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なんのかんのさんの口コミ一覧[この方をお気に入り登録する

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21.  フィツカラルド
異文化との接触のテーマ。互いになんだか分からないまま、一緒に仕事しているおかしさ。こちらを神と思っているインディのいちいちの変化に、こちらはビクビクしいろいろ考えたりするわけだけど、よく分からない不気味さ。こちらが向こうを利用して船を山越えさせたようでいて、向こうは神の怒りを静める目的でこちらを役立てている。使役しているのかされているのか、最後にはどっちがどうだか分からない面白さ。文化の対比としては、こちらにカルーソーのオペラ、あちらに太鼓。最終的に彼は満足したのかどうか。自分の労苦が染みついた船に歌劇団を乗せ、赤い椅子に座り葉巻をくゆらせて観賞する。これは夢の成就のようでもあり、自分の夢を一段下げ矮小化させて納得したようでもある。映画の幕引きとしては、バッチリ決まった。あと一つのテーマは、夢ゆめと騒ぐ男と、それを見守る女の構図、これはもう古今東西普遍のもの。
[映画館(字幕)] 8点(2012-09-05 10:09:42)
22.  フォー・ザ・ボーイズ 《ネタバレ》 
アメリカ人にとってはジーンと来るものがあるのかも知れないけど、もう少し批判精神があってもいいんじゃないか。90年代の作品なら軍隊慰問ってもののイカガワシサを描くのかと思ってると、そういう映画じゃなかったのね。ベトナムで受けないところで、やっと対象化するのかと思ってると、ベット・ミドラーの「イン・マイ・ライフ」で一同しんみりしちゃう。爆撃で息子の死につなげて、彼らは裁かれない。J・カーンがカメラを気にする、なんてのもちょっと面白く膨らませられそうなモチーフなんだけど、ただ彼の性格のイロドリに終わっている。赤狩りの扱いも単純すぎて、やはりイロドリ程度。でもこういうのを褒め称えるってとこにアメリカ精神の一典型がハッキリあるとは確認できる。ミドラーは全編気持ちよく歌っており、懐メロで綴るアメリカ戦争史と思えば、大味も気にならぬ。
[映画館(字幕)] 6点(2012-08-14 09:47:58)
23.  ふたりのベロニカ
これは不思議な映画で、おそらく東と西とに同じ娘が生きてるという漠としたイメージが先行したんでしょうね。動乱のさなかポーランドという国のことをじっと考え詰めて息苦しくなってきたときに、その外の世界に住むもう一人の娘について考えが飛んだというか。ハリウッドだったら、あるいはヨーロッパの西の国だったら、もちっとメルヘンにしたりドラマチックにしたりするだろうが、ポーランドは渋い。渋くならざるを得ないところが、東欧の土壌なんだろう。西に分身がいるということ、東に分身がいたということ、それぞれ忘れないようにしよう、ってことか。政治的な動乱は極力点景として描かれる。撤去される銅像も、インターナショナルのメロディも、脚光を浴びない扱い。デモの学生とは反対方向に歩き、落ちて散らばるのは政治ビラではなく楽譜だ。『殺人に関する…』のときの、黄濁した光が満ちる。考え詰めた果てのとても切実なことが語られているようだけども、それが明晰に伝わってこないもどかしさが、この監督作品にはいつも感じられる。
[映画館(字幕)] 6点(2012-07-22 10:04:43)
24.  フィッシャー・キング
この監督はもっとヒネクレたもので勝負すべきで、ピュアなものを肯定したい気持ちになってたのかな。R・ウィリアムズが出るとすぐそういうトーンになっちゃうんだ。でもそこはじっと我慢して『ブラジル』の線で行ってほしかった。中世志向もグロテスク趣味というよりロマンの味付けどまり。通勤の人たちのワルツのシーンのみ買う。これ脚本にはギリアムはタッチしてないのね。全体として監督が慣れない世界で窮屈に仕事している感じで、そこから世界が広がれば次のステップになるんだけど、なんかこの窮屈さから抜けられなくなってしまった印象。
