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プロフィール
コメント数 3874
性別 男性
年齢 53歳

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1.  ラルジャン どういうカットを組み合わせるか・何をどう配置しどう動かしどう撮るか・あるいは撮らずに省略するか。等々。映画作る側はそりゃあ神経使うんでしょうけれど、それがあまりにリキ入ってると、観てて疲れる場合もありますわな。本作なんかもずいぶん「作りこまれた」印象がありますが、それが作為として気になることなく、むしろ我々を圧倒して映画に引き込んでいくのは、その各シーンがまるで、非情なる運命の歩みを刻々と刻んでいくように、我々に迫ってくるから。まさに目が離せない映画(もっとも、目が離せる映画ってのが存在するのかどうか知りませんけれども)。[CS・衛星(字幕)] 9点(2014-06-23 17:16:30)

2.  アルゲリッチ 私こそ、音楽! かつて天才少女と呼ばれたアルゲリッチだけど、このドキュメンタリ作品の「撮り手」である彼女の娘にしてみれば、そんなのは自分の生まれるずっと前の話。若き日のアルゲリッチがプロコフィエフのピアノ協奏曲第3番をガシガシ弾いてる映像が挿入される。一方では、すっかり貫禄満点にお成り遊ばした今のアルゲリッチがリハーサルでショパンのピアノ協奏曲第1番を弾いてて、これまでさんざん弾いてきて隅から隅まで知り尽くした曲だろうに、まだ何かを模索して「わからんわからん」を連発してる。 娘にとって、どちらが、アルゲリッチの姿、なのか。 おそらくはどちらもがアルゲリッチであって、しかしそれ以上に、「自分の母」としてのアルゲリッチの顔が、そこにある。実の娘でないとなかなか撮れないような、私的な表情の数々が、印象的。 なので、本作、音楽ドキュメンタリというよりも、家族の姿を映像として気まぐれに切り取ったような、個人的な感触の作品となってます。ただ、自分の母親が、特殊な立場の人間であった、というだけ。だから馴染み深い母でもあり、どこか不可思議な面を持つ母でもあり。 別府アルゲリッチ音楽祭に招聘され、新幹線の車内でチラシ寿司をパクつくのも母なら、和風の宿で思い出を語るのも母、そして演奏前にナーバスになっているのも、母の姿。 特殊と言えば、3人姉妹がみな、父親が違っていて。母娘4人が揃うと確かに皆、それなりに顔立ちは似てるけど、長女は明らかに東洋系の血を引いているし、次女はむしろシャルル・デュトワに気の毒なくらいソックリだし(笑)。三女が一番、母親の若い頃に似てますかね。そしてこの3人娘の中心に、かのアルゲリッチが、居る。 奔放な母の姿の一方では、いかにも生真面目な父・コヴァセヴィッチの姿もそこにあって。この組み合わせがこれまた、不思議なんですな。 音楽を聴く我々からすればどこか、演奏家ってのは演奏するために生きてるんだ、みたいな無意識の思い込みがあるんだけど、でもこうやって、通常人とはいささか異なれど、彼らには彼らの生活があり人生があり、家族がいる、というアタリマエの事を見せられると、なーんか、しみじみとしてしまいます。 ところでアルゲリッチと言えば、私にとっては、学生の頃に買ったバッハのCD(トッカータ ハ短調、パルティータ第2番、イギリス組曲第2番)が、今もって愛聴盤でして、彼女らしい録音ともバッハらしい録音とも言えるのかどうか、と思いつつ、やっぱりこの演奏の魅力には逆らえず、名演奏だと思っております。とか言ってると、本作の最後にもバッハが流れるのですが、演奏は彼女ではなくコヴァセヴィッチなのでした。ははは。[CS・衛星(字幕)] 8点(2020-11-11 21:56:35)《改行有》

3.  アリス(1988) 人形アニメ地獄。です(笑)。観てるうちに、「人形アニメ」の部分よりも「実写」の方がアブノーマルに見えてきちゃうのが不思議(←不思議がってる場合じゃない、という気もする)。と同時に、アリス役の女の子、もしかして騙されてこんなコトやらされてるんじゃないか、と何だか心配になってしまうのは、これは余計なお世話でした。ところで、引き出しのノブ、これってまさか男性のアレの象徴だとか言うんじゃないでしょうねえ、まさか。イテテテテ。[DVD(字幕)] 8点(2005-12-11 11:34:12)

