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コメント数 3870
性別 男性
年齢 53歳

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61.  荒野の七人 『七人の侍』とどっちの方がいい映画かって? そんなん知るかいボケ。両方好きなんじゃいボケ。いや取り乱してスミマセン。そりゃまあ、ワタシもかつては「チャンバラ映画のリメイクなんだってさ~」と警戒して、この映画を観るのを避けてた頃もありましたけど。後に本作を初めて観たときにも、ヘンに『七人の侍』の設定を引きずってるよなあ、とか、その割に変えてほしくなかったところはアレコレと変わっちゃってるよなあ、とか、色々ボヤいてた時期もありましたが。でも、そんなこと、もういいんです。やっぱり、どちらも、とにかく面白いのです。同じ元ネタで、一方は堂々たる時代劇、一方は堂々たる西部劇として、別の世界が構築され切っているという、不思議と言えば不思議、当たり前と言えば当たり前な、映画というものの持つ可能性に、感動してしまう。敢えて両者の比較を一言だけ言わせてもらうならば、『侍』に欠けていて『荒野』が持っているものと言えば、“悪役が持つ魅力”というヤツでしょうか。でも、そういう違いって、生まれるべくして生まれたもの、ですよね。映画は生き物なのだから。こうやって、映画の歴史全体が、まるでひとつの長大な音楽作品のように、ときに変奏を奏でたり、ときに突然の転調を引き起こしながら、流れていくのだなあ、と。[CS・衛星(字幕)] 10点(2009-06-06 11:17:10)

62.  スケアクロウ 「成功した映画」かどうかはともかく、ワタシにとっては「好きな映画」であるという、ただその一点。物語だけを取り出してみれば、実は結構、作り物めいたクサイお話なんだけども、2人のクセモノ俳優による自由で気ままな(に見える)やりとりが、違和感を感じさせず、これぞまさに映画の勝利、だと思う。映画冒頭にて、まるでどこか地の底から湧いてきたように登場する、どこの馬の骨とも知れぬ2人の風来坊、最後まで馬の骨に過ぎない2人であるけれども、映画を通じて、我々も彼らにある種の友情を感じずにはいられない。この映画の主人公2人とは、人生の主役(ハックマン)と人生の脇役(パチーノ)であって、この物語は結局、「脇役が最後に主役にさせられてしまった瞬間の悲劇」を描いたものだと思っている。それにしても何と暖かく描かれた悲劇であることか。[CS・衛星(字幕)] 10点(2009-05-16 12:00:36)(良:1票)

63.  グラン・トリノ 観終わって周り見たら、泣いてるオバちゃんがいてさぁ。ついもらい泣きしそうになったよ(←「自分も感動した」と素直に言いなさいっての)。クルマ音痴のワタシ、グラン・トリノと言われてもピンと来ず、グラン浜田なら知ってるんだけどなあ、と余計なコトをつぶやきつつも、さて映画を見ながら、ああ、映画界で成功をおさめたイーストウッド、ハリウッド最後の良心と言われるイーストウッドにも、あれこれと屈託があるんだなあ、と。そりゃまあ、成功した分、多くの人を傷つけたりもしただろうし、睨まれもしたかも知れない。周りの気づかないところで、ひっそりと忸怩たる想いも、持っていることだろう(一方で世の中には、「俺の人生、順風満帆だったななー」とばかり「なぜ私はこんなに成功したか」とかいうビジネス本を臆面も無く書く人がいて、ようやるわ、と思うのだけど。まあ、“ビジネス本”ってモノがすでにひとつのビジネスですからね~あまり目くじら立てるのも)。今回の映画でイーストウッドは、自らを頑固ジジイとして描き、露悪的な差別言動すらも辞さない。その一方、自らを、あえて穏やかな日差しの下に置き、木々のざわめきの中に置く。そして異民族の中に単身、身を置いてみせる。心に影を抱いたまま。主人公が、“先輩移民”として、東洋系の少年にハチャメチャな指導をする姿、国産車を愛する姿には、イーストウッドの愛国心が感じられるのだけど(庭の星条旗までも、彼の心象をそのまま表すようにはためいてみせたり)、そこにはあるのはもはや、何が正しいか何が間違っているか、などという単純な図式ではない。決して拭い去ることのできない過去、自分が一番罪の重さをひしひしと感じている過去。それを背負いながら、そこから逃げ隠れせず、押しつぶされることもなく、精一杯胸を張ってみせる、主人公の、いやイーストウッドの姿こそが、そこにある。とことん前向きなる贖罪の映画、それがこの『グラン・トリノ』ではないだろうか。・・・ところで、ここには確かにイーストウッドの過去が込められているのだけど、ふとある瞬間、この主人公ウォルトに、あるヒーローの姿が重なる。それは・・・ああ、寅さんだ(笑)。少年タオはさしずめノボルだねこりゃ。 歌はイーストウッドより渥美清の方が上手いと思った。ふふふ。[映画館(字幕)] 10点(2009-05-01 21:10:48)(笑:1票) (良:2票)

