SCAT/くちずさむねこ(2007)

 

ゼロ・グラビティ(2013年【米・英】)

極小の人物構成でありながら、「デブリ臨界」を描いて人類の絶望的な状況を深く突いた作品。

本当に臨界まで至った時代設定にしてるのか、がちょっと見切れてないんで、まだまだ世間の評を見ながらじっくり考えないと正確な点は出せません。「トゥモロー・ワールド」の監督だから意識してると思うんだけどね。

実は、見た直後の感想的には10点だと思ってます。特に、エンドタイトルでゼロなしの「GRAVITY」って出てきた時は、やられた~! って感じでした。生への執着を重力に重ねてるんですね。西洋文化でよく出てくる比喩表現ですね。
でも、このテーマは個人的にものすごく思い入れがあって、またとてつもなく絶望的な予測なんで、ただの生への執着・根性論で片付けていいのかという疑問がすごく、すごくある。

冒頭で「ロシアが爆破した衛星が他の衛星にぶつかって…」って出てきますが、この、他の衛星にまで破壊が連鎖的に展開するほどに軌道上の衛星が過密化すると、スペースデブリによる衛星破壊が止まらなくなって、やがてはロケットを打ち上げるだけで破壊される…という臨界状態に達します。
高高度の衛星群は空気抵抗がほとんどない場所に存在するので、数千年経たなければ人類が撒き散らしたゴミはおちて来ないし、お互いに衝突を繰り返すので体積が小さくなり、空気抵抗がますます減っていきます。
こういうのが超音速でガンガン飛び交う世界になるわけなんで、臨界に来ると人類は宇宙に出る事ができなくなる、という…。

この映画では離れた場所にある2つの宇宙基地がほぼ同時にやられるので、たぶんこういう末期的な宇宙開発状況になってるんだろうなと思います(裏取りはこれから)。
なので、この作品の主人公は多分「人類史上最後の宇宙飛行士」であり、これ以後の地球では宇宙飛行士は輩出しないんじゃないか…という気持ちで観てました。
まさしく終末観溢れるSF背景設定なんですが、そこはキュアロン、言葉で細かい説明をするんじゃなく、主人公の置かれる状況と絶望感でそれを表現してる。
これは地球への帰還の物語であると同時に、まるで鏡の表裏のように、遥かな遠い未来に登場するであろう第二次宇宙開発の姿も垣間見えてくる大技だと思うんですよね。「降りる」物語であると同時に「昇る」物語りも隠れている、と。
ここらへんをうまく象徴するのがキリスト教のアイコンたちで、いったん離れ離れになった男が奇想天外に戻る天使ぶりなんかに「重力の弱さ」=「昇天」の等式が見える。
人類は、あと数百年・数千年は地上であくせく這いずり回って自分を磨いて、天使みたいな人間ばっかりになったらまた、宇宙へ行けるよ、と。
このあたり記号が醸す猛烈なネガティブさに、クラクラ来た次第。
本当に製作陣がそこまでのビジョンにあるかは、まだまだ気合を入れて観ないとわかんないですが…映画全体のパーツはかなり、その方向にある見えてます。

ちなみにオイラがデブリ臨界の予測を知ったのは、1990年の頃でした。
計測機器の専門誌で、アメリカの学会の動向を報じるコラム欄で解説されてました。
それ読んだ瞬間、「あ、人類終わった」とマジで思った。臨界に達したデブリが落ちてくる未来の頃には、もうロケット燃料の石油なんか残ってないと思った。
21世紀に入ってもまだスパイ衛星を撤廃できないで、むしろ携帯電話用の衛星をジャンジャン飛ばしまくってる今の状況じゃ、遠い将来、この映画の事故は現実のものになるでしょうね(自分たちが生きてる時代じゃないとは思うけど、そこは問題じゃないんだ)。

SFが現実のものになりつつある現代での、重要な問題提起かつ精神的な支えになるのを目指した、「預言書」のような映画だと思います。
その境地に立てるかどうか、自分的になかなか咀嚼するのが大変なヘビー級だったので、まだ10点は上げられません。
評価:7点
鑑賞環境:インターネット(字幕)
2014-11-24 00:44:39 | 実写作品 | コメント(0) | トラックバック(0)