1. ライアンの娘
《ネタバレ》 デヴィッド・リーンのオール・タイム・ベストを選ぶとしたら、私は『アラビアのロレンス』じゃなくて迷わず本作です。この映画の映像・ドラマツルギー・演技は神がかっています。■まるで『ボヴァリー夫人』を彷彿させる重厚な人妻不倫物語、これが小説の映画化ではなくてロバート・ボルトのオリジナル脚本だとは驚きです。上映時間は三時間余りと長尺ですが、一時間ごとにテーマが変わってゆく構成になっています。ローズとチャールズの結婚までが最初のパートで、まさにランタイムがジャスト一時間でドリアン少佐がバスで集落に到着します。そしてその後の一時間はローズと少佐の愛欲物語、ラスト一時間ではティム・オライリーが武器弾薬を密輸しようとして村人たちに協力させますがあえなく失敗、そして悲劇的な破局になだれ込んでゆくわけです。まさに「序・破・急」のメリハリがきいたストーリーテリングで、長尺を忘れさせる巧緻な脚本です。■特筆しておかなければならないのは、オスカー受賞したジョン・ミルズのもう神がかったとしか言いようがない演技です。唖者(なんとこの言葉はいつの間にか差別用語になっているそうで、今は“発話障害者”と言わなければいけないんだって、言葉狩りって怖い…)で知的障害のマイケル、まさに俗に言う“神の子”なんですが、あの表情は素顔のミルズとはまるで別人で、本来はトレヴァー・ハワードが演じた神父のような役柄がピッタリな重厚な英国名優です。このマイケルは狂言回しのような役柄ですが、この映画で進行する出来事すべてを目撃する唯一の人物で、実は神だったのかもしれません。■そしてやはりオスカー受賞したフレディー・ヤングの撮影で、アイルランドの荒々しい自然を見せる映像は、もう適切な言葉が浮かばないぐらい感服してしまいました。雲の動きをダイナミックにとらえ、尚且つ太陽光の照りと翳りを鮮明に映した映像は、風景が雄弁にストーリーを語っているように思えます。嵐の海岸でのシーンも、スタントマンは当然使っているんでしょうが下手したら死人が出そうな凄い撮影でした。■ローズの行動はもちろんのこと、チャールズにしても演じるのがロバート・ミッチャムだけに優しいというよりも単に無気力な中年男という印象すらあって感情移入しにくいですね。第一次大戦中で独立蜂起が起きていたアイルランドが舞台ですけど、あの村人たちの民度の低さからは彼らが貧しいのは英国の圧政のためじゃなく、自分たちの怠惰のせいじゃないかとすら感じてしまいます。神父ぐらいしか好感が持てそうなキャラはいないのですが、ほぼ全方位に凡人や卑怯者を配置した脚本は上手いなと思います。幕が閉じてみれば誰にも幸福がもたらされなかった物語ですが、耳にこびりついてしまうモーリス・ジャールのテーマが流れると、こんな愚かな人間の営みにもかすかな希望があるような気がします。 [映画館(字幕)] 10点(2021-02-24 23:04:05)(良:2票) |
2. ラストエンペラー
《ネタバレ》 そう言えば『秦・始皇帝』も自分は観たので、知らないうちに“中華王朝マラソン完走!”の偉業を達成していました。でもその間の2100年間の中華皇帝の映画なんて観てないし(そんな映画自体がほとんど存在してないでしょ)、すみません全然意味がありませんでした(笑)。 ご存知、史上2作しかないオスカーのパーフェクト受賞達成(これはもう紛れもない偉業です)映画ですが、ひとことでまとめるとベルトリッチという西洋人の眼で観た現代中国史と言えるでしょう。頑迷なる東洋文明が近代西洋文明によっていかに変容させられたかということを追求する視点が貫かれています。西洋文明には共産主義も当然含まれるわけです。あとかなり溥儀の残した自己弁護に基づいて脚色され、お決まりの日本悪玉パターンが徹底しているところも要注意です。この映画は溥儀が紫禁城を出るまでの前半が映像と言いドラマチックな構成といいもうパーフェクトなんですが、満州に舞台が移ってからはとくに日本含みのパートが妙に薄っぺらで価値を落としています。坂本龍一の甘粕正彦なんて登場させている意図が判らないほどの影の薄さでした。婉容の私生児の件なんか、まるっきり日本が殺させたなんて史実と真逆の描き方なのはちょっと酷すぎの感があります。 溥儀の人生は日本が利用して狂わせたが、共産中国が刑務所で教育して真人間に生まれ変わらせたという結末なんですけど、ベルトリッチは共産主義を信じているんだなとため息が出てしまいます。 私の祖父は満州国政府の日本人官吏だったので皇帝溥儀と接触する機会もあったのですが、「溥儀は腹黒くて冷酷な人物だった」と回想していたそうです。 [CS・衛星(字幕)] 8点(2014-11-17 23:56:54)(良:1票) |
3. ラブ・アクチュアリー
最近はすっかりクリスマス定番映画になりましたね。ひとつひとつのエピソード自体はラブコメ映画のプロットの寄せ集め(それもコテコテの展開ばかり)ですが、それを同時進行させたおかげで臭みが抜けたように見せてくれる脚本が上手い。冒頭のお葬式とラストの学芸会に主要キャストを集めるという構成はなかなか秀逸、リチャード・カーティスの脚本は『ブリジット。ジョーンズの日記』よりよっぽど優れています。そしてビル・ナイの老ロッカーは傑作です。 しかし、ビリー・ボブが米国大統領でヒュー・グラントが英国首相じゃ世界の行方が心配です(笑)。 [CS・衛星(字幕)] 8点(2010-12-31 18:31:31)(笑:1票) |
