<ネタバレ>「人は誰でも泣きながら産まれてくる。血まみれでね」ちょっとし .. >(続きを読む)
<ネタバレ>「人は誰でも泣きながら産まれてくる。血まみれでね」ちょっとしか出てこないテヅカのセリフがこの作品の核である。ラストの小泉今日子は血の雨を受けながら泣き叫ぶ。そこから家族の再生もまた始まる。このモチーフは非常に面白く、血の激流は「シャイニング」を思わせる。しかし、崩壊と再生というテーマにしては、家族が崩壊しきっていない。夫の浮気がばれ、娘の投稿写真疑惑が強まり、自らの母親に「死ねば?」を連発して完全にぶっ飛んだ母(とはいえケーキなどはちゃんと準備しており、まだ彼女の神話は続いている)という夕食会の次の日に、娘と笑顔で「あまり遅くならないようにね」と電話しているのは解せない。崩壊しきったところに再生が見えるはずである。また、再生の過程も、今まで思い込みによって気付かなかった母の愛に気付くという古典的な物語構造であり、新しい家族像や新鮮な感動を提示するには至らない。役者陣の熱演は素晴らしい(特に小泉今日子は「トウキョウソナタ」でも母親役での素晴らしさを示す)が、作品としては平凡であるといえる。