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プロフィール
コメント数 2251
性別 男性
ホームページ https://twitter.com/BM5HL61cMElwKbP
年齢 52歳
自己紹介 あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

2024.1.1


※映画とは関係ない個人メモ
2024年12月31日までにBMI22を目指すぞ!!

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21.  愛ちゃん物語 《ネタバレ》 成長に必要なこと。良質な栄養を適切なタイミングで摂取すること。多過ぎても少な過ぎてもいけませんし、タイミングを逸してもいけません。また有害物・阻害物を取り除くことも重要です。農作物の場合は主に「水」「肥料」「農薬」を用いて品質管理をしますが、人間の場合も変わりません。ほったらかしでは育たない。しかも「心」と「からだ」両方の面倒を見なくてはいけません。考えれば考えるほど子育ては「無理ゲー」だなと思うわけです。ですから愛ちゃんを「箱入り娘」にした父親の気持ちは理解できます。とりあえず悪い虫が付かなければ安心ですから。でもこれで万全でないのは言わずもがな。もし愛ちゃんが父の課したルールを従順に守り高校生活を終えていたらと考えると・・・。女子高生の成長に必要なのは「おしゃれ」「お化粧」「門限破り」「友達とカラオケに行くこと」で合っています。たぶん。とりわけ心の栄養は「経験を積むこと」「様々な価値観に触れること」で供給されます。もちろん「良いもの」だけを選べればベストですがそれは無理。そもそも何が「良い」かも分かりませんし。ですから「一般的なこと」を「しかるべきタイミングで」「きちんと経験しておくこと」が心の栄養のリスク管理的に適切と考えます。そういう意味で聖子さんとの出会いは僥倖でした。愛ちゃんは良きタイミングで箱から出られたと思います。亡きお母さんの愛情が、聖子さんを通じて愛ちゃんに届いたのかもしれません。 主演は坂ノ上茜さん。BS-TBS『町中華で飲ろうぜ』の『伝道師』としてお馴染みの元気娘。もちろん成人しており実年齢と役柄との年齢差は10歳程度かと。よく見れば成熟していますがこの程度なら許容範囲でしょう。顔立ちも可愛らしい童顔なので全く問題ありません。一方女装家の聖子さんを演じたのは黒住尚生さん。劇中の設定だと愛ちゃんの母親と同級生ですが全然そうは見えません。愛ちゃんより少し年上くらいでしょうか。実年齢は2歳差だそう。つまり坂ノ上さんは10歳若くサバを読み、黒住さんは20歳ほど老けサバを読んでいる計算になります。同年代の2人が同一方向へサバ読んでいるならいざ知らず、反対方向にサバを読んでいるため違和感が半端ありません。この年齢差は女装メイクで誤魔化せる範囲を超えていました。だから「キャスティングに難あり」と言うつもりはなく、聖子さんから「母親の同級生」という設定を無くせばいいだけだと思います。それで物語から深みが消えるわけでもありません。2人以外の役者さんについては「難あり」かな。あるいは「味」かな。演技がちょっと気になる人もいるかと思います。 ポジティブ且つライトな少女の成長物語。不穏な展開になる要素を孕みつつも、コメディテイストが強めに効いており終始心穏やかに観ることができました。最近ストレスフルな事ばかりだったので、今の私にとっては「丁度良い塩梅」の楽しい愛のお話でした。6点と7点の中間くらいですが、伝道師加点で繰り上げとします。[インターネット(邦画)] 7点(2023-12-09 18:59:17)《改行有》

22.  PROSPECT プロスペクト 《ネタバレ》 フォーマットは典型的な「トレジャーハントアドベンチャー」。「秘境」から「辺境惑星」に舞台を変え、SF要素が加味されています。様式は王道ですから一定レベルの満足度は担保されているようなもの。あとは如何に旨味やオリジナリティを出せるかが焦点でした。折角のSFですから、まずは設定勝負でしょう。この点は「優」と判断します。アナログ風味のテクノロジーは往年のSF小説の世界。武器(銃)の性能も強過ぎず程よく不便なのがいい。惑星の環境は『ナウシカ』の腐海を彷彿とさせます。お宝は生物の分泌成分の結晶かな。よく分かりませんが価値はありそう。既視感はあるものの、世界観はきちんと構築されておりSFの雰囲気抜群でした。さて、肝心の物語はどうでしょうか。主人公は少女。父を殺した仇と協力して惑星から脱出を試みます。なかなか「そそられる」イントロではないですか。ただどうにも展開不足でした。脱出ポッドを目指す道中には自然環境の脅威なし。野生生物の襲来なし。唯一の障害は惑星に住み着いてしまったとある家族。精神を病んでいたものの凶悪でも武闘派でもありません。結果アッサリ2人は最終目的地まで到達しました。うーん淡泊な。人物造形も同じく。キーパーソンのエズラは仇であり恩人でもあり。その正体は悪人?善人?彼の人間性を際立たせることでドラマに深みが出たはずですが「結果的に悪い人ではなかった」程度の描写に留まっています。いや、もうちょっと掘り下げて欲しい。勿体ないです。結末について。主人公のプロスペクト=展望は開けたのでしょうか。「トレジャーハントもの」の流儀に則れば、主人公のポケットには一つや二つお宝は入っているはず。毒親から解放され借金も帳消しになったのだとすれば、彼女の未来は明るいかもしれません。修羅場を潜り抜けてきた少女の笑顔は「命あっての物種」だけではなさそうです。エズラを殺さなかったのも良ポイント。という訳で物語の評価は「不可」ではないものの「可」止まり。総合評価も「良」には届かず「可」と判断します。 劇中のロケーションはほぼ森林。塵が舞うエフェクトのみで辺境惑星であることをアピールします。本来なら未知の生物とか出したいでしょうに。低予算なのは明らかでちょっと可哀そうなくらいでした。展開に乏しいのもこの辺の事情が影響しているのかもしれません。B級SFとして光る欠片はあった気がしますが、よく見たらダイヤモンドではなく石英でした。そんな映画。採点は5点相当ですが、シーちゃんの凛々しい眉毛に+1点とさせて頂きます。[インターネット(吹替)] 6点(2023-11-29 20:15:53)《改行有》

