Menu
 > レビュワー
 > dreamer さんの口コミ一覧
dreamerさんの口コミ一覧[この方をお気に入り登録する

プロフィール
コメント数 85
性別
自己紹介 映画を観る楽しみ方の一つとして、主演のスター俳優・演技派俳優、渋い脇役俳優などに注目して、胸をワクワクさせながら観るという事があります。このレビューでは、極力、その出演俳優に着目して、映画への限りなき愛も含めてコメントしていきたいと思っています。

表示切替メニュー
レビュー関連 レビュー表示
レビュー表示(投票数)
その他レビュー表示
その他投稿関連 名セリフ・名シーン・小ネタ表示
キャスト・スタッフ名言表示
あらすじ・プロフィール表示
統計関連 製作国別レビュー統計
年代別レビュー統計
好みチェック 好みが近いレビュワー一覧
好みが近いレビュワーより抜粋したお勧め作品一覧
要望関連 作品新規登録 / 変更 要望表示
人物新規登録 / 変更 要望表示
(登録済)作品新規登録表示
(登録済)人物新規登録表示
予約データ 表示
評価順1
投稿日付順1
変更日付順1
>> カレンダー表示
>> 通常表示
1.  さすらいの航海 《ネタバレ》 
国際政治のエゴに翻弄される、ユダヤ難民の悲劇を淡々とドラマティックに描いた「さすらいの航海」  この映画「さすらいの航海」は、第二次世界大戦の直前に、各国の冷酷な政治エゴに弄ばれる、ユダヤ難民の一団の絶望的な実話を、淡々と、しかもドラマティックに描いた作品で、監督は、「暴力脱獄」、「ブルベイカー」の反骨精神の持ち主のユダヤ系のスチュアート・ローゼンバーグ監督です。  1939年5月13日、ドイツの客船セントルイス号は、国外への移住を希望するユダヤ人937人を乗せて、ドイツのハンブルク港を出港し、キューバのハバナ港に向かいました。  しかし、それは海外移住を許す事によって、ユダヤ人への寛容を示すと共に、各国がユダヤ人の受け入れを断る事を見越して、ユダヤ人問題はドイツだけの問題ではない事を、世界に宣伝しようとするナチス・ドイツの策略だったのです。  この出港に先立つ5月5日に、難民の受け入れを拒否する事が出来る、大統領令をキューバ政府が発布していた事を、ナチスは事前に承知しての事でした。 そして、更にキューバ駐在のナチス諜報員は、反ユダヤ宣伝を行なって、キューバ国民に難民の受け入れ反対を煽っていたのです。  迫害を逃れ、自由を求めて、嬉々として船に乗り込むユダヤ人達は、初めから上陸出来ない運命にあったのです。  一方、キューバにおいても、政治的な駆け引きが激化していて、時のキューバの大統領フレデリコ・ラレド・ブルーは、陰の実力者である陸軍参謀総長バチスタの力で大統領になっただけに、自らの指導力を確立する事に腐心していました。  そして、大統領フレデリコ・ラレド・ブルーのバチスタへの反撃は、バチスタの腹心であり、その資金源である移民局長官のマヌエル・ベニテス(名優ホセ・フェラー)に向けられたのです。  ベニテスは、私的な上陸許可証を査証とは別に発行して荒稼ぎをしていましたが、今回の大統領令は、この上陸許可証を禁止し、賄賂を閉ざすためのものでした。 これに対して、ベニテスは、セントルイス号の難民を人質に船会社から巨額の賄賂を出させ、その半分を大統領に渡せば事は収まるものと、甘く考えていました。  しかし、大統領とレモス外務長官は、バチスタを見逃さず、政府の威信を示そうと強行に難民の受け入れを拒否するのでした。 また、労働長官も、これ以上の難民の入国は、キューバ人の失業を悪化させると進言してもいました。  5月27日、ハバナ入港。しかし、上陸出来ないまま6月2日出向。 この間、先にキューバに入国して、身を売って稼いだお金を船内の両親に届ける娼婦(キャサリン・ロス)、それを怒り嘆く母親(マリア・シェル)。 三分間に限られた、その再会シーンは哀切で言葉もありません。  