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プロフィール
コメント数 115
性別 男性
自己紹介  2014年12月に投稿を始めてから8年が過ぎました。

 「映画評論家になれるのでは?!」と思える素晴らしい言葉を綴られる先輩レビュアーさん達に憧れつつも、私には、あのような文章を書けそうもありません。私の場合、少年時代に気に入り、DVDなどで観直しても好きであり続けている映画を中心に、まだピュアだった(?)少年時代の気持ちや、当時の状況を思い出しながら書きたいと思います。大人になってから観た映画も少しずつ追加しています。

 レビューの文面は長くなりがちですが…最後まで私の拙文を読んで下さる皆様に感謝申し上げます。

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41.  オズの魔法使 《ネタバレ》 
 「オズの魔法使い」という物語そのものを知ったのは小学校の低学年の頃に、和製テレビシリーズを観たのが最初です。ドラマ本編の詳細はあまりよく覚えていませんが、毎回、最後にドロシー役の女優さんと子供達のコーラスで歌われた【♪虹の彼方に】はよく覚えています。因みにこの番組はウィキペディアに掲載されています。  さて、当映画版は、その後【ハリウッド映画の古典】だと知り、ずっと観たいと思っていました。最初に観たのは、大学生の頃、NHKの夕方に放送されていた吹替え版です。まず主題歌【♪虹の彼方に】には「これが本家か!」と感動しました。そして【モノクロの現実から、カラーのオズの世界へと場面転換する演出】では「まだ白黒作品が多かった公開当時のアメリカの子供たちが、鮮やかなカラーにどれほど感激したことだろう!」と、察して余りあるものを感じました。また【カカシ・ブリキの木こり・臆病ライオンの特殊メイク】は単なる被り物(マスク)と異なり、俳優さん達の表情を見事に反映する出来栄えだと感心し、さらに【三人の素顔を再認識できるエンディング】も上手い演出だと思いました。なお、ストーリーは単純で、カカシ達に出会うごとに歌われるメロディーは、いつも同じでした。しかし「この同じフレーズの繰り返しのような構成は、まさに絵本・童話・昔話と同じだ。映画のセット(背景)も、まるで絵本から飛び出したような美術だ。きっと絵本・童話・昔話と同様に“すでにわかりきったお約束”に、感情や意識を乗せながら何度も繰り返し楽しむタイプの映画なんだろうな」と思いました。しかし、当時、我が家にはビデオデッキが無く「繰り返し観られない…」と【一抹の寂しさ】が残ったのでした…。  その後、私も結婚し、我が子が通う幼稚園の学芸会で、隣のクラスで演じていたのが【オズの魔法使い】でした。これを機にDVDをレンタルし、当作品を子供と一緒に吹き替えにして観てみました。すると、子供はすっかり夢中になりました。どうやら、優しい大人達と励まし合って冒険する雰囲気と、上記に明記した【繰り返し】が気に入ったようです。おかげさまで一時期、何度もリクエストされてレンタルし、学生時代の【一抹の寂しさ】は解消しました。さらに特典映像によって、子供は【映画が公開されて80年近くが過ぎ、俳優・女優さん達は既に亡くなられているが、作品の中で生き続けていること】に対し、幼いながらも【歳月/命のつながり】のようなものを感じたようです。その意味では、私も「TVで観た吹き替え版と配役が違う」と思いつつ、既に亡くなられていた【はせさん治さん】の声をカカシ役で聞けて、感じ入るものがありました。その後、オズの魔法使いの声を担当した【滝口順平さん】もお亡くなりになっています。ドロシーにとって【虹の彼方の世界】は【心配事の無い場所】でしたが、私や子供にとっては【亡くなった人達が、永遠に生き続けてくれていて、また会うことが出来る世界】のようになり…と、非常に“深い”味わいの作品となりました。今回、当レビューの投稿にあたり再見しましたが、思いは変わりません。   さて、採点ですが…当作品を好意的に観られるかどうかは、他のレビュアーさん達もおっしゃっている通り「いつ(どの年齢)で観たか」に大きく左右され、加えて「絵本・童話・昔話のような【繰り返し】を楽しめるか」「ミュージカルが好きか」「80年以上も前にこれだけのものを!と感心して観られるか」にかかっているかな…と思われます。私の場合は、子供と一緒に観た上記の“深い”味わいを上乗せして10点を献上させていただきます。そして、いつか子供も親となり「この映画はね、私がお前ぐらいの頃に、ジイジと観たんだよ」とつながっていってくれたら…そうなるよう、世界が平穏に続くように…と願っています。