64.  マッドマックス2 カーチェイス映画史上に燦然と輝く金字塔、まさに空前絶後のスーパーハイパーウルトラパワフル超絶バイオレンス映画の決定版(いやまだまだ誉め足りないぞ)。こんなスゴイ映画を作っちまうなんで、ホントつくづくバカだな~と思います。私が今こんなにバカなのも、若き多感な時期にこういう映画の爪の垢を煎じて飲んでしまったからに違いない。この映画、これはまさに、“疾走する戦場”そのもの。理屈抜き、一作目も基本的に無視、ひたすら暴れろ、走れ、ぶっ壊せ。これを超える映画は観たこと無い、観たくも無い、ははははは。しかしただ乱暴なだけの映画じゃない。登場人物のユニークさ。何といってもジャイロ・キャプテンのキャラが秀逸、マックスとの間の、これほどまでに歪みきった関係(笑)を、見事に描ききってます。もちろん彼の乗ったオートジャイロの存在が、映画後半の、ひたすら地を駆ける一大バトルに俯瞰の視野を与え、立体感を出していることも見逃せません。さらに彼に引けを取らぬ秀逸キャラが、敵の首領、ヒューマン・ガス様。ま、派手に死ぬ以外にコレと言って何もしないのですが、ファッションセンスが何とも素敵(何しろハダカにホッケーマスクですから)。ギクシャクした手振りの演説も見逃せない。さらにはその参謀格(?)の、安岡力也ソックリのモヒカン男。ホタテを舐めるなよ、とばかりに大暴れ。何から何までこんな感じで、何とも知れぬ(ややブラックな)ユーモア感覚があって、アクションシーンのエゲツ無さの毒消しをしてくれています。そんな妖怪どもに囲まれる中でメル・ギブソンだけが、まるで笑いをこらえているかのようにことさら仏頂面で、マックス役を実にカッチョよく演じていますねえ。エライっ。とまあ、バカさ加減が突き抜けるところまで突き抜けて、ついに彼岸にまで達してしまったような映画ですが、そう見えて実は意外なオチがあったり、ラストは何とも物悲しかったり(毎回、観てて切なくなるのです)、とにかく、サイコーの映画の一本だと思っとるわけです。[CS・衛星(字幕)] 10点(2009-03-14 23:26:33)(良:4票)

65.  大脱走 《ネタバレ》 小学生の頃、とある友人と「好きな映画」について話していた時に、彼が挙げていたのがこの映画。ストーリーをアツく語ってくれていたのだが、なにせ小学生の話なのでさっぱり要領を得ず、彼の話で唯一理解できたのは、バイクで逃げた奴が柵にひっかかったことぐらい(笑)。ちなみに私はその時、『カサンドラ・クロス』について語ったような気がするが、彼も殆ど理解できなかっただろうね、いひひ。でまあ、後日、ゴールデン洋画劇場か何かで初めて観たわけですが。うーむ、ヤツに一本とられたぜ、というのがその時に感想。それまでは「先が読めない」「意外な展開」みたいな映画こそが面白いと思っていたのに、ハテ、この『大脱走』の面白さたるや。ひたすらこの“脱走”というただ一点に映画は焦点を絞り、着々とその準備作業が描かれ続ける。そのドキドキ感、ワクワク感もさることながら、その過程で捕虜たちの個性がしっかり描かれ、いざ脱走!となるや、どこまでも物語が広がっていく爽快感につながっていきます。当時としては、友人にオモシロさを教わったってのもシャクなもんで、そのことについてはその後あまり触れないようにしてましたが、結局は順調にワタシのお気に入りの一本になったわけです。何度も観たくなるのは、やっぱりこの映画の明るさ、楽しさのせいでしょうかね。収容所の描写も、何だか、ドイツ軍側が先生で、捕虜が田舎の不良学生みたいな、おおらかな雰囲気。ただ「逃げる」という、ゲーム性。収容所、トンネルの描写ばかりの前半から、後半は、汽車、ボート、飛行機、自転車、バイク、何でもありの大逃走劇。最後は悲劇が待っているとは言え、やっぱり飄々としたマックィーンの姿にニヤリとさせられてしまうと、何ともいえぬ充実感が感じられます。ところでそういえば、あの友人、その後どうしているだろうか。やや現実から“逃避する”傾向があったけどナ。[CS・衛星(字幕)] 10点(2009-01-11 18:40:17)(笑:3票) (良:2票)