23.  メランコリア 《ネタバレ》 「ネタバレのイントロダクションなど不要!」と言いたいところですが、『100日後に死ぬワニ』方式の演出と捉えれば納得できます。何気ない日常も「まもなく地球が消滅する」枕詞が付けば別物に変わる。実際ジャスティンの態度は一般的なマリッジブルーの症状と何ら変わりなく、彼女が抱えていた「憂鬱」の正体を知らないままでは、詫びも寂びもあったものではありません。真実を見通せる能力を持つ彼女いわく、地球は宇宙で唯一生物が存在する惑星とのこと。我が身可愛さで嘆くような次元の話ではなく宇宙規模の大事件。「イチからゼロ」に変わる運命の瞬間が迫っているのだとしたら憂鬱度も一層増すというものです。とはいえ地球が消滅しようと自分だけが死のうと、自意識レベルの結末は同じ。たぶんジャスティンは「大して変わらない」と思い、クレアは「全く違う」と認識している気がします。人間らしいのはクレアの方。一方ジャスティンは「悟りの境地」とも言えますが、真実を誰とも共感し合えない孤独の先に行き着いた心境でもあり、どこか哀れに思えます。彼女が最後に考えたキャッチコピーが「無」というのも、さもありなん。 終末世界を描く映画の中では刺激度はかなり低めだったと思います。暴動や略奪、集団自殺なんて物騒な描写はありません。これは民衆に破滅が予告されていなかったせいです。もちろん天文学者がこの結末を予想できないはずがなく、各国政府が事実を隠蔽していたと推測されます。しかしこれは「嘘も方便」の類。こんな時に「知る権利」が発動していたら地獄絵図は不可避でした。唐突に、抗う術がないから救われる。それが「死」の本質という気がします。ここから尊厳死の意義について考えるのは飛躍し過ぎでしょうか。木の枝で組んだ魔法陣は気休めの象徴。大した覚悟も無く迎える最期というのも悪くないのでは。 私が今まで観てきたラース・フォン・トリアー監督作品の中では、最も「観易い」映画でした。鬱度はさほど高くありません。ただこの監督の場合、これが誉め言葉にはならないのがユニークなところ。貶しているつもりはありません。でも些か冗長だったとは思います。大監督が制約無く創った芸術作品とでも申しましょうか。歓迎すべきなのでしょうが、多少制限があった方が客観的に「良いもの」が出来たりして。「名作は2時間超が当たり前」の風潮ですが、2時間以内に収めてくれていたら8点でした。[インターネット(字幕)] 7点(2023-11-28 19:29:49)《改行有》

24.  奈落のマイホーム 《ネタバレ》 子供の頃からずっと「絶対に笑ってはいけない避難訓練」を叩き込まれ育ってきたせいか、災害時のコメディを「不謹慎」と感じてしまいます。これは同じ災害系コメディでも『サバイバルファミリー』ではなかった感覚であり、停電より巨大シンクホールの方が「より命に関わる」という事でしょう。そりゃそうだ。とは言うものの、慣れてくればこれはこれで悪くありません。「後ろめたさ」がむしろ清々しいくらい。全く人命救助になっていない「息子の泥沼ダイブ」もコメディの範疇と捉えれば腹も立ちません。そう、コメディはある意味「無敵」です。どんな無茶な展開もまかり通るのですから。いっそのこと、大災害でも死者数ゼロの奇跡が見たかったなあと。正直、犠牲者が発生した時点でテンションが下がりました。まるで連勝記録が途絶えた時の落胆とでも申しましょうか。終盤は一般的なサバイバルドラマへ移行してしまったようで少し残念でした。にもかかわらず結末に採用された脱出方法は「奇跡」というより「嘘」。減圧症(潜水病)は無視ですか。どんなデタラメだってコメディなら許されるのに。やはり本作は、コメディに拘って欲しかったと思います。基本的には「面白い」だけに勿体ないと感じました。[インターネット(吹替)] 6点(2023-11-23 03:42:04)(良:1票)

25.  ドント・ハングアップ 《ネタバレ》 奇を衒った設定や展開は要らない。予想通りが最高な映画があります。ラブコメ、人情喜劇、あるいはシリーズ映画等はこれに該当する事が多いような。具体例を出すなら『男はつらいよ』『釣りバカ日誌』。料理で喩えるなら『生姜焼き定食』や『ラーメン半炒飯』『サバの味噌煮定食』、、、ああキリがないや。井之頭五郎がいうところの「こういうのでいいんだよ」というやつです。しかし『サスペンス』や『ミステリー』に「こういうのでいいんだよ」はありません。ましてや本作はシリーズ映画の続編でもありませんし。観客誰もが想像する「きっと真相はこんなところだろ」そのままというのは如何なものか。軸となるプロットは「復讐劇」だとしても、そこからもっと構想を練り込んで欲しいのです。サスペンスミステリーの醍醐味は予想の裏切りにあると考えます。それが観客の期待に応えることではないかと。この脚本では物足りません。言い方が適切かどうか分かりませんが近年の『世にも奇妙な物語』のクオリティ。復讐劇のカタルシスだけで成立するほどサスペンスというジャンルは甘くないと考えます。[インターネット(字幕)] 4点(2023-11-18 23:54:04)

26.  バーバリアン 《ネタバレ》 観終えた直後「やばいよね。これ完全にきちゃってるよね」と思わずハローバイバイ関のモノマネが口を付きました。恥ずかしい。でも正直それくらい「やりすぎ」な映画だったのです。序盤はA級サスペンスの趣を醸し出していただけに、終盤怒涛の「なんじゃこりゃ」展開に茫然自失でした。あるいはコメディと捉えればよいのかもしれませんが全く笑えません。むしろ胸糞です。カテゴリー的にはホラーでもサスペンスでもなく「珍品」が相応しいかと。この単語にビビッと来た「Z級映画マニア」の方は観て損はないかもしれませんが、当然得もありません。以下は私の「もやもや」を吐き出したもの。ネタバレしていますのでご注意ください。 おそらく物語の下敷きとなっているのは『クライモリ』と思われます。舞台を森林から住宅街へ。一般住宅の地下に潜んでいたのはバーバリアンでした。これが地底人とか宇宙人ならぶっ飛んではいても許容しますが、野蛮人って何なのさ。彼女は愛情も教育も受けられなかった被害者でしょうに。おぞましい「実験」の末に生み出された哀れな怪物であり、境遇的には「ジェイソン」や「レザーフェイス」より「フランケンシュタイン」に近いと考えます。それならそれで「悲しきモンスター」路線で物語を進めてくれればよいものを、あり得ない怪力やら物理法則無視のトンデモ描写で観客を煙に巻きます。「建物から落下する人を追いかけて後から飛び下りたはずなのに、なぜか先に地面に着地していた」は「ヤツの前で階段を登っていたと思ったら、いつの間にか降りていた」と何ら変わりません。まさに「何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何をされたのか分からなかった」ポルナレフ状態であります。ほんと無茶苦茶ですよ。何より狂気を感じるのは、本作が『ディズニープラス』から配信されていること。メッセージは「民泊なんて危ないからやめておけ」で間違いありません。[インターネット(吹替)] 2点(2023-11-11 13:52:28)《改行有》

