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コメント数 3872
性別 男性
年齢 53歳

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121.  地獄の黙示録 「特別完全版」公開後は、このバージョンで確定ということなのでしょうか、今回観た「通常版」のラスト、炎上シーンはありませんでした・・・。 さてこの地獄の黙示録という作品、コンラッドの「闇の奥」を下敷きにしており、実際この小説を思わせる人物も登場する訳ですが(槍で絶命する舵手、出迎えるロシア人、そして勿論クルツ=カーツ大佐)、作品から受ける印象としてはむしろ、カフカの世界を思わせます。この印象は、主人公たちが出会うエピソードの数が増えた特別完全版を観てより強くなったものではありますが、それでいて、完全版でないコチラの方がむしろ、より終わりなき彷徨を感じさせもします。特別完全版の方が、どこか、正常から異常へ、正気から狂気へ、というベクトルがはっきりしている気がして、この通常版の方が脈絡なき迷宮の感じが強いのです。それでも、やはり狂気へと向かって行く方向性というのは確かにあって、主人公が旅路の最初に出会う、キルゴア中佐のエピソード、瀕死の敵兵を称えつつサーフィンの話が始まると水を与えるのを忘れてしまったり、果ては戦場でサーフィンをするためにナパーム弾投下を要請したり。異常と言えば異常だけど、ある意味、想定内の、まだしも理解可能な異常、想像可能な世界。ワルキューレ第3幕冒頭をかき鳴らしながらの攻撃なども、我々の想像を特に超えるようなものではない、陳腐な世界でもあります。これ以降、川を上るに従い、何が起こるか、それが何なのか、想像も予想もできない世界が彼らをそして我々を待ち受ける。 そしてついに現れる、カーツの王国。カフカの長編世界は結末と呼べるものが存在しない(「審判」ですらそう言ってよいでしょう、結末は一応あるけど本編から独立している)のに対し、本作は、不条理世界の最期を何とか描こうとしています。たぶん、それ自体が無謀なことではあったのでしょう、映画自体がほとんど崩壊に向かっており、そこには相次ぐ撮影時のトラブルなども影響しているのかも知れませんが、さて、この混乱、混沌以外に、本作のラストがあり得たのかどうか。もはや作品の完成度云々以前に、やっぱり狂気の世界は狂気によってしか作りえなかったのだ、というまさにその点で、稀有の一本となった作品であります。多分これは、コッポラが「作った」作品ではなく、彼自身も作品の一部となって初めてこの世に生まれ得た作品なのでしょう。[CS・衛星(字幕)] 9点(2015-11-08 09:20:36)《改行有》

122.  シュガー・ラッシュ 《ネタバレ》 ゲームの中の悪役ラルフが、ヒーローに憧れて他のゲーム機に参戦してしまったことから一騒動、レーシングゲーム「シュガー・ラッシュ」において、自分同様、他のメンバーから疎んじられている少女ヴァネロペと出会って・・・というオハナシですが、ちょっと物足りないのが、・ラルフが最初から結構「いい人」を感じさせること、・結局のところ、ラルフがたどり着いた結論とは「現状に対する納得」に過ぎないこと、といったあたりですね。一連の冒険を通じて、「シュガー・ラッシュ」は元の姿を取り戻し(それが理想的な世界かどうかはともかく)、フェリックスも理想の女性と結婚し(それが幸せかどうかはともかく)、外面的なオチだけはしっかりつけているけど、やっぱり物語における真の焦点はラルフ自身の変化にこそあって欲しい訳で、もう少し素敵なオチがつけられなかったものか、と。「悪役もゲームには必要な存在」だなんて、そんな事、アタリマエ過ぎて身も蓋もない・・・。 ただ、それでもなお本作のラストが微笑ましく感じられるのは、ただ単にラルフが現状を受け入れただけではなくって、それが「外の世界を知った」上での事だから、ですね。ゲームの外へ出ていくことで、様々な危機が発生し、しかし多くの友人を手に入れることもできる、そうすれば、退屈な日常にもまた違った魅力が生まれる、「ビルから落とされるのだって悪くない」と。ココをもうちょっと巧みに描いてもらえれば。 ところで本作、ゲームの世界を舞台にすることで、古いゲームと新しいゲームとの映像のクォリティの違いというものが、可笑しさにつながっていますが、コレ、ゲームの世界ではなく、アニメーションの世界を舞台にしても成り立つ可笑しさなんだろうか。アニメのクォリティは、時代とともに、間違いなく上がっていってるんだろうか。なんてことも思っちゃいました。[DVD(吹替)] 7点(2015-09-27 08:43:15)(良:1票) 《改行有》

