SCAT/くちずさむねこ(2007)

 

くもとちゅうりっぷ(1943年【日】)

レビュー書くのにすでに二日かかってるという、久々の傑作。

文化庁フィルムセンターの復元版で見ました。無駄にカラー着色されて、そこはかえって残念だったかも。その当時っぽい色合いに気を遣った半端ない労力は十分わかりますけども。

んでこの作品の何がすごいって、背景が半端ない。
かつて中期のポパイで、単焦点カメラっぽく背景がボケてるのを見た時「やるなあフライシャー」と感激した覚えがあるんですが、本作はそれどころじゃなく背景に奥行きありまくり。セルアニメなのに3Dアニメ見てるみたいな気分になります。写実画や写真背景なんかも使ってるんですが、これらが全部、「カメラマンがいるもの」というお約束でボケ方の規則性が徹底してる。
そういう実在性ありまくりの世界の上に、てんとう虫とクモとチューリップのセルが乗っかって演技するわけです。アニメ黎明期で前例がないとはいえ、過剰すぎるぐらい世界構築にパワーを割いてる。

次が動画。
正直、てんとう虫の動きはちょっとトロくて動きにメリハリもなく、レフ・アタマーノフの『雪の女王』(ソ連作品)やルネ・ラルーの『ガンダーラ』(北朝鮮で製作)を思いうかべちゃいます。共産主義下のマジメすぎて遊びのない動画…ちょっとそんな感じ(とはいうけど両作ともそのハンデをキッチリフォローアップして独特のリズムを生み出してる傑作アニメなんで、そこんとこ誤解しないでちょ)。
これがもう一方のクモ君になると、機動性抜群。適度に中抜きも入れて(この時代からやってんだね! 日本の文化だね!)テンポを上げ、俊敏な動作を描き出しています。表情も豊かで、手足の動きも細やか。明らかにクモの方にレベルの高い動画マンがついてますな。
なので当然、草の葉を登るのに10秒かかってるてんとう虫ちゃんと、スパイダーマン並みに自由自在に空間を移動するクモ君が追いかけっこをすると、観客はもうハラハラせざるを得ないんですな。
ここが背景に次ぐ第二のポイントです。動画で二人のキャラクター・身体能力を表せているので、台詞に気をとられることなく画面に没入できる。この、2Dだけど3Dみたいな空間に入り込める。

そして、とどめが歌。
ミュージカル風に歌で話を進めていくのはよくある内容ですが、本作は録音能力にも限界がある戦時中の作品ですから、言葉が聞き取りづらくなる。でもシンプルな曲と、麻薬的な声音で、延々と掛け合いを繰り返し、観客は言葉の意味なんか考えるコトもなくわりかし早い段階で催眠状態へ落とされます。たどたどしい子供の歌声と、朗々としたアルトの歌声によって。

「日本アニメの先生はポール・グリモーだ」と今でも真剣に思ってます。
だけど、グリモー上陸以前にこんな、(決して後の日本アニメらしくはないんだけど)日本アニメを特徴付ける技法や志向のカタマリでできあがった作品があった事実はビックリでした。そしてまた、ちょっと嬉しくなった。

アメリカにアメリカらしさの始祖、ウィンザー・マッケイがいて。フランスには同じようにグリモーが、アンソニー・グロスがいて。ドイツにもロッテ・ライニガーがいたし。
『くもとちゅうりっぷ』は、将来の日本アニメがどんなモノを作っていくべきかについて啓示を与えた、日本アニメの方向を決定付けた作品だったんだなあ、と気がついた次第でした。
…大ボラ吹いてすみません、実はまだ同時期の超傑作と言われる大藤信郎の『鯨』は見たコトありません。あと日本初のアニメと言われる『なまくら刀』のレビューはこれから書きますです。

●2015/6/20 追記:
戦時下特有の記号の意味についても書いておきたくなったのでこっちに。
http://www.jtnews.jp/blog/23593/383.html
評価:9点
鑑賞環境:映画館(邦画)