1. ワールド・オブ・ライズ
《ネタバレ》 最初のほうはなんとなく「ブラックホークダウン」の続きっぽい感じがしたのだが。 リドリー・スコットは社会派映画(いちおうそういうジャンルーがあるとして)には向いていないのだなあと再確認したようなことで。 ブラックホークダウンは傑作でした。出来事に対してジャッジをしないということで。 しかしここまで作り手の主張が強く出るものは彼には向いていない。 リドリー・スコットのビジュアルと帝国主義批判は合わない。 というかビジュアルを提供するなら批判精神は必要ない。 さてあまりにもつまらないので勝手に別オチを考えてしまったほどだ。 それは、 「フェリックスは実はアラブ系アメリカ人で、ディカプリオ演じる姿はあくまでも〝自己認識上の己の姿〟であり、本当は浅黒い肌に黒い髪を持つ。 フェリックスが中東に派遣されているのはそのためなのだが、任務の関係上、アメリカ人としての自己認識が肥大しすぎて他人の目に映る自分を忘れている。ハニに信用されたのもアイーシャが好意を抱いて自宅に招いてくれたのも見た目がアラブ人だからであった。 自分の写真を見ても〝白人男性〟としか認識できないほど病んでしまったフェリックスに対し、最後のほうで、ホフマンが〝自分の姿をよく見てみろ〟と鏡の前に連れて行くが、自己認識とそぐわない姿は断片的にしか見えない。が、中東での出来事がフラッシュバックで蘇り、自分のアイデンティティを思い出す」…みたいなん。サイコサスペンスっす。 ちょっと「ビューティフルマインド」ぽいですが、「結末は絶対に話さないでください」ということでけっこうイケるんじゃないかな~。 [CS・衛星(字幕)] 5点(2011-11-14 00:47:32) |
2. 私の中のあなた
《ネタバレ》 ネタばれしますのでご注意。 こういうネタの取り上げ方は、社会派らしくていいと思う。 しかし、子供を的にしてしまったために、固定観念を破れなかったところが…さしもの鬼才も限界ということかなあと思った。 それはなにか。 というと、「姉のために腎臓を惜しむような妹はいない」という筋書きだ。 そんな利己的な意地悪な妹は居ないんだぞ、と。 …そういう終わり方をしてしまうと、この映画そのものが否定されてしまうのではないのかなあ。 作り手は、そういう11歳の妹を描くことが、どうしてもできなかったということだ。 それが固定観念だ。 それなら、こういう映画を作ってもあんまり意味はない。 そのくせに、最後に判決文を持ってこさせて「君の体は君のもの」と言わせるなどとは、言い訳もはなはだしい。 それは「どっちも欲しい」という作り手の欲張り。 どっちかにしないと。 「自分の体は自分のもの」と本当に思っている妹を描くのか、もともとそうでないか。 「本当は心優しい妹だったんですよ~」とか、そういう持って行き方はズル。 テーマは良かったのだが、「モメているわけではなくて、みんながみんなを思うゆえ裁判に…」とかそういうのは、私が見たかったのとはちが~う。 そら、こういう筋書きにしなかったとしたら、大批判を浴びて、あの子役の子も嫌われたかもしれないね。 でも、そういうことを気にするがゆえのストーリー運びなんて、私は見たくないね。 こういう話は、はっきり言って、TVドラマ(海外)並みだと思う。 それを、子役の子が嫌われてでも、そうでないものを作れれば、「映画」になる。 これは「TVドラマ」でしかない。残念。 ケイト役の子はドラマ「ミディアム」に出てレギュラーで子役をやっています。そこでは金髪のロングヘア。 [CS・衛星(字幕)] 5点(2011-05-30 23:47:55) |
3. ワルキューレ