4.  WATARIDORI 空を駆け巡る鳥の姿をまざまざと目にし、我々は何を思うか。美しさに惚れ惚れしてもいいし、自由な姿に憧れを感じてもいいし、あるいは「美味しそう」、かもしれない(じゅるじゅる)。いずれにせよ、圧倒的なインパクトをもつ映像世界である。これを実現するには、とてつもない苦労があったであろうことが偲ばれる。例えば、海上を飛ぶ渡り鳥が、通りかかった船に舞い降りる。空中のカメラは船上へのカメラと切り替わり、これは間違いなく自然な渡り鳥の姿をそのまま捉えた映像ではなく、まさに編集のなせるワザ。しかしこのようなアプローチだからこそ、我々は鳥とともに空を飛び、鳥と共に船に「舞い降りる」、その感動。この映画は、確かに、ひとつの稀有な映像体験には間違いない。そしてこの「ドキュメンタリ風作品」は、渡り鳥のもつ「宿命」によって環を閉じ、そのとき、この生き物たちに敬意を感じずにはいられない・・・それにしても、鳥ってのはよく喧嘩するなあ、そういうトコだけは人間によく似ているね。(ついでにもう一言。傷ついた鳥がカニの群れに襲われるシーン、あのカニの種類は、実は“WATARIGANI”だった、というオチは、いかがでしょうか ←つまんね~)[CS・衛星(吹替)] 8点(2005-11-26 21:10:44)

5.  シーウルフ(1980) インドにおける特殊作戦のためにかき集められたジジイども大奮闘の巻。中心にいるのがグレゴリー・ペック、ロジャー・ムーア、デーヴィッド・ニーヴンと、すでに充分にシブいメンバー。何せジジイばかりなもんで、何となく皆、アクション映画のくせに座り込んでばかりいるような気がしてくるけど、気のせいですかね? いや、座ってるシーンにも良い点があって、座っている役者が立ち上がると、今から何かが起きそうな感じが出るってもんです。 ジジイならではの、年の功。 もっとも、ロジャー・ムーアはさすが、現役のボンドだけあって、こんな作品でもしっかりラブシーンをこなします。 Uボート側の描写の緊張感の無さが、気にならないわけでは無いのですが、お国から遠く離れたこんなところで、こんなヒトたちがこんな作戦やってる、というのが味があって、イイじゃないですか。クライマックスの戦闘も決してキレイに見せようとはしない。あくまで娯楽映画の範疇に留めつつも、結構、修羅場っぽい面もあって、で、ラストでは「実話」というところに繋いでいく。 犠牲を減らすためには、犠牲はつきもの。ってことなんですかね。[インターネット(字幕)] 7点(2021-04-04 16:35:57)《改行有》

6.  アンダー・ザ・スキン 種の捕食 《ネタバレ》 『スピーシーズ種の起源』っていう邦題もたいがい意味ワカランけど、『種の捕食』って一体、何なのよ。まーとりあえず「観ててよくわかんなかったら、あの映画同様、女性エイリアンが男を捕まえる映画(そして食う映画)だと思ってください」ってコトなんですかね。 スカーレット・ヨハンソンが宇宙から来た生物なのかどうか、なんだかUFOみたいなのが(この言い方もヘンですが)映ってたので、多分そうなんだろう、と。しかしそれはともかくとして、この映画、何だかえらく寂しいんです。最後に明かされる彼女の正体は、というと、真っ黒。暗黒。ようするに実体が何も無いんですね。前半は、ただただ、車を運転しながら、行きずりの男をかどわかす。そんでもって、取って食っちゃったのか何なのか、映画の描写としては、男たちが暗黒に引きずり込まれていく、という形をとってます。暗黒に引きずり込まれるとどうなるのか、よくわからんが、食っちゃったにしては、マズそうな男ばかり捕まえるなあ・・・というのはさておき、男たちは皮一枚になり、中身が無くなってしまう、らしい。 前半はそんな感じですが、後半、彼女は、ケーキ食ってみたり、男と寝てみたり、何やら見よう見まねで人間になろうとしているらしい(でもどれもうまくいかない)。で、正体が露わになるや、いきなり焼き殺されてオシマイ。 早く人間になりたい、と言いながら、最後は焼け死んでいった妖怪人間ベムを、いやでも思い出すではないですか! え、思い出しませんか。失礼しました。でもやっぱり、寂しいですよねえ。 この映画、ハッと息を呑むようなロングショットがいくつも登場し、ケッ、そうやって、「アートっぽいきれいな画」と言うとすぐロングショット頼みかよ、と陰口も叩きたくなるけど、確かに効果的で、なーんか孤独感が強められるのです。 音楽が、何とも気持ち悪くって、心地よい(どっちやねん)。耳鳴りのような、弦楽の特殊奏法。何かを叩くような音もしてますが、これも弦楽器を使った音なのかな?[DVD(字幕)] 7点(2018-08-08 20:08:44)《改行有》

