41. 湖中の女
《ネタバレ》 監督・主演のロバート・モンゴメリーがまずはカメラに正対して長広舌を披露する。視線をほとんど逸らすことなく長台詞を軽やかに語る彼の 眼にまずは吸い込まれるのだが、そこからその彼の眼がキャメラと化してドラマが進行していく。 いわゆる一人称キャメラである。 煙草の紫煙が画面の下手から立ち昇り、鏡の反映が絶妙なアングルで映し込まれ、オードリー・トッターの顔が間近まで迫る。 難儀しただろう撮影上の苦心や技法の方につい関心が向きすぎてドラマにいまいち入り込みづらいのと、画面の動きの乏しさでさすがに中盤には 飽きがきてしまうのがやはり難点か。 と、その辺りは想定したらしく、地味ながら車の尾行やクラッシュなど活劇的見せ場の配置も忘れてはいない。 路側に停車している不審車の横を抜け市街へと車を進行させてゆくフィリップ・マーロウの視点。フロントガラスを緩やかに流れていく夜の街路。 バックミラーに視線が移ると、不審車のヘッドライトが次第に迫ってくるのが判る。 ノワールムード香る、一人称のカメラが良く活きるシーンである。 [ブルーレイ(字幕なし「原語」)] 7点(2016-11-10 23:41:31) |
42. ミルドレッド・ピアース
《ネタバレ》 睦み合うザカリー・スコットとアン・ブライスを目撃するジョーン・クロフォード。 二人の表情には影が落ちていて判然としないが、そのシルエットの造型がどこか狂気じみた凄味すら放ち、息を呑ませる。 そういった撮影所的な影の投影技法が随所で光る。 人気のない海沿いの夜のレストラン内は波を反映して光が妖しく揺れている。 冒頭でジャック・カースンが惑うらせん階段や、母娘の決裂シーンで、二人の関係性を暗示する階段。 偏光による微かな歪つさを伴って画面に共存する邪な者の鏡像。 同時に遠い波音やグラスの破砕音、銃声の音響も要所で画面を引き締める。 その中で、特権的な照明を受けてクロフォードのアップは格別に美しく撮られており、印象深い。 主演女優賞は本人の芝居だけに依るのではなく、アーネスト・ホーラーの撮影の賜物だろう。 [CS・衛星(字幕)] 7点(2015-11-17 23:48:40) |
43. 自由への闘い
《ネタバレ》 屋根伝いの危険なスタントあり、操車場の高架から列車へ飛び乗るスタントあり。 アクションの演出も頑張っているし、空爆シーンは予算の都合らしく音響だけでの表現だが、 それでも十二分に空襲の恐怖感を伝えている。 ルノワールその人を思わせる相貌のチャールズ・ロートンの演説と身振りはヒトラーとは真逆で穏やかで淡々とし、 語る彼の姿よりも、それに聞き入る人々の表情に多くのショットを割いている。 その中で、彼を万感の想いで見つめるモーリン・オハラが一際美しい。 中でもルノワールらしいのが、映画の中盤、彼女とロートンがガラス戸を挟んで見つめるシーンだ。 屋内と屋外の空間処理の巧さもさることながら、彼女への想いをうまく伝えられない彼の気弱でシャイな姿が何ともいじらしい。 その彼が、ラストで彼を引っ立てようとするドイツ兵士の手を毅然と払い、胸を張って校舎を歩み出て行く。 映画前半の臆病を吹っ切った彼がみせる、さりげないが意思的で尊厳に満ちた身振りの数々が感動させる。 [DVD(字幕なし「原語」)] 7点(2015-11-01 23:55:06) |
44. 剃刀の刃(1946)
タイロン・パワーがインドの山上で啓示を受ける。 物語的に肝心であるべき箇所で描写を怠り、 その悟りを口頭説明で済ませてしまうことで映画への興が醒めてしまう。 全般的に過剰気味の台詞と対話芝居の重視、そして徹底したパンフォーカスの カメラはきわめて舞台的な演出だ。 その上で施された映画的演出の一つが、アーサー・C・ミラーによる 縦横無尽のカメラワークだろう。 パーティ会場やレストラン、パブなど多彩なエキストラが多数入り乱れる 躍動的なモブシーンを後景に、主要人物が画面手前で会話をしている。 と、背後の群衆の中から不意にアン・バクスターやらクリフトン・ウェッブらが 画面手前に入ってきて話者が連鎖的に入れ替わっていく。 その嫌味なくらい統制のとれた人物の出し入れのタイミングとフレーミングが圧巻だ。 パン・フォーカスのシャープで密度の高い縦構図と、そこにさらに奥行きを加える 流麗な移動画面。 その背後の群衆の中から何時どのように主要人物を中心化させるのか、 手前の複数の人物をどう出し入れし、どう移動させて構図を決めていくのか。 そしてどこで俳優の表情芝居にクロースアップするのか。 物語映画でありながら、その説話展開以上に画面展開の緊張で見せていく映画である。 そのキッチリしすぎた段取り感がやはり仇ではあるが。 [DVD(字幕)] 7点(2014-08-26 22:44:39) |
45. 僕は戦争花嫁