66.  父、帰る 《ネタバレ》 鮮烈な印象を残す映画であった。とにかく空が、雲が、美しいんだ。ロシアのどっかの片田舎でひっそりと語られる物語、それをよそに、素知らぬ顔で空は美しく広がる。と思えば、時には物語にリンクするような涙雨も(そのためには、映画製作者はどんな突然の気象変化も厭わぬのだ、はっはっは)。その空の下で繰り広げられる、「互いに面識の無い」父と息子たちの物語。息子たちにとって、「父」は理解できぬ存在。社会生活の要領をある程度つかんでいる兄は、「父」というものにどう接するべきかを「知識として」知っており、それなりに対応できるのだけど、不器用な弟(=母が迎えに来るまで飛び込み台から降りられない)にはそれができない。この弟の態度は、本来、至極もっともなものである。血のつながりのある親子でありながら(しかも父にはおそらく何かやむにやまれぬ事情があって家を離れていたのであろうが)やっぱりもっともな態度、なのである。3人の間に高まる緊張の末、ついに悲劇が起こる。会ったばかりの父、心の通わない父、実はかけがえのない父の、あまりにもあっけない死。その父が、手の届かないところに流されていく時、初めて弟の口から、「パパ」という呼び声が発せられる皮肉。この父という人は、いわば、今の世の中でだんだん希薄になりつつある“家族の絆”というもののために殉死する、現代の殉教者であった(思えば、初めて登場する父がベッドに横たわる姿は、イエス・キリストのイメージではなかったか)。[CS・衛星(字幕)] 10点(2008-12-23 17:24:36)(良:3票)

67.  プライベート・ライアン うかうかしてる間に劇場に行きそびれて大後悔していたところ、とある機会にとある場所で、プロジェクタで大々的に映写して鑑賞することができたので、まあ良しとするかな、と(詳細はイエナイ)。クライマックスの、あの戦車がのしかかってくるかのようシーン、「コワいスピルバーグが帰ってきた!」と、うれしくてしょうがなかったです(『ジョーズ』で見せたコケオドシ。金属が軋む不気味な音は、まさに『激突!』だ!)。冒頭のノルマンディー上陸は、通常の演出では『地上最大の作戦』を越えられない、とばかり、戦争映画ならぬ“戦場”映画の様相。雨アラレと飛び交う弾丸・砲弾の恐怖。兵士が無力に撃ち倒され肉塊と化す光景のみならず、その横で、持ち主を失い地面に横たわる銃が、敵の銃弾で跳ね上がり不気味なダンスを踊る、その光景によってこそ、戦場の恐怖が感じさせられます。さて物語はと言いますと、『シンドラーのリスト』が、「大勢の命を金銭で買い取って救う話」だったのに対し、こちらはその対極とでもいうべき、「たった一人の兵卒を、何人もが命がけで救おうとする」お話。テーマ自体はとても我々が共感することのできない、理不尽なもの。もともと戦争は矛盾に満ちたものなのだから。同時期の『シン・レッド・ライン』があまり馴染みのない俳優(ごめん)を中心に据えた、その賢明さに対して、こちらの作品は、馴染み深いあのジャガイモ顔を中心に据えてしまったため、フィクション臭さがどうしても強くなってしまうのだけど、その分、登場人物たちのキャラを際立たせた、ヒーロー色の強い娯楽映画にもなっています。その一方では、戦争の矛盾、納得できない使命への苦悩、割り切り。これぞ、『七人の侍』と『乱』を足して、ハリウッド資本をたっぷりまぶした、まさに成金クロサワ映画。こういうのを観たかった(笑)。冒頭の戦闘シーンは、これ以上ありえないほどの激しさだったけど、クライマックスはそれを凌ぐほどの歩兵戦。その前の静かで和やかな光景が印象的(やや冗長な程、たっぷり時間をとっているのが『激突!』のレストハウスのシーンを思い出させる)。そしてついに、最初に述べた、あの壮絶な戦闘へ。観るたびに「あーえらいもん観ちゃった。でもまた観たい」と思わせる、スゴい映画です。[ビデオ(字幕)] 10点(2008-11-24 08:55:32)

