みんなのシネマレビュー
ユーカラさんのレビューページ[この方をお気に入り登録する

◆検索ウィンドウ◆

◆ログイン◆
メールアドレス
パスワード

◆ログイン登録関連◆
●ログインID登録画面
●パスワード変更画面

◆ヘルプ◆
●ヘルプ(FAQ)

◆通常ランキング◆
●平均点ベストランキング
●平均点ワーストランキング
●投稿数ランキング
●マニアックランキング

◆各種ページ◆
●TOPページ
●映画大辞典メニュー
●アカデミー賞メニュー
●新作レビュー一覧
●公開予定作品一覧
●新規 作品要望一覧照会
●変更 作品要望一覧照会
●人物要望一覧照会
●同一人物要望一覧照会
●関連作品要望一覧照会
●カスタマイズ画面
●レビュワー名簿
●お気に入り画面
Google

Web www.jtnews.jp

プロフィール
コメント数 936
性別
ブログのURL //www.jtnews.jp/blog/24461/

投稿関連 表示切替メニュー
レビュー表示レビュー表示(評価分)
その他レビュー表示作品用コメント関連表示人物用コメント関連表示あらすじ関連表示
コメントなし】/【コメント有り】
統計メニュー
製作国別レビュー統計年代別レビュー統計
要望関連 表示切替メニュー
作品新規登録 / 変更 要望表示人物新規登録 / 変更 要望表示
要望済関連 表示切替メニュー
作品新規登録 要望済表示人物新規登録 要望済表示
予約関連 表示切替メニュー
予約データ 表示

評価順123
投稿日付順123
変更日付順123

21.  ザ・ブリザード 《ネタバレ》 冒頭の車内の会話シーンから、3D映画らしからぬ深度の浅いショットとダサいピント送り、そして光量・光源不足の画面に萎える。 (ナイトシーンが多い事とは全く関係ない。) 2、3ショットで済むシーンに5、6ショット用いる不経済にも気が重くなる。 ホリデイ・グレインジャーを特権的に撮っているのは、公衆電話口で振り返らせる印象的な出のショットからして明らかだが、 彼女の出番が多い分、活劇の進行も鈍っている。だから陸のシーンは総じて退屈だが、海に乗り出して以降はようやく映画も動き出す。 ワッチから操舵盤のケイシー・アフレックまで、乗組員らが伝言を繋げていく縦移動ショットなどはなかなかの盛り上がりだ。 前半の露出アンダー気味の画面も、ようやくラストの暗闇に瞬くヘッドライトの光で報われる。 ライトを一旦消して点け直させるのは間抜けとしか思えないが。[映画館(字幕なし「原語」)] 5点(2016-03-04 20:00:20)《改行有》

22.  残穢 -住んではいけない部屋- 《ネタバレ》 特に前半は劇伴音楽を控え、静寂と衣擦れの音を存分に聴かせてくれる。 コンピュータ処理もあるだろうが、出来る限り曇天を選んでムードも出しているし、 ゴミ屋敷や九州の廃屋内部の美術も凄みがあっていい。 「根っこは一つ」の真相探しの物語だが、バラバラの事件がドラマの進行に伴って集約していくのではなく、 一つの事件から派生し場が拡散していく作劇スタイルは後半の散漫さを招いたか。 CGらしさ全開の黒い人影があまり怖くない。[映画館(邦画)] 5点(2016-02-08 15:40:46)《改行有》