123.  シャーロック・ホームズの冒険 ワトソン君の書いた未発表のホームズ譚。というより、内容的には「ボツネタ」という体裁ですね。だもんで、パロディ版のホームズもの、という印象です。ここでのホームズは天才探偵というよりは単なる変人みたいだし、ワトソン君もやたらホームズに噛みついて、これぞ凸凹コンビ。事件の顛末もトホホなものなのですが、ストーリーに関してはバカにしちゃいけない(バカなオハナシだけど)。途中の無駄に思えたエピソードが、無駄にキチンと真相につながっていく(ネッシー騒動まで)のは、なかなかお見事ではないでしょうか。 ところでどうでもいいことですが、硫酸と食塩水で、塩素ガスなんて発生したっけ???[CS・衛星(字幕)] 7点(2015-09-05 10:46:07)《改行有》

124.  呪怨 -終わりの始まり- あ~なるほどそういうことね、と、なかなかよくまとまったオハナシだったのではないでしょうか。それがイイことなのかどうかは別ですが。ってか、もっと不条理でもいいと思うんですけどね。それに、同じようなコトばかりを繰り返してるなあ、というような印象もあり、いまいち恐怖感が広がりません(ああまた例の渦巻きね、などと、不条理よりも納得が先立ってしまったり)。それこそ、滑稽ですらある場合も。もっとも、そういったことを含めての、この「呪怨シリーズらしさ」なのかも知れませんけれどもね。ただやっぱり、申し訳ないけれど、佐々木希が主演というのが、「安心して怖がることができない」最大の要因かと。ちょっとキツかったなあ。[地上波(邦画)] 4点(2015-08-24 20:56:46)

125.  呪怨 (2003) 「人を怖がらせるために作られる作品」ってなジャンルがあって、多分そこにおいては、怖ければ怖いほど「良い作品」ってことになるんでしょう。ただし、何度もの鑑賞に堪える作品か、という指標もあれば、「こんなコワイ作品、二度と観たくない」という感想もあるだろうから、受け止め方もさまざまですな。さて、ビデオ版(「2」は見てないけど)と、この劇場版、とりあえずどちらがより怖かったか、と言えば、うーん多分、ビデオ版かな、とは思う。オリジナリティの目でも、元祖というべきビデオ版には敬意を払います。そんじゃ何でビデオ版の方に低い点数つけてんだよ、と言われりゃ、もうゴメンナサイなんですけれども。内容のバラエティとか、あと田中要次さんの顔のコワさ(笑)、とかいったあたりの魅力ですかね。・・・とか言いつつ、この後、劇場版にケチつけようってんだから、私も相当にロクでもない訳ですね、本当にスミマセン。この呪怨という作品、都市生活とかその近郊の生活の中の孤独や不安を反映したような、いわば都市伝説の寄せ集めみたいなテイストが特徴ですよね(過去というものから断絶された都市生活における、プチ因縁話)。そこにはもはや、例えば「仏壇」みたいなアイテムの入り込む余地はない(そういう定番アイテムが入り込んだ時点で、ちょっと醒めてしまう)と思うのですけれども。[DVD(邦画)] 5点(2015-08-24 14:27:26)

