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プロフィール |
コメント数 |
48 |
性別 |
男性 |
自己紹介 |
小津と是枝はブラックリストに入っている |
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1. 美しき諍い女
文字通りの大茶番。「真実の芸術」というものの存在を四時間かけて偽証する。
作品内で「これが真の芸術ですよ」と説明さえすればその存在を証明したことになるのだろうか?
ジャック・リヴェットとカンヌ映画祭とが己の浅はかさを露呈した記念碑的映画である。
この程度の思考力の者にでも「芸術」は、形だけなら行えるという教訓として大きな価値を持つ。
つまり芸術というものがどれだけ「それらしい」ところで行われているかということの訴えとしては満点に近い。
この作品の主張が、「芸術を行うものが芸術に幻想を抱いていてはいけない」という身を挺した警告だったならば10点を付けている。[DVD(字幕)] 0点(2019-03-28 00:40:27)《改行有》
2. ニーチェの馬
《ネタバレ》 たとえば、トリノの広場での「ニーチェと馬のエピソード」の描写が、続く「ただ馬が嵐の中を突き進むシーン」と響き、尋常でない迫力を生み出している。そのような各シーンの響きが最後まで途切れずに続いていった。
正直なところ、この映画のシナリオにはつまらない発想が多い。じゃがいもを食べる量が減っているだとか、酒を飲む量が増えるなどといった方法で反復性からの脱却を示唆するのはあまりに勿体無い。このことは映画の中核を担う「終末への過程」についても同じように言える。反復性というのはそれ自体が幻想なのだから、一見変化のない生活であっても絶対的な意味で全く違ったものなのだ、という地点で看破されるべきだ。そうでなければ「ニーチェと馬」のエピソードを引用した意味がない。
ただし確かにこの映画に描かれた中には無為な生活を不満も言わず繰り返す父娘というイメージがはっきり描かれており(枯れた井戸を見て「ちくしょう」と呟き面倒臭そうにきっぱり移住の準備をしては、結局諦めて戻ってきたり、突然世界が暗闇に包まれても寝ようと呟きベッドに潜り込んだり)それがある意味で終末をも、終末と感じさせないところで本監督の意図したかもしれない結末とは違った奇跡的な「永劫性」を導き出したように思う。それにはこの監督特有の「長回し」の効果も大きく加担しており、欠点を持ちながらも「人は死んでも生き続けるんじゃないか」といったイメージを観たものへ刷り込むような、凄まじい作品に成っている。[DVD(字幕)] 10点(2019-03-12 01:46:42)《改行有》
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