23.  ザ・ウォーク 《ネタバレ》 パリの町中、歌を披露するヒロインとの出会いは視線劇から始まる。主人公の作った輪の内と外で今度は彼女とのパントマイムが始まる。 突然に雨が降り出し、彼は彼女を大きなパラソルの輪の内側へと招き入れる。2人が心を通わしていく流れがテンポよく進んで心地いい。 軽快な大道芸の動きの楽しさ。米語と仏語が交じり合う、言葉の響きの楽しさ。ふと挿入されるサイレントの趣向。 こうなると、ルネ・クレールを連想せずにはいられない。 高層階を一気に上っていき街を一望するカメラも、「自由の女神像」の上での語りも、 緊張のクライマックスに静かに『エリーゼのために』を奏でるセンスも、そこに通じるような感覚がある。 夜明けに向かい、うっすらと明るくなっていく地平線。 ジョセフ・ゴードン=レヴィットが歩みだす直前、雲が切れて景観が広がる瞬間には、張られたワイヤーの直線が生む 造形美とともに、映画の美がある。 エレベーターの運転員をはじめ、ビルを建造した作業者たちが連行される彼を拍手で讃える。 このようなシーンがあるゆえに、ラストに映し出される二棟のビルのロングショットの感動が増す。[映画館(字幕なし「原語」)] 8点(2016-01-27 21:26:23)《改行有》

24.  サクラ花 -桜花最期の特攻- 《ネタバレ》 夜の整備場内、夜の滑走路と先の見えない視界不良の場から続き、鹿児島から沖縄へと飛ぶ一式陸攻機内という限定空間を主たる舞台とすることで、 マクロな戦争スペクタクルを封じている。 沖縄まであと一時間半程度という台詞から、かなり実時間に近づけている事もわかる。 直前まで会話していた仲間が、突然の機銃音と共に血まみれになって即死する。 敵機に狙い撃ちされる度に機体に穴が空き、撃たれた隊員達は次々に身体から血を噴き出し、のたうつ。 低予算を逆手に取った風防外部の状況を示さない戦略は、より目前の戦場の惨状即ち人間が損壊し絶命していく痛みを際立たせている。 乗り合わせる隊員らの過去も多くは語られない。その事が一方ではサスペンスを生み、一方では桜花に乗り込み特攻していく十七歳の若者と 一式に残る若者の短いやりとりを感動的にする。 「ボタンの掛け違い」、「まさか時代がここまで急転するとは」といった科白の数々は今現在に向けられている。[映画館(邦画)] 6点(2015-11-03 21:47:58)《改行有》

25.  サイの季節 《ネタバレ》 常に暗雲が垂れ込め、晴れ間の覗くことの全くない風景。 光は、主人公(ベヘルーズ・ヴォスギー)の運転する車の車窓を流れる雨滴やヘッドライトの 小さな乱反射や、モニカ・ベルッチがタトゥーを施すシーンの蝋燭の灯りくらいだ。 その度々登場する(キアロスタミ風)車窓への映り込みと彼の寡黙な表情との夢幻的な重なり合いが、 亀やサイや馬などの明らかなイメージショットと現実のショットとを橋渡しするような形で美しくももの悲しい。 (主人公に嫉妬する運転手(ユルマズ・エルドガン)に重なり合うのは、からみつくような木々の黒い枝の影だ。) 独特の形状の幹を持つ木々の奇観。雪の吹きすさぶ墓地の荒涼とした風情、寒々とした湾を望む岸壁など、 ロケーションも独特だが、黒味を活かした陰影豊かな画面の感触の何と重厚で深みのあることか。 主人公らの30年間を刻印する顔の皺や白髪を克明に映し出すフォーカスは、モニカ・ベルッチに対しても容赦ない。 逆に敢えて他者をぼかした後景や革命騒乱シーンの群衆の不明瞭な画面も意図的な設計だろう。 国境を越えた彼らは多くを語らない。寡黙な顔だけがある。[映画館(字幕)] 9点(2015-07-12 23:08:14)《改行有》