[映画館(字幕)] 5点(2012-07-17 09:59:25)
25.  ブリジット・ジョーンズの日記
あれは太っているのか。たしかにおしりのアップは迫力あったし、キチキチのものを着てるときは、縁でお肉が盛り上がっているけど、いかにも演出でそう見せてるって感じで、「太っている」に分類できるほどの立派な「太っている」ではないんではないか。せいぜい妥協して「太り気味」。あれが「太っている」では、ちゃんとした「デブ」に失礼であろう。小柄のせいもあるかも知れないけど、どうも最後まで納得いかなかった。ラブコメのヒロインとして許される範囲内での「太っている」だったのだな。可愛くなくちゃヒロインは張れないし、そこらへんのギリギリのせめぎ合いが映画のブリジット嬢を造形していった過程を考えると、それなりの創造の苦労が思いやられる。女性観客が自分を投影でき、しかしあまりにリアリズムではまずく、ある程度憧れの対象でもなければならない、という「連続しつつかつ非連続」という難しい造形。そこを体の部分的な太りで乗り越えたのであろう。そう思って再度肉付きにのみ注目して飛び飛びに観賞したら、やっぱり太ってるか。
[CS・衛星(字幕)] 6点(2012-07-01 09:22:33)(笑:1票)
26.  プリンス・オブ・シティ
正義の定義が不明確になった時代、逆に言えば明晰な不正と言うものがつかみづらい時代でもある。微温的な悪の時代と言うことか。たしかに主人公の警官は自分の今までしてきたことに対して疚しさを持っている。それがあまりいいことではなかったと思っている。そこで摘発する側に協力するわけだけど、ここで囮になってもっと汚いことをするわけだ。同じようなことをやっていても、所属によって悪になったり正義になったりする。観客も身を寄せる絶対的正義のないこの物語の中で不安定に浮かんだままだ。仲間の人懐こさを丹念に見せられると、主人公の裏切れない心もよく分かってくる。機構の隙間に迷い込んでしまったものの目に映る「正義」の曖昧な本性、そこらへんがテーマと見た。カフカ的ですらあるテーマを「雰囲気」に逃げず、あくまでも監督の手触りの感じられる世界に投影するのが、この人の実直さ。仲間うちの信頼が決して正義とは重ならないことを承知していながら、まだ確かな手触りが感じられるそのほうに寄っていく主人公。設定は納得できるが、やや演技過剰気味のヒステリーになってしまったか。ラストで若い警官に侮蔑を受けるシーンが印象的。
[映画館(字幕)] 6点(2012-06-25 09:44:24)
27.  フロント・ページ(1974) 《ネタバレ》 
これ起こっていることは深刻でほとんど社会派もの映画の題材だよね。刑の執行を強引に行なおうとする行政側と、逃亡した死刑囚。それに新聞記者が絡んで、日本だったら熊井啓がムッツリ描く世界。ブンヤ魂の描写にしても、首にタオル巻いてたりしてもっと汗臭く泥臭く描く。それらを一歩離れて笑いで描くところが、アメリカの大人の文化。こういう映画や戯曲が生まれる成熟には、日本はまったくかなわないと思う。広い意味での粋がある。主人公も自分のブンヤ魂にウンザリしていて、まっとうな暮らしをしようと判断した直後だった。でも事件が起こるとじっとしていられない。しかし目の前で娼婦が愛人のためにとった行動を見て、ああ愛のある世界がまっとうだ、とそっちの新婚旅行方向へ舵を切り直そうとする。しかしそれをさらにまた編集長が引き戻していくわけ。この「分かっちゃいるけどやめられない」ブンヤ稼業の業のようなものを、笑って見ている大人の目がある。この監督の新聞記者ものでは『地獄の英雄』も傑作だったが、ブンヤ映画で名作が生まれるアメリカは、大人の国ってことなんだ、いや、これはもう過去形で言わなければならないか。
[CS・衛星(字幕)] 8点(2012-06-02 09:55:58)(良:1票)
28.  ブンミおじさんの森 《ネタバレ》 