4. ライフ・イズ・コメディ ! ピーター・セラーズの愛し方
《ネタバレ》 ピーター・セラーズのことを知らない人はそもそもこの映画を見ようとは思わないだろうし、彼のファンや人物に興味感心がある人には虚像と実像の差異に戸惑いを感じるに違いない。スターの人間性やゴシップなんかは別にどうでも良く芸さえしっかりしていれば十分、と言うのは自分の考えですがこの映画は「特殊な能力を持ったひとりの男の生涯」を描いたバイオグラフィーとしてはとても良く出来ていると思います。ただ注意しなければならないのは、古今の名優と呼ばれる人たちは「どんな人間にも化けられる」能力を大なり小なり持っているわけで、セラーズが「カラッポの容器」だったこととマザコンの性癖は関係がないということでは。「名優」イコール「マザコン」では無いことは言うまでもありません。 そういう部分を除けば、本作の脚本と演出はとてもTVムービーとは思えない水準の高さではないでしょうか。セラーズの元妻たち(リン・フレデリックは亡くなってますが)やブレイク・エドワーズがまだ存命なのに、ここまで赤裸々に映像化出来たことには脱帽させられます。 [CS・衛星(字幕)] 7点(2010-10-17 01:33:08) |
5. ラストキング・オブ・スコットランド
《ネタバレ》 歴史に名を残す悪名高き独裁者アミン、彼に気に入られて主治医兼側近になったボンボン育ちのスコットランド人医師の恐るべき秘話。という体裁の映画なんですけど、実はこの医師は架空のキャラで事実をモチーフにしたフィクションということなんです。アミンが主人公の映画といえば、これまた悪名高き『食人大統領アミン』というモンド映画がありますけど、この映画で描かれたような食人したとか生首が冷蔵庫に…なんて逸話は最近の研究では誇張された与太噺だったとか。“実はアミンはベジタリアンだった”というのも事実らしくて、こうなると苦笑するしかありません。それでも一説では三十万人の自国民を殺害したというのは紛れもない事実で、やっぱとんでもない奴だったのは確かです。 そんなアミンを巨漢フォレスト・ウィテカーが熱演しています。元来心優しいキャラを演じることが多かっただけに、権力を握りたてで妙にテンションが高い頃のアミンは彼の持ち味だけど、中盤からの疑心暗鬼に捕らわれて周囲の人間を殺しまくる独裁者に変貌してゆく様を、彼にしかできない見事な演技で見せてくれます。特に後半は、もうアミンにしか見えないというのが正直な感想です。でもそのアミンが可愛く見えちゃうほど嫌悪感を呼ぶのが、ジェームズ・マカヴォイが演じる医師でしょう。英国籍のくせにやたら「俺はスコットランド人だ」を強調するし、現地で世話になった医師夫婦を平気で裏切るし、女にはだらしがなくてアミンの第三夫人と情事を重ねて妊娠させちゃうし、パスポートを没収されて英国外交官に泣きついても「アミンの白いサル」と蔑まれて拒絶されるところでは、思わず「ざまーみろ!」と心の中で快哉を上げてしまいました。まあここまで観る人を不快にさせるとはそれだけマカヴォイの演技が優れているからでもあり、多いに褒めてあげなくてはね。 ラストのエンテベ空港事件を絡ませた脱出シークエンスは、史実を上手く取り入れたハラハラ・ドキドキの盛り上がるサスペンスでした。思い出すだけで背筋がゾクゾクしちゃうのはマカヴォイが乳フックで吊るされる拷問シーンで、これとケリー・ワシントンの意味が判らん切断死体を見せられるところはほんとキツイ。でもこの映画でグロいシーンはこの二ヶ所だけだった感じで、『食人大統領アミン』とはえらい違いです。ていうか、そんなモンド映画と較べられちゃ迷惑ですよね。 ハッピーエンドだったのかどうか、微妙なストレスが残る映画でした。でも実際のアミンが夢のお告げ通りに天寿を全うしたのは、ほんと世の中は理不尽です。 [CS・衛星(字幕)] 6点(2021-09-06 21:39:02) |
6. ラビナス
《ネタバレ》 『フロム・ダスク・ティル・ドーン』みたいに前半と後半ではテイストが変わってしまう映画。正統的なサスペンス・ホラーで始まったのに、途中からヴァンパイアかゾンビものみたいになっちゃいます。R・カーライルがまるで『28週後...』の高速ゾンビを先取りした様な暴れっぷりを見せてくれてなかなかの好演です。対するG・ピアースも彼が得意とするヘタれなヒーローと言うキャラなので安心して(?)観ていられます。 肝心のカニバリズム描写は特にグロいところもないのですが、実はいちばんグッときたのは冒頭の会食に出てくる妙に血なまぐさいレア・ステーキだったのは皮肉です。でもどうしても監督が『司祭』のA・バードなので、ラストなんかもカーライルとピアースのホモ的なイメージで閉めてきますし、もう彼女の趣味に走った感は否めなかったです。 そしてぶったまげたのはM・ナイマンの仕事とは思えない意表を突く陽気なサウンド・トラック、この先この映画はミュージカルになっちゃうんじゃないかと心配しましたよ。この辺りはD・アルバーンの色が濃く出ていたのかもしれませんね。 [ビデオ(字幕)] 5点(2013-05-29 21:20:27)(良:1票) |