みんなのシネマレビュー |
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1. いのちの食べかた 《ネタバレ》 日本公開時、話題になっていたね。 食材になっていく動植物の大量生産が如何に行われているかを淡々と観察しているだけ。 SF映画のような工場で、システマティックにルーティンワークを繰り返していく労働者たち。 自分の運命を悟って震える牛の頭部にスタンガンを当て、倒れて吊り下げられて、 喉を裂かれ、大量の血と吐瀉物が滝のように地面に流れる。 スーパーに並べられている大量の肉には多くの犠牲と工程の上に成り立ち、 心身に多大な負担の掛かる仕事を誰かが請け負わなければならない。 そういう意味でのこの邦題なのだが、宗教観的に"我々の日々の糧"というニュアンスから大きく外れていて、 もう少し何とかできなかったのか。 「命を美味しく頂きます」と言われて、感謝する家畜など存在しない。 私がその名前のない家畜に生まれなくて良かったと思うと同時に、 簡単に安価に手に入る食材を提供してくれる人たちに思いを馳せたい。[インターネット(字幕)] 6点(2025-04-30 11:22:25)★《新規》★《改行有》 2. キー・トゥ・ザ・ハート 《ネタバレ》 フィリピン映画は珍しい。 近年では寓話的なラヴ・ディアスと社会派のブリランテ・メンドーサが日本でも知られるようになったが、 それでも日本公開作は果てしなく少ない。 そんな中、ネットフリックスでひっそり配信されていた本作は、先述の二人のような敷居の高さは感じられない。 いわゆる"キング・オブ・ベタ"を地で行くような感動的なメロドラマだからだ。 幼少期から孤独で職を追われた元ボクサー、生き別れで余命いくばくもない母親、 重度の自閉症を抱えながら絶対音感で天才的なピアノ演奏能力を持つ異父弟、 同居することになったチグハグな3人の家族愛と再生と奮起劇を、分かり切ったハッピーエンド一直線で突っ走る潔さ。 同時に自閉症を取り巻くトラブルに当事者には身近に感じられたし、 主人公の暗い過去とどん詰まりっぷりにフィリピンならではのリアリティがあるものの、 徐々に増えていく応援してくれる善意ある人々に救われる。 審査会の「熊蜂の飛行」の演奏で周囲の空気が変わっていく様はまんま『シャイン』だったけど。 弟役の熱演には見入ったし、『逆転のトライアングル』のシーンスティラーだったドリー・デ・レオンも安定感たっぷりの好演。 イ・ビョンホン主演のオリジナルの素地が良かったかもしれないが、100分のコンパクトさで気軽に見られる佳作だ。[インターネット(字幕)] 7点(2025-04-29 23:57:21)★《新規》★《改行有》 3. マインクラフト/ザ・ムービー ステーキ割引券の期限が明日で切れる名目で、隣の映画館にて本作を鑑賞(スケジュールの兼ね合いで日本語吹替版)。 マインクラフトは少し聞いたことがある程度、それを見越してか世界観を分かりやすく説明してくれる箇所が多くて有難い。 一昨年公開して大ヒットした『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』の再来と言っても良い内容で、 完全にファミリー向け、異世界転移もの、そして良くも悪くも"幼稚"であることも共通している。 ただ、観客が求めているものを最適解で惜しげもなく出しており、 一部の評論家に忖度した思想の押し付けで歴史的惨敗した某作と比べれば、本当に清々しいアトラクション映画に仕上がっていた。 '80年代を彷彿とさせるノリと勢いで、その当時を象徴する楽曲の数々、みんなが求めているのはコレなんだなと再認識。 他人の批判をものともせず、「自分の作りたいものを作れ」というクリエイティブ魂に共感。 オタク少年の成長譚であり、子供の心を持ち続ける大人たちへの熱いエールが伝わってくる。 映画の完成度が高いわけではなく、欠点も少なくないが、ジャック・ブラックとジェイソン・モモアの濃ゆい存在感で中和した形だ。 見た後何も残らない? 別にそれでも良いじゃないかという嘘偽りのない陽気さに+1点追加です。