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ブレードランナー/ディレクターズカット<最終版> - 六本木ソルジャーさんのレビュー
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Web www.jtnews.jp

タイトル名 ブレードランナー/ディレクターズカット<最終版>
レビュワー 六本木ソルジャーさん
点数 8点
投稿日時 2006-08-30 23:07:18
変更日時 2006-08-30 23:07:18
レビュー内容
リドリースコット監督は、ディカードを「レプリカント」として描きたかったのかもしれない。しかし、個人的にはディカードを「人間」と捉えた方が面白い解釈ができるのではないかと思う。というのも、本作では「人間」と「レプリカント」とが実に『対比』的に描かれていると思う。
「自己及び愛する者の命」のともし火がまさに消えようとしているレプリカントは必死になって、「命」を延長しようとする方法を探っている。この世界では、「命の重さ」を知っているのは、人間ではなくレプリカントではないか。「人間」は与えられた命の重さも考えずに、「目的」もなくただただ漠然と生きているだけである(ディカードのような)。そんな「人間」であるディカードに対して、「命の重さ」を教えてくれたのがレプリカントのロイではないだろうか。ディカードとロイの最後の追いかけっこは、「死にたくない」とディカードに必死にさせることにより、「命の重さ」をディカードに知らしめようとしている。まさにレプリカントが体験している「寿命(時間)」との追いかけっこを、「人間」であるディカードに体験させているのではないか。ディカードを「レプリカント」と捉えるとこのような見方ができなくなるので勿体無いと思う。
そして、「人間」であるディカードはレプリカントから教わるだけではない。レプリカントのレイチェルに対して、「感情の表わし方」を教えている。感情を上手くコントロールできず、表現できないレイチェルに対して、「愛情の示し方」を教えたのはディカードだろう。やがて「愛情」は「生きる希望」に繋がり、レイチェルもまた「命の重さ」を実感できるはずだ。
「人間」が「レプリカント」に教えられることがあるのと共に、「レプリカント」に対して教えることもある。これこそ人間とレプリカントの「共生」(最後のディカードとレイチェルの逃避行)に繋がるのではないか。「レプリカント」は、過酷な労働を強制するために創られた道具でも、狩られる対象でもなく、近未来では「人間」と共に生きる「パートナー」となるというメッセージが込められているのではないか。また、ディカードがレプリカントだとすると、最後のロイの独白が意味をなさなくなってしまう。過酷な生き方をしたロイがレプリカントにそんな話をしても、ただの内輪話であるだけで意味をなさない。あれは「人間」に対して語られなくてはいけない内容である。
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