[DVD(吹替)] 10点(2017-09-29 21:06:34)(良:1票)
42.  ちいさな英雄―カニとタマゴと透明人間― 《ネタバレ》 
 私はかつて【ぴあ・フィルムフェスティバル】や【イメージ・フォーラム】で、自主映画や実験映像を数多く観ました。その結果、これら【映像作家志向の人】と、【一般の人=役者さんの演技・ストーリー・脚本・キャラクターなどに焦点を当て、“劇”映画として観る人】とでは「面白い・優れている」の視点が全く違うことを思い知らされました。  その意味で、当短編劇場は【劇映画】と【実験映像】の中間的な印象。起承転結があって観やすかったです。物語の展開は、皆、予想がつきましたが、それぞれ映像表現が素晴らしく、没入できました。特に「サムライエッグ」は“個人的な事情”から、感情を揺さぶられました。以下、各作品の感想を明記します。   ●「カニーニとカニーノ」は、宮崎監督から継承した画風による王道アニメ調。【借りぐらしのアリエッティ:2010年】を彷彿とさせる【小さな生き物たちの視点からの世界】をはじめ【水面及び水中を漂う浮遊物】など、ディテイールの表現の豊かさが素晴らしかったです。映像化にあたって、おそらく実際に沢へ出向き、ときに水中を覗き込み、ときに水槽で生き物たちの生息場所を再現して…というような、米林監督らスタッフの皆さんの試行錯誤が目に見えるようでした。そしてクライマックス。モンスターのように描かれた川魚(多分、イワナ?)、絶体絶命の危機、そして「やっぱり鳥って“恐竜の生き残り”なんだな」と思えるサギの描写は、劇場の大画面で観たかったかも…。それにしても、アリエッティの発表当時から感じていましたが、米林監督は、まさに“ディティール表現の作家さん”であり、長編よりも、こうした短編でこそ、本領を発揮できるのでは…と、思いました。   ●「サムライエッグ」は、【食物アレルギー ━ アナフィラキシーショック】に関するもの。この【食物アレルギー】の題材にふれるたびに、私は、1980年代後半に報道された【給食のおそばを食べた結果、そばアレルギーによるアナフィラキシーショックで亡くなった小学生の男の子】のことが頭をよぎります。そのため、冒頭の病院のシーンから、胸が苦しくなりました。しかも、その後に描かれるのは、主人公・シュン君の学校生活とお母さんを中心としたご家族の心遣いの日々。楽しいはずのお誕生会やお祭りが常に死と隣り合わせ…因みに、私の子供の同級生の男の子も、様々なアレルギーのため、給食とは別に、お母さんが毎日、お弁当を届けていました。その男の子は今、立派に成長していますが、本人やご家族の日々のお気持ちはどのようなものだったか…そのため、高畑勲監督から継承したであろう、百瀬監督による【水彩画タッチのしっとりやわらかい映像で、リアルに淡々と紡ぎ出される日常描写】の一つ一つに対し、私は、上記の同級生の男の子のことが重なり「シュン君、そうだよね…お母さん、そしてお父さん、そうだよね…」と、込み上げてくる感情を必死でこらえながら観るはめになりました。そして、突然、襲ってくるアナフィラキシーショック…次々と沸き上がってくる身体の変化の表現は、シュン君の心までも映し出しており、まさにアニメならではと感じると同時に、非常に怖かったです。シュン君が助かり、立ち向かう決意をし、無事に同級生たちと自然教室(河口湖)へ行けたエンディングに至り、ようやく私の気持ちも晴れました。   ●「透明人間」は【周りから見えないことで、反社会的な行動をエスカレートさせていった2000年発表の某アメリカ映画】とは対照的な作品。周りから存在を認識されない孤独・空虚さ、そして【上下左右・天地の高低差の移動を通じ、この世から消えそうな状況から必死でもがくように留まろうとする心像風景】を描写した、山下監督による映像表現は、これまたアニメならはでしょう。赤ちゃんの救出を機に、【実験映像】的な暗く歪んだ映像から、ジブリやポノックらしい色彩豊かな映像へと転換した演出には、ホッとしました。比べるのは野暮でしょうが、上記の某アメリカ映画のように【何かというと“アクション”の名のもと、暴力・殺人・流血シーンを“迫力ある映像”として売りにする作品】に懐疑的な私は、ポノックの皆さんには、是非、暴力路線に堕さないよう、否、これらを浄化するような映像作品を作り続けてほしいと思います。   さて、採点ですが…3話とも15分程度だから良かったのであって、長編なら中だるみしてしまったことでしょう。短編だからこそ可能な映像表現の強みがあると思います。他のレビュアーさん達と同様、是非、この【短編劇場】はシリーズ化してほしいです。個人的には10点にしたいところですが…【起承転結のある“劇”映画の体裁をとる以上、観る人によっては、物足りなさを拭えない】という点を差し引き(それでも大甘で)、9点とさせていただきます。