[映画館(吹替)] 7点(2025-04-29 23:24:07)★《新規》★《改行有》 4. ツイスターズ 前作は未見でありながら、竜巻以外の要素はほぼ皆無のため、完全新作として見れる。 CG技術が完全に飽和を迎えてしまった現在、ともなると人間ドラマに舵を切ったのは正解だ。 リー・アイザック・チョン監督の作劇は巧みで、大自然を捉えた抒情的とも取れる映像美は本作でも健在だが、 アート表現は控え目であくまで職人監督に徹する姿勢に好感が持てる。 大自然の驚異に無力感がひしひし伝わるも、あとは好みの問題かな。 頭空っぽで見れても、甘さ控えめでもう少し何かが欲しいと思わざるを得ない。[インターネット(字幕)] 6点(2025-04-26 23:10:31) 5. 月(2023) 《ネタバレ》 「タブーに向き合った」「問題作」と評されれば製作陣もご満悦だろうが、 問題提起と言いながら、"ヒーロー"になりたかったタダの人殺しを喧伝しているに過ぎない。 ベースになった事件で犯人は自己愛性パーソナリティー障害と診断されており、 負担の大きい向いてない仕事に無理に留まらないで逃げれば良かったものの。 他のレビューでも書かれていた通り、多かれ少なかれ誰にでも差別意識はある。 暴れて言葉は通じない、糞尿を垂れ流して異常行動の数々を引き起こす。 もうこれ以上、面倒見切れない家族と職員の心の悲鳴。 綺麗事ではなく、対価がなければ善人ですらそんなものだろう。 だが、「それがどうした?」としか言いようがない。 そもそもホラー映画風の照明の少ない暗めの画作りで、フラットでもない両極端な価値観で職員たちを描いており、 そのテーマの先にあるものがないため、「みんな大変だね」「考えさせられるね」で終わってしまう。 2時間半近くかけて、変な使命感を持った幼稚な思考で凶行に及んでも大きなお世話で、 実際事件が起こっても社会は何も変わらなかったからね。 職員も入所者も待遇は変わらないまま、年一で事件を風化させないアピールして、あとは蓋をするだけ。 重い障害とは無縁の裕福な家庭にとって、どん詰まりで起こった他人事の事件に過ぎない。 YouTubeで入居施設の待機者が大勢いることが取り上げられ、予算削減で「地域の皆さんで頑張ってください」な状態。 きっとこの先も施設に預けられず家族が手に掛ける事件が増え、それすら日常になって、社会は事件の風化を待つだけだろう。 だからこそ、子供を失くした主人公夫婦の再起を描いたパートが作品の焦点をぼかしており、 結局何が言いたかったのか、何を視聴者に伝えたいのかが理解できなかった。 表面だけフワッとなぞった中途半端な本作では、啓蒙にもならないのは当然と言える。[インターネット(字幕)] 4点(2025-04-26 10:34:55) 6. リンダはチキンがたべたい! 《ネタバレ》 抽象絵画風のタッチで描かれる、ニワトリを巡る大騒動。 登場人物が鮮やかな一色で塗り分けられた思い切りに、様々な国のルーツを持つフランスの多民族性を象徴する。 デモやストライキが当たり前のように描かれているのもこの国らしい。 父親を亡くし、集合住宅での暮らしはカツカツ、娘は多感な時期で、母親も常に余裕がない。 思い出の大切な指輪を失くした件で理不尽に娘に当たってしまった母親が罪滅ぼしで、 家族の思い出の料理であるパプリカチキンを作ることを約束するも、 どこもここもストライキで閉店して、追い詰められた母はニワトリを盗んでしまい…。 15分あたりから話にギアが入って、大人も子供もわちゃわちゃするも、フランスらしいほろ苦さと翳りが見える。 誰もが自分のことで手一杯で何とか折り合いをつけて生きているのだから。 死と黒色は忘却の中に置き去りにされていくものであり、その中にカラフルが差し込まれて、 思い出として生き続けていくミュージカルにホロリとさせられる。 何だかんだで大団円でご近所さんと一緒にパプリカチキンを食べられて良かったね(ニワトリはお気の毒)。 フランスの倫理観や民度はどうよ?と思いつつも、主人公と同じ歳の時に自分自身を出せたらと羨ましくもあった。