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1.  海を飛ぶ夢
人間の死生観に纏わる究極の問いかけをテーマにしている作品であるが故に、それぞれの生き方や考え方の違いから、観る人によって感じ方や捉え方などといった価値判断も違ってくる。テーマがテーマだけに明確な答えなどなく、作り手側もそんなことを求めてはいないのは明らかだ。様々な異なった意見はあって然るべきであり、それほどに考えさせられる作品だと言う事である。主人公のラモンは若い頃に遭遇した事故で四肢麻痺となり、終生ベッドに横たわるだけの生活を強いられているのだが、病魔に襲われていつ死が訪れるかも知れない病人とは違い、あくまでも身障者なのである。だからその気にさえなれば人生を全うする事も可能だった筈だ。しかしながら、彼は自ら人生にピリオドを打つ決断をしたのだ。映画はそんな彼のとった行動に対し“何故?”ではなく、あくまでも“どう思いますか?”と問いかけている。端的に言えば、身の回りの世話をし見守ってくれている人々に対する気遣いと、自分では何ひとつ出来ないという屈辱的な日々に耐えられなくなり、もはや生きていく事に意味を見出せなくなってしまったからだろう。要は彼のプライドが許さないのだ。人間とは様々な人々と関わり合い支え合いながら生きている。それは健常者であろうと身障者であろうと。そして身障者の多くは自らその苦境を乗り越えて生きているのも事実であり、だから28年もの間、支え続けてくれた家族や友人たちに対して、ラモンのとった行動は余りにも身勝手だという意見も良く分かる。しかも死ぬことすら人の手を借りなければならないとならば、尚更である。取りも直さず、ずっと見守ってくれ支えてきてくれた人々に対し、彼には生きる「責任」があり、人生を全うする事によって初めて、生きる「義務」を果たしたと言えないだろうか。それが延いては「感謝」や「礼儀」という事にも繋がってくる。しかし生ある限り強く生き抜いて欲しいという周囲の願いは、所詮「綺麗ごと」に過ぎないのかも知れない。映画はドラマ性を極力抑え、ラモンを取り巻く人たちの日常を冷静な眼差しで綴っていく。だからその味わいは意外なほど淡白だ。本作は表層的には魂の救済の物語のようだが、寧ろ人に愛され大切にされる事の意味を問いかけているように思う。
[映画館(字幕)] 7点(2005-08-25 17:26:09)
2.  ヴェラ・ドレイク
親として何かと不憫だった娘に念願叶い、婚約にまで漕ぎつけた祝いの日。同席の弟夫婦にもやっと子供ができると言う二重の喜びに、戦前・戦後と片寄せあって生きてきたドレイク一家にとって、まさに至福のときを迎えたのだった。しかし人生とは皮肉なもの。警察が訪れたところからドラマの様相は一変する。妻のヴェラは、家政婦の仕事の傍ら、身寄りの無い老人や体の不自由な人の家を訪ねては、身の回りの世話をしてやっている。家族の前でも鼻歌まじりでいつも明るく振舞う彼女。この家族の生活感をリアルに捉えたM・リーの演出法は的確であり、後々のドラマに説得力をもたらしている。とりわけ冒頭からの一連のシークエンスは、ヴェラの性格や歩んできた人生までもが一瞬にして透けて見えるほどだ。だから「堕胎の手助けをした」という事実は「秘密」であっても、どこまでも「嘘」のない純粋な女性だという事が良く分かる。確かに軽率であるが悪気は無く、違法という後ろめたさはあっても罪の意識は薄い。警察に踏み込まれた時に見せる彼女の困惑顔がそれを物語っている。“なぜバレたの?”と。動揺を隠せない彼女が最も恐れていたのは「罪を犯した」事よりも「家族に知られる」事である。何かが音を立てて崩れていく。事情のまるで飲み込めない家族の戸惑い。粛々と職務を遂行する警察。