夏の夜の感じ。背後では虫の声が続き、夕涼みをしている部屋でぼそぼそと語り合う親族一同。そこにふんわりともう一人、すでに亡くなった親族が現われてきてもおかしくないような夜。一年中こういう夏の夜の感じが続いているのなら、さらに毛むくじゃらの猿の精霊となったせがれも、階段をゆっくり上がって来ることがあるかも知れない。ちょっとは驚くが、あとはすんなり状況を受け入れて会話は続いていく。「ずいぶん毛が伸びたのね」。すると次に美貌を失った王女さま(?)と輿かつぎの若者の悲恋っぽい話になり、それを見守るナマズが慰めたりする鏡花にでもありそうな世界に唐突に切り替わる。バックの滝が美しいが、こちら観客はその展開にただ呆然とする。するとさきのブンミさんの話に戻って幽霊との洞窟探検になり、分かりやすく判断すれば亡妻に死の国へ導かれたような図だが、そういうおどろおどろしさはない。いたって淡々とブンミさん死んで、淡々と葬儀に移り、画面では香典の金勘定をやってる。王女さまのおとぎ話の対極のような世界。お寺が怖くて睡眠不足だった坊さんはシャワーを浴びTシャツに着替え(坊さんがシャワー使ってる光景なんてたぶん人生でこれ一回見るきりだろうが、だからってなぜこう丹念に見せられるのか)、さて飯でも食うか、と出かけるところで最後のサプライズが来、観てるものの呆然を残して映画は終わる。ついついこちらは「アジア映画」というものを「素朴な良さがある」「癒しの」世界という心構えで観てしまっていた。題名もなんかそれっぽいし。ところが前衛映画ってやつだった。エピソードのひとつひとつは奇譚として面白いんだけど、それがどう関係しているのかが分からない(前世ってこと?)。もうちょっとヒントくれてたら心穏やかに観られたのに。アジアの映画も、そう「癒し」ばかりじゃなく、むかし見たバングラデシュの『車輪』っていうのは、行き倒れの死体を遺族の村に運ぶように頼まれた男の話で、なかなか目的地の村にたどり着けず(村の名前を間違えていたり、結婚式をやっていて不吉だと追い返されたり)、しだいに死体には蝿もたかり、死者の幽霊が「俺の村を見つけられるかな」とからかってきたりと、なんかブニュエルを思わせるような傑作だった。アジア映画が、「癒し」「素朴」の方向で享受される時代はとっくに終わっていたことを悟らされるこの『ブンミおじさん』ではあった。
[DVD(字幕)] 6点(2012-05-26 10:23:21)(良:1票)
29.  冬の小鳥 《ネタバレ》 
息苦しくなる映画で、この作品のトーンからすると「最後は幸せになりました」じゃなく、最後はきっと「それでも挫けずに頑張ると決意に燃えた目をするぞ」と思っていたら、ラストまで必死に状況に耐えているだけで精一杯で、そんな決意に燃えている余裕すらない。周囲に気を配り、警戒し、次に自分を待っているものの気配を感知しようとそれだけで必死。生きていくって濃縮するとこれなんだ。たしかに人生の真実が描かれてはいるが、ちょっと私には息苦しすぎた。スマイルスマイルって言われても強ばるばかり。変に印象に残っているシーンが、自殺未遂した脚の悪いお姉さんの退院後の挨拶の場。あらたまって、教会にふさわしい悔悟の言葉を連ねていると、幼い子たちからクスクス笑いが起こり、やがて照れていた本人も笑い出す。このシーンがよかった。息苦しさがフッと抜け、この施設の空気が全体として感じ取れた気になった。こういうシーンをもっと欲しかったな。一番親しかったスッキがアメリカに養子にもらわれていって本当に独りになり、スッキと一緒に弔った小鳥のように自分を埋葬してみたり、プレゼントの人形を壊したり、もう最高潮に息苦しい場が、ああいう息を抜くとこがもっとあったら、息苦しさを越えた正体を伴って立ち現われたのではないか(あのスッキっていうのがよく描けていて、主人公にとっては唯一の友だちなんだけど、ちょっと鬱陶しい感じもちゃんと表現されていた)。こぶとりじいさんの話は韓国にもあるんだな。それとも植民地時代にこっちから伝わった可能性もあるか。自分の置かれた運命の重さを次第に理解し、ただただ呆然としている主人公の雰囲気が誰かを連想させるんだが、とずっと気になってて思い出せず、床に入ってから唐突に思い当たった。皇太子さんちの愛子さんだ!
