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秒速5センチメートル - 高橋幸二さんのレビュー
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Web www.jtnews.jp

タイトル名 秒速5センチメートル
レビュワー 高橋幸二さん
点数 9点
投稿日時 2015-05-22 14:45:08
変更日時 2015-06-07 21:01:00
レビュー内容
貴樹は勉強もできて、部活動でも活躍していて、性格も良かったが、憧れの宇宙飛行士にはなれなかったようだ。少年時代の「田舎のスター」も、年をとればただの人というのはありそうな話だ。本作は、そんな男の内面心理を描いている。
■貴樹が少年時代に確信したあかりとの想いは、その後の人生をずっと拘束した。貴樹と花苗がいっしょに家路に向かうとき、踏切でロケットを運ぶ貨車が行く手を遮る。貨車の非常にゆっくりした動きは、貴樹に想いを寄せる花苗にとっては、いっしょにいる時間を引き延ばしてくれるうれしいものだ。だが花苗が「時速5キロなんだって」と口にしたとき、貴樹はあかりが語った「秒速5センチメートル」を思い出す。
■上京する貴樹との別れの時が近づいている。花苗が今日こそは想いを告白しよう、そう決意した瞬間、ロケットが打ち上げられる。宇宙の彼方に生命体は、まだ見つかっていない。それどころか、水素原子1個に遭遇することすら稀である。それでも、遠い先の世界に目指すものがあるという強い確信のもと、ロケットはすさまじい爆音を立て、力強く天に昇って行く。花苗はそのとき、貴樹は自分など見ていない、彼はずっと遠くにあるものを確信とともに強く見つめているのだと気づいた。だが貴樹は中学1年のあの日以来、あかりと会っていない。あかりも成長して、顔立ちもいくぶん変わったことだろう。貴樹の心の中にいるあかりは、彼のそばに寄り添い、同じ星を見つめているが、その顔立ちはあいまいに描かれている。
■貴樹が恋人と別れ失業したときは、雪がちらつく冬だった。それは、彼のどんよりとした重苦しい心を表しているかのようだ。だがいつまでも続く冬はなく、必ず春は来る。新しい生命の躍動を感じさせる季節である。貴樹もあかりも、外から入って来た桜の花びらを見て、互いのことを思い出す。そして、子供のころに約束したあの踏切へと足を進める。そして二人がすれ違った瞬間、長い間会っていなかったにもかかわらず、二人は互いの存在に気づく。貴樹が振り返ると、彼女は立ち止まったように見えた。しかしそのとき、電車がやって来て視界を遮る。電車が行ったと思うと、今度は反対方向から電車が来る。そして2本の電車が通り過ぎて視界が開けたとき、そこにあかりはいなかった。結婚したあかりにとって、貴樹はただの思い出に過ぎなかったからだ。
■本作は、貴樹が再出発する兆しを見せていないのが怪しからんという意見が多いが、季節が春であることと、あかりが立ち去ったこと、そして貴樹はあかりを追うことなく、かすかに微笑みながら前に進んでいくシーンによって、それは暗示されているだろう。
■どうやら男は、過去を引きずる生き物のようだ。そして女は過去を思い出しはするが、振り返らない。物語は最後に、あかりが手紙を書くシーンがフラッシュバックされ「あなたはきっと大丈夫」と画面に映る。そう、女は決して振り返らない。ただ祈るだけなのだ。
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