三者三様の構図のスタンスを保ちながらドラマはにわかに緊迫感を帯びてくる。しかし映画は、当時の時代背景や貧困層に対する社会問題、そして「彼女たちの罪」といった事には深く立ち入ろうとはしない。それは「家族のあり方」と「人間の絆」を描きたかったに他ならないからである。ヴェラの優しさと有難さは家族以外の人々も十分認識していると信じたいし、多くを語らずとも息子を諌める父親の毅然とした態度には胸が熱くなる。こういう時にこそまさに人間性が問われるのである。本作は、ストーリーも然ることながら、巧みな構成力による緻密な日常描写、そして演技人たちの確かな演技力で稀に見る見事なドラマを構築している。とりわけI・スタウントンの迫真の演技は瞠目に値するほどの凄みを感じさるものであるが、一方、決して紋切り型でなく、終始冷静で人間的な温かみを感じさせてくれるウェブスター警部を演じたP・ワイトも忘れがたい。久し振りに本物の映画を観たという印象を受けた。それほどに実に見応えのある作品だ。
[映画館(字幕)] 10点(2005-08-12 00:52:43)
3.  受取人不明
70年代末期の在韓米軍基地周辺を舞台に、三人の若者を中心に描いた群像劇。青春ドラマというには、余りにも痛ましく、かなりビターな味わいを残す作品だ。韓国の歴史には詳しくも無いが、朝鮮戦争が物語の発端となっている事だけは確かなようで、戦争に直接的な関わりを持たなくとも、後々において様々な影響を及ぼすという痛烈なメッセージが感じとれる。ここに登場する人物たちは、直接・間接を問わず、すべからく戦争の犠牲者であり、心に深く傷を抱えている。当時の閉塞感溢れる社会状況の中にあって、とりわけそれぞれに悩みを持つ若者たちが、その鬱積した気持ちの吐け口を探し求めようとする。それは彼ら韓国人のみならず、米軍基地に留まっている若き米兵の存在にも言える事だが、どこか戦後の日本の姿にも重なり合う部分が多い。しかし、心の拠りどころを求め続ける彼らの悲痛な叫びは誰も受け取ってはくれない。やがて若者たちは、忌まわしい過去を清算するかのように、それぞれが自己完結を図ろうとする。それはまるで連鎖するかのようであり、ドラマは一気に悲劇性を帯びてくる。物語に届かない手紙を暗喩として象徴的に引用しているように、戦争の後遺症とは、いつの時代でもどこの国にでも生じ得る普遍性のあるテーマでありとりわけ子供たちへの影響は計り知れないものがあるという事なのだろう。映画は個々に何らかの関わりを持っている主要人物の造形がとにかく見事で、複雑に絡み合いながら大きなうねりとなっていくドラマ構成も巧みで、十分見応えがある。具体的に画面では見せないものの、痛みを伴うギドクらしい作風はここでも存分に感じとれるが、モチーフでもある寓話色は意外と希薄で、美しい田園風景とは裏腹に濃密な人間ドラマには実感が込められ描かれた秀作である。
[映画館(字幕)] 9点(2005-07-26 18:30:28)
4.  宇宙戦争(2005)
SF小説の古典である「宇宙戦争」の映画化にあたっては、B・ハスキン版の傑作オリジナルに加え、同じ様な題材を扱って成功を収めた「ID4」があるだけに、かなりのリスクを伴っていた筈である。しかしながらスピルバーグが映画化を決意するからには勝算があればこそで、少なくとも過去のSF映画をなぞるような事だけは間違ってもしない筈。それがスピルバーグ流というものである。言葉ではなく、常に映像で語り続けてきた彼独自の切り口による、この全く新しい「宇宙戦争」は、まさに天才の創った映像と呼ぶに相応しい作品だと言える。 それはまさに戦場に放り込まれたような阿鼻叫喚の世界で、人々が逃げ惑い攻撃を受ける描写には臨場感が溢れ、痛快さとは無縁の真実味のある恐怖が、たっぷりと描かれていく。