《ネタバレ》 さて、トム・クルがどうしてもドイツ人貴族に見えないとかいうことは、この際どうでもいいようなちっさいことなのだ。 なぜなら想像してみてください。硫黄島の栗林中将役を、チョウ・ユンファが演じて、作品が全編中国語だったとしたら? …「ワルキューレ」で行われているのはそういうことです。どっちも白人だから、私らは気がつきにくいだけ。 だいたい私は有名イギリス人俳優満載のキャストにひっくり返りましたさ。 そして思ったとおり、最初の38秒以外は全編これ「英語」。 …だからさあ、たとえば戦時中に天皇か東條の暗殺計画があったと仮定して、それをチョウ・ユンファとかが主役で、中国人俳優満載で、全編中国語で演じたとしたら、そこに、いかなるリアリティが、ありますかって。 この有名なヒトラー暗殺計画は、断じて軽薄なエーゴの響きをもってではなく、あのゴツゴツした冷たいドイツ語で練られていたものなのです。すべての陰謀は、ドイツ語で企画・検討されたのだ。当たり前だ。 「言葉くらいなんだっていいじゃないか意味が伝われば」などと、言ってはならない。 真実はディーテイルに宿るのだ。 それとさあ、映画の内容についていいますと、トム・クル大佐をヒーロー扱いするための演出に必死みたいだけどさ、この暗殺が失敗した理由は誰が見ても明らかじゃん。 「ヒトラーは殺したいけど、自分は死にたくない」と思っていたからだ。 自分が無事に逃げることに重点を置きすぎて、結果、勝手にカバンの位置を変えられてしまい、爆発がヒトラーを直撃できなかった。 そんなに相手を殺したいなら、自分も死ぬ覚悟がないと、無理なんだよ。所詮暗殺なんて。 貴族出身の坊ちゃん大佐には、それができなかったから、失敗したんだよ。 それは歴史上の事実として、広く知られている。 それをいくらトム・クルが演じたからといって、「ヒーローだった」とするのは強引すぎです。 とにかくまあ、イギリス人の恨みが爆発してこんなことになったんでしょうなあ。こんな手の込んだ形で恨みを晴らすとは。やりすぎ。 私たちは、中国人がこういうことをしないことに感謝したほうがいいのかもしれませんよ。 ドイツ人は、幼少時から徹底した教育により「過去の罪」に対する罪悪感を背負わされて育つそうで、気の毒だと思います。ま、それをいいことにイギリス人にいいようにされちゃって。 ドイツ人、気の毒。 [CS・衛星(字幕)] 5点(2011-01-20 16:02:07)(笑:1票) (良:4票) |
4. ワン・ミス・コール
《ネタバレ》 う~んやっぱりむこうのヒトは「悪魔」という方向に理解するんですね。 悪魔はカミサマとセットなので、結局「幽霊」や「怨念」はどっかに行ってなくなっちゃう。 悪魔は神様の反対物としてすでに〝ある〟ので、存在する理由が必要ないわけですが、幽霊は「怨念」があって初めて存在する。 いったい何をそんなに恨んでいるのか、どんなにひどい目にあったのか、日本人が幽霊を怖がる理由はそこにある。 逆に、「とにかく存在する」という悪魔に対しては、積極的に怖がることが、できません。だって、唯一の創造神を信じているわけじゃないからさ。 和製ホラーを輸出してリメイクした場合に、もっとも違和感が出るのはこういうところじゃないかと思う。みなさん、悪魔、そんなに怖いですか?怖くないよね。 大笑いするのはデーブ・スペクターが3秒くらい写っていることで、セリフは二言。デーブが英語をしゃべるとすごい違和感がある。 [CS・衛星(字幕)] 5点(2010-12-20 17:27:29) |
5. わが街(1991)
《ネタバレ》 スルメのような味わい深い映画だ。 冒頭では暴力の匂いが充満し、ひたすら暗い画面で危機感をつのらせる。通り魔に撃たれるフィルムメーカー、捨て子を拾ってうっとりしている危ない雰囲気の主婦。ほほう、これはきっとハギスの「クラッシュ」みたいな、人種間の亀裂をえげつなくバイオレンスタッチに描いた作品であろう。 と、思っていると、後半45分くらいの部分に、作り手の主張したいことが次々に現れる。 たぶんこうだ。暴力は憎しみから生まれる。憎しみは、持たざる者が持てる者に対して抱く。これをどう攻略すれば良いのであろう。 