[インターネット(字幕)] 6点(2025-04-25 23:07:06) 7. 新幹線大爆破(1975) 《ネタバレ》 リブート版から遡って見て分かるオリジナルの偉大さ。 それは熱量だけでなく、新幹線、管制室以外の場面の引き出しの多さ、犯人側vs体制側の駆け引きにあると言っても良い。 当時のギラギラした空気と時代背景が常に張り詰めた空気を作り、後半の人間ドラマをさらに濃くしている。 国鉄に協力を断られたとは言え、新幹線パートが少ないからこそ様々な創意工夫を凝らすことができた。 リブート版に足りないのはこれらではないのか。 今見れば本作もディテールの雑さは否めないし、喫茶店の全焼という偶然は要らなかった。 流石に犯人側の勝利など当時でもアウトだったと思うが、高倉健の魅力にむしろ応援してしまう。 生死をはっきりさせない、高飛びを匂わせるラストでも良かった気もする。[インターネット(邦画)] 7点(2025-04-24 23:16:30)(良:2票) 8. 新幹線大爆破(2025) 《ネタバレ》 オリジナルは未見。 可能な限り、予告編以外の情報はシャットアウトした状態で見た。 50年前の事件が幾度か言及されている通り、本作は続編寄りのリブートということになる。 SNSやスマホ、人気YouTuberによるクラウドファンディング身代金の要素は令和ならではと同時に、 清潔感がありながら上辺だけの虚無的な空気が感じられる。 その象徴が爆弾を仕掛けた犯人で、自らの手柄を吹聴している元警察官の父から虐待されていた女子高生だった。 爆弾の製作を教えた男も前作の犯人の息子というあたり、面子を保つための美談に走る偽善に満ちた現代社会への復讐。 登場人物の悪意ある言動がちらほら見えるも、その犯行動機にリアリティが一気に消失してしまう。 後半の犯人バレから展開がダレていくのは残念だ。 不倫した女性政治家が、重大死亡事故を引き起こした観光会社の社長が、引率の女性教師が役割を終えてただの背景と化す。 殺さなければ爆弾が解除されないという、『ダークナイト』ばりの究極の選択を迫られるもそんなことをする勇気もなく、 「お客様の安全を第一に守る」という主人公のモットーと、鉄道仲間のプロフェッショナルな仕事ぶりに、 困難に立ち向かう乗員乗客が一致団結する美徳が強調されるため、 JR東日本の特別協力と引き換えに思い切った展開にできず、"お行儀の良い映画"のまま終わってしまった。 本作の死亡者が別件の元警察官だけというのもね……大怪我した後輩が最後まで生きていたのが不思議なレベル。 ツッコミどころ満載はともかく、全員助かるご都合主義の塊が作品の緊張感を削いでしまった感がある。 だからこそ、当時の国鉄から協力を断られた故の制約で、ぶっ飛んだ話を作れたオリジナルに倣って欲しかった。 物語をその日の数時間に絞って、余計なドラマを最小限に抑えたことは評価したい。[インターネット(字幕)] 4点(2025-04-23 23:16:37)(良:2票) 9. スナッチ 《ネタバレ》 アタマ使ってる? 公開当時のキャッチコピー通り、登場人物の多さに2つのストーリーが複雑に絡み合う犯罪群像劇。 初めて見た時はチンプンカンプン、忘れた頃に見た時もチンプンカンプン。 でも、最後は広げた風呂敷を綺麗に畳んでくれる。 当時のガイ・リッチーの才覚と、前作を見て低いギャラで出演を熱望したブラッド・ピットの彗眼による賜物と言える。 群像劇のため、明確な主役は存在しない。 いるとしたらターキッシュ役のジェイソン・ステイサムで、後の人気アクション俳優とは程遠い受け身な出で立ちは貴重だ。 むしろブラッド・ピットがクライマックスでは完全に主役であり、 パンチ力だけではない頭のキレの良さで仲間と共に裏ボクシングの元締めに報復を行い、 自分に賭けた大金を得て颯爽と去っていくさまはカッコ良かった。 あとはベニチオ・デル・トロの無駄遣い。 常に曇天模様のイギリスに生活感のある薄汚さたっぷりの裏社会とスタイリッシュな演出がマッチしていた。