27.  探偵マリコの生涯で一番悲惨な日 《ネタバレ》 「朝から晩まで」あるいは「24時間」のお話かと思いきやさにあらず。また宇宙人捜索の依頼から始まる現在進行形の数日間の話でもなく。タイトル「最悪な1日」とは回想シーン(過去エピソード)の中に在りました。幼いマリコが父を手に掛けた日。この日を境にマリコの生き方が決定づけられたと考えます。心優しきニンジャのお陰で自死は免れたものの、ずっと金縛りの人生。いや自らに懲役刑を課したのかもしれません。歌舞伎町はマリコにとっての牢獄でした。多分本人はそれなりに愉しくやっているつもりでしょうが、傍から見ると不憫でなりません。もう罰は十二分に受けたでしょう。宇宙人の帰還は旅立ちの示唆。ニンジャの蘇生は「生まれ変わり」のススメ。マリコには好きな所で自由に生きて欲しい。私が親ならそう思います。 「探偵」と銘打つほど探偵業のシーンは多くはなく、専らマリコと周りの人々の悲喜交々、いや悲哀や惨事が描かれていました。一部コメディ風味ではあるものの、エグいエピソードの連続で正直居畳まれません。救いや希望があるわけでもなし。ブラックコメディというよりは、胸糞コメディ。これは大変に難しいジャンルです。例えば渥美清クラスの主役であれば「個の力」(カリスマ性)で『よく分からないけど結局いいお話だった気がする』マジック発動が期待できますが、伊藤沙莉さんにそれを望むのは酷というもの。そう、現時点では。将来的には樹木希林さんを凌ぐような怪優になって欲しいと密かに期待しておりますけども。 観る人を激しく選ぶ映画なのは間違いなく、伊藤沙莉さん&竹野内豊さんの好感度オバケコンビの楽しいコメディドラマを期待すると酷い目にあうのは間違いありません。どうぞご注意ください。[インターネット(邦画)] 6点(2023-11-04 22:53:42)《改行有》

28.  ゴジラ-1.0 《ネタバレ》 正直「そこまでやるか!?」と思いましたが、これが山崎監督の出した『最適解』なのでしょう。傑作『シン・ゴジラ』の次という『貧乏くじ』を引き受けた監督の並々ならぬ覚悟というか自棄糞というか、兎に角凄い「心意気」をしかと受け取りました。ドラマチックはリアリティを凌駕する。大・大・大拍手です。ただ、オチの付け方に注文を。首筋のアレは個人的には必要なく、エンドクレジット前の数秒のシーンは絶対に要らないです。[映画館(邦画)] 9点(2023-11-04 13:46:24)

29.  ノック 終末の訪問者 《ネタバレ》 ネタバレしています。ご注意ください。 一般的なホラーであれば、オチでもうひと捻りあるものです。全てが終わった後4人が乗ってきた自動車の中から証拠が見つかり、奴らがイカれていた事が判明する流れ。「誇大妄想」あるいは「我が身を犠牲にした異常な復讐」あたりが相場でしょう。当然パートナーは死ぬ必要がなかった事になります。後味は最悪ですがこれがホラーの定番であり流儀と考えます。しかし本作は捻りなくあっさり幕を閉じました。4人の主張の信憑性を裏付けて終わり。このある種の「すかし」は「本作はホラーにあらず」を意味していたと考えます。バイオレンス描写は目くらまし。物語の本質は「人間の性(さが)」を問う濃厚なヒューマンドラマでした。もう少し言及するなら、本当の主人公は誰かという話。ぜひ4人の立場に自身を重ねて想像してみてください。自分でさえ信じられない支離滅裂な話を赤の他人に理解してもらい、尚且つ「できるはずのない決断」を「絶対にしてもらわなければならない」絶望感を。彼らもまた被害者です。私ならきっと重圧に耐えらず逃げ出していたでしょう。でも4人は真摯に使命と向き合いました。それだけでも尊敬に値する人間に違いありません。そう邦題は『シン・ミッション:インポッシブル』が相応しい。こんな「意外なオチ」の映画、シャマラン監督以外つくれないと思います。[インターネット(吹替)] 8点(2023-10-31 18:54:35)《改行有》

30.  HOSTILE ホスティル 《ネタバレ》 「伝染病により人類はほぼ死に絶えた」「人を襲うクリーチャーがいる」終末世界の設定は映画情報サイト等で開示されています。しかしながら劇中で世界が滅んだ背景の説明はありません。「伝染病」なんて言葉は出てきませんし、クリーチャーの正体についても言及なし。ただ、最後に主人公がとった行動から次の仮説(ストーリー)を導くことは出来そうです。「主人公の夫が巻き込まれたバイオテロは後に人類を滅亡に追いやる伝染病の発火点であった。さらにこの伝染病は人を別の生物(クリーチャー)に変化させてしまう恐ろしい性質を持っていた」さらに「伝染病はゾンビでお馴染み血液感染ではなく飛沫感染であることが疑われ」ゆえに「変わり果ててしまった夫と偶然再会した主人公は、濃厚接触により自身の感染は免れないと観念し愛する者と共に死ぬ道を選んだ」結末を額面通りに受け取るならこんな感じかと。ただクリーチャーが偶然夫であったというのは奇跡が過ぎますし、どうやって夫と認識できたのかも謎です。印象的な痣があるとか、仕草や癖で見分けたというなら話は別ですが。という訳で結末を素直に(ロマンチックに)受け止めるのは無理があると感じました。そこで別解釈の「真相」を2つ提案します。①クリーチャーを夫と見立て自殺した説。主人公は足を骨折しました。仮に助かっても今までのように物資調達の仕事は無理でしょう。さらに救助を依頼してもすぐには行けないという返事。必要とされず足手纏いになるくらいなら死を選ぼう。どうせ死ぬなら愛する人と共に。クリーチャーが夫かどうかは問題ではなく、そう思い込む事に意味があったと考えます。②そもそも世界は滅んでいない説。子を流産し、夫をテロで失った主人公の精神は崩壊しました。滅んだのは文明ではなく主人公の心の方。回想シーンが多いこと、週末世界の状況が不明瞭なこと、登場人物が異様に少ないこと等もこの説を裏付けます。主人公は再びドラッグに溺れた。要するに今際の際に見た悪夢という解釈です。流石に飛躍し過ぎだと思いますが、こんな突拍子もない仮説を出したくなるくらい世界の作り込みが甘いと感じました。設定が命の映像研の浅草氏なら怒り狂うレベル。「解釈に幅がある」や「余白が多い」と「作り込みが甘い」は似て非なるものと考えます。終末サバイバルアクションと切ない系ラブストーリーの融合。アイデアは面白いですが、壮大な世界観や構想に見合った脚本とは言い難く、多分に監督の思いが先走ってしまった印象を受けました。 最後に本作のビジュアルイメージ(ポスター、DVDパッケージ等)について。2種類確認できました。ひとつは主人公が仰向けになりながら銃を構えるもの。キャッチコピーは「世界大絶賛のサバイバルアクションムービー」もうひとつは主人公がクリーチャーと抱き合うもの。キャッチコピーは「これは異形との恐ろしくも悲しい愛の物語」どうですか。痺れませんか。二つ目なんて酷いネタバレです。本来ならクレーム殺到案件のはずですが、こういうセールス法を選んだ気持ちも分からないでもありません。「サバイバルアクション」として売り込むには長所が見当たらないということ。それなら意外なオチを開示して興味を引く方が賢いと。いずれにしてもセールスポイントが一貫していない時点で、販売元の作品に対する「信頼度」の低さがうかがえます。本当に世界大絶賛ならば、こんな事にはならないはずですが。[インターネット(吹替)] 5点(2023-10-26 19:14:30)《改行有》

