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【製作国 : ソ連 抽出】 >> 製作国別レビュー統計
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1.  戦艦ポチョムキン 《ネタバレ》 底の浅い、革命思想プロパガンダ映画で、人間の尊厳や生命の尊重等は置き去りにされている。戦艦で肉に蛆が湧いた。腐った肉にかまけて、水兵達は日頃の不平、不満をぶちまける。艦医にとって、肉に蛆がわいたといって大騒ぎする水兵達は蛆虫だ。 水兵達にとって、蛆のわいた肉を洗って食えという艦医は蛆虫だ。神父にとって、神を恐れず反乱する水夫達は蛆虫だ。 革命指導者にとって、神を持ち出して革命を妨げる神父は蛆虫だ。艦長にとって、食事などに文句ばかり垂れて、ろくに仕事しない部下達は蛆虫だ。水兵達にとって、反抗したからといって部下を射殺しようとする艦長や上官達は蛆虫だ。政府にとって、政府を批判し、政府転覆を試みる大衆は蛆虫だ。大衆にとって、無抵抗の人民に銃を発砲する政府軍は蛆虫だ。ポチョムキンの水兵達にとって、鎮圧にくる艦隊の連中は蛆虫だ。一人はみんなのために みんなは一人のために、蛆虫は死ね。けれども味方になれば話は違う。やれ兄弟だ、仲間だ、同志だ、赤旗だ、革命万歳だ。「戦争の中で革命だけが真に偉大な正義だ。(レーニン)」敵を蛆虫と思えば戦争を正当化できる。多場面を多カットでつなぐ高速モンタージュ手法は緊張感を高めるのに役立ち、随所で効果的に使われている。加えて、パン、ズーム、移動カメラを駆使すればもっと緊張感は高まっただろう。冷静に観ると、分らない部分が多い。上官に反抗したくらいで銃殺刑は厳しすぎる。反乱を扇動主導した水兵の遺体が港の天幕に安置されると、大勢の民衆が弔意に訪れるが、一戦艦の反乱、武装蜂起にしては大袈裟すぎる。しかもきっかけはスープである。圧政に苦しむ民衆の様子が描かれていないので奇異に感じた。撃たれて重体の子供の母親が、子供を避難もさせず、手当もせず、子供を抱いて兵に抗議する不自然さ。乳母車を押して示威行動に参加する無鉄砲さ。階段落ちの乳母車が最後にどうなったかを見せない。転覆しそうになる場面で終る。鎮圧のため派遣された艦隊が何故反乱軍に同調したのか?無線電信機を使わず、手旗信号とはこれいかに。結局、大衆と艦隊は分離したまま、ちぐはぐに終了。ポチョムキンという名にはユーモアがある。崖の上のポチョムキン、ポチョムキン肉マン。ポチョ無菌室。[DVD(字幕)] 6点(2013-09-19 03:08:01)《改行有》

2.  僕の村は戦場だった 《ネタバレ》 映像表現に秀でた傑作。画に象徴性をもたせ、映像で語る。芸術の領域だ。主題は、戦争の犠牲となる弱い子供。無理心中を強いられたゲッペルスの子供達の実写映像を出すことでそれを補強している。少年の思い出で始まり、思い出で終る循環構造。冒頭、どこまでの健やかに延びる若杉を俯瞰でとらえ、疾走する少年を遮断する黒く歪んた老木を仰視でとらえて終る。少年の顔をすっぽり囲む若杉の蜘蛛の巣が少年の未来を暗示する。戦争という蜘蛛の巣に捕まった少年。戦争は彼から家族を奪い、子供らしい心を剥ぎ取った。憎悪に燃え、復讐の鬼と化す。最後に登場する老木は、奇形化した少年の心の投影でもあるだろう。自らの歪んで怪物化した心に殺されたともいえる。少年を変貌させたのは戦争で、戦争の邪悪さ、悲惨さが浮き彫りになる。思い出の場面は、半裸の少年、夕立を浴びる兄妹、微笑む母、収穫の林檎とそれを食む馬と、あくまで甘美でまさにエデンの園。兄妹はアダムとイブだ。生命の象徴としての水の映像が鮮烈だ。母が運ぶバケツの水、少年が屈んで飲む水、眠る少年の指に滴る雨漏り、昼でも星を映す井戸水、林檎を運ぶトラックに降る夕立、浜辺の陽光の綺羅を放つ水面、地下壕の中でもしばしば水滴の音が響く。戦争場面では雨は降らず、渡川後の大尉は雨さえ降れば少年の足跡が消えるのにと悔しがる。代わりに初雪が降り、最後の捕虜収容所では焼却灰が降る。蓄音機を修理した古参兵はレコードを聴けずに死に、マーシャ軍医をめぐる大尉と中尉の恋の鞘当ても虚しく終り、少年も落命する。戦争は何も生まず、物質だけでなく、心も破壊する。傾いた十字架、燃える木、剥げた聖画像、壁の落書き等がそれを象徴する。カッコー、キツツキの声、銃弾、照明弾の音が効果的に使われる。特筆すべきは、偶然を装って人物を活写する演出法。少年の尋問中にランプが爆ぜて中尉がそちらを向く、女軍医が机に触るとメモが落ちる、白樺林で大尉と会話中の女軍医が突然蜘蛛を振り払う、中尉が塹壕でよろめき大尉に笑われる、大尉が小舟に乗ろうとして尻餅をつく、少年ら三人が渡川中に木が倒れる、レコードをかけた大尉が振り向くと顔にコードが当りよける、捕虜収容所で置いた少年のファイルが階下に落ちる。観る者に、あたかもその場にいる居るようなリアリティを与える効果がある。女軍医が浮いているのが残念だが、宙ぶらりでキスされる場面は印象的。[DVD(字幕)] 9点(2013-09-18 21:10:03)

