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ドラえもんさんの口コミ一覧[この方をお気に入り登録する

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121.  コールド マウンテン
数年ぶりに再会したインマンとエイダ。このラブ・ストーリーの中核をなす、互いに恋焦がれた二人のドラマのそれは決して劇的でなく、唐突で実に呆気ない印象を受ける。本編中、最も感動的であるべき瞬間。しかしそれはその後にくる結末を際立たせる為の計算された演出であったことを、我々は後になってから初めて知る事となる。オープニングの華やかで世間知らずのお嬢様然としたキッドマンの顔立ちと、倒れ込んだインマンに覆い被さるようにして優しく擁く終盤の彼女のそれとの違いは歴然としている。そこには恋する乙女の初々しさは失せ、逞しく生き抜いてきたひとりの女性の姿がある。本作は、同じ民族でありながらも殺し合わなければならない虚しさとその哀しい歴史。あるいは人を想い続けていくことの大切さといった事を、今更ながら我々に知らしめてくれる。しかしそういった教訓めいたテーマ性も然ることながら、現実を生きていくことの厳しさを覚えたひとりの人間の成長物語としても実に良く出来た作品だと思う。長尺で波乱万丈の物語を、一大エンターテインメントとして手堅く纏め上げたA・ミンゲラ監督の手腕は高く買いたい。
8点(2004-07-30 15:36:36)
122.  フォーチュン・クッキー
特に秀でているわけではないが、これと言った破綻も無く、定番ながら手堅く纏め上げられたライトコメディの佳作。コミカルさが決して過剰でなく、シリアスな部分とほどよくバランスを保ちながら展開するドラマは過不足なく描かれ、まずは安心して観ていられる。このバランスと言うのがこのテの作品には重要でコメディの難しいところ。失敗作の多くは話がやたら大袈裟になったり、説教臭くなったりしてしまうのだが、本作はそういった点を見事にクリアーしている。体が入れ替ってしまうといった不思議なマジナイはいつも東洋(特に中国)からというのも、東洋の神秘に憧れを擁いている(?)アメリカ人的な考え方の一端を窺い知れるが、やや安直過ぎるように思う。J・リー・カーチスのコメディエンヌぶりは、今更ながら彼女の芸域の広さを思い知らされるが、そのチャーミングぶりが映画の成功を決定づけたのかも知れない。「プレシディオの男たち」で颯爽とした二枚目アクション俳優として登場し、M・ライアン相手に濃厚な濡場を演じたM・ハーモンが渋い中年男性として久々に出演してくれたのは嬉しい限りだった。
8点(2004-07-29 18:14:56)
123.  午後の五時
ひとりの女性の視点を通してのタリバン政権崩壊後のアフガニスタンの理想と現実を描いた作品。男たちに押さえつけられてきた古来の因習から逃れられず、旧態然とした存在の女性たちと、その一方で変革という国の将来を見据え、脱男社会を目指すという未来志向に燃える女性たち。冒頭から描かれる彼女たちの意見の衝突に示されるように、新しい社会に対する考え方の違いは互いに譲らないままだが、この国の若き女性たちそれぞれの信念を的確に感じさせるエピソードである。ハイヒールに折りたたみ式のワンタッチ・パラソルといった、いわゆる自由社会に憧れを擁くヒロインのノクレは、自国での初の女性大統領をも夢見る理想主義者として描かれる。が、それが余りにも絵空事だと感じさせるのが物語の現実部分。そこで、日々の食べるものにも困るほど窮乏生活を強いられている事と、奔放でまさに翔んだイメージで描かれる彼女の姿とに、なにか奇妙なアンバランスを感じてしまうのだが、映画は徐々に現実はそう簡単には変わらないという深刻なメッセージ性を帯びてくる。帰還民たちに家を占拠された挙句、放浪の旅に出ることを余儀なくされた父娘と乳飲み子を抱えた嫁。荒野を彷徨い、生きていく術をも知らない彼らにやがて夕暮れが迫ってくる。“アフター5”などと我々が日常的に使っている意味合いとはまったく違い、彼らにとってそれはまさに死を意味する“午後の五時”なのである。映画はこの国の人々の苛酷な未来を暗示するかのように終わるが、その重く深刻な現実的テーマとは裏腹に、映像のシャープさがからっとした明るさを生み出している。