31.  沈黙のパレード 《ネタバレ》 ネタバレあります。ご注意ください。 黙秘を貫き通し無罪となった過去を持つ犯人へ「沈黙」を武器とした報復を。宮沢麻耶の台詞「沈黙は罪になるのですか」が意図するのはこれ。またタイトルが意味するところでもあります。共謀者全員が「知らぬ存ぜぬ」を突き通せたなら、仮説と状況証拠だけでの犯罪立証は難しかったのでは。ですから団結して口を閉ざす人々の心をどう開かせるかが物語の焦点・・・のはずだったのですが、一人があっさり自供して腰砕け。そう、身も蓋もない言い方ですが犯人への恨みの度合いは人それぞれ。いみじくも戸島修作が言った「悔しさの次元が違う」は関係者全員に当てはまりました。「殺してやりたいくらい憎い」と「殺す」とでは天と地ほども差があるということ。「覚悟」の違いとも言えます。現代日本において仇討ちを(自身の心の内であっても)正当化するのは難しい。それだけ多様な価値観が認められ、遵法精神が浸透した成熟した社会という事なのかもしれませんが。 もっとも本件の場合、純粋な復讐劇ではありません。入り口は復讐でも出口は怨恨。実行犯は私的な事情で犯行に及んだ事が判明しました。殺害動機の裏に「隠された真実」あり。ところがこの隠された真実とやらがどうにもお粗末で。「本当は殺してないのに殺してしまったと思い込む」は理解できます。錯乱していれば尚更です。しかし今回のケースは無理があり過ぎました。あれで死ぬなら、私は今までに3回は死んでいます。せめて傍から見て「そう思い込んでも仕方がない」くらいにはリアリティが欲しいわけです。突き飛ばした場面はあくまで回想の中の出来事。尖った岩や遊具の角に頭をぶつけたと事実を誤認(記憶を改ざん)してください。それで初めて「髪留めからは血痕が検出されず」という「事実」が「実は殺していなかった」という「真実」に変わるのですから。 映画化もされているアガサ・クリスティの某有名ミステリーと同じ集団復讐。ポイントは「私人による復讐は許されるか」ではなく「真実を知って目を瞑ることは許されるか」です。共謀者たちには「黙秘権」が認められているので当然に可。しかし黙秘権は草薙刑事には及びません。望まぬ真実であろうとも追及し詳らかにするのが職業倫理でしょう。問題は湯川先生。事件に関与していない湯川先生に「黙秘権」は発生しませんが「沈黙」が罪になる訳でもありません。でも気づいてしまった事実を知らなかった事にするのは性分的に無理でしょう。それが研究者の性だと思います。今回真実を暴いた清算はいかほどか。自分が人殺しだと思い込んでいたあの人は救われました。実行犯のあの人の罪は重くなりました。その他の関係者は概ね罪が軽くなりました。言い方はあれですが関係者全体の損得勘定で言えばプラス査定と言えそうです。 殺人方法は奇想天外でもなければ、専門家以外扱えない特殊な技術も必要ありませんでした。その為かお約束の「湯川先生の数式推理シーン」は無し。久々のガリレオシリーズ、しかも劇場版と考えれば些か寂しい気もしますが、TVドラマ版ファーストシリーズのレギュラーをキャスティングした功績により不問とします。やはりオリジナルメンバーというのは良いものです。ただ、ミステリーとしてもヒューマンドラマとしても平坦な印象で「見応え」があったとは言えず、本作に対する評価は「キャスティングがいい」「KOH+の新曲が聴けて嬉しかった」に集約されてしまいます。[インターネット(邦画)] 5点(2023-10-17 18:17:51)《改行有》

32.  ドント・ヘルプ 《ネタバレ》 ネタバレあります。ご注意ください。 物語終盤、マリアが幻覚を見ていたシーン。父は娘(マリア)に「殺してくれ」と懇願しました。かつての虐待を詫びるため。もし彼女が幻覚の中で父を殺していた場合、実際に死んでいたのは誰でしょうか。当然「枢機卿」と予想されます。であるならば、我に返ったマリアの傍には枢機卿が居なくてはいけません。しかし彼女の傍にいたのはタマラ(悪魔憑きの少女)でした。これは一体どういうことでしょうか。私は当初、単純なミスと考えました。詰めが甘いと。しかし結末をみるに、悪魔(アモン)は最初から取り憑く先を枢機卿に変更するつもりであったと推測されます。そうならば合点がいきます。枢機卿が殺されては元も子もありません。折角取り寄せた「極上の器」ですから。 アモンによる「枢機卿乗っ取り計画」において、強盗は完全なアクシデントだったことでしょう。もし彼女らが有無を言わさずタマラを保護していた場合のみ、最悪の結末は免れたかもしれません。そういう意味で邦題は『ドント・ヘルプ』ではなく『マスト・ヘルプ』が正しかったと考えます(貧困な英語力失礼)。とはいえ、強盗によるタマラ救出は無理筋も無理筋であり、やはり枢機卿が迂闊であったと言わざるを得ません。ということで本件から得られる教訓は「戦うなら自分の土俵で」「一人仕事はダメ」の2点であります。 最後に「黒い影」の正体について。立ち回り的にマリアの父親説が疑われます。すでに長女によって殺されている男。姉妹にとってトラウマの元凶です。アモンの幻覚は完全創作ではなく、対象者の記憶や願望を鋭利に顕在化させる類のもの。父に謝って欲しい。いやそれ以上に赦したいと考えていたのかもしれません。あるいはアモンの誘惑に抗うために、赦さざるを得なかったのか。いずれにしても彼女の口から「赦す」という言葉が出た意味は重いです。父の魂を救う必要は1ミリもありませんが、どうか彼女の魂は癒されて欲しいと願います。 (以下余談)この邦題は『ドント・ブリーズ』のヒットを受けた便乗商法と推測されます。『ドント・ブリーズ』以降『ドント〇〇』が量産された印象があります。原題『The Inhabitant』をカタカナ表記したとしても英検4級の私のようなものには何も響きませんし、気の利いた邦題が欲しいタイプの作品には違いありません。作品のクオリティや特徴の無さ(失礼)を考えると、物語のポイントを的確に捉えた本作の邦題は成功の部類に入る気がします。[インターネット(吹替)] 6点(2023-10-15 07:13:58)《改行有》