7.  ダイヤモンドの犬たち まずは冒頭から、たまらなくご機嫌なノリのよい音楽に、眼下に広がる砂丘。ワイルドでチープで楽しい70年代世界が待ち受けている、という期待が、高まるばかりです。さてここは、砂漠のど真ん中にある、ダイヤモンド会社(いや、ええと、たぶん砂漠のど真ん中だと思うのですが、町からココまであっという間に辿り着くかのような描写もあって、でもたぶん砂漠のど真ん中です、ハイ)。様々な防御線が引かれ、鉄壁の守りなのだけど、その会社の金庫に眠るダイヤの山を狙う、アヤシゲな一味が接近しつつあるらしい。で、(ここが、考えるとよくワカランけど、考えなければ楽しい本作のポイントなのだけれど)会社を警備するピーター・フォンダが、一味をあぶり出すために、自ら会社のダイヤを盗み出す極秘囮作戦に抜擢される。うん、よくワカリマセンね。この囮作戦、一部の者しか知らないため、彼は本当にダイヤを盗み出したと疑われる。さらには例の一味がやってきて。さあここからがワイルドでチープで意外な展開。ダイヤを狙う一味のメンバーには、クリストファー・リーやらOJシンプソンやらがいて、キャラ立ちしているといいますか、それぞれが存在感を示し、物語に厚みを加えます。一方のダイヤ会社の警備を取り仕切るは、さらに存在感示しまくりのテリー・サヴァラス。一応、善悪で言えば善の側なのだけど、どうみてもこのヒトが一番ワルそうなのです。そしていよいよ、砂漠を舞台にしたダイヤの争奪戦へ、まさにワイルドでチープなアクションのつるべ打ち(空撮によるアクションが実に小気味よい)。防御線を突破する際の「走り幅跳び」は正直カッコ悪かったけどね。さて、DVDにはよく特典映像ってのがあって、大抵は見ないで済ましちゃうのですが、本作はたまたま見ちゃったのが、大正解でした。笑撃の“別バーションエンディング”があなたをお待ちしています。[DVD(字幕)] 7点(2014-02-15 14:40:39)

8.  コーラス 公開時に、会社の後輩がガラにもなく「感動の作品っす!!」とか言って勧めてたんだけど、観てみりゃなんのことはない、ほとんど現実味の無い物語、コメディ一歩手前の映画。どうしようもなくガラの悪い生徒達を、合唱でラクラクと纏め上げ、一方、生徒達の方も不気味なほど歌が上手かったりする。音楽というものをナメとんか~。という気も(ホンの少し)しないではないけど、ま、面白いから、いいか。楽しい映画です、ハイ。映画の最初は画面が暗くて登場人物の表情が見えにくいのが、映画の進行とともに画面が明るくなり、表情が活き活きと伝わってくる(ような気がしたが、気のせいかもしれない。うひょひょ)。ラストも、あの、窓から子供たちの手が出ているのが、なんか素朴で、しかもちょっと意外性のある素朴さでもあって、いいなあ、と思った。[DVD(字幕)] 7点(2007-01-24 22:54:08)