[地上波(邦画)] 9点(2019-09-23 18:17:26)(良:1票)
43.  プロジェクトA子 《ネタバレ》 
 私が当作品を観たのは、約30年前。フジテレビでの夕方の放送(当作品の終わりに流れたテロップ:スーパータイム ‐ クェート機ハイジャック事件など ‐ から、1988年4月の放送と思われます)を機に鑑賞。何となく観始めたのですが「北斗の拳をはじめ、様々なアニメのオマージュ・パロディに溢れている!何故、A子が馬鹿力なのか、いちいち説明せず、漫画チックなアクションで押しまくるパワーが素晴らしい!」と、すっかり気に入り、途中(クレヨン画風の映像で、幼稚園時代の因縁を回想する場面)からビデオ録画しました。録画開始後は、巨大宇宙船を交えたメカアクションに、A子とB子のアクションを融合させる…というセンスにも感動しました。放送後、録画を繰返し観たのは勿論、レンタルビデオでノーカット版を観たり、レンタルCDを聴いたり…と、しばらく熱中したものです。  そのため、他の皆さんのレビューを拝読している間、挿入曲の【Dance Away/Follow your Dream】、さらに、A子「スクリュー・キーック!ドォーッ!」→B子「赤城山ミサイル!」といった台詞・場面の数々が頭の中を駆け巡り、テンションが上がりました。  早速、私もレビューを書こうと、レンタル店でDVDを…と思ったら、取り寄せ不可能とわかり…このたび、当時録画したビデオを発掘・再鑑賞した上で、投稿しました。   さて、再鑑賞(録画した、後半の約40分間の範囲)の感想ですが…やっぱり面白かったです!。以下、皆さんのレビューを通じて初めて知った事実も交えて書きます。  まず、今更ながら【くりぃむレモンシリーズとして製作されたのが発端/同時上映が、旅立ち‐亜美・終章】と知りました。「30年前の自分の熱中ぶりが、如何に表面的で知識に乏しいものだったか」を痛感したのと同時に「それまでエロに向けていたエネルギーを、創造的に発散させたことで、これほどのパワー溢れる力作になり得たのかも!」と思いました。いずれにせよ、良い意味で「男子向けの作品だな!」と再認識しました。また、ここまで底抜けに単純明快な作品として完遂するまでに、企画段階でも相当な押し問答があったはずであり、西島克彦監督達が、どれほどのエネルギーを注いだかを、察して余りあるものがありました。  もう一つは【M監督が「こんな映画は作ってはいけない」とおっしゃっていた】ということ。何となく私も感じてはいましたが、やはりそうだんたんですね…。確かに、東映アニメーションが【東映動画】という名称の時代から製作に携わっていたM監督にとって、【アニメブーム】以降に現れた当作品の【80年代テイスト】は、堕落のように映っても無理ないかもしれません。しかし【A子が、ミサイルを飛び石のように踏み越え、巨大宇宙船に向かっていくシーン】をはじめとする漫画チックな演出の数々は、十分、M監督の演出に通じるものがあるような…。それに当時のアニメ界が、ある種の閉塞感に満ちていたことは確かだったと思います。その閉塞感を打ち破るべく、西島監督は【A子】を、M監督は王道の【漫画映画】の復活をめざして【天空の城ラピュタ】を創ったのでは…とも思っています。そして奇しくも【A子】と【ラピュタ】が公開されたのは、共に1986年。この【昭和末=3年後から平成】という時期に、根底では共通する面がある(と私は思うんですけど…)2作品が発表されたことは、偶然を越えた【日本アニメ界の節目】のようなものを感じずにはいられません。  公開から30余年…【ラピュタ】に対し、当サイトでの【A子】のレビュー数は非常に少ないものの、平均点は決して負けていないことを嬉しく思います。最近、仕事疲れで投稿がストップしていたのですが、当作品の再鑑賞で元気を取り戻しました。ありがとうA子!   さて、採点ですが…【男子向け】ではあるものの、まだデジタル技術を使っていない【手描きアニメ】で、これだけ元気溢れる力作は滅多に無いと思います。【ラピュタ:私は10点を献上】と双璧をなす【昭和末】に生み出された傑作の一つとして、西島克彦監督と森山ゆうじ作画監督をはじめとする、作り手の皆さん達への敬意を込め、10点を献上します。   備考:若い人達が観ると、良くも悪くも【オタク志向の作品】と思われることでしょう。しかし当作品が公開当時(私がTV放送で観た当時も含む)は、まだオタクという言葉は一般化しておらず、敢えて言うなら【アニメファン/アニメマニア】という呼称が該当するかと思います。【オタク】が浸透したのは、その後に別のMによる【事件】があってからです。そのため、個人的には【アニメファン(マニア)】という言葉と共に語ってほしい作品です。