33.  FALL/フォール 《ネタバレ》 ネタバレあります。ご注意ください。 2人が塔の上で取り残された時点で残り時間60分と知り頭を抱えました。「詰み」の状態からあと1時間も何を見せられるのかと。延々と回想だったり懺悔だったりは御免だなと感じておりましたが、なんと!なんと!!サバイバルサスペンスとしての「展開」が多数用意されていました。しかも『大ネタ』まで仕込む抜かりなさ。いや私もあの時は「そんなの無理だろ」と突っ込んでいたんですよね。思わず声に出して。でも火事場の馬鹿力(米国だとファイヤーフィールドのシットパワーですか?)なんて言葉もありますし渋々納得していたところ。ですから真相が明かされて膝を打ちました。 喩えるなら、エベレスト山頂でフルコースを供されたような驚き。見事なエンターテイメント性に感心しました。さらに素晴らしいのは物語の芯にテーマが一本通っていたこと。それはもうTV塔のように真っすぐと。『チャレンジの価値』『生きるには覚悟が要る』これらを雄弁に物語る終盤怒涛の畳みかけに痺れました。エンディングも申し分なし。この手のソリッドシチュエーションスリラーでは、結構平気でバッドエンドが用意されていたりするので内心冷や冷やでした。絶体絶命の大ピンチで本当に絶命さる脚本なんてクソくらえなんだよ!失礼しました。取り乱して下品な言葉を使ってしまいました。脚本家の皆様の苦労も知らず勝手な事を申しました。お詫び申し上げます。 「どうせ迷惑系配信者の自業自得の災難。設定も出オチみたいなものだし期待できないな」と高を括っていたせいもありますが、予想外にハイクオリティな作品に驚いた次第です。最後に褒めてばかりも何なので、バランスを取るために若干の駄目出しを。クライミングを趣味にする人間があの体脂肪率のワケがない。以上です。[インターネット(吹替)] 8点(2023-10-07 02:18:21)《改行有》

34.  宇宙人のあいつ 《ネタバレ》 ネタバレあります。ご注意ください。 主要登場人物それぞれに「課題」が設定されていました。長男・夢二は「結婚」、長女・想乃は「未婚の妊娠」、三男・詩文は「元級友からの復讐」、そして次男・日出男こと土星人トロピカルは「故郷に誰を連れて帰るか」。長男の件は兎も角も、残り3人の課題はかなりシリアスな部類。どう決着をつけるのかと固唾を呑んで見守っておりましたが肩透かしを食らいました。三男は何故和解できたのか謎ですし、長女の案件についても対応が的外れ。戦っているようで、実は全然戦っていません。極めつけはメインストーリーである次男の課題。物語冒頭で「結果」が開示されていました。『コロンボ』『古畑』スタイルのミステリーならいざ知らず、いきなりネタバレとはこれ如何に。このケースで考えられるのは「意外な真相」パターン。てっきりビッグ鰻を家族として連れて帰るものと予想していましたが大外れでした(そういう伏線ありましたよね)。つまり日出男ことトロピカルの課題は何も解決していません。振り返れば長女だって本当にそれでいいの?という決着。そう、本作の課題解決スタイルは「問題に正面から向き合わない」でした。細かいエピソードなら「サイドミラー破壊事件」、大きな括りなら「家族のかたち」にもこの法則が当てはまります。大人4人が食卓を囲み、何かあれば家族会議。微笑ましいと感じる一方、どうにも心がざわつきます。日出男が抜け、想乃の子が加入する未来。この「家族のかたち」を維持していくのが本当に幸せなのでしょうか。家族に縛られていたら自分の人生を生きられないのでは。特に心配なのが長男・夢二です。両親を亡くしてからは家業を継ぎ、大黒柱として一家を支えてきました。それが彼のアイデンティティ。「家族のかたち」は「幸せのかたち」でもあります。でも20年、30年先を見据えたらどうでしょう。いつかリセットボタンを押す日が来るかもしれない。その時、夢二は何歳ですか。勉学、恋愛、就職、結婚、出産、育児。かつては半ば「義務」であったこれら人生の課題には「適齢期」があり「家族」の形式維持に必要でした。その点、現代日本で必修課題は無くなりました。何をして、何をしないか「自由」です。ただしその結果は引き受けなくてはいけません。まさにトロピカルには自身の選択に対する清算が待っている訳ですが。私は当初夢二の課題を軽視しましたが、本当は一番真剣に取り組まなければならない、切羽詰まった課題なのかもしれません。 役者の皆さん芸達者揃い。キャラクター造形も素敵ですしファミリードラマ&SFコメディとして上質だったと思います。構造は「古き良き日本の家族、その愛と絆に笑いを添えて」が包皮、「日本人の価値観変化と社会が抱える課題」が中身と判断します。外側は口触りが良く楽しいので、そこだけ食して気分よく終わるもよし、丸ごと噛み砕いて芯に隠された苦みまで味わい尽くすもよし。公式HPをみると前者推奨のような気もしますが、監督としては当然後者を望んでいるはず。違いますかね?伏線未回収や問題解決のポイントずらしは故意としか思えず、私は監督を「一筋縄ではいかない曲者」とお見受けしました。でも「考えすぎ」も否定できません。いずれにせよ私の力量では本作のみで監督の正体を見極めるのは困難であり、予想外に「難しい映画」だったという評価です。[インターネット(邦画)] 7点(2023-10-04 18:55:56)《改行有》