126.  ジュラシック・ワールド 私も正直、恐竜大暴れパニック超大作の割には「驚きの乏しい映画」になっちゃってると思います。無難な作品に仕上がっていて、それなりに楽しく、しかし現時点でのシリーズ4作品中、最も意外性が無い。まず前半、少々テンポが悪くて気分が乗らないのですが、「この後きっと事故が起こります」という事をわざわざ説明し過ぎではないかと。クリス・プラットがラプトルを手なずけるシーンなんかは面白いんだから、これで十分。「説明だけの伏線」なんて要らないのです。今回目玉の新種恐竜(インド何とかレックス。名前覚えられずスミマセン)が暴れ始めたら、各登場人物たちの危機が並行して描かれ、テンポも持ち直して盛り上がってきます。1作目の遺跡(?)なども登場させ、これはシリーズのファンへのサービスかも知れませんが、まあちょっとだけ面白かったかな(笑)。それより、恐竜に襲われた主人公が車の下に隠れる場面(あるいは子ども達の乗った乗り物が襲われる場面なども)、1作目をいかにも彷彿とさせるパロディのようなシーンですけど、1作目のあのティラノ最初の襲撃場面の、これでもかという執拗さ、ああいう執拗さがここには無い。1作目は確かにコワイ映画であって、一方のこの4作目はコワくないんです。2作目には破綻寸前のバカバカしさがあり、3作目には冒険とユーモアがあり、ではこの4作目には何があるのか。そういった過去のシリーズ作の良さをちょっとずつ取り入れながら、最新のCG技術を披露してみせた(しかしあまり目新しくはない)、という無難さが、まずは目についてしまう。まあはっきり言ってしまえば、昨年のエドワーズ版『ゴジラ』の後では、こんな大人しい発想の「新種恐竜」や「恐竜バトル」では、驚きようもないんですけどね。ついでに言うと、翼竜の襲撃シーン、群衆パニックを描いて大いに盛り上がる(盛り上げねばならない)場面ですけど、ここも工夫があまり無く、さほど印象を残せていません。こういうシーンを観ると、ヒッチコックの『鳥』なんて、そりゃ特撮面では大いに劣るけど、工夫しまくり考えまくり(ちょっと考え過ぎなくらい)で撮られていたんだなあ、と改めて思ってしまいます。とまあ、イロイロ不満を書いてしまうのですが、これも期待が大きかったから。ジュラシックパークシリーズへの期待というより、恐竜映画そのもの、あるいはパニック映画そのものへの期待値の大きさですね。その大きすぎる期待は、本作において、完全には満たされなくとも、それなりに楽しませてくれてます。寡黙な男前クリス・プラットはカッコいいし、彼を前に変化を遂げるヒロイン(ロン・ハワードの娘ですね)のコミカルさも楽しい。シリーズすべてに子どもが登場するけれど、兄弟の絆の深まりを描いたのは本作だけでしょう。そして何より、改めて「恐竜って、カッコいいなあ」と思わせてくれる、そこがイイではないですか。[映画館(吹替)] 6点(2015-08-23 09:09:51)(良:2票)

127.  13日の金曜日(2009) なんぞ極端に軽そうなモンでも観ようかい、という訳で、この2009年版13金。しかしこりゃいくらなんでも軽すぎて、そもそも、旧作の設定をまーったく知らずにコレを見た人がいたとして(多分いないと思うんだけど・・・)、何が何だか、わかりますかね。「設定その他、どうせ皆知って観てるんだから」とばかり、もうテキトーなんです。冒頭からショックシーンを持ってきて、でも、描写というものが「断片的=緊迫感」とでも思ってるのか、ただ見えづらいばかりで、「コワイ」以前に「よく見えない」「ワカラナイ」が感想として先にくる。以降のショックシーンも押しなべて同様。ただ、殺人シーンでは、肉体に対する貫通というものを好んで描きたいらしく、ちょっと手作り感のあるショック描写が微笑ましかったりもするのですが。殺戮描写だけでは映画になりえず、それ以外の部分で、例えば不気味な平穏さみたいなものがあればよかったんですが(旧作13金ではそういう部分がチープさでもあれば魅力でもあった)、そういうのもなくって、その一方で「被害者の一人がジェイソンに囚われている」という羊たちの沈黙風のノリを加えてくるのが、いささか鬱陶しくもあります(囚われの彼女にどういう危機が迫っているのか? ただ単に囚われているだけ)。妹を探す男と山荘オーナーの息子との折り合いが悪く、「警察に連絡を」「出ていけ」と大ケンカしている場面。黒人青年が「外を見てくる」と出ていったとたん、その後は家の外の黒人青年側の描写ばかりとなって、家の中(先ほどの大ゲンカ)などそっちのけ。こういうのも、いかにもテキトーだなあ、と。ま、何かと懐かしさみたいなものは感じさせる作品ですが、懐かしさだけじゃあ、ねえ。[DVD(字幕)] 4点(2015-05-17 09:06:02)(良:1票)