[地上波(邦画)] 10点(2019-07-18 21:49:12)(良:1票)
44.  アルゴ探険隊の大冒険 《ネタバレ》 
 レイ・ハリーハウゼン氏も「最高」と自負しておられる傑作として名高い作品。私が当作品を最初に観たのは中学生の頃・TV放映時でした。最後の骸骨兵士達とのチャンバラシーンには大感激しましたが、当時は残念ながら、ハーピーのシーンからの観賞でした。3年後に某名画座であらためて鑑賞し、その後もDVDやTV放映で何度も観ていますが…私には3つほど、どうしても【引っかかる・残念】と思ってしまう面があります。私にとっては【最高傑作】という前提での「この面をもう少し工夫すれば、もっと面白くなるのに」という意味合いのものです。ただし「そうであったとしても、当作品を絶賛する方々が読んだら嫌な気持ちになるだろうな…」と思い、これまで投稿を控えてきました。しかし、ハリーハウゼン作品の中で、当作品だけを除外し続けるのもいかがなものか…と考え直し、思いきってお伝えします。  【引っかかる・残念な面】の一つ目は、劇映画としての【伏線】の扱いが上手くないな…と感じてしまうことです。「乗組員には、力だけでなく頭も必要だ」と語るハイラスは、通常なら、後半の盛り上げに貢献するキャラクターのはずです。それなのに、タロスのシーンで亡くなってしまい、ヘラクレスが船を降りる理由づけの役割でしかありません。そして【ヘラによる5つの助言】も、このタロスが登場するブロンズ島のシーン(上映開始後約50分=映画の中盤まで)の間に使いきってしまいます。「劇映画としての体裁をとる以上、これってどうなの?」と腑に落ちなかったのですが…考え直してみると、私が幼い頃から慣れ親しんできた【ペルセウスの冒険】の映画化であるタイタンの戦い(1981年)の当レビューには、私ならスルーしてしまう要素について「内容が腑に落ちない/感情移入できない」といった趣旨のご意見を幾つか拝読しました。それと同様、アルゴにおける私にとって腑に落ちない面も、この冒険談に慣れ親しんでいる方々にとっては、スルーできる類のものなのかな…と思われます。  二つ目は、タロスの後半シーンを物足りなく感じてしまうことです。全体を通じ、巨大な金属像が動く雰囲気は抜群で、当時の日本の着ぐるみ特撮は勿論、現在のCGでも決して表現できないものだと思います。踵の栓を抜かれて倒される結末は事前に知っていたのですが、そこに至る過程が寂しいです。巨体が災いして?巨大な剣も小さな人間達には届かないなど手をこまねいている間に抜かれてしまうような印象を受けます。犠牲者は上述のハイラス1名で、しかもタロスの力によるものではなく事故です。失礼を承知で例えるなら【ウドの大木】のように感じてしまいます。ただ、上述の通り、最初のTV放映でタロスのシーンを見損ねてしまい、某名画座で観るまでの間に期待が膨らみ過ぎたからかもしれません。また、タロスが猛威を振るってしまったら、探険隊の冒険もここでピリオドを打っていたでしょうし…。  三つ目は、【吠える岩】の通過後から【ヒュドラ登場】までの約20分間が、私には退屈なことです。特に【船上でのアクション】は、狭い足場での撮影・演出で大変だったと思うものの、私には見せ場としての魅力が今一つです。因みに、このアクションシーンはTV放映枠ではカットされるのが常ですが、仕方ないかな…と思います。ただ、大なり小なり、ハリーハウゼン作品のドラマ部分は【特撮シーンまでのつなぎ】という面は否めず「最高傑作と言われているのに…」という意味で、私の眼差しが辛口になっているだけかもしれません。  さて、採点ですが…以上のようなことから【全面賛成派】になれないでいるものの、当作品が醸し出すパワーの前では些細なものだとも思っています。ハリーハウゼン氏が開拓したファンタジー・神話作品の最高峰であり、脂が乗りきっていた全盛期の作品であることに間違いないでしょう。視覚的なスケールの大きさといい、特撮場面の一つ一つが【絵】になっていると思います。その【絵】を引き立てるバーナード・ハーマンの重厚で生き生きとした音楽も素晴らしく、個人的には【オープニング/タロス/吠える岩】のBGMが特に好きです。シンドバッド7回目の航海(1958年)と並ぶファンタジー映画の古典として、10点を献上させていただきます。
[映画館(字幕)] 10点(2016-09-08 21:31:53)(良:1票)
45.  デューン/砂の惑星(1984) 《ネタバレ》 