9.  アイガー北壁 危険な山岳地帯でロケしてます、ってのはよくわかるんですけれども、それにしては、その危険さをしっかり画面で見せつけてくれないのが残念。もしかして、編集の際に、ワンショットは何秒まで、とかいうルールでも設けてたんですかね。じっくり見たいショットもそうでないショットも、やたらと切り替わってしまって。高所を捉えた迫力あるシーンがある一方で、人物なり事物なりのクローズアップもあり、それ自体はいいんですけど、本作は後者がちょっと多すぎるようにも思えます。「いかにも危険そうなシーン」は、じっくり見せてくれさえすればコチラで勝手にハラハラしようものを、すぐにショットを切り替えてしまう。残念ながら、周囲の光景がアングルに収められていないアップのシーンが多いと(それはつまり、周囲が映るとマズい場所で撮ってるんでしょ、という勘繰りにも繋がりかねない)、いまひとつ危険さや過酷さが伝わってこないもんです。 もちろんあの、凍傷の痛々しさ、というのは、これはクローズアップならではの表現であり、アップが不要というつもりはないのですが、そこでまさかのジャンプカット演出。いやいやいや。ここは「もたつくこと」の表現、その持続した時間こそが、サスペンスになるべきなのでは。 登攀シーンですら、このように細切れなもんで、屋内の会話シーンなんて、カメラがどこを見て何を撮りたいのか、何だかよくわからない。 音楽も、不必要に大仰で、まるで映像に合っていない部分が多々。一方で、登攀シーンでは映像に合わせようというのか、音楽にハーケンの音が取り入れられているのですが、音楽のつもりなのか効果音のつもりなのか、見てて戸惑ってしまい、逆効果。気を削いでしまいます。 いろいろと、もったいない部分の多い映画でした。[CS・衛星(吹替)] 5点(2021-01-04 06:33:31)《改行有》

10.  デアデビル 有毒廃棄物を浴びただけで滅法強くなってしまう、という悪魔の毒々モンスターみたいなシステム。いや、一応トレーニングで強くなった、らしいんだけど、どうみても、主人公が苦労して強くなったような印象は皆無です。一方で視覚を失う、というハンディキャップを背負っている、らしいんだけど、いやコレ、「見えてる」でしょう。視覚を失ったハンディとか、その分、他の感覚が研ぎ澄まされて広がった新しい世界だとか、そういったものは、あくまで本人が言っているだけで、作品からは何も感じられません。 座頭市には周囲の人間とは異なる座頭市独特の動きがあって、独自の世界を作り上げている。特異なキャラであるはずの本作の主人公に対して、同じように奇抜な格好をして同じように格闘してみせる“エレクトラ”の登場は、マイナスでしかないと思うんですけどね。 ただ、そうは言っても、映画最初の方で、「デアデビルが高所から飛び降りる姿を、着地点の水たまりの反射で捉えた」シーンがあってこれが何ともカッチョよく、こういうシーンをじゃんじゃん連発してくれることを期待しちゃうんですけどね。だけどこれが、続かない。マトリックスみたいな顔でマトリックスみたいな動きをしてみせるのはご愛敬だとしても、やたら細切れで見にくい格闘シーンが続くばかりで、いささか面白味に欠けます。 敵役もコリン・ファレル演じるブルズアイは、何が売りのキャラなのかよくわからず、唯一目を引くのはマイケル・クラーク・ダンカンの超ムキムキぶり。これは確かにスゴイ(でも、これだけムキムキなら、もっと強いかと思ったけどナー)。 という訳で、無事、シリーズ化されることもなく、ベン・アフレックは後にバットマンとして生まれかわり、何だかそれって、覆面レスラーがライバル団体に移籍して別のマスク被ってリングに上がるみたいな不義理、のような気もしないではないですけど。ま、いいんですよね、きっと。[CS・衛星(字幕)] 5点(2020-04-30 20:39:21)《改行有》

11.  スーパーノヴァ(2000) もー支離滅裂で、不幸にして監督が次々交代したとか何とか言い訳しないと、成立不可能な映画(大体その監督降板劇からして、何となく胡散臭いなあ)。「なんじゃこりゃ」指数では、『イベント・ホライゾン』の方が数段マシです。悔しかったら続編作ってみろっての(←ナゼか喧嘩腰)。3点(2003-10-12 11:00:23)

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