68.   政治色の強い題材ながら、緊迫感あふれるサスペンスに仕上がっており、フラッシュバックを交えた演出と、後半の追及劇のスリル、まさに第一級のミステリ映画とも言えます。多彩な登場人物のそれぞれが、個性豊かに描かれているのも見逃せません。議員「Z」と、彼を囲む面々、真実を追い求めつつもどこかチャラチャラした記者、告発オヤジ、敵か味方かつかみどころがなくハラハラさせられる予審判事。一方のいわゆる“悪役”側の面々もまた各々が個性的で、これほど多くの登場人物を印象的に、巧みに描き分けた、人物造形のうまさが、娯楽映画としても成功しているポイントですね。前半の政治劇から後半の追及劇、そして最後にその輪が閉じたときに感じるのは、ファシズムへの怒り……ではなくて、“政治”というものの不気味さ、異様さ。Zは確かに生きている、いや亡霊となり姿かたちを変えながら、未来永劫我々を苦しめ続ける。[CS・衛星(字幕)] 10点(2008-11-24 08:10:49)

69.  シンドラーのリスト スピルバーグの第2のデビュー作とでも呼びたくなる、渾身の力作。本当に撮りたい映画を、本当に撮りたいように撮る(あるいは「撮らなければならないように」撮る)。熟練の映画人が集まり、新人のごとき意気込みで撮る。そんな時に、こんな映画が生まれるのでしょう。主人公は、一見何ということもない商売人、オスカー・シンドラー。しかしこの映画には、真の主人公が別にいて、それは数多くのユダヤ人たち。いや、そのユダヤ人の“数”というものこそが、本当の主人公のように、我々を圧倒します。その2つの“主人公”の交差が、この映画のドラマであります。この映画には、山と積まれたナベ、略奪された品、散らばる鞄など、数を象徴するものが色々登場します。顔写真の山。そして、連行される生身の人間たち。死体。これに対し、後半、シンドラーが救おうとするユダヤ人もまた、1100人いう数字で表現される。そしてその上での「あと10人、いやあと1人が救えなかった」という重い事実が、シンドラーに、映画全体にのしかかります。この映画、モノクロ作品ですが、パートカラーの効果がまさに圧倒的。高みから町を見下ろすシンドラーの視線の、その遠い先に、赤い服の少女が映された瞬間、その生々しさに、鳥肌が立ち、涙が出ました。このパートカラーの意味は映画後半で明らかになるのですが、それを抜きにして、印象に強く残るシーンでした。[CS・衛星(字幕)] 10点(2008-08-23 14:42:46)(良:3票)