 当作品は、私にとって【日本テレビ放送版:昭和63(1988)年6月10日、金曜ロードショーにて】に馴染みがあります。以下、“日テレ版”と呼称し、その吹替えでの言葉を引用して書かせていただきます。   実は、日本で劇場公開された昭和60(1985)年当時、私は事前にSF雑誌を読んで「設定が複雑でわかり難そう」と敬遠してしまったのです。  約3年後、日テレ版を鑑賞。当時は我が家にもビデオレコーダーがあったので、録画もしました。すると「初めて観る視聴者に配慮してくれている」と感心しました。  まず、映画評論家の水野晴郎さんが、皇帝・アトレイデス家・ハルコーネン家の関係を、イラストで説明してくれた上でスタート。  本編では、イルーラン姫が語り手となって展開しますが、TV放送用として、台詞の無い場面に姫のナレーションを追加した箇所がありました(録画を観直した際、二か国語の主音声・副音声を聞き比べて確認しました)。一例として、ナビゲーター達一行が皇帝に会いに来た場面での「当時、宇宙空間の輸送を全て司っていたスペースギルドの力は、皇帝をも凌ぐものがありました。突然のギルドの訪問に宮廷は緊張していました」が挙げられます。  さらに【TVでの映画放送の慣例】として、各キャラクターが最初に登場するとき【ポール・アトレイデス - カイル・マクラクラン】というように【役名 - 役者名】のテロップが出るのも、人物を把握する上でプラスだと思いました。  このように、ごく大雑把ながら、設定などを理解できたおかげで【無念の死を遂げた父の仇討ちという、定石に則った物語】として楽しめました。   あれから30余年…当サイトで、当作品及びヴィルヌーヴ版のレビューを拝読するうちに、頭の中で当作品のテーマ曲が巡るようになり、かきたてられるように押し入れへ…埋もれていたビデオを発掘できました。  こうして日テレ版を再見。しかも勢いでDVD(劇場公開版)もレンタルして観比べたところ、やはり、わかりやすかったです。  特に放送用にカットしたドラマ部分(正味10分+α)は、大勢に影響がない箇所ばかりでした。日テレ版を作成したスタッフさん達に、あらためて敬意を表します。  敢えて言うなら、30余年前に観たときも感じましたが…フェイドとラバンの最初の登場シーンにおける「ハルコーネン男爵の甥にして後継者のフェイドは、冷酷無比な性格で権謀術数を好む若者でした。クイザッツ・ハデラックを善の超人とするなら、フェイドこそまさに悪の超人。ポール・アトレイデスの宿命のライバルです」という“追加ナレーション”は、その後の展開と照し合せると、残念ながら的外れかと…。   以下、作品自体にもう少し言及すると…  まず、ブライアン・イーノ氏によるテーマ曲は、シンプルなメロディーの繰返しで印象深く、私は好きです。おかげで上記のようにビデオも発掘できましたし…(笑)。  クラシカルな味わいのある美術も独特で、特にハルコーネン男爵の描写に象徴される“グチャッ、ジュルジュルッ”と形容できそうな演出は、観る人によって好みが分かれそうです。  しかしグロテスクな演出ばかりでなく、ポール達が皇帝軍に勝利したとき【妹のアリアが酔いしれるような表情を浮かべる姿】は、ごく一瞬の映像ですが、リンチ監督の美的センスが光っていたと思います(この映像については、他のレビュアーさんも言及して下さっています)。  なお、スティルスーツが黒なのは、砂漠を背景にしたとき、人物が映えるよう意図したのかもしれませんが…“水分の濾過装置と熱交換システム”が備わっているはずもなく、砂漠のロケでは、灼熱の太陽光を吸収し、役者さん達は大変だったと思います。実際、日テレ版では水野晴郎さんも「連日40度という暑さ続きで(中略)皆さん、バタバタバタバタ倒れてしまったんだそうですね」と解説しています。そのため私は「たとえ失敗作と評されようとも、とにかく完成できたことは、過酷なロケの苦労が報われたと言えるのでは…」と考えたいです。   さて、採点ですが…まず、鑑賞環境は地上波(吹替)とさせていただきます。「日テレ版がポピュラーになり得たなら、日本ではもっと親しまれていたかも」と思いつつ、①確かに劇場公開版はわかり難い、②独白やナレーションなど言葉での説明が多く、特に後半は急ぎ足で、全体的に総集編的…という【2つの点】は、私も否定しません。  しかし個人的には「膨大な情報量の原作でありながら、よくぞ、公開にまでこぎつけた」「当作品があればこそ、TVドラマ版(2000・03年)、ひいてはヴィルヌーヴ版へとつながったのでは…」と思うのです。そのため、上記【2つの点】のみを差引き、大甘とは思いますが8点を献上させて下さい。
[地上波(吹替)] 8点(2021-12-04 19:55:46)(良:1票)
46.  モスラ(1961) 《ネタバレ》 