35.  13日の金曜日(1980) 《ネタバレ》 小学生の頃に鑑賞済み。今回およそ40年ぶりに再鑑賞しました。当然犯人は誰か知っていますが、それにしてもミスリードが上手くありません。預言者気どりの爺さんを犯人と思わせたいのは見え見えですが、垣間見える犯人の身のこなしが老人のそれではありません。極めつけは射的場への呼び出しの件。助けを求めていたのは明らかに女性の声でした。この時点で女性犯人説が頭をよぎるだけでマイナス。時代的に「ラジカセ」があるなら子供の声を再生すれば済む話ですし、それが無理なら打刻音や光を使う「気配り」が欲しいところです。残念ながら詰めが甘いと感じます。果たして犯人は〇〇だった訳ですが、その狂気にこそ震えるものの、戦闘力はありません。殺しは不意打ちか騙し討ちのみ。まともにやりあったら、若い女性である主人公にさえ勝てません。事実、主人公との直接対決では何度も態勢を崩され逃亡を許しています。この体たらくは殺人鬼として如何なものか。力関係は相対的なものです。己が弱いのであれば相手をもっと弱体化させれば問題ありません。クライマックスの演説用に、毒でも麻酔でも使えばいいのにと思ってしまいました。ラストの湖上シーンはホラー映画史に残る名場面だと思いますが、妄想なのが残念でした(ですよね??)。もっとも続編を考慮するなら「伏線」と捉えられなくもありませんが、どうなのでしょう。子供の頃は『エクソシスト』も『オーメン』も『13日の金曜日』もざっくり同じホラー映画。どれも滅茶苦茶怖かった記憶がありますが、大人になって観返すと気づかなくていい粗まで気づくようで。初鑑賞時なら8点、今評価するなら頑張ってもこれくらいです。(以下余談)今回某W●W●Wオンデマンドで鑑賞したのですが、サムネイルが酷いネタバレでした。ちなみに『猿の惑星』セルDVDのパッケージも有名なラストカットがそのまま使用されています。たとえば公開後四半世紀以上経過したメジャータイトルならネタバレして良しみたいな風潮とか不文律とかあるのでしょうか。日常会話で有名映画のネタバレを不用意に食らっても笑って許せますが、せめてこれから映画を観ようとしている人に対しては「気配り」が欲しいと思うわけです。[インターネット(字幕)] 6点(2023-09-29 19:20:06)

36.  カーム・ビヨンド/漂流者 《ネタバレ》 大水害により水没し廃墟と化した香港が舞台のサバイバルスリラー。略奪者がボートで徘徊する無法地帯で息を殺して生活する女性が主人公です。『ウォーターワールド』と『クワイエット・プレイス』を足して2で割ったイメージでしょうか。なぜ無政府状態なのか?水中の捕食生物って何?等判然としない部分はあるものの、甘んじて受け入れるよりほかありません。鑑賞作法は『ゾンビ映画』に同じと考えます。背景を自分なりに想像して補完する楽しみがあると考えれば、むしろお得かもしれません。 終末系映画にしては、サバイバルの難易度は破格の好条件でした。飲料水、食料あり。煮炊き、洗濯、水浴びOK。照明あり、ラジオ放送(娯楽)あり。略奪者が来たら隠れましょう。この「緩い」設定に本作のテーマ(問いかけ)が隠されていました。「今日一日やり過ごすだけなら困りません。さあ、あなたはこの無為な生活をいつまで続けますか?」あれ?災害前の日常と大差ないような。病気、怪我、事件、事故。今までだって寿命を全うできる保証なんて無かったのですから。違うのは、安心が消えたこと。社会に対する義務と責任も無くなったこと。人によってはこちらの世界の方が「生き易い」と感じるかもしれません。 実家を出て自由が欲しいと願っていた主人公が、引きこもり生活に甘んじているのは皮肉なもの。そして前述の問いかけに対する彼女の答えは「このまま行けるところまで」でした。多少不都合があろうとも、今手にしている「平穏」を手放したくないと考えるのが人情です。俗にいう現状維持バイアス。ゆえに変革には「強制力」や「外的要因」が有効です。本作にあっては少女がその役目を担いました。彼女は訴えかけます。このままではいけない。私はここを出ていくと。そんな少女に絆されて主人公も旅立ちを決意したという結末であります。そういう意味では物語終盤の戦闘シーンはサスペンスの見せ場であっても、テーマには直結しません。あくまで移動手段獲得のためのイベントでした。 主人公は時間を浪費していくだけの人生に見切りをつけたのでしょうか。あるいは少女の未来を慮って決断したのでしょうか。いずれにせよ「生きること」より「活きること」を選択したと言えそうです。彼女の人生に革命が起きました。この判断は「正しい」ですし「美しい」とも思いますが、如何せん本作で示された「希望」は脆弱でした。まるで溺れる者にとっての藁のよう。それでも何も無いよりマシですか。勝負をしないまま時間切れより、手酷く負けた方が後悔は少ないのかもしれません。時間と命はほぼ同義です。どうか2人が賭けに勝ちますように。もっとも私個人としては、勝負はできるだけ避け、いつの間にか不戦勝を狙うタイプだったりしますけども。[インターネット(字幕)] 6点(2023-09-26 19:31:23)《改行有》

