みんなのシネマレビュー |
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881. シックス・センス 最後のオチはどうでもいい、てことはないが一番印象深かったのは最後の最後。コール少年と母親のタクシーの中でのシーン。死人が見えるなんてほんとに怖いこと。一番力になって欲しい人に信じてもらえない孤独からやっと開放されたとき、少年と母親にもらい泣きをしてしまいました。いっしょに見に行った妻は、あのオチでB・ウィルスの奥さんが実は一途に想っていたというのが解かって泣いたそうです。7点(2003-04-30 18:46:58) 882. コンタクト ゼメキス=ハリウッド的大衆娯楽映画監督、と見ていたので、さほど期待もせず見たのですが、娯楽は娯楽でも中身の濃さに驚きました。面白かった。特に電波(暗号)が解析されていくところが、オォ!と関心してしまいました。電波をキャッチしたところから、なかなか本人の思うように事が進まなかったり、いろいろな団体が絡んで来たり、というのもリアリティがあって良かった。7点(2003-04-28 16:21:39) 883. アンタッチャブル 実際はネス自身も賄ろをもらい汚職にまみれていたと聞きます。この映画ではネス率いるアンタッチャブルを完全な善玉として描いているところに単調さを感じますが、娯楽に重きを置いた作品なのでしょうがないか。とは言え、モリコーネのかっこいい音楽で始まり、デニーロの貫禄の演技、有名な階段シーンでのガルシアのかっこ良さ、そしてドラマティックでわかりやすいストーリー、十分楽しめました。7点(2003-04-25 12:45:28) 884. 12モンキーズ 集中して見ていないとわけがわからんようになる映画って好きです。その答えが出たときの満足感がより増すから。なかなかの作品だと思います。それから、みなさんのReviewにもあるようにブラッド・ピットのキレ具合は最高!必見です。7点(2003-04-24 18:05:31) 885. ユージュアル・サスペクツ 犯罪ものが特に好きなので全編食い入るように見ましたが、そうでない方はダラダラ感を感じて途中で寝てしまうかも。でも最後まで我慢して見てください。このダラダラ感がすべてラストへの伏線なんです。「やられた」と、つい口走ってしまったラストへの。みんなでやられちゃいましょう。7点(2003-04-16 18:16:55) 886. 悪の教典 《ネタバレ》 これの文庫本のあとがきを三池監督が書いてるんだけど、そこでハスミンのさらなる活躍を見たいと続編を要望している。で、この映画の最後に「to be continued」って。これも貴志祐介へのメッセージなんだろうな。おもろいなあ。さて、映画。最初、ハスミンを伊藤英明ってどうよ、と思ってたんだけど納得。傍目には良い先生であることのエピソードをいちいち描かなくてもこれまで善良な役しか演ってないというこちらの固定概念も含めて「顔」ひとつで表現しちゃってる。エクセレント!原作から何人かの登場人物、いくつかのエピソードをバッサリ切り捨てているのも潔い。要は生徒を殺しまくるクライマックスさえ見せればよい、そこにいくまでの最低限の辻褄さえ合えばよい、そんな感じ。ニューヨーク時代を夢で回想するシーンが全く要らないのだけど、ここは既に売られている「悪の教典 序章」DVDへと誘うために必要なシーンなのでしょう。ある程度商売に徹した作品なのは三池のわりにはえぐくない殺しのシーンを見ても解かる。それでも残酷なシーンになればなるほど活き活きとしているのは三池ならでは。もう端折って端折って実に小気味良い。何故皆殺しなのか。原作では心の声が説明するのだが映画では生徒が尋ねても何も語らずただ淡々と殺しまくる。そしてそのときのハスミンはどこかセクシー。三池のハスミンへの偏愛を感じた。[映画館(邦画)] 6点(2012-11-12 14:28:14)(良:1票) 887. 激動の昭和史 沖縄決戦 死にまくりすぎて感覚が麻痺してしまう。実際、それほどに死にまくったんだからしょうがないのだけど。うーん、なんだろう、痛快なまでの悲惨のオンパレードで、一つ一つが強烈な上に見せ方が派手なのでどこか作り話っぽく見えてしまうのだと思う。喜八節とも言えるアップテンポな展開にも一因がある。沖縄の民間人たちが殺される様を娯楽テイストで鑑賞することに対する拒否反応と言ったら言いすぎか、どこかこのいけいけどんどんに乗り切れない。