7点(2004-07-27 16:07:16)(良:1票)
124.  ハナのアフガンノート
姉のサミラが監督しようとしている映画、「午後の五時」のキャスティングが決まるまでの顛末を、妹のハナが手持ちカメラでそれぞれの表情を追い続けるというドキュメンタリー。髭が立派だという理由でスカウトされ一度はカメラの前に立つが、職業上の理由から突如出演を辞退してしまう老人。あるいはヒロインに抜擢されて出演に色気を示しながらも、長期に渡る撮影期間に難色を隠せない乙女たち・・・といったふうに、話は二転三転。製作者側の思惑は外れっぱなしで、勝気なサミラは撮影時期が迫っている事もありイライラが募るばかり。今更一歩も引けず、スタッフともども候補者たちに懸命な説得にあたるが、なにかと自己チュー的な候補者との溝はなかなか埋まらない。このあたりの藁をもすがる思いの必死さが良く表れていて、彼女らの情熱が十分に伝わってくるのと同時に、この国での映画製作に対する理解の困難さをも感じずにはいられない。ハナの廻すカメラ映像が素朴ゆえ、余計実感として観る者を惹きつける作品となっている。
7点(2004-07-26 23:44:58)(良:1票)
125.  パッション(2004)
今年上半期で見た映画の中でも、おそらく最も評価の難しい作品ではないだろうか。まさに賛否両論渦巻く問題作であり、個人個人の感じ方や考え方がこれほど顕著に反映される映画というのも、そぅ滅多にお目にかかれるものではない。“これでもか式”の執拗に繰り返される鞭打ちという名の悪魔の儀式。それは、気の弱い人でなくとも体が震え正視できないほどの過激さであり、残酷描写もとうとうここまで来たかと思わせるほど。この救いようのない処刑シーンは延々と続けられ、いつ終わるとも知れずひたすら激痛に耐えるキリストの姿に、我々はいつしか言葉を無くし、涙すら出ない。そして“主よ、お許しください!彼らは自分たちのやっている事が判らないのです。”と苦悶の表情で呟くキリストの言葉が重くのしかかる。キリストの受難とは斯くも凄惨なものであったが、しかし、人間の愚行は変わることなく残虐の歴史は繰り返され、この世ではもっと悲惨なことが起きているという現実を、映画は我々に訴えかけているようだ。一本の映画としてみた場合、本作は確かに良く出来ていると感じさせるが、果たしてここまで目を背けたくなる程の壮絶な描写に徹する必要があったのだろうかと、大いなる疑問をも感じさせる。全身血みどろになって熱演したJ・カヴィーゼルは、この作品でようやく彼に適した役に巡り合ったようだ。
8点(2004-07-26 18:21:26)
126.  ダリル/秘められた巨大な謎を追って
自分で新規登録をしておきながら、投稿そのものをすっかり忘れてしまっている作品の何と多いことか。本作もその不幸な(笑)一本で、要は超能力を持った少年の冒険物語というSFっぽい作品。その作品世界のイメージから、どうしても「A.I.」のようなSFXバリバリの大型SFファンタジーを連想しがちだが、これ見よがしの特撮などは皆無に等しく、むしろアイデアの面白さと撮影テクニックで見せるサスペンス・アクションといったところ。“SFっぽい”と述べたのもそういう意味からで、SFと言うよりもアドベンチャーものに近い。で、その少年には隠された秘密があって、彼を狙う影の組織との追跡劇が後半のハイライトとしてスリリングに展開される。超能力といっても「Xーメン」のような現実離れした神がかり的なものではなく、あくまでも大人顔負けの天才ぶりを発揮するというレベルであって、なかなかその部分にはリアリティを感じたもの。ただ、こじんまりと小器用に纏められた作品だけに、今の映画ファンからは物足らなさを覚える人もあるかも知れないが、ファミリー・ピクチャーとしても、このほのぼのとした味わいは棄て難いものがある。
7点(2004-07-22 18:00:16)
127.  赤目四十八瀧心中未遂