戦禍の生々しく残るドイツの街並みを往くサイドカー。 その狭いシートに押し込められたケイリー・グラントとその横で颯爽と運転するアン・シェリダンの図が、このスクリューボール・コメディの女尊男卑を端的に物語る。 前半はドイツの農村の牧歌的なロケーションの中で繰り広げられる異性間闘争が軽妙で楽しいが、後半は結婚した二人と「男性社会的」組織との闘争となる。 狭いサイドカーや浴槽に押し込められ、ペンキ塗りたての柱に登らされ、さらには干し草の山に突っ込み、と散々な目に遭わされ続け、ベッドでゆっくり眠る事すらままならないケイリー・グラントの被虐の連続に、後半は笑いも少々弾けづらい。 その反面、結婚申請を邪魔した男性士官を派手に盆で殴り、グラントをリードしていくアン・シェリダンがひたすら痛快だ。 [DVD(字幕)] 7点(2012-04-17 23:54:22) |
46. 母は死なず
《ネタバレ》 菅井一郎がひたすら歩く。職探し、家探し、営業まわりと、歩行のショットが続く。 勤勉と誠実と朴訥の父親像は同年の松竹作品『父ありき』の笠智衆とも通じ合いながら、嫉妬や頑迷さや不器用も垣間見せる子煩悩な姿は、より人間味を感じさせる。 小津『父ありき』の親子が、離れ離れでありながらもふとした瞬間、動作をシンクロさせてしまう(川釣り)のに対し、菅井一郎・小高まさるの親子は同居しながらも次第に齟齬を深めていってしまう。(暴投ばかりのキャッチボール)。 その噛み合わない父子の絆を亡き母が取り持つ。 入江たか子自身は映画の中で早々に退場してしまうが、その思いは遺言の筆跡とナレーション、木漏れ日の美しい墓地の画面を介して最終的に父子を結びつける。 自ら命を絶った妻(入江)の遺言の文面にかぶさりながら菅井一郎が悄然と歩くスクリーンプロセスの感覚がとてもいい。 『まごころ』の加藤照子が登場する1シーンはご愛嬌。 [CS・衛星(邦画)] 7点(2011-05-13 22:43:27) |
47. ヨーク軍曹
七面鳥撃ちを応用した銃撃シーンであるとか、信仰と戦闘行為を折り合わせる動機付けであるとか、映画に反映される時代の偏見やプロパガンダ性の問題は評価の上で常に悩ましい。 そのあたりの葛藤を軽やかに乗り越えてしまっているように思わせるのは主演ゲイリー・クーパーの純朴な佇まいと、監督ホークスの作家的融通無碍によるものか。 徴用されたクーパーが出征のため、高地の家を後にする。低地への一本道を下っていく彼を見送る、マーガレット・ウィチャリー、ジョーン・レスリーら。彼らの後ろ姿と大樹を捉えたロングショットがとても素晴らしい。 雷雨の中、クーパーが落雷によって信仰に目覚め、ウォルター・ブレナンの牧師や家族らが賛美歌を歌っている教会に迎え入れられる場面も脇役陣が皆いい表情をしている。 広角アングルで捉えられた後半の戦闘シーンも丘陵戦闘の高低感がうまく活かされており、スケール・物量共に大作の趣がある。 [DVD(字幕)] 7点(2011-02-06 17:45:52) |
48. ジャコ万と鉄(1949)
岸壁に砕ける波濤。荒々しい漁船のローリング。網にかかったニシンの大群とヤン衆の格闘。そして雪原を疾走する犬ソリの主観映像。 迫力満点に活写されたドキュメンタリー・タッチの映像は、紛れもなくフラハティ『アラン』の影響だ。 時化(しけ)る海を警戒して松明が群舞する夜間撮影の見事さなど、スタッフの苦労が偲ばれるロケーション撮影の場面はいずれも文句なしに素晴らしい。 伊福部昭による重低音の情景音楽が不要と思えるほど、画面に力が漲っている。 ここでの久我美子はいまいち魅力を欠くが、三船敏郎ははまり役。 とりわけ鰊番屋で披露されるワイルドで独創的なダンスは圧巻だ。 月形龍之介との格闘シーン以上に強烈なインパクトがある。 [映画館(邦画)] 7点(2009-03-12 21:03:04) |
49. 銀嶺の果て
暗黒映画的トーンで拳銃発砲から闇夜の追跡劇~輪転機までを 畳み掛けるように見せるダイナミックなオープニング。 そこにかかる急き立てるような伴奏は後に東宝映画『空の大怪獣ラドン』の 空中戦の場面でアレンジされることになる馴染み深い旋律だ。 これがドラマに一気に引き込む。 この映画は監督谷口千吉、役者三船敏郎と並んで、 作曲家・伊福部昭氏の映画音楽デビュー作でもある。 中盤の和やかなスキー場面の音楽をめぐって谷口、伊福部氏が対立した逸話は有名だが、 伊福部氏の信念通り採用された管楽器ソロによる寂しげで哀切な音楽は 背景の北アルプスの厳粛さをより際立たせ、不思議と強い印象を残す。 その安易な「調和」からのずらし方が非凡だ。 二者を仲裁したという黒澤明監督は後に『野良犬』などで対位的なBGMの用法によって 相乗的な効果をあげていくが、このスキー場面の創作事情は そうした技法を生み出したきっかけでもあっただろう。 最後のレコード曲の入り方もいい。 小屋を振り返る志村喬の穏やかな笑顔と、雪をまといつつ見送る若山セツ子の 泣き笑い顔が素敵だ。 [DVD(邦画)] 7点(2009-01-14 22:58:01) |