しかし怒りはじゅうぶん伝わった。[映画館(邦画)] 6点(2011-12-22 16:17:54) 888. 緋牡丹博徒 二代目襲名 この4作目までは作品ごとに監督が違うのでそれぞれの演出スタイルの違いを見るのも楽しみの一つなんだけど、この「二代目襲名」は演出スタイルの差が一番激しく表れている作品だと思います。様式美を生み出すセットではなく屋外ロケを多用しているのが一番大きく、そのせいもあって「緋牡丹のお竜」というキャラクターがいっそう現実味を帯びています。お話自体も他作品と異にするところがある。常に旅人であったのに対し今回は地元が舞台だから。いつもよその揉め事におしとやかに首を突っ込むお竜さんが今回は自分自身が揉め事の真ん中にいる。いつも自分の身のためにならんことに仁義を尽くしてまわりから惚れられるお竜さんが今回は親分としてその責務を全うする姿をもって惚れられる。より「お竜」が生々しくなる。それでもどんな演出の元でも「緋牡丹のお竜」というキャラクターに動じることのない確固たるものがあるのは富士純子その人によるところが大きいのかもしれない。口上だけでなくちゃんと「矢野組二代目」としてのお竜さんがいるこの作品はシリーズになくてはならない作品だと思う。[映画館(邦画)] 6点(2011-12-16 14:19:59) 889. 張込み(1958) 《ネタバレ》 せっせと主婦をするだけの女を観察するだけの前半が意外に退屈でないのは若い刑事の自らの結婚に関する思索が常にリンクしているからだろう。そしてもうひとつ。その女が高峰秀子だからだ。覇気のない女がどこかでごろっと変わるはずだと思わせるのは高峰秀子の力だ。そしてその変貌を見せることを予告する雨という演出に嬉しくなった。『浮雲』を想起させる雨だ。ここから物語は大きく動くのだが、ここからの尾行シーンが冗長。張り込みシーン同様にリアルを演出し小さなドラマを差し込むことで「尾行」そのものをドラマにしてしまう演出が少々くどい。それでも女をさらけ出す高峰秀子、その後現実に引き戻される高峰秀子の姿は美しかった。この手の映画に多いモノローグによる説明が足をひっぱる。[DVD(邦画)] 6点(2011-12-14 13:50:58) 890. 狂い咲きサンダーロード 山田辰夫の声が耳障りで鬱陶しく、山田辰夫の顔がかっこよくなく、山田辰夫の体が弱そうで、どうにもこうにもムリありすぎ、と思いながらもこっちのイメージとか気持ちとか完全無視で突っ走る。小林稔侍のホモ右翼という強烈なキャラ登場で一気にカルト映画へと昇華。山田辰夫はそれでもひたすら突っ走る。突っ走りすぎた先に終盤のぶっ飛んだ展開となる。この展開、最初から用意されてたんだろうか。それとも本当に勢いが勢いを呼んでこうなっちゃったんだろうか。とにかく凄すぎて笑う。どこにもお伺いたてる必要のない卒業制作だからこんなの作れたのかも。[DVD(邦画)] 6点(2011-12-13 15:12:15) 891. 二十四の瞳(1954) 戦争というより貧困が怖い。貧困の元に戦争があるんだけど。貧しさが子供を犠牲にする。それが当たり前の世界。当たり前なんだけど人間としてそれは憂うべきことなのだ。大石先生は純粋に憂う。人として悲しむ。時代とか世相とかに関係なく。ただ泣くことしか出来ない先生は弱者でしかないのかもしれない。しかしその世界を当たり前と割り切るよりもただ泣く方がずっと人間らしい。人々はそれは悲しいことなんだと知るべきなんだ。先生は子供たちに悲しみ泣くという行為が間違っていないことを教えているのだ。いい先生だなあと思う。長いけどさ。台風接近で時化た海沿いを歩くシーンがあるんだけど、そのときの波の高さが尋常でなく高峰秀子にバンバンかかっててちょいと心配した。二十四の瞳映画村は私も行ったことあるんだけど、87年版(田中裕子主演)で使用したオープンセットなんだな。[DVD(邦画)] 6点(2011-12-08 17:00:08)(良:1票) 892. 転校生(1982) 原作「おれがあいつであいつがおれで」の連載は小学生新聞だったかなと思ってたんだけど調べてみたら「小六時代」だった(懐かしい!)。当時、大の読書嫌いだった私がこれを読んでた理由はあきらかだ。女の子の体に興味があったから。全然かわいくない挿絵が想像力を妨害していたことをよく覚えている。さて映画。映画は挿絵どころではない。生身の人間がそのまま目に飛び込んでくるのだから。これでは到底映画はこの原作に勝てない。