 【三大怪獣 地球最大の決戦:1964年】【怪獣大戦争:1965年】と共に、当作品も鑑賞する機会を得たので投稿します(なお、勢いで投稿した後に、皆さんのレビューを拝読し、2日後に追加・修正させていただいております。良投票してくださった方、ごめんなさい…)。  当作品は、私が幼稚園にあがるかあがらない頃に、TVで初めて観た【東宝製作の怪獣映画】です。幼い私は「モスラは、ウルトラマンに出てくるヒドラやシーボーズと同じで、悪い怪獣(スイマセン、当時の私はこういう言葉を使っていました)じゃないぞ。悪いのは、あの外国人だぞ。お願いだから、小さいお姉さん達(スイマセン、当時の私は“小美人”という名称が頭に入りませんでした)を、早くモスラに会わせてあげて…」と一生懸命、祈るように観ていたのを覚えています。   その後、高校生の頃にTV放送されたとき(放送用のカット版)は、幼児期の記憶が蘇ったのと同時に「インファント島の人々が石を打ち鳴らして警告する姿などに『もう戦争はたくさんだ』という当時の製作スタッフの皆さんの真摯な願いが随所に込められていると思う。まさに日本だからこそ作り得た力作だ!」と感じ入ったものです。   そして、今回、DVDでノーカット版を観たわけですが、以下、3つの感想を持ちました。  まず、ドラマについて。他のレビュアーさん達と同様、フランキー堺さんのコミカルな演技に好感が持てました。そしてドタバタに脱線せず、真面目な展開を崩さない本多監督のバランスの良い演出に感心し、最後まで飽きずに観るこができました。  次に、特撮について。これも他のレビュアーさん達が語り尽くしておられますが…東京の街並みをはじめ、全て手作りされたミニチュアは大規模で、その労力を考えるだけでも、当時のスタッフの皆さんの熱いエネルギーが伝わってくる思いがしました。それにしても、渋谷界隈は、↓の【カシスさん】のおっしゃる通り、今とは様相が随分違っています。不謹慎かもしれませんが「現在の街並みは、モスラが“通過”した後につくられたのではないか」…そんな連想が頭に浮かぶほど、渋谷での破壊シーンに迫力を感じました。敢えて言うなら、汚れ塗装まで施した渋谷街に比べ、ニューカーク・シティのミニチュアは作り込みが甘い印象を受けました。しかし、提携した外国の映画会社の要請で急遽、作製したものなので仕方ないかな…と思います。それでも、モスラによる突風で無数の車が飛び交う絵作りには抜かり無く、さすがだと思いました。  最後に、テーマについて。今回は【戦争 ― 平和】以上に【一部の人間の欲望のために、多くの人達が不幸になる】という点が印象に残りました。特に「モスラには善悪の区別はありません。私達を島に戻す本能しかないんです」という小美人の台詞を反映するように、モスラは、ただひたすらに小美人を求めて、周囲を破壊しながら突き進みます。その姿を、私は【自然災害】のように思いました。製作当時は想定していなかったでしょうが【一部の国の利益追求のために地球温暖化の歯止めがかからず、その気候変動の巻き添えになる人々】という図式を、今回、連想しました。その意味合いで【平和】を捉え直すなら【国際的な相互理解と協働】といった言葉が今日的なのかもしれません。   さて、採点ですが…上記で言及したテーマほどに深読みしなくても【私利私欲に対し、 善意・良心が勝利する物語】として素直に観られる作品だと思います。【ゴジラ:1954年】が【人間の営みの影や悲しみを描いた傑作】なら、当作品は私にとって【幼児期+高校時代+現在…】と積み重ねた思いのもと【人間の光の部分を(信じたいと)描いた力作】として、対の存在です。私も10点を献上させていただきます。  ━ 備考 ━  幼児期から耳に焼き付けられた「モスラ―やっ!モスラ~♪」の歌声…今回の再見で、小美人を演じたザ・ピーナッツお二人の声量やパンチのある歌いっぷりを、やはり素晴らしいと思いました。後年、モスラは東宝作品に何度も登場し、小美人もコスモスと名を変えたりして多くの女優・歌手の方々が演じています。歴代のモスラ作品を観た各世代の皆さんごとに「この人達の歌声こそ最高!」という親しみがあることでしょう。
[DVD(邦画)] 10点(2018-01-11 21:40:38)(良:1票)
47.  キングコング対ゴジラ 《ネタバレ》 