平和な街の日常風景が急変するこの序盤のシークエンスは、現代社会に起こる様々な恐怖を暗喩として描き続けてきたスピルバーグらしく、それらの描写は言葉では表現できないほど凄まじく、容赦が無い。破壊されたホワイトハウスや自由の女神といった有名な建造物など一切出てこない事も、市民レベルの恐怖に更なる実感をもたせ、単なる絵空事ではないと感じさせるのである。彼の作品で常に驚かされるのが特撮における迫真性である。今回のそれは、実際の宇宙人に攻撃されている街へ、そのままロケ隊が撮影に来ているような錯覚に陥る程であり、見事と言う他ないのだ。“スーパーリアリズム”という細密画のジャンルがあるが、スピルバーグはまさに映像に於ける“スーパーリアリズム”を実現したのである。夕暮れの小高い丘の向こうに攻撃を加える軍隊、あるいは墜落した旅客機の残骸が散乱しているシーン等、明らかに直接的な描写を避けているシーンが多い。これは「ID4」とは全く違うスタンスであるという意思表明である同時に、前述の街の攻撃シーンやフェリー乗り場でのパニック・シーンをより際立たす為とも思われるが、信奉する黒澤明の影響がここにも表れているようだ。オープニングのバクテリアから想像する結末は、オリジナル版同様、原作に忠実であり、象を倒す蟻の如く、微小なものが巨大なものを倒すカタルシスは一見呆気無いようでいて、それこそが生命の神秘でありまた真理なのである。またトライポッドは原作の古典本のイラストをそのままデザイン化したもので、H・G・ウェルズへのオマージュともなっている。
[映画館(字幕)] 10点(2005-07-04 16:28:02)(良:8票)
5.  宇宙大怪獣ドゴラ
数々の名作を世に送り出してきた特撮映画の東宝が、目先の変わった怪獣映画として生み出したのが本作。宇宙大怪獣と言っても人間には殆んど危害を加えず、エネルギー源である炭素を求めて地球に飛来してきた宇宙生物なのである。ただ、人間を襲わない未知なる生物は脅威ではあっても恐怖感などは生まれるべくもなく、本来ならその時点で怪獣失格なのである。しかし本作はそのあたりの不備を、ダイヤモンド・ギャング団と宝石Gメンと刑事との三つ巴のドラマを絡ませて、従来の怪獣モノとはひと味違う作品に仕立て上げている。単なるアイデア倒れに終わらせまいと脚本にも苦心の跡が窺えるが、ドラマ部分のコミカルな味わいがやたら面白くて、ズッコケ調のギャング団の間抜けぶりや宝石Gメンと夏木陽介扮する刑事との珍妙な遣り取りなどは、本多猪四郎監督のコメディ・センスを改めて感じさせる。中でも、宝石Gメンのヘンな外人ダン・ユマのすっ呆けた味わいは棄てがたく、肝心の「ドゴラ」が霞んでしまう程だ。で、この“主役”の影が薄いのも脚本や演出だけの問題ではなさそうで、やはり円谷特撮にもその責任の一端はあるように思う。クラゲとタコをミックスしたような、半透明でユニークな生物の造形力は素晴らしいが、いかに円谷英二と言えども着ぐるみ怪獣とは勝手が違い、この当時の技術では十分に表現しきれなかったようだ。勿論、洞海湾上空での攻防戦は迫力十分で見応えはあるし、石炭を吸上げるシーンの凄まじさには、さすが円谷特撮と思わず唸らされる。とりわけ薄暗い上空から触手が降りてくる不気味さなどに、工夫の跡が窺える。しかしやはり「ドゴラ」の出番が少ない事もあり、それらの現象以外に観るべきものがないので、どうしても物足りなさを覚えてしまう。当時、劇場用ポスターや宣伝用のスチール写真が見事だっただけに、本編との落差に少々ガッカリしたことも憶えている。でも「ドゴラ」というキャラクターをこのまま埋没させておくのも勿体無い話で、今のCG技術で是非復活させて欲しいと密かに期待している今日この頃であります。
[映画館(字幕)] 8点(2005-06-23 18:15:30)(良:1票)