26.  百日紅 ~Miss HOKUSAI~ 《ネタバレ》 キャラクターの図柄はシンプルな描線のうえ表情変化にも乏しいが 朝陽、夕焼け、宵の口、雨天それぞれの状況に合わせて 衣服の色彩や影、そのコントラストを微妙に変化させることで季節感や 時刻、立体感を良く表現している。 アニメーション映画としてはやはり ヒロインが全力で駆け出すクライマックスの全作画カットが白眉だろう。 屋内から路地へと飛び出しての韋駄天走り。それを追いかけ回り込みながら フォローするカメラの動きをダイナミックに描いている。 茶屋の軒先で少女が雪遊びするシーンの情緒も忘れがたい。 惜しいのは、この少女を最初に紹介するヒロインのモノローグである。 彼女の目が不自由であることをいきなり説明してしまう。 それは二人のやり取りの中から自ずと明らかになることであるのに。 それから、音楽にはもっと統一感が欲しい。[映画館(邦画)] 6点(2015-05-13 22:59:41)《改行有》

27.  THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦 《ネタバレ》 レインボーブリッジに向けて突き進むミサイル。 命中直前にカットが切り替わり、爆発の瞬間は映らない。 その後に画像解析によってミサイルとヘリを割り出す謎解きシーンがあるのだから、 本来は最初飛行物体を見せず原因不明の爆発として事件を見せていくのが定石だろう。 つまりは、兵器フェチの監督にとっては爆発や謎解き構成よりも メカニック描写を優先したかったという事らしい。 そうした志向は全編にわたって窺える。 それまでほとんど存在感すらなかった、一応はヒロインらしき真野恵里菜が クライマックスでヘリ操縦者:森カンナにライバル心を燃やして対決するのだが、 そこに至る二人の因縁の劇がまるで無いのでは盛り上がりようがない。 要は、キャラクターが立っていないということだが、 その中で、太田莉菜のキビキビしたアクションが救いである。[映画館(邦画)] 5点(2015-05-08 00:07:48)《改行有》

28.  サボタージュ(2014) 『ラストスタンド』のラストにはそれなりに体を張った アクションを見せたシュワルツェネッガーだが、 こちらは芝居もアクションもかなりの省エネモードである。 白髪髭も目立ち、動きの鈍重さもますます顕わになり、 ドラマの哀調には適った形になっている。 荒んだ家屋や汚物の中、グロテスクな屍体の検視に立会い、 血合に塗れながらも 捜査を進めていくオリヴィア・ウィリアムズの健闘ぶりが際立つ。 [映画館(字幕なし「原語」)] 5点(2014-11-29 00:02:27)《改行有》

29.  猿の惑星:新世紀(ライジング) 《ネタバレ》 傷ついたシーザーは街中に運び込まれるが、特徴的な窓を持った家の前で 車を止めさせる。 手術後、ソファを抜け出した彼は屋根裏部屋で通電しているホームヴィデオを見つけ その再生画面に見入る。 それまでの展開にしても、前作を踏まえずとも物語の流れを理解できるような 最小限の補足がされているが、ここで映し出される小さな一つの画面は、それだけで 彼の生い立ちと思想形成の背景の雄弁な描写となる。 この小さな画面が感動的なのは、無論そこに彼のノスタルジアに対する共感があり、 エイプたちが不要としていた電気の生み出す肯定的な光の感動があり、 かつ幾度も繰り返されてきた「HOME」の語の響きがあり、 『そして父になる』のデジタルカメラのような「他者が撮ってくれた自分」が 映し出されるエモーションがあるからなのだが、 加えて、ここではそれが再生装置たるムーヴィー(映画)に対する ささやかな讃歌ともなっているからだ。 『カイロの紫のバラ』のような、『ニューシネマパラダイス』のような、 映画の映写光の反射を受けながら画面を見つめる者の表情が生み出す情感という 美しい細部がそこにある。 そして、映画はその画面をラストに反復する。モニターが映し出していた ジェームズ・フランコとシーザーの抱擁は、その位置を置き換えて ジェイソン・クラークとの間に交わされる。 この小道具の活用法は見事だ。 そして人間は暗闇の中に消え、エイプたちは陽光の中に出て行く。 このシーンも光と闇の画面によって物語を語っている。 前半の露出アンダー気味の曇天や薄闇が、怒りの炎や爆発、夜明けの光を活かす 後半のためにあったことがわかる。 [映画館(字幕なし「原語」)] 8点(2014-09-22 13:36:55)《改行有》