[インターネット(字幕)] 7点(2025-04-19 21:24:18)《改行有》 10. ラスト・アクション・ヒーロー 《ネタバレ》 かつてTV放映されていたものが配信で見れるのもあって、懐かしさに再見した。 無駄に人が死ぬし、無駄に爆発するし、無駄にモノが壊されまくるし、なんて頭の悪い映画だろう(誉め言葉)。 確かに面白そうなアイデアを上手く活かし切ってない、設定の詰めの甘さや掘り下げ不足が目立つ。 ただ、王道なヒーロー映画のお約束に、有名映画のオマージュとパロディの数々、 現実と虚構のギャップを活かしたユーモアが心地良い。 1シーンのために大スターたちがわざわざカメオ出演と、当時のハリウッドは元気で明るい時代だったとしみじみ。 (コンプラ的に問題は山積みだったと思うけれど)。 映画では【最後は悪党が倒れて正義が勝つ】という流れだが、現実は厳しく、陰鬱で理不尽な出来事ばかり。 映画以上のリアルな悪に驚愕したベネディクトが魔法のチケットで世界を蹂躙しようと企むあたりなんて、 "悪党"には都合の良い、強大な力で意のままに動かしたい実在の権力者そのものだろう。 シュワルツェネッガーも映画と現実では別人で、その役のジャック・スレイターには彼なりの問題を抱えている。 架空の人物だったと受け入れざるを得ない自分自身の存在意義に悩みながらも、 台本に操られない自分の意思で生きていくことを掴み取る。 それはまさに、苦しい時期に映画に救われた、元気付けられた観客と重なるのではないか。 シュワルツェネッガーはあと数年で80歳を迎える。 いつかは彼だけでなく、全ての映画に携わった役者全員もこの世を去っていくだろう。 それでも当時のフィルムにあの時の姿のままでこれからも生き続け、映画を見る人を迎え入れてくれる。[インターネット(字幕)] 6点(2025-04-13 23:13:46)《改行有》 11. アンドリューNDR114 《ネタバレ》 ロボットして生を受け、人を知るために、人として生涯を終えた男の数奇な200年。 遠い昔にテレビ放映で見たきりなのだが、YouTubeで無料配信されていたため、これを機に再見した。 映画の完成度は決して高くはないし、感傷的でエピソードが駆け足の飛び飛びで、 ほぼロビン・ウィリアムズの演技に全てが掛かっていると言っても良い。 ただ、製作当時から25年も経ち、AIに関する論議が本格化しているのもあり、時代が映画に追いついた。 感情が豊かになり、人の外観を手に入れ、人工臓器によって痛覚を得て、食事も排泄もでき、最後は老いも手に入れる。 あまりに不完全な存在に憧れを抱く突然変異のロボットと、神の領域に手を伸ばす人の違いはどこにあるのか。 生殖はともかく、人工臓器に交換すれば若々しいまま150年も生きられるだろうし、 何なら食事の必要もなく、頭部だけで生き永らえることだってありえるだろう。 技術の進歩は大事だと思うも、そこに怖さを感じる。 死はネガティブに見えるが、時間が有限だからこそ、生きていることを実感できる。 晩年、重い病に苦しみ、自ら人生を終わらせたロビン・ウィリアムズを見るに、思う部分は多くあった。[インターネット(字幕)] 7点(2025-04-12 12:38:00)《改行有》 12. 教皇選挙 《ネタバレ》 ノーマークであったが、本作の評判を目に映画館へ。 混戦状態だった賞レースで作品賞サプライズ受賞の可能性もあっただけに、 本作も例に漏れず多様性を象徴していた。 前半にあまり乗れなかったものの、有力候補が次々と脱落していく権謀術数を巡らせる後半の展開に唸る。 もしかしたら主人公が後を継ぐのかと予想していたけど、新教皇の正体に唖然とした。 亡くなった前教皇はそれを知っており、当選率を上げるため、 選挙は主人公の行動も計算した上で全て彼の手の上で踊らされていたわけ。 ただ、新教皇が"手術"を受けなかったのは予想できなかったようだ。 信仰とは異なる存在への赦しと寛容である。 確信を持ってしまえば、変化も内なる疑念を抱くことも困難になる。 その象徴として、生粋のイタリア人で保守派のテデスコ枢機卿の、横柄な態度と終盤の台詞に、 ドナルド・トランプとダブってしまったのは自分だけか。 