大楠道代や内田裕也といったベテランあるいは曲者を揃えたという意味で、近年これほど役者の個性で魅せきった作品も珍しいのではないだろうか。前作「顔」に繋がるような大楠の役どころは、もぅこの人以外には考えられず、体から滲み出てくるようなその圧倒感は、演技という枠を越えている。また内田の“静かな狂気”もまた不変であり、本作の不思議な味わいを増幅させている。然様に、さすが彼らでなければと感じさせるほどの演技力とその存在感は圧倒的だが、しかし彼らと拮抗し、ややもすると霞んでしまわせるほど、生島を演じる新人・大西滝次郎には何か鬼気迫るものが感じられ、将来を予見させるに足りうる演技を我々に披露してくれる。ジメッと湿気を含んだ暗く小さな部屋の中で、ひたすら臓物を串に刺し続ける主人公というのも、過去の映画史を遡っても珍しい役ではあるが、さぞかし荒戸源次郎にとっても期待以上の熱演だったに違いない。隣の部屋から聞こえる喘ぐ声、妖しく蠢く人影、薄暗い廊下に軋む階段、部屋に出入りする様々な人間模様といった、このうらぶれたアパートで描かれていく様々なエピソードが秀逸で、それだけに肝心の赤目四十八瀧を彷徨う道行きのシークエンスが、単にハイキングで道に迷ったカップルにしか見えず、心中する場所としてもとりたてて深い意味を帯びてこないのが惜しくもある。
8点(2004-07-21 18:20:25)(良:2票)
128.  シティ・オブ・ゴッド
リオデジャネイロの強烈な気候風土を感じさせる、ひたすら暑くそして熱い作品だ。スラムに生まれたときから宿命のようにストリートギャングとして生きてゆかざるを得ない少年たち。一方、そこから抜け出してジャーナリストとして生きようとする少年。映画は、その生々しい彼らの生態を実録風に活写してゆき、個々の生きざまを通して様々な問題を我々に投げかけてくる。縄張り争いによる団結・裏切り・復讐を繰り返しながら暴徒化する彼らを、スピード感を伴う独特の編集テクニックで見せきる巧みさには感心させられる。また、彼らの中には殺人を強要されるまだ年端も行かない子供も存在するという描写などは、本作の真実味を感じさせる鮮烈なエピソードとしても忘れられない。抗争を繰り広げるセピア調の画面が余計ヒートアップさせてはいるが、この国の物価や賃金のみならず命の値段までが安いと感じさせるほど、そのバイオレンス描写に悲惨さはむしろ希薄で、実にあっけらかんとしているのが本作の特徴であり、唯一の救いでもある。
8点(2004-07-21 15:37:53)
129.  ぼくは怖くない
画面いっぱいに広がる黄金色に輝く麦畑に思わず目が奪われてしまう。ややセピアがかった緑の陽光が包み込む中、ひたすら疾走する自転車。そして、そのまるで絵画に描かれたようなクリアーな風土は、まさしく遠い夏の日の記憶そのものだ。どこか懐かしさが込み上げてくる、その清々しさ、初々しさ。大自然の変化を少年の心象風景として捉えたカメラの素晴らしさ。ひとつの作品の出来を左右する、これはまさにその好例と言えるだろう。そして、それらが美しければ美しいほど際立つ、その下に蠢く大人たちの愚行や浅はかさ。疑いを知らない少年が、大人たちの世界に足を踏み入れたときの不安と困惑。その不条理で抑圧的な大人社会に翻弄される子供たち。何色にも染まっていない純粋なものが壊されていくことへの警鐘を鳴らした本作は、人間関係(とりわけその取り巻き)次第では、そのしがらみから抜けきれず、やがて個々の人生を狂わせてしまうことの危うさと、その一方で、人を慈しみ心を通い合わせることの大切さというものを我々に教えてくれる。まさに心が洗われる思いだ。
8点(2004-07-19 15:46:01)(良:2票)
130.  タイムリミット
警察署長という身分や立場を見誤ったが為に自ら罠にはまり、殺人事件の容疑者として窮地に追い込まれて悪戦苦闘するという物語。次々と生じる不利な証拠を先回りして揉み消していくというサスペンスは、佳作「追いつめられて」以来だろうか。優等生的イメージからの脱却を図ろうとD・ワシントンはここでも頭脳明晰ながら女にだらしない男を好演。自ら招いた事とはいえ、この何とも情けない人物に身につまされて、ついつい感情移入してしまう。設定に強引さが目立つものの、見ている間はほとんど気にならず、主人公と共に味あわされるハラハラ・ドキドキのスリルと、流れるような筋運びで一気呵成に見せる。ラストのオチのつけ方まで、C・フランクリンのソツのない演出テクニックには堪能させられる。派手なアクションがなくても面白い映画はできるのだという証明でもある。