そして、セントルイス号は、マイアミ沖のアメリカ領海を徘徊しますが、ユダヤ人が最終的に行きたかったアメリカも、その難民の受け入れを巡って政治的な事情が優先されました。 というのは、時のフランクリン・ルーズペルト大統領は、欧州の紛争には関わりたくないという、いわゆる"モンロー主義"を国の政策としてとっており、また、ニューディール政策の行き詰まりによる失業者の増加のため、移民受け入れ反対の運動が盛り上がっていて、大統領の三選を控えていて、これらの状況を無視する事が出来ないという状況にありました。  このような状況の中、セントルイス号は、再びドイツに向かいますが、絶望したユダヤ人の中には、船のハイジャックを試みて失敗する一団もいれば、ユダヤ系船員(マルコム・マクダウェル)と痛ましい心中を遂げる可憐な娘(リン・フレデリック)もいました。  しかし、元ベルリン大学医学部教授のクライスラー(オス・ウェルナー)と、その気品の高い妻(フェイ・ダナウェイ)は、終始、ユダヤ人の誇りを失わず、毅然とした対応を示すというような、いわゆるグランド・ホテル形式で、様々な人々の人間模様を映画は描いていきます。  そして、欧州各国もヒトラーを恐れてユダヤ人を受け入れようとはしません。 ドイツ人だが、船乗りとして乗客の事を第一に考えるシュレーダー船長(名優マックス・フォン・シドー)は、この状況を打破するための窮余の一策として、イギリスのサセックス沖でわざと船を座礁して、乗客を上陸させようとしますが、その最後の瞬間にベルギーのアントワープへの寄港が許可される事になったのです。  6月17日にアントワープ港へ入港の2カ月後に、第二次世界大戦が勃発し、乗客の内、600人以上がナチス占領下の国々で死んだと歴史は伝えています。 尚、このシュレーダー船長は、戦後の1956年に、時の西ドイツ政府から人道功労賞が授与されています。
[CS・衛星(字幕)] 8点(2021-06-02 09:20:20)
2.  サクリファイス 《ネタバレ》 
あまりに早い最期だったアンドレイ・タルコフスキー。この「サクリファイス」が、カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞した7か月後に、タルコフスキー監督は逝った。1986年12月28日だった。  「鏡」で、草原を渡る"風"を描いた。「ノスタルジア」で、この世とあの世の間を取り持つ"水"を描いた。 「サクリファイス」では、自分の投影でもある家を焼き尽くす"火"を描いた。  それらは、あまりに美しく、何度も観たい思いにかられ、観るたびに、ある種の"不思議"に包まれる。  アンドレイ・タルコフスキー監督の故国ロシアへの愛は、「ノスタルジア」で思いきり描かれていましたが、この「サクリファイス」では、その思いがもっと重く、胸にのしかかってきます。  タルコフスキー監督は、私たちに何を伝えようとしたのか?--------。 彼の映画には、いつも「死」と「神」とがつきまとう。全てのものは、象徴されてそこにある。 時には風景までもが、象徴の一端を担っている。  喉の手術で声の出ない息子に、父アレキサンデルが海岸に枯れ木を植え、「毎日、水をやるんだよ」と言う。 その日はアレキサンデルの誕生日でもあった。親友の医師、不思議な郵便配達人もやって来る。 その夕方、唐突に核戦争が勃発したというニュースが流れると、妻はヒステリーを起こし、子供も手術の痛みに苦しんで寝ている。  アレキサンデルは、無神論者だったが、つい神に自分を犠牲にするから彼らを救ってくれと祈るのだった--------。  この「サクリファイス」は、スウェーデンの俳優・スタッフによって撮影されています。 しかし、タルコフスキーは言う。「この映画は、スウェーデンでスウェーデンの俳優によって演じられたが、これはロシア映画である」と。  