128.  ジャングル大帝(1997) 欲望にかられた心無い人間たちにより破壊されたジャングルを、今度は疫病が襲う。ジャングルの王たる白いライオン・レオの妻ライヤも疫病に命を奪われ、さらには娘ルキオまでもが病に侵される。そこにやってきた「心ある人間」たるヒゲオヤジ氏、ルキオに注射を施し、さあこれで明日には熱も下がるだろう、と。逆に言えば、注射していきなり元気になる訳でもなく、薬が効くまでには時間がかかる、要するに、人間と動物たちの間に信頼関係を生み出すためには相応の時間がかかる、ということでもあるのだなあ、と。まあ、そう思ったんですけれども、本作はその「時間」を描くこともなく、いきなり場面は翌朝に飛んで、ルキオの快癒を描いてしまう。本当に人間と動物たちは信頼しあえるのか、という「不安の一夜」を経てこそ、相互信頼という奇跡も光ると思うんですが、エラくアタリマエの事として描いたもんです(この間、ハム・エッグ氏側の描写もほったらかし)。まあ、この作品では「ジャングル大帝」の大きな軸をなすレオの前半生に触れていないもんで、レオの人間に対する立ち位置も描きづらいところではあるのでしょうが…。あと、中盤のルネの冒険を描く部分もちょっとテキトー過ぎないかい、という不満もあるんですけどね。でも、多少強引でもどんどん話を進めていっちゃう、この勢いの良さってのも、ひとつの魅力ではあります。そして結局のところ、最大の見どころはやはり、ハム・エッグ氏の濃いキャラと、それを支える談志師匠の名演でしょうか。[地上波(邦画)] 6点(2015-03-15 08:29:46)

129.  シャドー・チェイサー いかにも低予算な感じのアクション映画ですが、久しぶりに木曜洋画劇場っぽいテイストを堪能できました(え、いい意味に決まってるじゃないですか)。なかなか魅力的な作品だと思うのですがいかがでしょうか。バカンス先で家族が行方不明、父は何かを知っているらしいが、何者かに命を奪われる。父親役はブルース・ウィリス、大物が少し顔を見せて早々に退場してしまうあたりがまた低予算臭のするところですが、本作、謎の事件に巻き込まれるというサスペンスであるとともに、「父の知られざる一面」を追うという副主題があるため、少しの登場でもインパクトを残す俳優がこの父親役には必要だったともいえます。そして、謎の女性シガニー・ウィーバーが登場、そのモンスターぶりも堂に入ってるし、クライマックスのカーチェイスも派手ではないけど見応え十分(というか、最近、打ち上げ花火みたいなムチャクチャなカーチェイスが多い中、こういう泥臭い感じのチェイスは大歓迎)。主演はこの後スーパーマン役を射止めたヘンリー・カヴィル、メリハリに乏しい演技といわれりゃそうかも知れないけれど、いつも苦悶に満ちたような険しい表情をしていて、これが実にサマになってる。この顔だけでも、作品に相当のスピード感をもたらしてるんじゃないでしょうか。銃で撃たれても「弾は貫通してる」と荒療治を受けたらそのあとピンピンしているってのも、まあ、この顔を見れば納得か。イキの良い作品で、大いに楽しませていただきました。[DVD(字幕)] 8点(2015-02-27 11:58:21)

130.  ジーリ ポンコツ版『レインマン』。3人の関係がとても丁寧に描かれていて、良い映画でした。難点を言うならば「わざわざ丁寧に描くような関係でもないだろ~」ってことくらいでしょうか。それって確かに大事な点ですよね~。でも、このあまりにクダラナイやりとりに耐ええた者だけが味わえる、映画の快楽が、ここにもまたひとつ。[CS・衛星(吹替)] 7点(2015-02-27 11:30:54)(笑:1票)