 私は、これまで当作品を観たことがありませんでした。子供の頃、頻繁に東宝特撮映画をTVで放送していたにもかかわらず、何故か、当作品は見損ねていたのです。さらに、その後、特撮の専門誌を読むようになって「元祖キング・コング(1933年)の生みの親であるウィリス・オブライエン氏は、フランケンシュタインが創造した怪物とコングが戦う企画をRKOに持ち込んだのだが、いつのまにか日本に渡って当作品になったことを知り、落胆した」という情報を知ってしまったことも影響しました。  ところが【東京おにぎり娘:1961年(昭和35年)】を観たら、無性に「同時期の作品を観たい!」という衝動に駆られて、遂にDVDをレンタルし鑑賞させていただきました。   基本的には、素晴らしい作品だと思います。  まず【モスラ:1961年】も担当した関沢新一さんによるコミカルな味付けの脚本と、それをテンポよく演出した本多猪四郎監督の本編(ドラマ)パートからは「これは世紀の対決だよ!娯楽映画として気楽に楽しんで!」というエネルギーが伝わってきました。  そして、他のレビュアーさん達もおっしゃっている通り、有島一郎さんが素晴らしいですね。私にとって有島さんは、TBSの子供向けドラマ【ケンちゃんシリーズ】のお爺ちゃん役や、TV時代劇【暴れん坊将軍】の初代の爺の印象が強かったので「昭和を代表する名俳優さんだったんだ!」と感激しました。  一方、特撮も素晴らしく、しかも、上述した本編(ドラマ)と違和感なくテンポ良くつながり合っているのは、本多監督と円谷英二さんとの信頼関係の賜物では…と思いました。   ただ、肝心のゴジラとコングについては…まず、ゴジラは良いとしても、コングの造形がどうも…私から見てもお世辞にも良いという印象は受けませんでした。鑑賞後、あらためて特典のコメンタリーを聴くと「アメリカ側から、コングの顔はオリジナル版とは違うものにしてくれ、と注文をつけられてしまった」と知り、相当、作り難かったんだろうな…と、納得しましたけど…。  また、闘いについても、最後の最後でコングも【落雷のパワー】で互角になるものの、それまでは常にゴジラ側が優勢の展開であり、【ゴジラ映画】としては良くても【コングの作品】という意味ではどうなんだろう…と微妙な気持ちになりました。   さて、採点ですが…このようなわけで【昭和パワーに溢れた元気な娯楽作品】としては申し分なく、【ゴジラ映画】としては10点にしたいところですけれど…【コングの作品】としては引っかかるものが残りました。このモヤモヤは、この後に観た【キングコングの逆襲:1967年】で解消されるのですが…その【キングコングの逆襲】と比較して8点とさせていただきます。ゴジラごめんね…  *【キングコングの逆襲:1967年】は、別途、レビューを投稿しております。
[DVD(邦画)] 8点(2020-10-11 19:06:49)(良:1票)
48.  電人ザボーガー 《ネタバレ》 
 熱血漢の主人公が、パートナー(番組名のキャラクター)と二人三脚で悪を打ち砕く…私にとってザボーガーは【ダイヤモンド・アイ:後述します】と並ぶ異色の二大ヒーローもの。  この映画版の劇場公開当時「糖尿病を患う中年男になった大門は…」という某TVの宣伝コーナーを見た瞬間、私は悲しみのあまりチャンネルを変えました。「ザボーガーはそんな物語ではないだろう?!どうせ、往年の作品を【素材】としてだけ取りあげ、後は監督の【作家性】とやらで全くの【別物】にしてしまったのだろう…ザボーガーは、ウルトラマンなどに比べてマイナーかもしれないけど、約1年続いた作品であり、当時、一定の支持があったからこそ残っている作品のはず。もう少し、当時、子供だった私達の世代の気持ちも大切にしてほしい。せめて、当時の主題歌をバックに、現在のセンスを活かしてオープニングを再現するなど、オリジナルをリスペクトした場面を盛り込んでほしい」と思い、それっきりになっていました。  これが早合点と知ったのは8年後の2019年の年末。偶然、映画版のオープニングを観る機会があったのですが感激しました!「電人ザボーガー、GO!」と命令する大門のポーズや口調を目の当たりにした瞬間「今は亡き、山口暁さんが生き返ったの??」と思うほどの再現度!主題歌は新録のようでしたが変にアレンジせず、子門真人さんに負けず劣らずの正攻法の歌いっぷり!まさに私が上述した【オリジナルをリスペクトしたオープニングの再現】に他ならなかったからです。  これは観よう!…と思いつつ、レンタル店で借りられたのは2月になってからでした…以下、他のレビュアーさん達の文面に目を通した上で投稿します。   特に第1部ですが…TVをリアルタイムに観た世代か否かで、印象がだいぶ変わるんだな…と思いました。エンディングにTVのオリジナル映像が流れますが、我々リアルタイムに観た人達は「おお!この映画では、当時のテイストを本当に見事に再現していたんだな!」と感激するでしょうし、一方、若い世代の人達には「何?これ…元々がこれか…」と失笑ものかも…井口監督は、それらを見越して、昭和40年代の生真面目・熱血テイストを誠実に再現しつつも、微妙にコミカルな演出を加えたのかな…と思いました。何故なら、純粋に生真面目に演出したとして、若い人達に「これはギャグだよね」と笑われてしまったら、井口監督は勿論、我々の世代にとっても、とても悲しいですから…。