しかし、お話はどうあれこの映画は「性」への想像力を奮起させるようなものにしていない。商業映画としてのブレーキがかかったというよりも、キャスティングからして狙い通りのさわやか青春ストーリーに仕上がっているのではないか。そのかわり尾道の生活上の風景をしっかりと映すことで脇も含めた登場人物たちのこれまでの生活を想像させてくれている。ということでけして負けてはいない。映画の強みをしっかりと出している。芝居じみた演技が気になる大林演出も男女の入れ替わりによる過剰表現ということで許容範囲。[DVD(邦画)] 6点(2011-12-05 16:14:47) 893. 軽蔑(2011) 高良健吾、男前やなあ。ダメ男なのに皆から愛される男、愛されるからダメになってゆく男がぴったりの男前。これまで女を撮り続けてきた廣木隆一であるが、女はやめて男を撮ったほうがいいと断言する。原作はメロドラマの構図を持ちながらもメロドラマをことごとく否定してゆく展開を見せるが、この映画はちょっとくさすぎるぐらいドラマチックな展開を見せる。喫茶「アルマン」のマダムの成れの果てが一番わかりやすい。アルマンというのは「椿姫」で娼婦が愛する男の名前。マダムはメロドラマの主人公でいたいのだ。しかし現実はそうはいかない、というのが原作であり、「椿姫」以上のドラマを用意するのがこの映画。そのあまりにもクサイ展開の非現実性が「映画」によく合っているような気がした。原作に無いバイオレンス描写もまた安易かもしれないが「映画」向きだと言える。新宮市という古(いにしえ)の町に派手な男女がいることの好ましい違和感とそこで展開される「一昔前」的なクサいドラマがまた相性バッチリ。[映画館(邦画)] 6点(2011-11-29 15:08:22) 894. 赤目四十八瀧心中未遂 見る前から綾を寺島しのぶが演じるってだけでそりゃないぜ!とも思ってたんだけど、映画は原作とはまた違ったオリジナル「赤目四十八瀧心中未遂」であった。堕ちてゆく男が行き着く先として兵庫県尼崎市出屋敷周辺のいかがわしい土地(映画ではそこまで明確じゃなかったかも)を選ぶ。阪神尼から出屋敷一帯のいかがわしさは今でもその名残を残してはいるものの原作の舞台となる時代とは雲泥の差。映画が時代を現代にしたのはロケーションの問題もあったのだと思うがそのせいで原作に漂う「堕ちるところまで堕ちた」感が数倍落ちている。先に原作とは違うオリジナルと書いたがストーリーはほぼ忠実になぞっている。でも作品の印象は全く別モン。描こうとしているものが違うのだろうと思う。原作はひたすら地獄を見せていた。最底辺で生きるという地獄を主人公の男に見せていた。綾はどんなに美しかろうがそこからは抜け出せない。その最底辺の人の一人でしかない。一方映画はこの世の地獄そのものではなくそこで強く生きる女を見せている。男は「闇」を覗いてしまうのではなく「生」を見るのだ。この場合の綾に寺島しのぶはあまりにもピッタリはまっていた。[DVD(邦画)] 6点(2011-11-25 16:01:10) 895. 伊豆の踊子(1963) 実は吉永小百合の映画をあまり見ていないのだけど、これは二度見てます。他の吉永小百合は知りませんがこの吉永小百合は薫です。つまり子供です。体はすでに女になろうとしているのに中身が全くの子供。異性を意識してこわばった表情を見せたかと思うと故郷の話に満面の笑みを見せる。五目並べの際の目の輝きはまさに子供。このお話は薫の純真無垢さが際立てば際立つほどに残酷性を帯びてゆくのだが、そういう意味では吉永小百合の薫はなかなかいいじゃないかと思ってます。この純真が汚されてゆく運命にあることを暗示する様々なシーン(書生の夢、酔客の態度、娼婦の病死、ヤクザもんの目利き、、、)が若干表に出すぎのような気もするが、吉永小百合の持つ清純のイメージとの吊りあいを考えればこれぐらいしないと負のイメージが湧かないのかもしれません。[DVD(邦画)] 6点(2011-11-16 13:36:16) 896. 十三人の刺客(2010) 47年前の工藤版は壮絶でありながらけして痛快ではなかったのだが、この三池版は素直に痛快だ。そして集団時代劇の中で大スターが大スターらしくいることの違和感、リアリズムに徹したストーリーに美男美女のロマンスが入ってくる違和感といった映画会社と映画監督の戦いの爪跡のようなものもここにはない。工藤版のいい所を拝借しながら派手に、下品に、つまりは今風に仕上げている。工藤版も悪玉は憎らしいほどの悪玉であり、またその悪玉っぷりこそ工藤映画の真髄でもあったのだが、三池版の悪玉はそこからさらに「(悪の)輝き」を手にする。