もしテロで枢機卿に死者が出てしまったら、テデスコが新教皇になる可能性があった。 トップを選ぶということは運命の悪戯で、社会を良くも悪くも変容させてしまう。 ラストシーンに伝統を重んじ閉鎖的なバチカンであることに変わりがないが、 僅かに光が差すような新たな時代の幕開けを感じさせた。[映画館(字幕)] 7点(2025-04-05 16:54:06)《改行有》 13. 侍タイムスリッパー 《ネタバレ》 時とともに失われ、忘れ去られていく時代劇への敬意と郷愁。 誰もが考えるベタすぎる設定ながらも、観客の裏をかく脚本がお見事。 30年のラグで同様に未来に飛ばされていた"宿敵"との緊張感あふれる関係、 侍としての誇りと流れてゆく時代の無常さを感じながらも一つの区切りと情念を映画に残していく。 斬られ役の舞台裏を知ることができ、時折コメディ要素を絶妙なタイミングで挿入しているのもあり、 シリアスになりすぎないバランス感覚で明るく見終えられるのが良い。[インターネット(邦画)] 8点(2025-04-02 23:08:20)《改行有》 14. グリーンフィッシュ 《ネタバレ》 イ・チャンドンの監督デビュー作が裏社会モノという、一見らしくないチョイスなのだが、 最後まで見続けると彼のテイストが根底からブレていないことが分かる。 確かに青臭く、粗削りな部分はあれど、次回作の完成度の高さを見るに、 巨匠に続くステップは既にできあがっていたのだ。 兵役が終わった青年・マクトンの、分裂気味の家族と一緒に小さな食堂を開きたいというささやかな夢。 それが冒頭のスカーフの娘・ミエとの出会いで運命が大きく変わっていく。 彼にとって裏社会で生きるにはあまりにも純粋すぎた。 だからこそ、ボスの情婦であるミエはDVから逃げたい思いをマクトンに投影する。 一方、マクトンが"兄貴"と呼ぶボスのペ・テゴンもまた、冷酷で暴力を振るいながらも敵対する組織には逆らえない。 仁義云々といったアウトローへの憧憬はとうになく、敵のトップを殺してしまったマクトンをぺ・テゴンは殺害する。 主人公のマクトンが死んだ後でも物語が続くのが本作の肝で、イ・チャンドンが伝えたいことがラストに集約されている。 彼の死が皮肉にも家族の結束を強め、地鶏料理の食堂がオープンすることになった。 食堂に現れたぺ・テゴンとその子を孕むミエは、経営する家族が被害者遺族とも知らずに食事を取る。 逃げる地鶏の屠殺とマクトンの兄たちがぺ・テゴンに媚を売るシーンに弱肉強食の非情さを決定づける。 ミエがマクトンから貰った写真で、食堂が彼の実家だと分かったことだけは唯一の救いか。 新しく建てられた無機質なマンションと、古い家屋の対比を捉えたロングショットに、 格差がこれからも続き、高度経済成長の社会から取り残された人たちがいた、その記録を残していく。 本作から30年近く経った今、イ・チャンドンは次にどのようにして分断していく韓国社会を切り取るのだろうか。[インターネット(字幕)] 6点(2025-03-29 23:20:18)《改行有》 15. ミッキー17 《ネタバレ》 ポン・ジュノの本当に撮りたかった映画はこれだったのか? 搾取される側が体制に反旗を繰り返す話と言えば、過去作の『スノーピアサー』を思い出す。 格差というテーマは本作でも登場するが、そこに生命倫理が入ってくる。 というのも、先代の記憶を受け継いだクローンが主人公だ。 "使い捨て"として幾度か死んで甦るも、それは自分自身という"他者"の記憶を共有しているに過ぎない。 そのことを色んな人に聞かれても、「気分は最悪」としか言いようがないだろう。 搾取されるということは人間扱いされていないのと同義。 氷の惑星のクマムシみたいな生命体もそこに含まれる。 何で主人公を助けたのか、そこの掘り下げが欲しい。 権力者の都合で平然と尊厳を踏みにじる夫婦がマンガみたいに分かり易い悪役で如何にもと言ったところで、 主人公と同じく借金取りから命からがら逃げた友人のティモも平然と裏切るクズの小悪党。 搾取の階層が浮き上がる構図ながらその設定が上手く活かされていない。 