7点(2004-07-15 17:46:38)(良:1票)
131.  悪い男
タイトルからして、かなり激しい暴力シーンの多い作品だが、その中でも再度に渡って腹部を刺される主人公のハンギ。その苦悶の表情が象徴するるように、無表情で寡黙なはずの彼が場面場面で見せる様々な表情の変化。それは、ときに凶暴なほど激しく。ときに恍惚感溢れるほどに愛おしく。キム・ギドク作品には“ある痛み”を伴うというのが特徴としてあるのだが、ハンギにとっては致命傷とも思える大ケガよりも、女を失ってしまう心の痛みの方が遥かに大きいのだろう。映画は、愛に飢えたひとりの男の揺れ動く心情を描くことで、彼の壮絶な人生を浮び上がらせてみせる。なにかと設定に無理があったり、辻褄が合わなかったりの作品だが、この不条理劇も一種の寓話として捉えれば、終盤のシチュエーションなどは男の願望(=夢)として説得力も帯びてくるというもの。倒錯した愛の表現といった難しい役どころを(蛍雪次朗と山本太郎をミックスしたような)チョ・ジェヒョンが好演し、本作をより魅力あるものにしている。
7点(2004-07-15 15:20:28)
132.  電送人間
本多猪四郎監督&円谷英二特技監督が描く東宝特撮シリーズの変身モノの一本。“変身”と言っても「ガス人間」や「マタンゴ」のように姿形が変わるわけではなく、物質電送機なる装置を利用して瞬間移動する際に一時的に変化するというものである。しかもそのメカは復讐の為のアリバイ工作としての役割をも担っている。「ザ・フライ」や「スタートレック」の例を挙げるまでもなく、物質転送は昨今のSF映画では目新しくも無いが、この当時ではまさに画期的なアイデアであり、また犯罪に悪用するといった点など、世界映画史的にみても他に例が見当たらず、そういう意味においては極めて稀有な作品だったと言える。話の発端が終戦時の旧陸軍仲間の裏切りからということもあり、彼らに対する報復が銃剣で突き刺して殺害してしまうという極めて残忍な手口で、さしずめ今ならホラーにでもなりそうな怨念話である。映画はこの神出鬼没の殺人鬼の謎を推理劇として恐怖感たっぷりに描いていくが、この復讐の鬼と化した須藤を演ずる中丸忠雄が、私憤で行動する男とメカのパワーを得た男という両面を見事に演じ、冷酷で不気味さを漂わせるそのイメージは未だに拭えないほど強烈である。今回の円谷特撮としては少々地味ながら、電送される男の姿をTVの走査線のように二次元的な形で描き、本作の独特の恐怖感をさらに盛り上げている。
7点(2004-07-14 18:16:53)(良:1票)
133.  ワイルド・レンジ 最後の銃撃
近年めっきり製作本数が少なくなった西部劇だが、忘れた頃たまにやって来るだけに懐かしさとある種の新鮮味を感じざるを得ない。思えば、J・フォード&J・ウエインに代表されるような伝統的な西部劇のスタイルに変化が芽生えたのは、ニュー・ウエスタンとも呼ばれた「明日に向って撃て!」あたりからだろうか。ヴェトナム戦争以降、アメリカ社会の価値観も変わりさらに粗製濫造も手伝って西部劇が持っている本来の面白さが失われ、やがてポリス・ムービーやSF映画などといった新しいジャンルの出現により、あたかもその役割を終えたかの如く衰退し、やがてその王座を奪われてしまったという経緯がある。しかしこのジャンルにも根強いファンがいれば、西部劇の火を消すまいとして奮闘している映画人も多くいる。本作のK・コスナーもそのひとり。話は、流れ者のカウボーイが、町を牛耳る実力者と悪徳保安官に対して復讐を誓い対決を挑むという、極めてオーソドックスかつシンプルなもの。映画は孤独な男たちの生き方と友情を描く傍ら、ヒロインに擁くほのかな恋心、あるいは町の住民たちが最後に立ち上がって協力する等々、御馴染みのパターンはきっちりと踏襲されている。しっとりとした情感溢れる描写から一気にクライマックスのガンファイトへと、全編メリハリの効いた演出で些かもダレることなく展開されるが、ただ終盤に至る作劇には釈然としないものが残るのも事実。結末も少々意外で、しかもやけに甘ったるい。コスナーという人はそれだけロマンチストだということなのだろうか。