70.  ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ 《ネタバレ》 長すぎた製作準備期間の末、通常では実現し得ないところまで膨張しきった妄想が、なぜか見事に実現してしまった、まさに異形の大作。時代の移り変わりの中、姿かたちを変えながら何度も現れる、同じ人物、同じ部屋、同じ街。それを描く、ありとあらゆるシーンひとつひとつが、“ドラマ”をはらみ、我々に訴えかけてくる。そう言う意味では、表面的で判りやすい要素が多いのかもしれないけど、やはり面白くてカッチョよいのだ。ここでの“ドラマ”とは、ある意味では“トリック”でもある。ラストにおけるマックスとの再会は、ストーリー上の大きなトリックであるけれど、これ以外にも細かいトリックがある。例えば、悪ガキどもの放火シーン。最初は、新聞に小便をかけていると、我々に思わせ、ああ、悪いヤツらだな、と思わせる。次のシーンで、小便ではない別の液体であることが判る。次に「タバコ→火」ときて、げげっ本当にトンデモない奴らだ、ってなことになる、この衝撃性。あるいは、晩年のヌードルスとデボラの再会シーンも面白い。女優のデボラは舞台化粧で真っ白けの顔、年齢不詳で若い頃と変わらない。初老のヌードルスと若いデボラが出遭う、不思議な瞬間。会話の中でデボラが化粧を落としていくと、年齢がその顔に現れ、時間軸は急速に合致する。このような小さなドラマが再現なく現れては消える4時間(完全版)。ラストのヌードルスの笑みは、解釈は色々あるのかもしれないけど、私には、セルジオ・レオーネ自身の満足の笑みのように思えて仕方ない・・・・・・。[CS・衛星(字幕)] 10点(2008-03-23 14:55:04)(良:1票)

71.  恐怖の報酬(1953) スピードとかクラッシュとかを売りにするカーアクション映画はよくありますが、本作のスリルは、どちらかというと、「坂道発進」「縦列駐車」等といった、あの、教習所でのスリルに近いものがありますね、ああ、ドキドキ(←ペーパードライバーのつぶやき)。ニトログリセリンを積んだトラックが、そろりそろりと進む、ただそれだけなんだけど・・・観ればわかる、やっぱり「ただそれだけ」なんてもんじゃない、このサスペンス。圧迫感のある映像、見せ方のうまさ、ってのもありますが、やはり、出発に到るまでの1時間で描かれるドラマと、出発後の人間模様との対比が、実によく効いております。たった4人の行程が、重厚な人間ドラマにもなっちまうのです(映画後半の物語だけを見れば、結構ベタな話かもしれんなあ、と、後で思い返せばそんな気もするけど、観てる間は決してそう感じさせない、この上手さ。実に絶妙)。[CS・衛星(字幕)] 10点(2008-03-01 07:41:15)

72.  トゥモロー・ワールド これほどの充実感も久しぶりのもの。感動というより感激です。とにかく長廻しの緊迫感、臨場感が、絶大な効果をあげてます。あるいは、「部屋の中」と「窓の外」のふたつが画面に展開するおもしろさ。そして何と言ってもクライマックスの、戦場での兵士の中のアカンボ、というシーンは、まさに、現代における(または未来における)、一種の“宗教画”とでも言いたくなるもの。観てよかった。[DVD(字幕)] 10点(2007-12-03 00:40:36)

73.  灰とダイヤモンド この作品が何故これほど、ツラく哀しいのか、それは、歴史に使い捨てされる、消耗品としての人間、その最後の静かな、しかし精一杯の生のアガキがここにあるから。戦時下で死んでいった者がいれば、死にそびれた者もいる。一方では彼らをヨソに、新しい世界が始まりつつある。「死にそびれた」主人公は、若くしてすでに年老いているようにも見える。虚しい殺人。死体を見下ろす花火。せめてあのように華やかに散ることができればよいのだが・・・。ひとつの時代の終焉を描き、時に見せる、すべてを透視するような冷徹なカメラの視線が、なんともコワイ。そう、これはコワイ映画だ。[CS・衛星(字幕)] 10点(2007-11-22 07:34:51)