30.  サニー 永遠の仲間たち 作中二度目の『愛のファンタジー』が流れる喫茶店内、 ユ・ホジョンの成瀬目線によってかつての片想いの相手の登場が仄めかされる。 そこでパラレルに映し出される失恋の記憶。 同じくここでもシム・ウンギョンの目線送りが彼女の想いを語る。 彼女の視線を介すことで、画面外の出来事への思い入れと共有感覚がより増す。 現在の視線、過去の視線がシーンを繋ぎ、鏡面のように交錯・融合しあう 夜の歩道とベンチの場面が美しい。 その冴えわたる視線演出はラスト数カットで再び見事に決まる。 それらが感動的なのは勿論、台詞を大幅に削り、 視線によって心を通わすシーンだからだ。 対して遺言のシーンがつまらないのは、 その内容やリアクション云々より何より台詞偏重であるからということになる。 ありがちな故人のヴォイス・オーバーなどを用いずに 第三者の代弁として処理したことでかろうじて 言葉そのものがより活きたものとはなっているが。 続く都合三度目となる『サニー』のダンスシーンは 約1秒刻みにまで分解した細切れカッティングが煩わしく、 リズム感覚やテンポと引き換えにダンスの映画性が大きく減殺している。 暴力沙汰で護送される車両内のラジオから流れてくる『サニー』に それぞれが体を動かしだす1ショットのほうが断然良い。 『ラ・ブーム』譲りのヘッドフォンの活用など、 前作同様に音楽の挿入方法についてはかなり凝り性らしい。 物語的な貶しどころも多々あるがキャラクターの魅力が何よりだ。 [DVD(字幕)] 7点(2014-01-26 00:04:22)《改行有》

31.  桜並木の満開の下に パンフレットの佐々木敦氏の批評を読むまでもなく、成瀬の『乱れ雲』とすぐ気づく。 三浦貴大の差し出す現金入りの封筒を幾度も幾度も叩き続けた臼田あさ美の手。 その彼女の手が、ラストの駅のホームで横に並んだ三浦の手をしっかりと握る。 そこには病床の加山雄三の手を握りしめる司葉子の手の記憶があると共に、 『百年恋歌』(恋愛の夢篇)での結ばれる手のイメージも重なって感動を増す。 地元PRありきの企画ながら、ドラマティックな物語とロケーションが見事に 融合しており、観光スポットを変に浮き上がらせるような愚も回避している。 焚火の灯りが映える夜の浜辺。 縦の構図を活かした、年季の入った工場内の風情。 艶やかな夜の駅のホーム。 それぞれの画面が低予算などまるで感じさせない出来だ。 その情景の中で震災後を生きる臼田あさ美、三浦貴大の佇まいもまた素晴らしい。 [映画館(邦画)] 8点(2013-06-26 22:47:24)《改行有》

32.  さまよう心臓 シンプルにしてスリリングな力に満ちた労作である。 パペットの衣類の質感やアニメーション技術の細やかさもさることながら、 仰角と俯瞰のキャメラアングル・照明効果による陰影のつけ方の見事さが光る。 壁や階段やドアなど、何気なくありふれた空間をいかに禍々しく演出するか。 そうした異世界の画面づくりに払われた真摯な努力こそが胸を打つ。 炎のスペクタクルの中、『ターミネーター』のワンシーンのように 人形の首がポロッともげるカットの不気味な生々しさ・凶々しさ。 本作を第三回下北沢映画祭グランプリに推した黒沢清監督もまたやはり このカットに「やられた。」と語っている。 全てが作り手によって制御されているかに見えるパペットアニメーションの中で、 炎や煙といった制御不能な運動がクライマックスの画面を覆うと共に、 その首が転がる運動が、監督すら予期しなかっただろう独特で生々しい一瞬間を 捉えているからに相違ない。 作り手にとっても不測の事象が生起する瞬間の、映画の美である。 秦俊子監督は、本作品の中で説明や根拠付け・動機付けを一切排除し、 無意味・無心理に徹すること、そして純粋に恐怖のエモーションを 創出することのみに賭けている。 「映画が単純に映画であること」その潔さと倫理性。 かつて黒沢監督の『地獄の警備員』を評した上野昂志氏の賛辞を思い起こす。 [映画館(邦画)] 9点(2013-04-29 07:00:52)《改行有》