ただ憎らしいだけではなくスター性を備えているのだ。さらに工藤版に乏しかったユーモアを『七人の侍』の菊千代をパロったであろう新たなるキャラによって補填している。少々悪ふざけが過ぎるようにも見えるが三池監督らしさが出ていて良い。様々な制約を受け入れながら自己を通し抜いた工藤版同様に三池もまたちゃんと自己を通しているのだ。二人の差はその時代の許容範囲の差に過ぎないのかもしれない。[映画館(邦画)] 6点(2011-11-15 15:53:32) 897. 黒い画集 ある遭難 ストーリーの見せ方がシンプルでわかりやすい。石井輝男脚本というのがここに表れているのかもしれない。しかし演者らの企み顔やら苛立ち顔やらが目立つのも石井輝男脚本の弊害か。杉江監督の演出と相性がよろしくないように思う。わざわざ顔にカメラを向けなくても「企み」や「苛立ち」はセリフまわしだけでじゅうぶん伝わるようになってるのに。まあ、そのぶん異常におどろおどろしい雰囲気が出ているけど。せっかくのロケーションがこのおどろおどろしさに負けているのももったいない。[CS・衛星(邦画)] 6点(2011-11-08 15:38:09) 898. ヴァイブレータ 《ネタバレ》 精神が崩壊しようとする寸前でトラック運転手と出合って救われた、といった感じなのでしょうか。妄想もたしかにアリですよね。だとしたら妄想でも救われるというある意味ポジティブな映画とも言えるんだろうけども、どちらにしろそれはラストまで鑑賞して初めて言えることで、それまでは終始ネガティブな雰囲気で、とにかく寺島しのぶの精神と体のバランスが崩れている様の生々しさがきつくって、その根源はいろいろとあるんだろうけど、その中に絶対に「孤独」というのが付いて回ってて、その「孤独」から救ってくれるのが大森南朋のはずなのに、こいつはこいつで「孤独」だってことが追々分かってきて、もうどこまでもきついなぁこの映画、と。でも妙に目が離せないわけで。それはたぶんトラックが走り続けることで景色が変化してゆくように二人も少しずつ変わっているような気にさせられるからかもしれない。移動するということはその先になにかがある。というのは公式みたいなもんだから。[DVD(邦画)] 6点(2011-11-07 15:16:49) 899. 靖国 YASUKUNI 靖国問題は賛成反対といった単純な二分割で語ることが難しい。例えば遺族が合祀しないでほしいと訴えることと当時の首相が参拝することはなんら相反するものではない。この映画は様々な訴えが映されるが、それらは繋がりを持たず、ただ靖国神社のイビツさを浮かび上がらせてゆく。監督の主張がないという批判があるが、主張はある。反対だ賛成だとはたしかに語っていないが「靖国はイビツだ」ってことはじゅうぶん伝わってくる。合間合間に刀匠のインタビューを挟むことで「靖国は特別」な存在であることもふまえつつ、それ以上のイビツさを備える靖国が映し出されている。浄土真宗の僧侶が「靖国は戦争の頃から全く変わっていない」と言う。時代が変わろうと頑なに変わらないからイビツなのか、とも思った。映画の中で一部とんでもなく気持ち悪い連中が登場する。こういう人たちはそのイビツさの象徴的存在であり、またそういう人たちによって靖国のイビツさは増幅されているに違いない。しかしそのイビツさも含めて戦争の遺物であることを戦争フィルムをモンタージュすることで示している。[映画館(邦画)] 6点(2011-11-02 15:10:37) 900. SR サイタマノラッパー 今さらのレビューですが、これを映画館で見た貴重な人のようです、私。昨今、ダサい人に焦点を当てた映画やドラマがよくありますが、ダサくない人がダサい人を演じているというのが見え見えなのばかり。その中にあってこいつらのダサさイタさのリアリティは素晴らしい。段々見ているのがつらくなるほどでした。ワンシーンワンカットの演出が見事に功を奏しているといえる。微妙な空気ってやつが漂ってました。そしてリアルにダサい奴らの中でみひろがリアルに可愛かった。ちょい感動のラストも実はイタい。ダサければダサいほど、イタければイタいほどに感動するようになってる。笑いを誘うシーンまでうっすらとサブイのも狙いか。[映画館(邦画)] 6点(2011-10-31 16:15:22)
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