3.  惑星ソラリス 《ネタバレ》 主人公クリスに魅力がないのが残念だ。中年太り、生気のない眼、もじゃもじゃ髪、心理学者らしいところがなく、現象の解析や心理分析も一切行わない。亡妻ハリーの出現に驚愕し、短慮にもロケットで抛棄したり、わけなく愛の幻影に溺れたりと、全くの素人状態。地球基地に報告も行わない。そもそも単独で調査に乗り込む設定に問題がある。バートン証言が真実ならば、行方不明のフェルネラはソラリスの島の庭園に赤ん坊と暮らしている。海を泳ぐ4mの赤ん坊は、フェルネラの未だ見ぬ新生児で、実体化されている途中。クリスも同じ運命を辿る。彼と父との関わりは不明確だが、出発前に「今生の別れ」めいた会話があったので、父は不治の病なのだろう。亡妻、亡母へのトラウマは癒されたので、父との生活を選んだのである。想像だが、ソラリスの知能の海と交信して、心が癒された者だけが島に留まり、海と共生(意識の交流)するのだろう。海が欲しているのは健やかな精神だ。他の船員は精神の傷が癒せないため、海と正常な関係が結べず、望まない者が出現したり、鬱病になったりするのだろう。海に知性があるという設定が蠱惑的だ。更に人間の潜在意識を実体化する能力があり、コピー人間は元の人間と同じ記憶、感情を持ち、人間と同様愛し、悩み、苦しむ。それなら元の人間とどう違うのか?生命の価値観、愛の価値観の見直しを迫り、意識とは何か、進化とは何か、幸福とは何か、問いかけてくる哲学的な内容。より身近に言えば「故郷地球を捨てて、復元された理想郷ソラリスに住むのは幸福か」という問題になる。 実体化した妻のあわれさ、美しさが感じられれば感情移入できる。心理学では水は無意識の象徴だ。冒頭クリスは美しく流れる川を眺め、池で手を洗い、雨に打たれて濡れる。宇宙船では母に腕を水で洗ってもらい、島の家では天井から水が瀝る。浸透する水は意識の変容を表わす。鏡も同様な意味で使われている。監督は水、鏡、カラーとモノクロの切り替え、テンポの遅さで意識と現実の境界を曖昧にし、観客の無意識に働きかける。「海」が人間にとって「魔物」なのか「救世主」なのか不明だが、自殺者を出すのだから、ローレライの魔女のようなものなのだろう。ただ癒しの力、再生力は不老不死に似ていて「神」に近い。人類がみな虜になってしまう可能性もある。尚、林檎は知恵、馬は恐れ、火は再生の象徴で、それぞれ適確に挿入されている。[DVD(字幕)] 8点(2013-09-16 06:53:25)(良:1票) 《改行有》

4.  雪の女王(1957) 《ネタバレ》 原作をほぼ忠実に再現。製作者は原作の意図をよく理解し、そつなく仕上げている。主人公ゲルダが女性で、関わる人物も女性が中心。魔法使いの女、城の王女、盗賊の女、盗賊の女の娘、北方の女、更に北方の女、雪の女王。「女性のもつ内なる力」が主題である。原作では更に北方の女が、カイは雪の女王の囚人になっていることを教える。トナカイが、この娘に力を与えてくれ頼むと「この娘に生まれついて持っている力よりも大きな力を授けることはできない。力を得ようとしても無理。それはあの娘の心の中にある。ごらん、どんなにして、色々と人間や動物が、あの娘のためにしてやっているか、どんなにして、裸足のくせに、あの娘がよくもこんな遠くまでやって来られたか」と諭す。無欲の愛こそが何物にも勝るということだが、それはゲルダ一人に依るものではなく、彼女を助ける女性も分担している。雪の女王の心を溶かしたのは、女性陣の愛のリレーの結晶だといえる。敵役も女であるが故に愛にはもろいのだ。女性賛美のメッセージが込められているといってさし支えない。重要アイテムは靴。靴は「子供、保護」の象徴。ゲルダがおろしたての赤い靴を川に捧げたことで、船が動きだし、冒険の旅が始まった。ゲルダがカイを真摯に心配し、甘えた子供心を捨て去ったことが奇跡を呼んだのだ。途中、城の王女から長靴をもらうが、最終旅では裸足になる。厳しい環境に身をおいてこそ、真の心の成長があるのだ。ゲルダが靴を脱がなければ、カイの目と心の中に入った氷を溶かすことはできなかったし、雪の女王と対決もできなかった。雪の女王はあっけなく溶け去ってしまうが、それは二人の無欲の愛に打たれたから。だが、少しあっさりしすぎていないか?原作では、「氷の板で永遠の文字を作る」という最終試練があるのにそれを省いている。その代わりに原作ではさらりと流している、盗賊の女の娘が悔悛しゲルダを助ける場面をこまやかに描く。ここが最も涙を誘う。この娘は、「子供版雪の女王」だ。このように全体としてバランスがよい。原作では、二人が町に帰還したとき、心は子供のままだが大人の姿になっていた。子供心を捨て去った代償である。後に「風の谷ナウシカ」「千と千尋の神隠し」を制作した宮崎駿氏がこの映画に感銘を受けたと伝えられているが十分にうなずける事だ。案内役を夢の神のおじいさんがするが、これは不要だろう。[DVD(字幕)] 8点(2012-07-06 17:31:27)(良:1票)

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