6.  ウィスキー
下町で古びた靴下工場を細々と経営する初老の主人ハコボの元へ、疎遠になっていた弟のエルマンが訪ねてくる。ハコボは事もあろうに、従業員のマルタに偽装夫婦になる事を頼み込み、三人での束の間の奇妙な共同生活が始まるというのが、大雑把なストーリー・ライン。何故、ハコボは結婚していなかったのか、或いは偽装結婚を何故する必要があったのか、などと言った素朴な疑問には殆んど触れられないまま、ドラマは進行していく。勿論、それらには然したる意味はなく、何の変化もない同じ事の繰り返しで明け暮れしている所へ、一石を投じた事によりドラマが生まれ、やがて人間の本性が炙り出される面白さ。様々なエピソードを積み重ねる事でそれらは的確に描出されていく。静かな語り口だが演出は実に巧みで、ドラマらしいドラマがなくとも、多くの事を語りかけてくる作品だ。もう若くもなく、同じスタイルに固執し変化を望まない一組の男と女。仕事以外のことには無気力・無関心で、自分の殻に閉じこもって人生を楽しもうとしないハコボ。今までどのような人生を送ってきたのだろうか。しかし羽振りのいい弟には弱みを見せたくないという、兄としてのプライドだけは持っていて、その頑なな姿勢はどこまでも崩さない男だ。年配の従業員マルタも寡黙で仕事には従順な女性として描かれるが、利己的で単純なハコボと違い様々な表情を垣間見せる。彼女は一人では生きていけない事を自覚し、そして何かに期待を抱きながら生きてきた女性なのである。偽装夫婦を頼まれた時に快く応じたのもやはりその何かを期待したからで、たまたま年恰好が同じという程度の理由で、マルタを選んだハコボとは大違いだ。だからラストのしっぺ返しも当然の成行きとも言える。表向きは例え同じ方向を向いているようでいても、生き方や考え方というものはやはり人それぞれ違うという、至極当然のことを映画は改めて教えてくれる。“チーズ”と“ウィスキー”の違いはあっても、人生を笑顔で過ごしたいのは何処の国の人も同じだと、作者は言いたげだ。
[映画館(字幕)] 8点(2005-06-09 16:21:21)(良:3票)
7.  宇宙大戦争
円盤のシャープなデザインが酷似していることから見ても、本作が東宝特撮映画の傑作「地球防衛軍」の姉妹編であることは明らかだが、基本的なコンセプトは同じでもアプローチの仕方がまったく異なるという、やはりこれももう一つの本格的侵略SF映画の傑作だったと言える。地球を遥かに臨み監視する宇宙ステーションが円盤に攻撃されるところから始まる物語は、鉄橋の整備士のカンテラがゆっくりと浮上した瞬間、鉄橋もろとも上空に吸上げられ、その影響で特急列車が谷底へ転落していくシーンへと繋がる。このオープニングの一連のシークエンスは、圧倒的な科学力を有した何者かが、外宇宙から地球への侵略を始めたという不気味さを漂わせ、観客を物語に一気に引きずり込むにはこれ以上無いほどの強烈なインパクトを与えている。ナタール星人の地球侵略に対しその月面基地を先制攻撃するなど、 この映画の特徴として言えるのは、人類がかなり攻撃的に描かれているということ。そしてそれによって舞台設定が次々と変わっていく点にある。中でも月面上での探査艇と円盤との壮絶なバトルは迫力十分で、脳にチップを埋められた隊員がスパイとして操られ、探査機の破壊を命ぜられるスリルと相俟って、本編の最大の見所ともなっている。その前段の月に向かう途中、冒頭の宇宙ステーションで犠牲になった搭乗員が、座席に座ったままの姿で宇宙空間を漂っているというシーンがある。スピップ乗組員が、遠く離れていく彼に敬礼し哀悼の念を表すという、本編の最も感動的なシーンとして忘れられない。その後、地球上で迎え撃つ数々のメカも登場し、地対空、空対空といった円盤と地球連合軍側との戦闘シーンは最高潮に達する。