カスダンは、「人生を投げ打つような捨て身の福祉活動」とか普通の人に実現不可能なことではなく、身の回りで行う「見返りを全く期待しないふとした親切」こそ、それぞれの人が取り得る最良の方法、と言いたいようだ。 たとえばマックはジェインをサイモンに紹介するが、これはふとした偶然の思いつきで、後日サイモンに「感謝」されてしまうマックは意外に思うのだ。 マック夫婦が捨て子を引き取る事にも、見返りは何もない。 「広げよう親切の輪」それも無意識にね、という感じ。 私は特にサイモンとジェイン(若き日のアルフレ・ウッダード!)のラブストーリーが気に入っている。 英語には「(男女が)つきあっている」という意味の言葉がなく普通は「ゴー アウト」とか「デイティング」とかいう。まさに、「連れ出って外に出る」のが男女交際なんだなあ。確立されたデート文化である。 その形式は厳格に決まっていて、男性が女性の家の「玄関まで」迎えに行って、連れ出す。帰りは、「玄関まで」送り届ける。これが紳士的なデートの手順であって、「どっかで待ち合わす」ということばかりされたらそれは女性がバカにされている、お手軽に扱われているということになる。 わがサイモンも、手順どおりにジェインを迎えに行く。そして…あちらの男性にとって「デート文化」がいかに大切な存在であるかは、サイモンに見るとおり。 バツ一で大学生の娘がいて40超えであろうと、初デートでは高校生のように緊張する。 もしも、デートがうまく行って、帰りがけに彼女がキスのひとつでもしてくれればもう、天にものぼる気持ち…。 サイモンのデレデレ顔を見ていると、「デート文化」ってなかなかいいものだなあ、と思うのだった(日本には存在しない)。 [CS・衛星(字幕)] 8点(2008-04-11 18:16:06) |
6. 私は「うつ依存症」の女
《ネタバレ》 「17歳のカルテ」感あり。主人公が全然うつ病に見えないんだけどそれは見ている自分がヘンなのか?エッチはするわ、夜遊びするわ、親とケンカするわ、どこがうつ病だ。安定剤で充分じゃないか。むこうでは、この程度でもうつ病と思われるのか。そんで「カウンセリング要」になるわけ。それなら、大した社会だ大変だな。この子は単なる情緒不安定のわがまま娘で「17歳のカルテ」と同じにしかみえない。 [DVD(字幕)] 6点(2005-12-10 23:41:43) |
7. 1.0【ワン・ポイント・オー】
《ネタバレ》 なんだか「マシニスト」感のある暗さ。「もの書き」が主人公の映画にも飽きたが、「暗い青年が暗い部屋に住む」のも「はやり」なんでしょうか。途中から「分かろう」という気がしなくなった。私の頭では「マシニスト」までが限界かな。「新種の広告大作戦」までしか分かりません。欲をいえば、バカバカしいくらい明るい住人を一人出したらもっと不気味さが出たかなと思う。 [DVD(字幕)] 7点(2005-11-18 22:59:41) |
8. ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ
《ネタバレ》 その昔関内の映画館で女友達と。その後なぜか2人で夜の山下公園を散歩。そんな思い出ある映画です。時間がぐちゃぐちゃで、当時は分かりづらかった。雰囲気はよく伝わる。ゴミ収集車へ飛び込むところは不可解であった。 [映画館(字幕)] 7点(2005-11-17 19:56:03) |
9. ワンス・アンド・フォーエバー
《ネタバレ》 ベトナム戦争映画も出尽くした感のところに、「最初はね」というやつをつくってみた。 戦闘場面よし。がんばるメルギブソンよし。いきなり振り向いて「ブロークンアロー」と言いたいためにつくったようにも思える。北ベトナム軍を人間としてちゃんと描いたところは評価できる。メルギブソンのリーダーシップに酔ってみるための映画。 [DVD(字幕)] 8点(2005-11-07 21:18:24) |