74.  アラビアのロレンス 完全版 そういうわけで(どういうわけ?)、やっぱり、結局、何だかんだ言っても、とどのつまり、この映画、なんですねえ。わたしゃ実話の映画化ってのにどうもヨワイんだけれども、ロレンスが実在の人物とかいうことより、あの砂漠が実在の光景、ってことの方がはるかに重要。壮大、広大、圧倒の世界。こうなりゃ当然、そこに騎馬隊、騎ラクダ隊(?)でも疾走させて、膨大なるマスゲームでも展開させたくなるのが、スペクタクル映画。しかし砂漠はビクともせず、すべてを飲み込む。アラビアの独立のため、なんぞという「個人の」野望なんぞ、当然ひと呑みにされるわけで。この砂漠という、すべてが取り払われた世界では、建前なんぞ通用しない。ロレンスは挫折する。アンソニー・クイン演じるアウダというキャラクターがユニークで、一見、単なる俗物のようでいながら、最も冷静に世界を眺めている。彼の存在の前で、理解と対立を繰り返す、ロレンスとアリ。映画史上屈指の名コンビの苦悩をさらに冷静に見つめるのは、砂漠そのものに他ならない。そして、<完全版>なるこの映画そのものもひたすら長く、すべてを包み込み、最後には、挫折したっていいじゃないか、という気分にさせてくれる。こういう長さもまた、いいもんだ。[CS・衛星(字幕)] 10点(2007-10-14 11:06:45)

75.  雨月物語 海外で賞を取ったからと言って、その映画がとりわけ優れているとは限らない。海外で受け入れられたということは、単なる普遍性の表れに過ぎないのかもしれないのだから。作品の作り手が、ほんとうに自己の内なる声に忠実に、自分が信じ目指したその究極の到達点と、国際的な評価とが、一致するとは限らないから・・・・・・。例えばこの映画。あまりにも日本人にお馴染みの怪談世界(なんつーかその、子供時代に本やらテレビ番組の怪談モノでビビリまくってきた、一種のトラウマですね)、我々にとってはツーカーの世界であるがゆえに、「例えばその、説明ゼリフみたいなのは、もうちっと切り詰められるんでねいのかい」とか思える場面もあったりするわけで(このヘンが、怪談に触れても一人でトイレに行ける、大人の貫禄ですな。笑)。しかしこういうコトを気にしだすともうキリがない。“普遍性”なのか“冗長”なのか?いやそもそも、「曖昧さ」に対する、単なる個人的な嗜好の問題なのか?日本的なものが西洋で受け入れられることの無気味さ、一種の西洋コンプレックスに過ぎないのか?こんな昔に、こんな映画が西洋で賞賛されたことをどう受け止めていいのか判らず、私は右往左往するしかない。ただ、少なくとも、ある種の普遍性が確かにこの映画にはある(文化を超えると共に時代も超えている。幻惑される主人公を現代の「IT長者」置き換えても良い。なんちゃって)。その最小公倍数的?最大公約数的?な要素が、心地よさでもあり、同時にその反動としての後ろめたさでもあったりする・・・・・・。ひとまずよそう。とにかくこの映像だ。濃密であると同時に、何か、天からの解剖学的な視点ともいうべきものが感じられ、人間のあさましさを浮き彫りにする。実に実に充実した鑑賞時間を(イヤでも)過ごさせてもらえる映画だ。[CS・衛星(邦画)] 10点(2007-08-17 17:47:01)

76.  ガルシアの首 『ガルシアの首』と言うと、なーんとなく『ブラック・レイン』を思い起こしたり思い起こさなかったりする訳ですが(笑)。その一方で、この映画、カミュの『異邦人』を思い出させたりもするのです。この映画の主人公ベニーの行動は、確かに『異邦人』のムルソーのそれよりも、明確な「動機付け」がなされています。つまり、「金銭」であったり、「愛」であったり、「復讐心」であったり。その点では両者は異なる存在であり、「映画らしい処理」が施されていると言えます。しかし、本作のベニーもまた、この世界の秩序や制度から外れた「異邦人」には違いないわけで、実際、映画は「彼がどのような由来の人間か」という彼の「属性」については何も語りません。また、彼の行動は決して計画的とも言えず、ただ、一連の事件の流れのなかで、刹那的に、彼は漂いつづけるのみ。「ガルシアの首」を手に入れるまでの前半、「首」を手に入れてからの後半、という「折り返し」の映画構成、その終着点には激烈なカタストロフ。それは、燃え尽きる瞬間の生の輝きであり、「生きる」ということについての、逆説的で象徴的な提示であります。なぜ、この映画のストーリーはこのような顛末を辿らねばならなかったのか?と言えば、それが単に「異邦人」としての生の燃焼のひとつであったから、であり、そこには本質的な意味は無いわけで、例えば「太陽のせいだ」とでも答えるしかないのかもしれない・・・。[DVD(字幕)] 10点(2006-02-27 22:22:51)(良:1票)