終盤に登場するナタール星人の強大な破壊力を有する母船が意外なほどの迫力不足で、実に呆気ない結末を迎えるという点が唯一の不満として残ってはいるが、人類の英知を結集し徹底的に戦いを挑み、堂々と勝利してカタルシスをもたらすというこのストレートな冒険活劇は、物語の骨格が確りと構築されていること以上に、本多猪四郎と円谷英二という希代の才能があればこそ実現した作品だったと言っていい。しかしそれにしても「インデペンデンス・デイ」など、こういった本格的な正統派侵略SF映画が昨今ほとんど創られないのは、極めて残念なことである。
9点(2004-09-28 16:44:06)(良:1票)
8.  美しい夏キリシマ
黒木和雄監督のライフワークとも言える反戦をテーマに描かれた本作は、終戦を間際に控えた霧島を舞台にした群像劇である。監督自身の体験に基づいて描かれただけに、その意気込みには並々ならぬものを感じる作品だ。戦争映画とは言え日常化した戦闘機の編隊飛行があるという程度で、戦闘シーンなどと言ったドラマチックな場面がある訳もなく、むしろこの土地に住む名も無き人々の様々なエピソードを積み重ねていく事で、ドラマを確立していくというスタイルを採っている。そして彼らの日々の営みや慣習、戦時中のやり場の無い閉塞感といったディテ-ルがしっかりと描かれているからこその説得力が、ここにはある。出演者たちそれぞれの達者な演技が作品を支えてもいるのだが、その中でも生きていくことに彷徨する柄本佑と小田エリカの純真さには、まさにこの時代に生きている若者像を見事に体現してみせた。本作は“反戦!”と声高に叫ぶものではなく、その語り口はひたすら静謐であり続ける。それだけ余計心に染みるのだが、しかし、だからこそ戦争未亡人を兵士が慰めるという生々しいシチュエーションには、やはり違和感を覚えてしまうし、また監督の戦争に対する思い入れの強さが、果たしてどれほど戦争を知らない世代に普遍性を感じさせたかにも疑問が残ってしまう。
7点(2004-08-24 18:43:45)
9.  ヴァイブレータ
仕事に疲れ。人との関係に疲れ。ただ流されて生きていくだけの日々。この孤独な女性がコンビニでひとりの男と出逢う。どこか不良っぽくそしてどこか少年っぽさを残している男は、普段関わっている男たちとは明らかに違うタイプだ。女はこういう男になぜか惹かれるのだ。そして作業用長靴に導かれるようにトラックに乗り込む女。映画は長距離運転手である彼とのアバンチュールの一日を丹念に描いてゆく。その彼女にとっては滅びの山へ指輪を棄てに行くかのような、さぞや冒険の旅だったに違いない。やがてこの見ず知らずの男と女が、互いの心の空洞を埋めるかのように体を求め合う。しかしどこか虚しい。体じゃなく、曝け出さなければならないものがもっと他にあるはずなのだが。やがて旅を終え、彼と別れて再びコンビニへ戻ってくる。その時、彼女の何が変わり何が変わらなかったのだろうか。映画は明確に答えようとはしない。それだけに、何かを悟ったかのような彼女の表情は白々しくもある。今や大注目の寺島しのぶだが、この役に限って言えばどうという事も無い。むしろ大森南朋がなかなかいい雰囲気を持っていて、これからの活躍を予感させる。
6点(2004-05-05 17:21:31)(良:1票)
10.  ウンタマギルー
沖縄の古くから伝えられる神話「運玉義留」と、本土復帰直前の沖縄をクロスさせた、一種のパラレル・ワールドをファンタジックに描く。オープニング、頭に槍が刺さったまま彷徨する強きをくじき弱きを助ける義賊・ギルー(=小林薫)が、空中浮遊などの超能力を駆使して大活躍したり、本土復帰か米軍統治支持かあるいは琉球独立かで、各派入り乱れての一大バトルのクライマックスまで、ファンタジーと現実との区別がつかない(否、つけない)ことが、この摩訶不思議な作品の最大の魅力となっている。登場人物たちも個性的な役柄のため、かなりクセのある俳優(例えば戸川純)を起用しているが、中でもコメディ・リリーフ的に登場する、沖縄歌謡一座の散髪屋・照屋林助(林賢のお父さん!)の個性は鮮烈で、肝心の小林薫が翳んでしまうほどだ。方言としての沖縄のコトバに字幕が付けられていた事などは、実に細やかな配慮だったと思う。