青い空と海、白い道と緑の野、道端に枯れそうな一本の貧弱な木。そして、父と喉の手術をしたばかりで声の出ない幼い息子。 父は息子に「昔偉い坊さんが、若い僧に、枯れ木に毎日決まった時間に水をやりなさいと言った。それを忠実に守って水をやっていると、枯れ木が生き返ったんだよ」と、話して聞かせます。  この映画の舞台にタルコフスキーが選んだのは、スウェーデンのゴトランド島だ。遥か海を隔てれば、故国ロシアの大陸がある。 海はタルコフスキーの、心の距離を縮めていただろうか?--------。  そして、撮影されたのは、海岸より少し外れた場所らしく、白い砂と松林の海岸が延々と続いている。 そこはあくまでも静かで、平らで、そんな時ふと恐ろしい感覚にとらわれるのは、「サクリファイス」のように、静かな地面の底から地響きが聞こえ、核戦争が始まったのが本当のことなのではないかと、愚かしい想像をめぐらしてしまう時だ。  幼い息子は、父が精神病院に送られてしまってから、父の言いつけに従って、海岸の枯れ木にバケツでせっせと水を運んではかける。 そして、木の根元に寝そべって、空を見上げ「なぜ、はじめに言葉ありきなの、パパ?」と今はもういない父に問うのだ。  父が果たした"犠牲"への報酬は、この子のこの言葉にあったのだろうか? 白い砂浜と青い空は、無情なまでに強烈で、炎上する家の炎の色と、妙に相容れない不協和音が、「サクリファイス」の崩れ折れそうなイメージを残すのだ。
[DVD(字幕)] 9点(2019-04-12 09:47:46)
3.  砂漠のライオン 《ネタバレ》 
大まかな目鼻立ちの大きな馬ヅラ、こもった大きなダミ声、逞しい体、そして何よりも従来の俳優にはない国籍不明の図太いエキゾチシズムの持ち主の俳優アンソニー・クインは、「革命児サパタ」「道」「その男ゾルバ」「サンタ・ビットリアの秘密」などでの強烈な演技で、私の印象に強く残っていて、彼が脇役の時は主演俳優を食ってしまうし、主役の時はその独特の個性でひと際光る演技を見せてくれました。  彼の晩年の出演映画「砂漠のライオン」は、シリア生まれのムスターファ・アッカド監督が、スペクタクルに民族の悲劇を描いた作品です。 イタリアの独裁者ムッソリーニは、北アフリカのリビアにローマ帝国を再建する野望に燃えていた。  そして、1929年、近代装備で固めた大軍を現地へ派遣する。アンソニー・クイン演じる、老いたベドウィンの指導者オマール・ムクターは、勇敢なる砂漠の戦士たちを率い、民族の誇りをかけた不屈の闘志で徹底抗戦を繰り広げるのだった-----。  この映画の撮影のために5万人ものエキストラが動員されたという戦闘シーンは、上映時間の実に8割近くを占めていて、そのひたすらな戦いをアンソニー・クインの個性あふれる名演が、引き締めていたと思います。  それまで、どちらかと言うと、あまりにも強烈すぎる個性で、クサイほどだった彼が、この映画で示した"枯淡の境地"には、目を瞠らされました。 砂漠の聖戦の先頭に立って闘う勇猛果敢な労将が、ひとたび銃を置いて子供たちにコーランを教える時の、慈父のごとき穏やかさ。  そして、従容として死につく時の、威風あたりをはらう静けさ。魅入るばかりのカリスマ性を、アンソニー・クインは見事に体現していたと思います。  近代兵器何するものぞ、砂漠の自由こそ民族の命と、ひるむことを知らない男たち。哀調を帯びた独特の叫びをあげて彼らを讃える、黒いベールの女たち。 イスラム世界のエキゾチシズムとパワーに、あらためて圧倒された映画でした。
[DVD(字幕)] 7点(2019-04-06 11:22:08)(良:1票)
000.00%
100.00%
200.00%
311.18%
411.18%
544.71%
61011.76%
73338.82%
82023.53%
91416.47%
1022.35%

全部

■ ヘルプ
© 1997 JTNEWS