33.  殺人者(1946) 車のフロントガラス越しに照らし出される夜の街道。同乗している男二人のシルエットが浮かび上がるファーストショットから、ノワールムード全開である。 その直後のシーンに登場するダイナーの長いカウンターや、広い鏡を配したバーの内装の立体的造型が画面を引き締めている。 侵入から逃走まで、クレーンをダイナミックに使った長廻しによる強盗シーンもまた、奥行き豊かな空間とアクションの流れを作り出している充実したワンショットだ。 同伴のヴァージニア・クリスティーンそっちのけで妖艶なエヴァ・ガードナーに目を奪われるバート・ランカスター。その三人の配置と、スリリングな視線劇の妙味。 そしてファム・ファタルを妖しく照らし出す照明術の冴え。 あるいは、対峙した保険調査員エドマンド・オブライエンの一瞬の隙を衝いて拳銃を蹴り払い、一気に形勢逆転するジャック・ランバートの敏捷な動き。その緩から急への反射的アクションを捉えたワンショットの充実度。 さらには、クライマックスの感情を形づくるアルバート・デッカー邸内部の光と闇の拮抗。 スティーブ・マーティンの『四つ数えろ』でも多くのシーンが引用されているように、全編が見所といっていい。 [ビデオ(字幕)] 9点(2011-11-22 22:44:23)《改行有》

34.  猿の惑星:創世記(ジェネシス) 《ネタバレ》 ホークスの『モンキー・ビジネス』(1952)で、チンパンジーが錠を外して檻を抜け出し、若返りの新薬を調合、味見し、それを人間の給水機に混入させてしまうまでを驚異の2ショットで本物に実演させてしまっていることを思えば、CGIの時代に人間の演技を模写・変換した合成キャラクター自体は、予想を超えた動揺や驚きといったものをもたらすべくもない。(本物のチンパンジーの、時に意表を衝く豊かな表情変化は「非心理的」で実に見事だ。) 人間の演技と表情を模した生物の人間的倫理に共感性がもたらされるのはある意味当然のことであり、眼による感情表情を中心としたそれも人間の理解と納得の範囲に納まるものでしかない。 ゆえに、ドラマとして彼我の優劣を決定づけ、かつ映画としての驚きとスペクタクルを呼び込むのはその身体能力の圧倒的差異である。 映画の後半部、金門橋の上部・下部構造を駆使した登攀、懸垂、跳躍、疾駆の「超人的」アクションと、それを捉える縦横無尽の流動的カメラワーク(横移動、縦移動、空撮俯瞰)が断然素晴らしい。 同時に、仲間の殺傷行為の暴走を制止しようする「手」による反アクションのアクションが情感と同時に批評性を伴って迫る。[映画館(字幕)] 8点(2011-10-17 12:43:03)《改行有》