なんせダメ人間のはずのミッキーがエリートなヒロインのナーシャと恋に落ちるのが不自然で、 裏があると思ったらそうでもなかったし、カイからもモテモテだけど彼女の出番はそのくらい。 もっと膨らませることのできる展開がいくつもあったのに全てが尻すぼみで終わってしまうのだ。 過去作みたいにもっとシニカルで居心地の悪いラストを期待していただけに普通に大団円風なのも頂けない。 これでは大ヒットは望めないだろう。 次回作は『殺人の追憶』や『母なる証明』のような現実的なサスペンスものを期待したい。[映画館(字幕)] 5点(2025-03-29 01:35:24)《改行有》 16. エミリア・ペレス 《ネタバレ》 日本公開前から主演のトランスジェンダー女優のSNSでの差別発言が掘り出され、 賞レースに影響を及ぼすなどネガティブな話題ばかりが取り沙汰されていたが、 実際に本作を見ても先入観が覆されることはなかった。 "多様性"という一部の意識高い系映画評論家が持ち上げているだけで内容がまるで伴っていない。 正直、本年度のアカデミー賞で最多部門候補に挙がるほどかと。 事実、米配給のネットフリックスでも人気がまるでなく、ロッテントマトでも観客の評価は最低、 舞台のメキシコでも不評だらけだ。 そりゃそうだ。 日本に例えれば、日本のことをよく知らない外国人監督が、性転換するヤクザの話を描こう、 それで主演俳優陣が片言日本語だらけのアジア系俳優ばかりなら、この映画の違和感が分かるはずだ。 自分らしく生きたい、好きなように生きたいと歌っても、そこには責任が伴う。 性転換前は凶悪な麻薬カルテルのボスとして悪逆非道を働いた性同一性障害の男が、 "女"に生まれ変わって、行方不明者の捜索と遺族への支援といった慈善団体を立ち上げるも、 どこか凄い虫が良すぎるのではないか。 死を偽装しながらも、子供には会いたいと叔母して招くあたりもそう。 元妻も子供そっちのけで元カレと遊びまくり、 演じる俳優陣の素性もあって、身勝手すぎて感情移入できるわけないでしょ。 ギャング映画としても、社会派映画としても、ミュージカル映画としても中途半端。 単に"多様性"で誤魔化しているだけで、オーディアールのベストでもない。 グダグダな展開が続いて、エミリアが誘拐される事件が終盤起きるも、 発端が正体バレたではなく、子供の"親権争い"と元妻の身代金目当てだから下世話すぎて… 取って付けたような悲劇的なラストも、自分からしたら因果応報にしか見えなかった。 もし、カマラ・ハリスが大統領になって、主演女優の炎上発言がなければ作品賞受賞の可能性があると考えると、 アカデミー賞の本来の価値が悪い意味で変質してしまうかもしれなかった(半ばそうなっているが)。 観客不在であり、政治発言の場所ではない。 今後、トランプの"テコ入れ"前に方向転換するか、屈服を拒絶してDEIを推し続けるか、 映画産業は大きな転換点を迎えている。 クリエイターには本当に描きたいものは何か、その原点に立ち返って欲しい。 劇中でも現実でも振り回されたゾーイ・サルダナはもはや主演と言っても良いくらいの熱演で、 彼女のために3点献上します。[映画館(字幕)] 3点(2025-03-29 00:44:17)《改行有》 17. ポエトリー アグネスの詩 《ネタバレ》 見ているようで実は"見ていない"。 日々の物事が習慣化すれば、ただの形式として軽く済まされる。 時が経てば経つほど少しずつ消えていく言葉は時間の流れによる現実の風化と重なり、 抗うように世界を見ていく、その瞬間の言葉たちを拾い上げて詩として遺していく。 示談で事件を闇に葬ろうとする加害者の父親たちを他所に、 ミジャは善悪の揺らぎの中、事件に関わった人たちのために何ができるかで惑う。 自分自身が消えていく中で、次第に孫への気持ちは離れていき、亡くなった少女と同化していく。 静かに綴られていく醜さあふれる世界故に、詩の美しさが輝きを放つ。 ミジャは風化させてはならない現実を、少女が存在していたことを詩に込め、贖罪として姿を消した。 橋から身を投げようとする少女の、観客に突き刺すような眼差しが忘れられない。