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1.  ヴェラ・ドレイク
親として何かと不憫だった娘に念願叶い、婚約にまで漕ぎつけた祝いの日。同席の弟夫婦にもやっと子供ができると言う二重の喜びに、戦前・戦後と片寄せあって生きてきたドレイク一家にとって、まさに至福のときを迎えたのだった。しかし人生とは皮肉なもの。警察が訪れたところからドラマの様相は一変する。妻のヴェラは、家政婦の仕事の傍ら、身寄りの無い老人や体の不自由な人の家を訪ねては、身の回りの世話をしてやっている。家族の前でも鼻歌まじりでいつも明るく振舞う彼女。この家族の生活感をリアルに捉えたM・リーの演出法は的確であり、後々のドラマに説得力をもたらしている。とりわけ冒頭からの一連のシークエンスは、ヴェラの性格や歩んできた人生までもが一瞬にして透けて見えるほどだ。だから「堕胎の手助けをした」という事実は「秘密」であっても、どこまでも「嘘」のない純粋な女性だという事が良く分かる。確かに軽率であるが悪気は無く、違法という後ろめたさはあっても罪の意識は薄い。警察に踏み込まれた時に見せる彼女の困惑顔がそれを物語っている。“なぜバレたの?”と。動揺を隠せない彼女が最も恐れていたのは「罪を犯した」事よりも「家族に知られる」事である。何かが音を立てて崩れていく。事情のまるで飲み込めない家族の戸惑い。粛々と職務を遂行する警察。三者三様の構図のスタンスを保ちながらドラマはにわかに緊迫感を帯びてくる。しかし映画は、当時の時代背景や貧困層に対する社会問題、そして「彼女たちの罪」といった事には深く立ち入ろうとはしない。それは「家族のあり方」と「人間の絆」を描きたかったに他ならないからである。ヴェラの優しさと有難さは家族以外の人々も十分認識していると信じたいし、多くを語らずとも息子を諌める父親の毅然とした態度には胸が熱くなる。こういう時にこそまさに人間性が問われるのである。本作は、ストーリーも然ることながら、巧みな構成力による緻密な日常描写、そして演技人たちの確かな演技力で稀に見る見事なドラマを構築している。とりわけI・スタウントンの迫真の演技は瞠目に値するほどの凄みを感じさるものであるが、一方、決して紋切り型でなく、終始冷静で人間的な温かみを感じさせてくれるウェブスター警部を演じたP・ワイトも忘れがたい。久し振りに本物の映画を観たという印象を受けた。それほどに実に見応えのある作品だ。
[映画館(字幕)] 10点(2005-08-12 00:52:43)
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