131.  十兵衛暗殺剣 本作の倉田準二監督という方、すみません存じ上げませんでしたが、ああ、『恐竜・怪鳥の伝説』の監督さんだったのですね。なるほど、道理で(笑)。将軍家指南役の柳生十兵衛に対し、我こそは真の新陰流継承者なり、とライバル心をむき出しにし、彼を付け狙う幕屋大休。道場破りなどの嫌がらせを繰り返した挙句、竹生島での決闘を挑んでくる。どんな汚い手を使っても十兵衛を倒すべし、とばかり、現地の湖賊(琵琶湖版の海賊みたいな連中)とタッグを組んで、十兵衛を待ちかまえる。という、非常にワカリヤスイ展開なのがうれしいですね。船で湖を進む十兵衛一行に対し、水中から攻撃を仕掛ける湖賊たち。ここでは、時代劇なのにまさかまさかの水中撮影。サンダーボール作戦もびっくりですな、これは。きっとこの撮影が、『恐竜・怪鳥の伝説』でも多少は生かされた、のだかどうだか。それはともかく、敵役の幕屋を演じるは大友柳太朗、泰然とした彼と、すぐに地団太踏むような表情がすぐ顔に出てしまう近衛十四郎では、どちらが「剣豪」のイメージにふさわしいかと言えばもう聞くまでもない訳ですが、門弟や湖賊の戦いを交えて引っ張って行って、ラストの対決はそれなりに盛り上げてしまう、この勢い、大したものだと思うのですが、いかがでしょうか。ロケーションも魅力的。[CS・衛星(邦画)] 8点(2015-02-09 14:09:51)

132.  仁義なき戦い 文太さん追悼放送で久しぶりに観ました、昔はゴールデン洋画劇場なんかでやってて、あの頃は正直、この“乱暴な”描写が、何というか一種の安っぽさのように感じられて、少々苦手だったりもしたのですが(あと、早々に主人公が小指を詰めちゃうシーンがあって、この後映画が終わるまで小指がカメラに映らないように、うまくできるんだろうか、とかいうどうでもいい心配をしてしまったりもしたのですが)。しかしいいなじゃい、“乱暴”で。このむせ返るようなエネルギー。あと、学生の頃見るのと違って、社会人になってから見ると、活き活きと暴れまわった連中が次から次からドンドン死んでいって、その一方で金子信雄演じる山守がしぶとく生き残っていく姿、ってのが、どうにもこうにも、身につまされちゃうのよね。[CS・衛星(邦画)] 8点(2015-02-02 23:03:00)

133.  ジェロニモ(1993) 《ネタバレ》 白人への抵抗を続けたアメリカ先住民の勇者ジェロニモの物語。いきなりジェロニモがとっつかまり護送されるところから始まるもんで、オイオイと思う訳ですが、心配ご無用、ちゃんと盛り上がります、ウォルター・ヒルらしい鮮烈なアクションもあります。先住民の物語、と言っても、『ダンス・ウィズ・ウルブズ』みたいに白人も自らの理不尽な歴史に目を向けましょうというような苦みを伴うものではなく(いや、そういう要素も勿論あるけれど)、あくまで白人の軍人の目を通して語られる物語であって、かつ、この作品には、白人であれ先住民であれ(あるいはその両者の間に位置するロバート・デュヴァルであれ)、人種を問わず「勇者」がいて、そして最後には彼らは皆、歴史の中に静かに埋もれていく。ジェロニモを乗せ、どこへともなく走り去っていく汽車のラストシーンが余韻を残します。反省ばかりが歴史じゃない、郷愁と云う名の歴史だって、ある訳です。[CS・衛星(字幕)] 8点(2014-12-25 23:44:40)

134.  紳士は金髪がお好き(1953) マリリン・モンローの赤い赤過ぎる唇。アレは男を取って喰う口です。ジェーン・ラッセルも相当なもんだけど(オリンピック選手団のムキムキ男をみんな喰ってしまいそうな)、いやむしろコチラの方がオソロシゲなんだけれど、ブルネットの彼女よりは、ブロンドのマリリン・モンローの方が、赤い唇のインパクトが強く、福笑いの顔みたいに唇が浮かび上がってます。で、二人が身も蓋も無い内容の歌を歌いまくり踊りまくり、彼女たちの前には現実もひんまがってひれ伏すしかない、まさにハチャメチャミュージカル。[CS・衛星(字幕)] 8点(2014-11-09 09:26:36)