7点(2004-07-14 14:56:33)
134.  21グラム
映画製作の手法のひとつに回想形式というのがあるが、過去と現在とが巧妙に入り組んでストーリーが語れて行くという新手の方法は、タランティーノの一連の作品から見られるように、昨今の流行りのようでもある。(但し、「メメント」の場合は意味合いが根本的に違う!)その手法をいかに効果的に用いるかで作品にインパクトが生じ、より魅力的になるかどうかがポイント。本作もご多分に漏れず時間を自由自在に操る奔放な映像表現で綴られてゆくが、些かも混乱することなくストーリーの流れを十分に把握できる。その点でまずは成功の部類に属する作品であろう。まるで神の意志が働いたかのように、ちょっとした運命の悪戯に翻弄される男と女。微かな希望さえも叶わぬ救いようのないドラマが展開されてゆく。それぞれが運命の糸に引き寄せられ、やがて交差したとき露わになる人間の弱さ。その運命を受け入れなければならない彼らの哀しさがビビットに伝わり、ザラついた画面にその心の荒廃と無力感が反映される。個々のキャラを十二分に生かした感情のうねりの演技など、三者三様の持ち味を発揮した濃密な人間ドラマは、見応え十分。
7点(2004-07-08 18:21:32)
135.  デイ・アフター・トゥモロー
SF映画としての映像表現において、常に観客の眼を意識した画作りという点が共通項としてあるのだが、スピルバーグがどちらかと言えば、その切り口に独自性を感じさせるのに対し、エメリッヒはあくまでも正攻法にこだわり続けるという、いわゆる正統派に属する数少ない映像作家ではないだろうか。それは古臭いという意味などでは決して無く、むしろ斬新な表現方法は今回も健在であり、いかにもCGっぽい作品の多い中、しっかりと地に足のついた超リアルな世界を創造してみせる。それは南極の氷棚に亀裂が走るオープニングから始まり、前半の都会上空に竜巻が発生する瞬間の奇妙な現実感や、それら天変地異をニュース映像として報道するといった、一種ドキュメンタリーとして描かれるその迫真性。かつて「ディープ・インパクト」での津波のシーンに驚嘆したものだったが、それを遥かに凌ぐCG技術の進歩と映像テクニックには、もはや脱帽せざるを得ない。つまるところ映像のひとつひとつに説得力があるという事だが、終盤、凍りついたニューヨークのビル群をバックに、やはり凍りついた米国の象徴である自由の女神を様々な角度から捉えた画面構成には、エメリッヒの映像センスをも感じさせて秀逸。我々SF映画好きにとって、彼はまさに“痒いところに手が届く”映像作家であって、本作は現段階での最先端のテクノロジーによって完璧性を追求し、その視覚化に見事成功したと言っていいだろう。又、彼は「ID4」や「GODZILLA」などでも御馴染みの、“迫り来る何かに逃げ惑う群集”といったモブシーンの巧い監督さんでもあり、円谷英二に感覚的には最も近い人のような気がしてならない。遥々息子を救出に向かうシチュエーションや、一瞬にして凍死するという寒気に襲われるシークエンスなどに、スリルとサスペンスが足らないのがやや不満だが、ドラマや人間描写などがほとんど意味を持たないのは致し方が無いところ。それほど映像の持つ力には適わないという証明でもあるのだから。
9点(2004-07-08 15:21:43)(良:2票)
136.  暗黒街のふたり
もぅ随分昔に観た作品だが、古代フランスから継承されているギロチンという処刑儀式の在り方に異を唱えた作品として、永く記憶に残っている。それは本人に知らされないまま、或る日突然やってくる。深夜、眠っているところをいきなり起こされたA・ドロンの凍りついた表情を尻目に、余計な感情が芽生えぬよう、粛々と準備にかかる関係者たち。その無表情さ。やがて真っ白なワイシャツに着替えさせられ、この世で最期に口にする一服の煙草と一口の酒を飲まされた後、首を剥き出しにする為、ワイシャツの襟をハサミで切り取るという念の入れよう。そして今まさに舞台が始まろうとしているかのように、正面の幕がさっと開けられると、そこには断頭台がそびえ立つ。足が竦みながらも、両脇を抱えられて向かう彼が一瞬振り返りざまに見たのは、彼の保護観察司であるJ・ギャバンの眼。なんという切ない眼だろうか。それは、更生を誓った男を、恩赦も適わず社会の誤解や偏見から守ってやれなかった一人の人間としての無力感を指し示す眼である。罪を犯した者の社会復帰が如何に難しいかを改めて問い正した秀作。
