とにかく映画が感覚的に面白かったんです。好みなんです。動くカメラの画面酔いも、暗く鬱陶しい展開を見る苦痛も、高尚ぶったセリフや雰囲気も、私(ナルシー)にとっては全てが快感です。エグい。痛い。ど~せわかったつもりの自己陶酔でしょうけど。ラストの「傲慢」な復讐に溜飲が下がるように持っていくやり方はやはり悪趣味とは思いますが、悪魔的快感に凄げぇ・・と震えました。アメリカという国や死刑制度抜きには語れない映画(意図的なのかやっぱり「ダンサー・イン・ザ・ダーク」との共通点多いなぁ・・。)かもしれませんが、あまり語る能力がないので無理するのはやめときます。 しったか偽善者さん [映画館(字幕)] 9点(2004-09-10 23:30:45)

49.天使か? 悪魔か? (キャッチコピー)と問われても
____だって、人間だもの   みつを 恭人さん 9点(2004-09-07 01:18:23)(良:1票)

48.《ネタバレ》 ラストが納得いかない。それは皆殺しが酷いからではなくて皆殺しは別に望まなかったことではなく、むしろ望んでいたことである。問題はドッグヴィルの連中がギャングに殺されたってことだ。彼らの誰一人としてグレースに対して反省も後悔もする事無く、わけのわからないままギャングに銃殺された。これは連中にとってみれば事故死とも等しいことであると思う。裁く者が誰であれ裁かれる者は自分の罪を知ることも、そしてその罪に対して何らかのことを思うことは必要ではないかと俺は思う。ま、初めから無かったことにするってのがグレースの考えなのかもしれないけど、それなら自分が受けたドッグヴィルでの虐待も無かったことであり、全てが無意味だったと言う事になると思うんだけど、そうでも無かろうに。とにかく、ニコール・キッドマンが綺麗だったのでそれだけでも見る価値あります。 taronさん 9点(2004-09-04 23:28:11)(良:1票)

47.《ネタバレ》 ラストについて賛否両論あるかもしれませんが、「こんなやつら早く殺してしまえー!!」って後半はずっと願ってました、私は。なんでこんなにグレースは耐えられてるのかと考えていたら、お父さんの「慈悲深さが傲慢」に解決。嫌なことされたとすぐに相手を責めるまえに、まず自分の行動を省みましょう、ってことを学べました。 倉持さん 9点(2004-09-03 18:25:09)

46.《ネタバレ》 「歯車が1つずれると、みな狂いだす。ずれたまま機能する。ずれた歯車は決して元通りになることはない。 普通の寒村に迷い込んだ美しすぎる女性。渇望する男、嫉妬する女。
誰も変化なんか求めていなかったんだろう、ドッグヴィルの人間は。それは本当はトムも同じ。 途中グレースが、かいがいしく働き、町に馴染んできた時、少しの傲慢さを出した。目の見えない老人宅でカーテンを開けたシーン。この時、グレース役にニコールを選んだ監督に拍手喝采だった。この慈悲深くそして傲慢な女をよく見つけ出したもんだ! わずかなグレースの傲慢さに町の人々は牙をむく。そして最後にはグレースが
町の人々の傲慢さに牙をむいた。・・しかし単なる復讐劇ではないような気がする。
傲慢さなど、誰にでも潜んでいる。ただ、グレースとドッグヴィルは「かみあわ」なかったんだろう。悲しい結末である。ただ、当然の結末とも思えるんじゃないだろうか。
皆、グレースの立場であっても、町の人々であっても、同じ事をしてたんではないだろうか。悲しいことにそれが、生々しい人間なのだ。グレースはそれを知ってしまった。グレースが焼き払おうとした町=己の醜い傲慢さ、なんだろう。きっとこの先グレースは人間の傲慢さを憎みつつ、そして自らも傲慢に生きていかなければならないんだろう・・」          と私が陰鬱な顔をしている横で、映画を見終わった友人が言った。「ああ~、おしんの大人版やなあ~」・・・・・私は君の脳ミソを愛してるよ。
マミゴスチンさん 7点(2004-09-03 04:17:16)

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【点数情報】

Review人数 185人
平均点数 6.53点
094.86% line
131.62% line
294.86% line
321.08% line
473.78% line
5179.19% line
62815.14% line
73217.30% line
83921.08% line
92614.05% line
10137.03% line

【その他点数情報】

No名前平均Review数
1 邦題マッチング評価 7.20点 Review15人
2 ストーリー評価 7.35点 Review28人
3 鑑賞後の後味 4.89点 Review29人
4 音楽評価 7.10点 Review20人
5 感泣評価 4.58点 Review12人

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