135.  ジャッカルの日 《ネタバレ》 私の場合は、映画を最初に観たのは随分昔で、かなり後になってから原作小説を読んだのですが。いやあビックリしました、面白いの何の、この小説(笑)。映画の方は、どっちかとうとドキュメンタリータッチの抑えた表現で、劇中で実際に背景に聞こえてくるBGM以外、音楽も無し。原作小説も、ノンフィクション小説風(現実の事件の関係者に取材し、そこにフィクションが織り交ぜられる)ですけれども、後半の盛り上げ方がとにかくスゴい。一気に広がる捜査網と、それを掻い潜ってターゲットに迫るジャッカル。追うルベルの焦り。ジャッカルの暗殺失敗からルベルとの対決に至る場面なんて、映画の方が実際の時間の流れに忠実なところがあって、小説の方がむしろ映画的とも言える、一瞬時間が止まったような緊張感あふれる筆致なんですね。こういう、原作と映画化作品との、不思議なアプローチの差異が、意外性があって面白いところ。映画の方が小説よりも一見地味なんですけれども、これは、映画でも小説と同様に煽るような描写に走ってしまうと、オーバーになってかえってシラケかねない、ってこともあるだろうし、それだけじゃなく、つまり映画が単に地味路線なのではなくって、映画ならではの緊張感がここにはあります。冒頭の暗殺未遂からOAS幹部の処刑に至る、畳み掛けるようなスピーディーな描写。中盤はジャッカルの行動と捜査側の様子がじっくり描かれますが、各エピソードが(特にジャッカルの行動にまつわる部分が)、あと数秒ないしあとワンカットあるのが普通かな、というタイミングで切れて、次のエピソードへ移行していき、小説とは異なる形でのテンションが維持されています。そしてクライマックスのパレードの場面、集まった群衆の光景と軍楽隊の音楽とが、もうどうにも引き返せない、どうにも止められない焦燥感に繋がって、小説とは異なる形での盛り上がりを見せます。実際、今回久しぶりに観て、というかかなり記憶が薄れていたので初見のつもりで観ていたのですが、それでもこのクライマックスシーンは強い印象が残っていて、懐かしき興奮を再び味わうことができました。[CS・衛星(字幕)] 8点(2014-11-03 10:32:32)(良:1票)

136.  七年目の浮気 いや、ものすごーーーく普通で平均的なオッサンのオハナシだと思います、ハイ。妄想の内容も頻度も、まったく標準的と言ってよろしいかと。ただ、それをわざわざ映画にするのか、と(笑)。グラマー女性を前に悶々とし続けるオッサンの姿を主演男優(誰か知らんけど)が乗りに乗って演じまくり、一方のグラマー女性を演じるマリリン・モンロー、これはもう演じているのやら何なのやら、少々壊れかけていて、このアンバランスな危うさが、本作の特徴と言えるかも。実際、他に特徴を挙げようにもあまり見せ場のようなものが無くって、ビリー・ワイルダー監督はこの映画で我々に何を見せたかったのやら。単に自分がモンローのスカートをまくってみたかっただけなんじゃないのかしらん。[CS・衛星(字幕)] 6点(2014-10-19 17:27:29)

137.  忍びの者 霧隠才蔵 『忍びの者』シリーズがリニューアルし、主人公が石川五右衛門から霧隠才蔵へとチェンジ。とは言っても主演はもちろん市川雷蔵。大阪冬の陣から夏の陣が舞台で、大砲がドカンドカンと炸裂しまくる派手な戦闘シーンが目を引きますが、あまりに豪快なので、もしかしたら旧作の流用フィルムかも知れませんが、観てるコチラも憶えちゃいないので問題ナシ(流用じゃなかったら、スミマセン)。今回の雷蔵さん、幸村家臣の他の忍者たちを演じる大映脇役オールスターズ(?)に混じり、あくまで真田十勇士のひとりという役どころ。もうちょっと活躍して欲しい気がしないでないですが、それでも見せ場はたくさん。敵にとっ捕まるやら、しまいには死んじゃう(?)やら。いずれにしても、忍術妖術の類は登場せず、あくまで、耐える者としての忍者、厳しい掟のもとに生きる(そして死んでいく)忍者の姿が本作でも描かれていて、虚無感を漂わせた娯楽作品となっています。[CS・衛星(邦画)] 7点(2014-10-02 22:50:08)