8点(2004-07-08 00:24:08)(良:4票)
137.  シンジケート
いわゆる、ブロンソン人気のピークの作品であり、M・ウィナー監督とのコンビネーションが最良の形で結実し、自信をもって世に送り出した作品だったと言える。ブロンソンの刑事役というのも案外珍しいが、どちらかと言えば“ガニ股武闘派”の彼にスーツは不似合いで、ここでもハミ出し刑事というより、やはり一匹狼の殺し屋的イメージが強い。一方、マフィアのドンをM・バルサムが重厚かつ貫禄の演技で魅せるが、終盤の家庭での些細なことを教会で懺悔する中、殺戮が次々とカットバックされるといったシーンは、なにやら「ゴッドファーザー」を意識した作りとなっている。が、そんな事など気にもならないくらい、全編ド派手な銃撃戦やカー・チェイスといったポリスムービーのあらゆる要素が詰め込まれ、切れ味鋭いアクション映画としてサービス満点のエンターテイメントに仕上がっている。
8点(2004-07-07 18:10:10)(良:1票)
138.  北京ヴァイオリン
高い評価で投稿されている方々↓には申し訳ないけど、それ程の作品だとは思いません。過去に遡るまでもなく、何処にでもゴロゴロしているような極めてありきたりな作劇で、チェン・カイコーも総じて鼻白むほど臭い演出に終始し、また本来もっとじっくりと描くべきシークエンス(特に前半部分)を、ものの見事にすっ飛ばしてしまうという、編集の荒っぽさが目立つし、オーソドックスと言うよりかは、むしろ凡庸と言わざるを得ないほど。自分の好みに合わない作品だったと言えばそれまでなのだが、この人、結局「覇王別姫」だけの人だったような気がしてならない。その才能を枯らすには、まだ早い!
5点(2004-05-05 18:43:30)
139.  ヴァイブレータ
仕事に疲れ。人との関係に疲れ。ただ流されて生きていくだけの日々。この孤独な女性がコンビニでひとりの男と出逢う。どこか不良っぽくそしてどこか少年っぽさを残している男は、普段関わっている男たちとは明らかに違うタイプだ。女はこういう男になぜか惹かれるのだ。そして作業用長靴に導かれるようにトラックに乗り込む女。映画は長距離運転手である彼とのアバンチュールの一日を丹念に描いてゆく。その彼女にとっては滅びの山へ指輪を棄てに行くかのような、さぞや冒険の旅だったに違いない。やがてこの見ず知らずの男と女が、互いの心の空洞を埋めるかのように体を求め合う。しかしどこか虚しい。体じゃなく、曝け出さなければならないものがもっと他にあるはずなのだが。やがて旅を終え、彼と別れて再びコンビニへ戻ってくる。その時、彼女の何が変わり何が変わらなかったのだろうか。映画は明確に答えようとはしない。それだけに、何かを悟ったかのような彼女の表情は白々しくもある。今や大注目の寺島しのぶだが、この役に限って言えばどうという事も無い。むしろ大森南朋がなかなかいい雰囲気を持っていて、これからの活躍を予感させる。
6点(2004-05-05 17:21:31)(良:1票)
140.  ディボース・ショウ
絵に描いたような美男美女カップルのJ・クルーニーとC・ゼタ=ジョーンズ。俳優として近年ますますその魅力に磨きがかかってきたように思う。ただ本作の場合、共にプレイボーイとプレイガールといったイメージが強い二人だけに、その強烈な個性が互いに反撥し合い、演技が噛み合わないまま空転しているように感じる。要は両者ともが“二枚目”では、こういったスクリューボール・コメディの弾けるような面白さというものが醸し出せないのである。さらにロマンスへの進展の妙味やジョークが薄味な為か、ドラマとしても大きく膨らんでこないのが残念。コーエン兄弟の作品だけに、やはり物足りなさは否めない。
6点(2004-05-05 14:20:42)
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