8点(2003-06-15 15:31:58)
11.  ウインドトーカーズ
敵を倒すことに躊躇していた彼らが、仲間が犠牲になってからと言うもの、突如、殺人マシーンに変貌してしまう怖さ。戦争映画・反戦映画につきもののイデオロギーなど、ここではスッ飛んでしまい、単なる戦場を舞台にしたアクション映画にしか見えてこないし、さらに苦悩するN・ケイジの姿などいかにも付け焼刃といった印象を受ける。が、そこはJ・ウー監督。さすがド派手なアクションと泣かせのツボは心得たもので、水準を越えるエンターテインメントに仕上がっている。本作の特徴とも言えるナバホ通信兵を演じたA・ビーチやR・ウィリーの起用が、どうやら功を奏したようだ。
6点(2002-10-12 15:57:41)
12.  海は見ていた
遊女の世界を描いた作品としては、よくありがちなストーリーで、とりたてて目新しさは感じられない。黒澤明の遺稿で初のラブ・ストーリーというだけで、果たしてなぜ今映画化したのか、大いに疑問の残る作品だと言える。江戸時代の深川に展開される人間ドラマに、どれほどの深い意味を持たせられたのだろうか。往年の活力を失った熊井啓の演出は上滑りをするばかりだ。クライマックスの豪雨のシーンはいかにも黒澤らしく豪快だが、そこで展開される作劇とのズレを感じるのは私だけだろうか。それにしても惚れっぽい娼婦役の遠野凪子は、大半のシーンが泣き顔ばかりで、ほとんど演技らしい演技をしていないのには困ったもので、さっぱり印象に残らない。むしろ少しも娼婦に見えない清水美砂の、相変わらずぶっ飛んだ存在が痛快で、このつまらない作品を救っている。
6点(2002-09-13 00:46:32)
13.  宇宙水爆戦
星間戦争により劣勢になったメタルーナ星人が、地球の科学者に援助を求めたが、時すでに遅しで、メタルーナ星は壊滅寸前になっていた・・・。当時のいわゆるB級SF作品だが、セスナ機がUFOの下部から吸上げられるシーンや、異星環境に適合させる為に人体をすっぽり被せる透明カプセル型安定器といった、今日のSFモノには欠かせないアイデアの原型がここに見て取れる。攻撃を受け破壊されるメタルーナ星の惨状のカラー描写が素晴らしく、また巨大に発達した脳が剥き出しになったような頭と昆虫をミックスしたデザインのミュータントが実に不気味(当時としてはかなり衝撃的だった)で、この作品のシンボルともなった。
7点(2002-07-14 16:30:03)
14.  宇宙からの脱出
やれ大型宇宙ステーション建設だの、火星へ人類初の着陸だのと言った、宇宙開発にまだ夢を抱いていた頃の作品。宇宙船が事故を起こして地球へ帰還できなくなるという点では、実話の映画化「アポロ13」の設定に酷似しているが、台風の目をかい潜って救助ロケットが打ち上げられたり、ソ連の宇宙船が活躍したりと、ストーリーはかなり劇的に展開されていく。
7点(2002-04-19 00:51:55)
15.  ヴィドック
あたかも中世ヨーロッパの絵画をそのまま映像化したような作品世界にどっぷりと浸っていた為か、終盤の意外な展開にはすっかり騙されてしまった。(笑)いや、むしろ仮面の男の正体が劇中、さり気なくでも伏線として語られていたのかどうか、記憶が殆ど定かでないだけに、その余りの唐突さから、何か誤魔化されたような印象すら受ける。まぁ、最新のテクノロジーを駆使したセピア色の斬新な映像美を堪能できただけで、個人的には充分だが・・・。