77.  運命を分けたザイル 本人の回想に載せて綴られる壮絶な生還記。本人が語っているんだから、生還することはわかっているんだけど、それでも映画に釘付けになってしまう、怖い、怖い、とにかく怖い! 壮絶な雪山の映像と、淡々とした語りのギャップが、強烈なリアリティを発しています。いや、雪山は壮絶なだけじゃない、時に見せる美しい表情、美しいがどこまでも「非人間的な」その表情。彼らが山頂に達したとき、背景に流れる音楽は、トーマス・タリスの「スペム・イン・アリウム」、40声部からなるこのモテットの響きもまた、聴く者を威圧する不気味なものとして、この場面に暗示的に使われているように思います。そして不安に包まれるうちに辿る下山の途、ついに、まるで定められた運命であったかのごとく、恐るべき地獄へとはまりこんでいく・・・。この映画に出てくる人たち、決してスーパーヒーローなんかじゃない。無力な生身の人間が極限状態の中、絶望の中で、ただ「生き抜こう」とする姿。あ~あ、わたしゃこういうのにホント弱いのよ。とにかく、胸が熱くなりました。というわけで、まさにこれは、映画でなければ表現できない、迫真の映像体験であります。・・・・・・・それにしてもつくづく思います、人間って、やっぱり、すごいんだねえ、本当は。[DVD(字幕)] 10点(2005-12-31 18:22:46)(良:1票)

78.  ミリオンダラー・ベイビー ・・・この映画を観て以来、レビューが書けなくなっちゃったのよ。仕方ないのとりあえず代わりにイーストウッドの別の作品に書き込みしたけど、う~ん、ダメだ。と言うわけでワタシしばらく沈黙しておりました。とにかくタマラン映画でした。この状況を打開するため、何か書いてみよう。そうだ、思い切ってケチをつけてみよう。気になったのが、試合のシーン。「強いパンチより効くパンチ」なんてこと言っときながら、やっぱり大味なファイトシーン。ボクシングの試合を見慣れた目には、やはりどうにも嘘臭く見えてしまう、オーバーアクション。あるシーンなど、観ててホントに笑っちゃったよ。いや確かに全体的には、他のどの映画にも負けない熱っぽさのある迫力ではあるのだけど、やはり映画の描写としてはこの辺りが限界なのか・・・(ロッキーよりもよくできてるって?まああれは怪獣映画なので・・)。 とか何とか言いつつ。私の無謀な言いがかりもこの辺が限界か。私の負けは決まってる。妻と映画を観に行けば、帰途は映画についてアレコレ馬鹿話するもんだけど(照れもあるので)、でもこの日ばかりは二人とも無口になってしまいました。映像の陰影とか、喧騒と静寂の交錯とか、映画を冷静に分析できたらカッチョいいなとは思いつつ、今回はいきなり断念、ただ「泣いちゃった」、これに尽きます。あと、弦楽器による控えめな音楽がとても魅力的で、担当は誰だろうとクレジットに注目してたら、なんとこれもイーストウッド? ちょっとショックでした。アンタ、ほんまエライわ。参りました。では、最後にちょっと独り言。≪ちょっとネタバレ≫・ラストシーンの意味、あれは「フランキーがついにレモンパイの店を買い占めたのだ」という説もある(?) ・病院でのマギーの姿に、かつての北斗晶の姿を見た気が。もしこの後彼女がフランキーと結ばれれば、間違いなく「鬼嫁」になったハズ! ・失礼しました。[映画館(字幕)] 10点(2005-07-04 23:14:35)(良:1票)