結果としては、真面目に観て下さった若い方々には(否、リアルタイムの方々にも…)色々な反響があるようですけど…。  第2部は、まさに井口監督の真骨頂。「我々も歳を重ね、大門同様、身体にガタが来ちまったよ…理想と現実の違いも思い知らされてるよ…それでも根っこは腐っちゃいないんだぜ!」という熱い思いが私にも蘇りました!おそらく井口監督の狙い通りでしょう。なお、アキコがサイボーグとしての宿命から解き放たれるコンセプトは映画版のオリジナルですが…【ダイヤモンド・アイ】の最終回に似ている気がしました。単なる偶然なのか、井口監督も観ていて意図的?無意識?に取り入れたのかも…と思ったりしました。    さて採点ですが…感激ぶりだけなら10点ですが、観る人により印象が大きく変わるようなので、当サイトの採点基準である【見た後、率直に面白かったぁ…って言える作品】として8点を献上します。なお、私は当作品を【リメイク作品のお手本】と感じましたが…後続作品は「往年の再現をした後は、自分の作家性で、幾らでも別物にして良い」と形骸化しそうな気がします。アニメも含めて昭和の子供番組のリメイクは、今後、控えてほしいな…と思います。  *備考 ダイヤモンド・アイについて *以下、【アイ】と表記。DVDを再見して明記します  放送期間は 昭和48(1973)年10月~同49(1974)年3月。一方、ザボーガーの放送開始はアイの終了直後の昭和49(1974)年4月。小学生だった私は「アイは終わって残念だけど、他のチャンネルで似た番組が始まったぞ」と嬉しくなったものです。主人公は正義感に溢れるルポライター。パートナーのアイは、主人公がはめている魔法の指輪から召喚される精霊。敵は、前世で欲望に執着するあまり怪物化し現世で悪事をはたらく【前世魔人】。主人公とアイは主従関係でなく、愛と正義の思いで結ばれた友人として描かれています。また精霊といっても万能ではなく、主人公がアイを助ける場面もあり【共に戦う】というコンセプトが好きでした。ただ子供心に「オイルショックで、作るお金が足りないんじゃ…」と心配したことも…。現在、再見しても私は好きですが、若い方々には、ザボーガー以上のインパクトがあるかもしれません。ただしリメイクは控えて…
[DVD(邦画)] 8点(2020-02-24 11:59:46)(良:1票)
49.  さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち 《ネタバレ》 
 この映画が公開されたのは1978年。スターウォーズの日本公開と同時期でした。私は当時小学校の高学年でした。私はスターウォーズも大好きになりましたが、私の周りは圧倒的にヤマト派でした。ある映画館では、この二つの作品を同時上映しており、見に行ったのですが、やはりヤマトに好意的な観客が多かったのです。その後、中学になってもヤマトの人気は高く、思春期に入った女子生徒達は、男性キャラクターへの憧れと相まって、ヤマトの良さを強調するために、スターウォーズは辛らつな言葉をもってこき下ろされ続けたのでした…。  あれから一体、どの位の歳月が流れたことでしょう。他のレビュアーさん達もおっしゃる通り、その後、ヤマトシリーズはその場での感涙を誘うためにキャラクターを次々と死なせるといったパターンを繰り返してしまった結果、世間からすっかり呆れられ、冷笑されながら幕を閉じてしまいました。もし、この「さらば…」で終わらせていれば、永遠の名作になり得たかもしれません。  このように、当時、惨めな幕切れに終わったヤマトシリーズですが、2013年に放送されたTVシリーズ「宇宙戦艦ヤマト2199」は、ガミラスだけでなく、ガトランティス帝国なども包括した世界観を構築し、かつ、最初のTVシリーズの根底にあった【異文化との相互理解と共存】の精神を上手に引き継ぎながら展開していたと思います。ようやくヤマトの名誉が回復されたのだ…と感じました。ただし、そのダイジェスト?の映画版をご覧になったレビュアーさん達のお言葉を拝見すると印象は良くなかったようですが…。どうか、人気にあやかって続編を作ってしまい、かつてのシリーズの二の舞にならないように…と願うばかりです。  さて、採点ですが、個人的には10点をつけたいところですが、超巨大戦艦との最後の決着方法が引っかかりました。あれはいわゆる特攻精神です。おそらく当時から物議を醸しだしていたかもしれませんが、現在でも意見が分かれるのではないか…と思われます。この部分を差し引き、9点とさせていただきます。 
[映画館(邦画)] 9点(2015-02-23 22:11:27)(良:1票)

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