37.  岸辺露伴 ルーヴルへ行く 《ネタバレ》 『デビルマン』や『北斗の拳』を引き合いに出すまでもなく、ファンタジー漫画やアニメの実写化が難しいのは衆知の事実です。爆死必至の禁断のジャンルにあって、TVドラマ版『岸部露伴は動かない』は稀有な成功例のひとつと言えましょう。成功の要因は、ひとえに実写作品に必要な「リアリティ」を担保した事と考えます。奇しくも岸部露伴が好きな言葉。パッケージの再現に気を取られることなく「作品の本質=魅力の源泉」に注目した制作姿勢が功を奏しました。一度かみ砕いてからエッセンス・旨味成分を抽出し現実にフィットさせる手法は、原作、いや荒木飛呂彦ワールドに対する深い理解と敬意が成せる業でありました。本作はそんなTVドラマ版のキャスト・スタッフが再集結した映画だそう。TVドラマ版のファンであれば違和感なく楽しめる作品であったと感じます。 以下ネタバレを含みます。ご注意ください。気になった点を2か所ほど記載します(ちなみにジョジョは6部までコミックを所有、岸部露伴シリーズは本作を含め未読多数)。まずキーパーソン「奈々瀬」について。彼女の正体は絵師・山村仁左衛門の妻でありました。つまり青年露伴が出会ったのも、ルーブルで助けてくれたのも幽霊ということ。ここで疑問。何故彼女は和服ではないのでしょう。理由の一つは観客に死者であることを悟らせないため。いわゆるミスリードです。だとすればアンフェアな表現では。いえ、これはセーフ。露伴が見たのは「奈々瀬」の魂。有形ではありません。露伴の固定観念や先入観、あるいは理想等が反映されていたとしても不思議ではありません。もっともこれは考察から辿り着く仮説であり、和服であればより納得感はあったと思いますが。次に物語の構成について。サスペンスとしてはルーブル地下決戦で終了しています。そこにエピローグ「実はこんな裏話がありました」が20分。重要な種明かしであり蛇足ではないものの、流石に長い。ジョジョ5部の最終エピソードもこんな感じでしたし原作どおりかもしれませんが、仁左衛門との戦いの中に組み込んだ方がすっきりした気がします。いや、それだと間延びしてしまうのかな。巨人の星と比べれば可愛いものだという気もしますけども。 相変わらず高橋一生さんの露伴は素晴らしい。キャラクターを自分のモノにしています。だからコスプレ感がありません。飯豊まりえさん映じる泉京香も実に愛らしい。黒い絵の呪いにかからないのは鈍感なのか、あるいは無垢なる魂ゆえでしょうか。2人のコンビネーションは鉄板の面白さでした。映画でもTVでも構いませんが続編を強く希望します。[インターネット(邦画)] 7点(2023-09-26 19:30:01)(良:1票) 《改行有》

38.  TUBE チューブ 死の脱出(2020) 《ネタバレ》 ネタバレしています。ご注意ください。 状況設定こそ『CUBE』と酷似しているものの、広げた風呂敷を一切畳まなかった『CUBE』に対して(でも、そこがイイ!)、本作は一応畳んではいます。ただ、珍しい畳み方なので戸惑ってしまうという。チューブは「卵管」、生体組織空間は「子宮」、スーツ腹部の口は「へそ」、周期的に起こる燃焼は「生理」と解釈できます。もしかして追ってくる怪物は「つわり」ですか。この決死の脱出が「出産」の暗示であるのは間違いなさそうです。問題はこの事象に「普遍性」があるのかということ。私自身若干混乱しているので整理してみます。 普遍性がある場合・・・これを「誰もが経験する」事象とするならば「死後の世界は存在する」「生まれ変わりはある」が確定します。さらに「神様」や「天使」の正体も。だいぶ「理想と違う」グロテスクな容姿ですけども。この世界の成り立ち、既存論理の根底が覆ります。 普遍性は無い場合・・・宇宙人による人体実験の可能性が浮上します。彼らは人間という生き物を熟知しており、かつ記憶へ介入可能なレベルのテクノロジーを有していました。主人公を依怙贔屓していた節があるので、観察や実験というより、ペットの飼育・遊びの範疇かもしれません。ラストは主人公の願望の世界でしょうか。 冒頭のラジオ音声と車内での2人の会話。この伏線を額面通りに受け取るか、ミスリードと捉えるかで判断は分かれそうです。世界観が壮大なのは「普遍性がある」ですが、死後あんなひどい目に遭うのは勘弁願いたい。それに殺人鬼や遺体は如何にも「宇宙人の雑な飼育」という感じです。よって私は「普遍性はない」を選びたいと思います。それでも彼らが「神様ではない」事にはなりませんが。 冒頭15分くらいは、これで90分間持たせられるのかと心配になりました。閉鎖空間が舞台のソリッドシチュエーションスリラーは基本出オチです。代わり映えしない画に飽きが来ること必至。そこで重要なのが会話です。『CUBE』のように参加者が多数いる場合もあれば、『リミット』(棺桶に閉じ込められる話)では携帯電話が使われました。視覚刺激に変化がなくとも「おしゃべり」があれば退屈しません。そういう意味で、当初は『CUBE』より『127時間』(腕が岩に挟まれる話)に近い感覚でした。中盤以降は状況が変化したり、脱出の糸口が示されたりしたので目が覚めました。 細部の作りこみに不満があります。例えば遺体は何故スーツを着ていなかったのでしょう。強酸で溶かされた?アームライトは溶けていないのに?想像するにスーツ着用だと遺体のインパクトが目減りするから脱がしたのではないかと。演出とは要するに嘘。上手に嘘を付いて欲しいのです。上半身スーツ着用であったなら「ああ、下半身は強酸に浸かって溶けたんだな」と勝手に納得するのですから。最後のギロチンにしても流石にあのタイミングでは即死でしょう。アイデアは素晴らしいと思いますが、完成度は今一つだったように感じます。[インターネット(字幕)] 6点(2023-09-20 18:54:45)《改行有》

