|
タイトル名 |
落下の解剖学 |
レビュワー |
かたゆきさん |
点数 |
7点 |
投稿日時 |
2025-06-04 08:02:31 |
変更日時 |
2025-06-05 07:19:21 |
レビュー内容 |
本当に妻は夫を殺したのか――。フランスの人里離れた雪山に佇む一軒の山荘。暮らしているのは、家族とともに最近ここに越してきたばかりの作家、サンドラだ。教師である夫はこの山荘を改修し近い将来、民宿を開くことを計画している。幼い頃に事故に遭い、今はまったく目が見えない11歳の一人息子は自宅学習をしながら平穏に暮らしている。色んな事情を抱えながらもそれなりに満たされた生活を送っているそんな家族。だが、ある朝、とある事件が起こる。夫がベランダから突然転落死してしまったのだ――。当初は事故と思われていたが、警察の捜査が進むと幾つかの不審な点が明らかとなる。遺体近くに残っていた不自然な血痕、何度も変遷する息子の証言、そして夫のパソコンには事件の前夜、激しく口論する夫婦の録音データが。容疑者として逮捕され、裁判を受けることとなったサンドラ。友人である弁護士とともに公判に臨んだ彼女だったが、次々と不利な証拠が明らかにされ……。カンヌ映画祭でパルムドールを受賞し、アカデミー作品賞ノミネートということで今回鑑賞。まず印象的なのは、音楽の使い方が物凄く独特だったこと。冒頭、主人公の夫が転落死するシーン。そこにかなり大音量でノリのいい音楽が流されているところからなんとも不穏な空気が漂っている。どうやら上階で山荘の改修をしている夫が流しているらしいのだが、階下では何事もないかのように妻が取材を受けている。目が見えないはずの息子は、何故か一人で険しい山道に犬の散歩へ出かけてしまう。もうここから、この夫婦の秘められた事情が暗示されているようで、この監督の独自のセンスに惹き込まれてしまった。気を紛らわせるために息子が何度も弾くピアノの早弾きも観客の不安感をこれでもかと煽ってくる。音楽ばかりではない。事件の舞台となる雪深い山荘や、長い伝統を感じさせる裁判所の重厚な雰囲気など隅々にまで監督の映像への拘りが感じられ、素直に感嘆させられる。そうして紡がれる物語。一見仲の良さそうな夫婦がそれぞれに抱え込んでいた心の闇。かつては好き同士で一緒になったはずなのに小さな擦れ違いからここまで壊れてしまうという事実が、リアルかつ丁寧に描かれている。特に裁判所で流される生々しい夫婦喧嘩の録音テープは、まさに最悪な夫婦の姿を見せつけられたようでなんとも暗澹たる気持ちにさせられてしまった。それでも両親のため、なるだけ気丈に振る舞おうとする息子の姿が切ない。かなり暗い気持ちにさせられる映画なのだが、それでも一時たりとも目が離せないのはこの監督の優れたストーリーテリングによるものなのだろう。息子のために必死で頑張ってきた母親が後半、息子に拒絶されるシーンには胸が張り裂けそうになってしまった。惜しいのは最後の展開。敢えてなのだろうが、ことの真相をうやむやのまま終わらせてしまったのはやはり不満が残る。ここは物語として何らかのカタルシスを与えてほしかった。それでも、平凡な女性が些細なことから人生の落とし穴へと落下してゆく過程をつぶさに解剖してみせることで、生きる意味を改めて問い直そうという本作のテーマは充分見応えのあるものだった。なかなかの秀作と言っていい。 |
|
かたゆき さんの 最近のクチコミ・感想
落下の解剖学のレビュー一覧を見る
|