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1. あなたのために
なんというか、すべてがベタな展開のまま最後まで進んでしまった。
見る人とタイミング次第ではある意味10点になりそうな映画。[DVD(字幕)] 5点(2011-09-20 23:07:50)《改行有》
2. アリス・クリードの失踪
《ネタバレ》 最後には、愛するものに裏切られた同士がわずかにつながったりと、(人間は描けていないが)人間関係がちゃんと描けている佳作だと思う。この制約の中ここまで高い完成度で創り上げたのは素直にすごい。[映画館(字幕)] 7点(2011-09-20 22:49:54)
3. アジャストメント
《ネタバレ》 サスペンスかと思ったら単純にラブロマンスでした、と。想いの強さは運命を動かす、って単純な主題のためのいろんな設定が粗すぎる。マット・デイモンの安定感からハズレはないだろうと思って観たが、うーん。ただ初めてのデートで観る映画にすると、色んな意味でおもしろい試金石になるかも、という変な意味で+1点[映画館(字幕)] 6点(2011-05-29 22:12:43)
4. 悪人
原作未読。上流・中流・下流のより下の階層の人間を卑下するという感性が被害者の両親からちらりとも出てこない。
作中最も納得がいかなかったのは、この親子関係である。
被害者は直前の飲み会の描かれ方を含め、「善人」の面が全くない。ここに「善人」であるという描写や、増尾と本当に付き合っていて「増尾とのつながりによる感染」の演出があれば、
せめて「普通の子がここまでなってしまうなんて」と、失恋の痛さに橋でのやり取りを落とし込めるが…
場面場面で人間の中にある善悪が表出する、という演出はここにはない
悪人 増尾君・被害者 マスコミ 善人 祐一・光代 両親 すべてそのままである
さらにいえば被害者に非があるかのごとき報道は現実ではありえない。
直近の例で、押尾公判の被害者の扱われ方をみても彼女の非を責める報道など見たことがない。
なのに、被害者が悪者扱いされる(通常なら、ここで「あんな悪人なのに善人の被害者として報道させれてる!」という演出であろう)
、というのは「とにかくなんでも曲解するマスコミ」というステロタイプを描きたいか、被害者の悪人ぶりを知っている観覧者に媚びているかで、これはひどい。
出会い系が一般化している中、妹の「私達がどがん言われかたしようかわかっとると!」
にも説得力がないのである。光代は完全に被害者扱いだろうに。
佐賀という田舎における閉鎖的な親戚関係やらの中で「出会い系」それ自体が否定されるにしても、それはないだろうと。
終始わかりやすすぎる善悪とそれを曲解する(させられる)普通の人=客体である我々(観覧者)という平行が交わらないという間違いがこの映画の致命的な点である。
[映画館(邦画)] 5点(2010-09-25 15:21:55)《改行有》
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