35.  ザ・ウォード/監禁病棟 《ネタバレ》 何度失敗しようが、諦めずに脱走を試みる不屈のヒロイン(アンバー・ハード)。 彼女を何度も物理的に投げ飛ばす幽霊も豪快でよい。 脱獄シーンでありながら、足音や物音を気にもしないその無頓着ぶりも大らかで楽しい。ベッケルの『穴』のように、深夜の廊下や通風ダクトに響き渡る過剰な音が却ってサスペンスを盛り立てる。 一つの扉から、次の扉へ。階下階上を巡る追っかけアクションもスリルがあって楽しめる。廊下の直線を縦に捉え、手前で閉まりかけるエレベーターの扉に向かって追いかけてくる看守を間一髪でやりすごすタイミングやフレーミングなども堂に入っている。 、 お馴染みの「横切り」や、派手な音響を伴った常套的なショッカー演出はご愛嬌。 [映画館(字幕)] 7点(2011-10-05 22:42:20)《改行有》

36.  ザッツ・ダンシング! エジソンの時代から80年代までのダンス映像がモンタージュによって紡がれ、一つのリズムにシンクロしながらオープニングナンバーを形づくる感動。 そして『ザッツ・エンタテインメント』シリーズと同様、名ショットがリプレイされる最中にストップモーションによってダンサーたちの素敵な表情と身振りの一瞬間が躍動の中から的確に切り取られ、その一瞬が永遠化するようなエンディングの映画的感動。 全身で表現される伸びやかなダンスがスクリーンを越えて観る側の何かを開放し、幸福感で満たしてくれる。 69年の不動産企業によるMGM買収とその「資産破壊」、そしてメジャー再編を経たMGM/UAによる本作に登場する作品は(皮肉にも)時代範囲からしてもMGM中心の上記シリーズ以上に多彩だ。 映画は「ダンス」を描いた古代の壁、絵画、彫刻、舞台、そして映画最初期から80年代のMTV時代までを網羅する。 様式的には、民族舞踊、チャールストンからモダンダンス、ブレイクダンスまで。 映画表現的には、サイレントからトーキー、モノクロームからカラー、スタンダードからシネスコへ。30年代のバスビー・バークレーの前衛的な視覚効果からアステア+ロジャースらの個人技・フルショットの時代への変遷も判りやすい。 なかでも、巨大セットとスターが象徴する絢爛豪華の50年代と、『フェーム』等のストリートロケが象徴する80年代とのルックの隔たりは、撮影所の崩壊を強烈に印象付ける。その一方で、ダンスは継承と同時にエレガンス志向からエネルギッシュなものへとスタイルの革新を示し、映画は黄金時代への郷愁に湿るばかりではない。 映画は健康なオプティミズムで締めくくられている。 そして何より「映画キャメラの発明以前にダンスの道を歩んだ人々に捧げる」とする映画冒頭の献辞が感動的だ。 [ビデオ(字幕)] 9点(2011-09-19 18:22:49)《改行有》

37.  さんかく 《ネタバレ》 常にトイレを視野の奥に入れた特徴的な2DKの構図の中、高岡蒼甫と田畑智子が何度もキスをし直すシーンや、マニキュアをめぐっての痴話喧嘩が別れ話に発展してしまうシーンなど、二人の関係性の変化を捉える持続的なワンシーン・ワンカットが真に迫る。 この長回しは、二人の達者な芝居を途切れさせないことで生々しいテンションの維持を達成しているだけでなく、男女間の視線の交換とそれに伴う感情の交流という古典ハリウッド的な切り返し編集を一切封印することで、二人の恋愛の不可能性を暗示する。 実際に、小野恵令奈と高岡蒼甫の「擬似恋愛」は幾度も偽の切り返しによって表現される一方、高岡・田畑の対話からは意識的に徹底排除されている。 監視カメラ映像を通して交わされた偽のそれと、ラストの美しいそれ以外は。 同時に、頻出する携帯電話での対話も常に一方の発話者側だけを捉え、関係の一方向性と非対称性を強調しているのも確信的に施された演出だ。 ラストのクロースアップによる男女の切り返しに至り始めて双方向的な結びつきが成立し、見つめること(視覚)と受け容れること(心理)の一致という原サイレント的美しさを見せ付ける。 [DVD(邦画)] 8点(2011-07-29 21:59:49)《改行有》