79.  千と千尋の神隠し 出だしがいいですね。普通なら描かれるハズの背景、主人公の置かれた日常的立場みたいなものはサッパリ描かれず、いきなり非日常へ放り込まれる主人公、そして僕達。これがもしかしたら、実は本作のキズになっているのかもしれないけど、いいじゃないの。どうせ日常にはウンザリしてるんだし、せっかく映画観てるんだから、日常描写なんかすっ飛ばしてとっとと異次元に放り込んでもらうのもまた結構。で、この冒頭。子供の頃って、親の事、無条件に信じて頼りきってる・・・と言いたいところだけど、時々、親の行動が不安になる事が。さすがにそんな事やっちゃマズイんじゃないの、誰かに叱られるんじゃないの・・・まあ大抵は杞憂なんですが、どうにも不安でたまらなくなる瞬間。この映画も、そんな瞬間から始まる。しかも杞憂どころか、エライ展開に。あとはもう、めくるめく、コワ楽しい摩訶不思議な世界をこれでもかと展開してくれて、やめられない、とまらない。面白かった~。どうもでもいいけど、主人公がハクの龍に乗って飛ぶシーン、つい「ぼうや~よいこだねんねしな~」と口ずさんじゃったね(←ほんとにどうでもいいなあ)。 ところで、こういうアニメ作品は、まずは絵の動きの緻密さに目を奪われ、圧倒されちゃうわけですが、その一方でフト、「最近の実写映画が見失いがちなものが、アニメ映画には残っているんじゃないか?」なんて事を思ったりもします。アニメの方が世程、映画の「場」を大事にしているのでは? まあ、カメラを自由に動かせないという、アニメの制約に起因する、単なる結果的なものかも知れませんが、映画の「舞台」をよく捉えており、またアングルの中と外の関係(画面に捉えられていないものを観る側に想像させる)にも神経がよく使われているように感じられます。とりあえず、映画を観た後で、映画の中の舞台・情景を「懐かしい」と感じさせることができれば、それは映画の一つの成功でしょう、その意味で、この映画にも満足を感じることができました。 【2011年10月4日 8点→10点に変更。最近、この作品がいとおしくてたまらない】[地上波(邦画)] 10点(2005-01-08 00:00:05)(良:1票)

80.  誰も知らない(2004) 実際の事件に基づいた映画です。でもあくまで、事件の「外面」をキッカケとし、「内面」を創作によって構築していく「フィクション」であります。特にここでは、実際の事件(としてマスコミが報道したもの)に対し重要な変更が為されています、それは「冷酷な人間が一人も登場しない事」。ここに本作の問いかけがあります。「実際の事件と異なり、冷酷な人間さえいなければ、彼らは救われたのですか?」答えは本作を観ての通り。事実通りの映画なら、観客は「義憤」を安心してぶちまけられる。「世の中ヒドイ奴がいるもんだね、信じられないね、許せないね(まあ我々には直接関係ないけどね)。」これじゃまるで「お昼のワイドショー」。本作は当事者を糾弾するのではなく、社会、そして社会に属する我々一人ひとりを問い詰める。「あなたは彼らを救うために具体的に何ができますか?何もしない傍観者ですか?ではあなた(=社会)も事件に『間接的に』荷担した当事者と言えませんか?」。ここに事件の奥に潜む本質を見抜いた本作の凄みがあると言えるのではないでしょうか。・・・などと言いつつ、実は私は全く別の意味で、観てて本当にたまらない気持ちになりました。むしろ彼らの立場、つまり彼らと同じ「現代を漂流する孤独な存在として」観てしまったのでした。確かに僕は定職につき、少ないながら一応給料をもらってる。でも? 金なんか幾ら貯めたってタカが知れてる。そもそも収入自体、明日にでも体壊したら、どうなる? 僕らもまた何の拠り所もないまま現代を彷徨する、名も無き漂流者だ。僕の事なんて、身近な人間を除けば結局「誰も知らない」んじゃないか。この映画の子供達に感じたのは「共感」、いや、そう呼ぶにはあまりに切実なものでした。リアルに描きこまれた、ひとつの小宇宙。やがては上映時間が終わり、彼らと別れねばならぬ、その事が辛くて、観ながら息苦しい思いにさいなまれました。それは「一期一会」という言葉がぴったりの貴重な時間でもありました。そして帰途、当時神経症気味だった私は、激しい吐き気に襲われたのでした。 <附記>しかし、本作のように、モデルとなった事件と我々の距離が、時間的にも感覚的にも近いケースでは、そこにある種の不快感を感ずる人がいるのも尤もな事なのでしょう。事件当事者も恐らくは存命であり、この映画が彼らを傷つけるのではないか。常に考えていかねばならぬ問題でしょう。10点(2004-11-07 01:00:11)(良:5票)

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