[インターネット(字幕)] 7点(2025-03-21 23:45:07)《改行有》 18. バーニング 劇場版 《ネタバレ》 なんて事のない淡々とした展開の連続ながら終始不穏なムードで最後まで見届けられたのは、 イ・チャンドンの地に足をつけた演出のお陰と言っても良い。 ただ、「これで終わり?」感は否めない。 ビニールハウスを焼くシーンはイメージ上だけで、"底辺"として、"存在意義"としてのメタファーなのは分かる。 都会的で洗練され、どこか人間らしさがないベンの不気味さも、野暮ったいジョンスの風貌と対比してより際立たせる。 姿を現さなかったヘミの飼い猫に、幼少時代にヘミが落ちた井戸の存在、あれらはどこまでが本当か嘘か揺さぶりをかける。 格差が著しく目立つも、嘘でも共感を寄せ、見栄を張らないと生きていけない韓国社会の息苦しさは女性なら尚更だ。 でも、そこで終わりなんだよね。 ヘミが死んだのは確かかもしれない。 ただ、匂わせだけで殺されたのかも分からず、ベンを疑い、刺してしまった。 真に燃えたのはビニールハウスではなく、彼が乗っていたポルシェだった。 ジョンスの社会に対する強い情念だけが残る。 あやふやすぎる"こんな世界"で生きていく意味とは? ただ耐え忍ぶか、逃げるか、創作に昇華するか、反社会的行為に転じるか。 大人になったら肯定してくれる人なんて少ない以上、自らご機嫌取りしていくしかない。[インターネット(字幕)] 6点(2025-03-20 23:15:40)《改行有》 19. Flow 《ネタバレ》 なぜ人類は文明を残して滅んだのか、そして大洪水が引き起こされたのかは最後まで明らかにされない。 なぜなら高度な思考も言葉も持たない動物たちが主役だから。 台詞はなく、擬人化も最低限で、映像がより雄弁に語り、没入感を深化させる。 数多くの余白に想像を掻き立てられ、語りたくなる。 異なる存在に目もくれない自分勝手な同胞よりも、辛苦を共にした異なる種族の仲間の大切さに気付かされる。 この先、再び洪水が訪れて、終着点のない旅路を流れ続けることを匂わせつつも、 今までいつも一匹だった黒猫はもう孤独ではない。[映画館(字幕なし「原語」)] 8点(2025-03-14 23:58:06)《改行有》 20. 逆転のトライアングル 《ネタバレ》 全編にわたって寄せてしまう"眉間のシワ"。 原題は美容外科用語から来ている。 監督の前作『ザ・スクエア』は視聴済み。 2作連続でカンヌパルムドール受賞の快挙らしいが、他に相応しい作品はあったのではないか? 格差社会を描いたテーマは過去にもたくさんあれど、 本作はその対象物(男性と女性、富裕層と労働階級、白人と非白人、健常者と障害者、資本主義と共産主義)を広げすぎてしまい、 ブラックコメディとしての切れ味がイマイチだった。 居心地の悪さと気まずい空気を生み出す巧さは相変わらずだが。 割り勘を巡り、インフルエンサーの彼女と長々と揉める立場の低いモデル男性の卑小なプライド。 「スタッフを休ませなきゃ」という思いつきで無理矢理泳がせるセレブばあさんの偽善。 ファーストフードも高級ディナーも口に入れば、吐瀉物も排泄物もみんな一緒。 無人島漂着時、セレブ全員にサバイバルスキルがないために、唯一持っている女性清掃員が女王に君臨するグダグダな一幕。 どこかで見たことのあるような展開で、いくら皮肉たっぷりに金持ちも貧乏人も全方位的にコケにしたって、 前者からしたら免罪符、後者からしたらガス抜きにしか見えない。 今の資本主義社会の権力者の横柄に"ノブレスオブリージュ"は必要だが本作を見て襟を正す人はいるのか(財○省とかね)。 金で買える"安全な場所"がある限り、ヒエラルキーの頂点に立つ者はどこまでも無礼になれる。 無人島がリゾート地だと判明した瞬間、女性清掃員にはその金がないし、いつまでも平穏は存在しない。 社会構造が転覆しようが、これからもずっと誰かが割を喰らい続ける。[インターネット(字幕)] 4点(2025-03-11 23:46:31)《改行有》
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