38.  ザ・ファイター マーク・ウォルバーグがみせる、ブランク時とリングシーンの体格調整アプローチは『レイジング・ブル』のデ・ニーロを意識したか。 クリスチャン・ベールの演技も、擬斗シーンの打撃の効果音も過剰気味で今ひとつ面白くないが、母親(メリッサ・レオ)が父親(ジャック・マクギー)に投げつけるフライパンや、左拳を折る警棒のほうは痛々しくていい。 役者に対して主舞台となるホームタウンの印象も薄いが、それぞれ二階建ての家の造りなどは独特で面白い。この映画では玄関先がドラマの場だ。 マーク・ウォルバーグが再起を決意し歩き出す朝の玄関先、クリスチャン・ベールがエイミー・アダムスらを背に歩み去る玄関先の道。その無言のシーンが、饒舌な映画の中では活きている。 ミット打ちのリズミカルなコンビネーション、パンチングバッグの連打音、そして玄関先での呼び鈴の応酬なども、挿入曲と併せて音楽的でいいけれど。[映画館(字幕)] 6点(2011-04-25 12:10:35)《改行有》

39.  サーカス五人組 PCLに移籍してのトーキー第三作。成瀬作品には風物詩的に度々登場するチンドン屋(ジンタ)五人組が主役となる。 序盤中盤の楽隊行列やクライマックスのサーカス興業と、演奏も盛り沢山。 加えてアブラゼミ・ヒグラシ・鈴虫の音色など、夏の風情を醸す音も豊かに取り入れられていて、ロケーションの魅力と共に味わい深い。 そして素晴らしいのは、堤真佐子と梅園龍子が語り合う岸辺のシークエンス、同じく堤真佐子と大川平八郎が語りあう海辺のシーン。 それぞれ僅か数分にすぎない一対一の対話シーンなのだが、振り向く・腰を下ろす・横に並ぶ・顔を逸らすといった繊細なアクションが多彩な角度と位置から組み立てられ、的確かつ入念なカッティングで連繋されている。 梅園龍子が水辺に静かに腰を下ろす所作の美しさ。寄り添う姉妹の画面手前で静かに揺れている青草の情感。いずれも絶品のショットだ。 ラストの海岸沿いの一本道。見送り、見送られる二人の切ない切返しも陽光の明るさが二人を救っている。 [CS・衛星(邦画)] 8点(2011-04-03 19:02:47)《改行有》

40.  ザ・タウン まず賞賛すべきは路地カーチェイス、ガンアクションの見事さ。 適度にカットを割りながらも、右左折は丁寧に編集で繋がれ、空撮やロングの適切な挿入にもよって、経路と位置状況が明瞭に提示出来ている。稀有といって良い。 銃撃戦において、壁面への弾着と人物を出来る限り同一ショット内に捉える迫真性の演出も徹底されている。 いずれも、舞台となる「街」をアクションの中に描きこもうとする意思からくる。 アクションシーンに限らず、菜園・墓地・尖塔・スケートリンク・銀行前の路地・コインランドリーと、生活感のあるロケーションがドラマパートにも効果的に活かされている。その中で、水辺を歩くレベッカ・ホールの後姿のショットが幻想性を帯び印象深い。 あるいはオープンカフェのシーン等のサスペンス演出。席を外したR・ホールが戻ってくる際の、三者の表情を捉えるさりげないショット繋ぎの妙が緊迫感を煽る。 ベン・アフレックと、ピート・ポスルスウェイトの至近距離の銃撃戦。その突発性もいい。 [映画館(字幕)] 7点(2011-02-13 22:34:07)《改行有》

010.11%
150.53%
2202.14%
3384.06%
4717.59%
510311.00%
610811.54%
721522.97%
821823.29%
911412.18%
10434.59%

全部

Copyright(C) 1997-2024 JTNEWS