138.  新少林寺 このタイトルに、懐かしきユエ・ハイ師。これだけで大満足というヒトもいれば、「だからどうした」というヒトもいるでしょう。少林寺を弾圧する立場であったアンディ・ラウが、部下の裏切りのために、愛娘も地位も失い追われる身となって、少林寺に出家する。さてここで、苦しい特訓の日々が描かれれば、懐かしき少林寺映画、ということになるのでしょうが、戦争スペクタクルに突入してしまうのが、今ドキの映画ってところでしょうか。確かに迫力はありますけれど、全体的に大味でおおざっぱな感じは拭えません。国内の弾圧、争いだった物語が、終盤で「外国からの理不尽な攻撃」にすり替えられるのも、なーんか中国共産党の歴史観を反映しているような。「文化大革命の弾圧を描いた少林寺映画」を作る自由が訪れるのは、いつの日か。[CS・衛星(吹替)] 6点(2014-09-15 16:18:51)

139.  ジャッキー・コーガン チンピラ強盗のグダグダなお話と、超然としたようでいて実は常識人臭いところのある殺し屋のグダグダなお話が、グダグダと続き、そこにブッシュ大統領とオバマ大統領の演説が再三にわたって、伴奏のように流される。こういう社会の底辺で繰り広げられているどうしようもないオハナシが、大統領演説の中で語られるアメリカ社会とリンクしたり、あるいはそこで語られる理想とのギャップが浮き彫りになったりと、要するにそういう事なんだろうと思いつつも、これが実に鬱陶しい。さすがにしつこ過ぎる大統領演説、伴奏というより、これじゃあ、解説、ですわな。という訳でグダグダなお話を理屈で固めてしまうのがまず浮いてるし、さらにはそれを「これって一応“スタイリッシュ”だよね???」という映像でご機嫌伺いするのが、さらに鬱陶しくって。リンチを、殺戮を、いかにも意味ありげに華麗に描いてみせて、要するにコレって、『タクシードライバー』とかタランティーノ作品とかへの郷愁に寄りかかっただけ、なんだろうか。もし、リーマンショック前にこんな作品を作っていたなら、別の意味で凄かったかも知れないけれど。[DVD(字幕)] 3点(2014-07-13 11:18:30)

140.  11人のカウボーイ 《ネタバレ》 ジョン・ウェイン師匠が、11人の少年たちを引きつれて牛追いの旅に出る、という比較的明るいオハナシで、ジョン・ウィリアムズのテーマ曲も朗らかに鳴り響きますが、そうは言ってもこの旅、命がけ。牛の群れに巻き込まれれば死が待ち受けているし、はたまた道中には悪いオトナたちが彼らをつけ狙っている。音楽も複雑な色調に。そんな旅の中で、ジョン・ウェインは少年たちに対しては常に毅然とした態度を貫いているのですが、一行の中のもう一人の大人である頑固一徹のコックさんとの会話の中に、大人なりの心の揺らぎが表れたりも。少年たちの描写は、一部を除いてはっきりした性格付けはなされず、集団(Cowboys)として描かれる場面が多いですが、ジョン・ウェインとコックさん、この大人ふたりの描かれ方がなかなかに絶妙なのです。それにしても、少年たちが大人になること、というのは、西部劇の中ではやっぱり「悪人を殺すこと」でなければいけないんでしょうかね(悪人のリーダー、ブルース・ダーンへの仕打ちはさらにエゲツない)。ジョン・ウェインは、銃を持った悪人に背を向け、毅然と歩きながら射殺される。師匠の死を目の当たりにし、その毅然とした姿を心に刻んで、少年たちは大人の男へと成長する。かくして親父たるジョン・ウェインの魂は、少年たちへと受け注がれていくのですが、残念ながら、西部劇映画の魂は、もはや70年代に入って順調に引き継がれていくという訳にもいかず。結局のところ、「死んでみせることで復讐を喚起する」という素朴な図式に、良さもあれば限界もあるのかな、と。[CS・衛星(字幕)] 7点(2014-05-06 16:25:33)

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