39.  母性 《ネタバレ》 ①女性には2種類の人間がいる。一つは母親で、一つは娘である。子どもができたら娘は自動的に母親に移行するのではなく、娘で居続けようとする者もいる。②母性は最初から備わっている、あるいは子どもができると自然に湧き上がる感情ではなく、学習し習得するものである。清佳(永野芽郁)の持論は、彼女から見た母ルミ子(戸田恵梨香)に対する人物評でもありました。この見解に異議はありません。そういう人もいるでしょうし、勿論そうではない人もいるでしょう。いずれにせよ親には子を産んだ責任があります。子が親に求める責任とは「愛して欲しい」それだけです。「無償の愛」なんて言いません。愛する分だけ愛して欲しい。ですから母の言葉「子どもはまた産めばいい」はどんなに残酷なことか。清佳の記憶から消去されたのも無理からぬ話です。こんな呪いを抱えたまま生きていけるはずなどありません。一方、華恵(大地真央)にとってもルミ子の発言は衝撃だったでしょう。愛する娘に母性が備わっていないとは痛恨の極み。彼女は自らの命を賭して「親の愛とは何か」を娘に伝えようとしたのだと思います。 幼少期~思春期にかけ、清佳は本当に苦しんだことでしょう。親の機嫌を察知できないのも困りものですが、親の顔色ばかり窺っているのは不幸です。「愛情」という「心の栄養」を満足に受け取れなかった影響は如何ばかりか。よくぞまっすぐに育ったと感心します。いや「曲がる事さえ許されなかった」でしょうか。その結果「遊びのない」娘が出来上がりました。真面目と言えば聞こえは良いですが「受け流せない」は危険です。いつかポッキリ折れるかもしれない。事実彼女は一度自死しかけました。強い風には適度に曲がり、時には流され、逆風への耐性を付ける事が肝要であります。 物語のラストは、清佳自身が娘から母へ立場を変え、両親へのわだかまり解消を口にする大変前向きなもの。この心境変化は彼女の中に芽生えた「母性」による効果でしょうか、あるいは結婚や出産時に発現する「はっちゃけ」の類でしょうか。私が清佳なら絶縁以外の選択肢はありませんけども。ここで注意が必要なのは、彼女が抱えるリスク「遊びがない」が解消されていないこと。居酒屋での言動をみると大変不安になります。子育ては思い通りに行かない事だらけ。そんな時重要になるのがサポート体制であります。義理の父母そして夫。いや夫はサポートする側ではなく、育児の当事者ですね。そもそも父親がきちんと機能していれば、清佳がこんなに苦しむ事もなかった訳ですが。ちなみに華恵(大地真央)-ルミ子(戸田)-清佳(永野)の母娘関係がメインであったうちは「母性のありか」「愛情の行方」に物語の焦点が合っていた気がしますが、華恵退場後は「嫁いじめ」が強烈過ぎてそちらに気を取られてしまいました。父の浮気やその浮気相手の言い分も胸糞でしたし、後半はややメインテーマと物語の軸がブレたかもしれません。 最後にミステリーパート「母と娘、それぞれの真実」について。これは『ミステリと言う勿かれ』で整くんが述べているように、事実はひとつ。でも真実は人の数だけあるが正解だと思います。「弁当が落ちた」という事実に対して、母は「ショックのあまり手が滑った」娘は「腹立ち紛れに叩きつけた」と認識していていますが、この程度の解釈の違いはあって当然です。ただ自殺未遂直前の行為についてはどうでしょう。「抱きしめた」と「首に手をかけた」では違い過ぎます。これはどちらかが(あるいはどちらとも)事実を改変している事を意味しました。ここからは完全に推測ですが「首に手をかけた」が事実と思われます。現実に耐えられなかった娘は自ら首にロープを巻くことで「事実を上書きしようとした」が真相ではないかと。何と不憫な自殺理由でしょうか。本当に娘を殺す気があったとは思えませんが、ルミ子が錯乱していたのは間違いありません。精神的に極めて追い込まれた状態であり、すぐに入院治療が必要なレベルかと。ですからその後ルミ子が適切な治療を受けていないとすれば、状況は悪化こそすれ好転などしていないはずです。娘の妊娠報告をうける場面。ルミ子がそっと閉めた扉の向こうには要介護の姑がいたはず。何やら寒気がするのは、気のせいであって欲しいのですが。[インターネット(邦画)] 6点(2023-09-19 18:54:50)(良:1票) 《改行有》

40.  コンビニエンス・ストーリー 《ネタバレ》 三木聡監督待望のファンタジーコメディ。いや「ホラー」ですよね。さらに「ミステリー」でもある。複雑怪奇な味わいですが、これが三木聡節です。万人に勧められる映画ではありませんが「好きな人にはたまらない」のも間違いありません。それでは私なりの解釈を。誤読、思い込み、頓珍漢、ご容赦ください。 大筋は以下のとおり。主人公は自動車事故がキッカケで、あの世の手前にあるコンビニ(リソーマート)に辿り着きました。刺青がある店主の南雲(六角精児)は物の怪の類。閻魔大王の配下でしょうか。その妻である恵子(前田敦子)は、大量殺人事件・通称「江場土事件」の生き残りとのこと。しかしこれは南雲の作り話。あの世へ行くはずだった恵子を南雲が見初め引き止めたのです。立場的には「捕獲されたムカデ」と同じ。ちなみに彼女はガソリンを使って殺されたのかもしれません。囚われの恵子は、迷い込んできた脚本家・加藤(成田凌)を利用して南雲の元から逃れようと画策しました。一方そのころ加藤の恋人ジグザグ(片山友希)は、彼があの世の手前で彷徨っていると看破します。彼女には霊感あり。メガネ男(おそらく裏社会の霊能力者)に冥界への出張捜索を依頼しますが、南雲の手にかかり殺されます。恵子の手助けもあり再び現世に戻ってきた加藤ですが、そこは自動車事故に遭う直前の世界。運命は変えられませんでしたとさ。ちなみに自動車事故以降の出来事は、全て加藤が執筆していた幻の「コンビニ物語」との見立ても可能と考えますが、やや解釈としてはつまらない。コンビニを題材とした物語を執筆中にコンビニで事故死したからコンビニへの執着が強く、その結果♪あの世のコンビニ・リソーマート(ファミマっぽく歌おう)に迷い込んだとの見立てが適切ではないでしょうか。以上です。 最大の謎(関心事)は、結局加藤はどうなったのかということ。自動車事故の直前、レジで恵子は何やら囁きます。唇の動きをみるに『ふりかえらないで』。あの世から加藤を送り出す際にも口にしていた台詞。“起きてしまった事は悔いても仕方がない”という意味ならば、今度はすんなりあの世へ行って欲しいということでしょう。それは恵子自身に向けられた言葉でもあった気がします。 三木聡監督のファンである私でさえ、ほぼ毎回「なんだこりゃ」と戸惑うのがお約束。今回も観終えた直後の満足度は高くありませんでした。コメディとして分かりやすく笑える箇所もありませんし。しかし、1時間、半日、3日と時間が経つごとに自分の中で熟成されました。これは本サイトに「感想を書く」ための脳内反芻の効果でもあります。考えれば考えるほど「良く出来ている」事に気づかされました。例えば劇中最大の嘘「自動車に撥ねられても無傷」を何の違和感もなく差し込む手際の良さ。加藤の不思議体験を「太陽光の喩え」を用いて補足説明する抜かりなさ。只事ではないでしょう。「面白い」とも少し違う「よくわからないけど好き」という感情で溢れています。ちなみに「好き」には、キャスティングが大きく影響していました。これは毎度の話ですけども。常連の芸達者さんたちが「旨い」のは言うまでもありませんが、主要キャストの皆さんが素晴らしい。成田さんの力みない佇まいは霊体にピッタリでしたし、六角さんは説明不要で物の怪でした。片山さんの「エロス」は「生」の象徴であり死者の世界を際立たせます。そして何より前田敦子さん。醸し出される「憂い」が絶品!演技の良し悪しはわかりませんが純粋に凄いと思いました。「旅のおわり世界のはじまり」も良かったですが、また一皮剥けたのではないでしょうか。残念だったのは、松重豊さんが不在であったこと。やはり三木映画では、岩松了さん、ふせえりさん、松重豊さんの3人が揃わないと寂しいです。[インターネット(邦画)] 8点(2023-09-18 21:44:44)(良:1票) 《改行有》

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