7点(2002-02-21 00:33:52)
16.  裏切り者(2000)
正月映画の繋ぎのような公開時期にしても、いかにも安っぽいB級アクション的邦画タイトル(しかし、このタイトルで正解!)にしても、かなり割を食ってしまった感のある作品だが、親子愛、友情と裏切り、そしてドス黒い裏社会での駆引きと告発といった、実録風でなかなか見応えのある社会派サスペンスとなっている。Jフェニックスは難しい役どころを相変わらず達者な演技で魅せてくれるが、むしろ純真な青年から裏切りによって大人の男に変貌する様を見事に演じてみせたM・ウォルバーグをこそ評価したい。
8点(2001-12-14 15:17:17)(良:1票)
17.  ウォーターボーイズ
何かと暗い世の中、こういった明るく元気になれる作品が人気を集めるのも無理からぬところ。とかく評判の作品だが、しかし数々のエピソードの描き方には何か物足りなさがあるし、さほどの歯応えも無い。つまり、余りにもノリが軽すぎるのだ。若者たちが元気に画面をはしゃぎ回り、ノリのいい曲を流しておけばスポコン青春ドラマ一丁上がり・・・というような製作サイドの安直さを、僕などはどうしても感じてしまう。もっともこういった見方はこの作品には相応しくないことを百も承知だが、アジアの優れた作品に接するたび、果たしてこの程度で“評判”になっていいものか・・・と感じざるを得ない。
6点(2001-11-25 11:05:28)(良:1票)
18.  ウエスト・サイド物語(1961)
ミュージカル映画の概念を変えたとも言われる記念碑的作品。正にこれが本当の本物のミュージカルで、アメリカのみならず世界中で大ヒットした。日本でも一年半に及ぶ大ロングランの記録は、未だに破られていない。当時の若者たちを熱狂させた数々の名曲とダンス、そして斬新なカメラワークと群像劇は今観ても新鮮だが、TVサイズのビデオやDVDなどではほとんど意味が無く、未見の方は願わくば音響設備の整った大劇場でリバイバル公開されるまで我慢して欲しいところ。
10点(2001-03-09 15:40:00)
19.  運動靴と赤い金魚
“珠玉の名作”ってこの作品のためにできたような言葉。兄妹愛、子供に対する親の愛情、それぞれの子供たちのけなげさやひたむきさ、そして人が人を思う思いやりの心など、マジッド・マジディ監督が切々と描き謳いあげてゆく。実に学ぶべき点の多い作品です。未見のかたには、なぜ“赤い金魚”なのかはラストで初めて分かる仕掛けになっています。白日夢を見るかのようなその美しいシーンに感動し、心が癒されたかたもきっと多いはず!
10点(2000-10-15 14:06:01)
20.  宇宙戦争(1953)
侵略SF映画の古典。そのUFO(当時はほとんどの呼称が“空飛ぶ円盤”でした)が、まるで重戦車が空中に浮かんで、ほとんど停止しているかのようなゆったりと動く様はいかにも不気味で、そして圧倒的な迫力をもって我々にせまって来ます。しかもその機体の頭から延びている触覚から発射される光線の破壊力のもの凄さ。これらと戦う軍隊や民間人といった図式は、後々、東宝映画「地球防衛軍」に代表されるように、映画や漫画等に多大な影響を与えました。最後、エイリアン(当時は宇宙人)が地球上の“ある物”に滅びてしまうという設定があっけなくて、もう一工夫ほしいところでしたが、全編に恐怖感と緊迫感たっぷりで見ごたえ十分です。SF映画ファンならずとも未見の方は是非!
10点(2000-09-18 11:30:01)(良:1票)
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