[DVD(字幕)] 6点(2012-05-22 10:04:22)
30.  フライド・グリーン・トマト
老婆の語りということで、何らかの物語的変形が加えられている可能性があるわけ。本当にあったこと・こうしてやりたかったこと・こうであるべきだったこと、が混ざりあっている妄想世界としての豊かさがある。マイブルーヘブンが流れ、完璧だった兄の死によって女の友情が代理として浮かんでくる。ただこのヒロインがあんまり魅力がないんだ。「野生児的問題児」なんだけど、生命力に欠ける。南部というとKKKが出てくるんだな。対する現代編、とりわけK・ベイツの家庭が薄っぺらで減点。ふたりのオスカー受賞作品にちょっとずつ触れるのがあちらの敬意の表わし方なんだろう。「ホラー映画のデブ女じゃないの」とか「町に車で出て行くとき…」とか。ホラ話で良かったのは「カモが飛来した日に寒くなりみな脚が凍りついてしまい、湖ごと飛び立った後に窪地が出来た」っての。
[映画館(字幕)] 6点(2012-05-17 10:24:04)
31.  フランス軍中尉の女 《ネタバレ》 
なるほどなるほどと思って観ていたんだが、あとであのヒロインの心理考えてみて、イマイチ分からない。けっきょく何だ、恥で身を固めることによって世間と対決していこうとしていたってことなのか? 一種の男性恐怖症か? というより、男に対する激しい侮蔑があったってことなのか? 聡明さゆえの不幸。清冽な孤独の中で生きようとしながら、しかし科学者に恋してしまったってことなのか? と焦点を定めづらいところへもってきて、話の二重構造がまたややこしくしている。現代編と並行しているだけなら、それなりに理屈として分かる気もするが、わざわざ「19世紀編を演じている役者」という設定にしたことは、「演じる」ということが重要な意味を持ってるってことで、それがヒロインの偽の「フランス軍中尉の女」を演じ続けようとしたことと関係づけているみたいなんだけど、どうもうまく対比できなく、現代編が19世紀編に関わっていってしまう形になるから、ピタリと決まってくれないんだ。やがてノーベル賞を獲るハロルド・ピンターの脚色なんだから、こっちの読み取り力が悪い、と思ったほうがいいのかも知れないけど。
[映画館(字幕)] 6点(2012-05-14 10:53:09)
32.  プライドと偏見
長編小説の映画化の難しさを思う。どうしてもダイジェストになってしまう。同じ19世紀の英国文学でもハーディやサッカレーなど、私生児を生んだり成り上がっていったりとドラマチックな展開があれば、3時間かければダイジェストでも十分に内実を伴えるんだけど、オースティンはそこいくと特異な作家で、そういう骨組みになるような展開がない。いや一応娘が結婚に至るストーリーはあるが、どうも小説の味わいはストーリーの展開よりその中でキラキラする「乙女心七変化」のほうにあるようなのだ(「S&S」を二人に数えるとオースティンは七人の娘を創造した。「マンスフィールド・パーク」のクソ真面目な学級委員長のようなヒロインも、こんな娘からでも乙女心を抽出して見せられるわ、という作家の自信の表れだったのでは)。この「P&P」を映画化するなら、どこか一部分を選んでじっくり作るという手もあったかもしれない(と思ったが、やはりそこに至るまでの状況や人物たちの背景などの説明が必要になるなあ)。というわけで、映画として堪能できたというところまではいかなかった。しかし二つ目の舞踏会は楽しめた。ダーシーと口喧嘩気味になりながら踊ってて、しかし不意に二人きりで踊るシーンが入り込む。口ではああ言いながら心は…って感じ。その後の部屋部屋を縫って動くカメラが次々と登場人物たちを捉えていくのも楽しい。妹たちはうろちょろしミセス・ベネットは長話に興じ、強引にダーシー(長身)に挨拶した後のコリンズ(小男)が花を一輪持ってエリザベス探して歩き回り、いろんなカップルを見せていく。舞踏会の賑わいと話の綾の賑わいが絡まりあって浮き立ち、その前の二人だけのシーンがより際立った。作品を通して典雅なピアノの響きが合っていた。ペンバリー荘を観光していてダーシーと再会するときもピアノの響きに導かれてだったし(たぶん本作で一番いいシーン)。風景の美しさは文句なし。
[DVD(字幕)] 6点(2012-04-13 10:28:53)(良:1票)
33.  フック
スピルバーグは最初のうちは母子家庭専門だったが、『インディ・ジョーンズ 最後の聖戦』でお父さんが出てきてオッと思わされ、本作で父親がとうとう主人公になった。中年のピーターパン。こう考えればいいのか、現実を舞台にした作品では父親が邪魔、ファンタジーでは母親が邪魔。監督作品の神話構造を考える上で興味深い。も一つ作品としてスカッとしないのは、パロディどまりだからかな。白髪のフックに、ブヨブヨのピーターパン。どっちかと言うとテリー・ギリアム向きだった。S監督は少人数の子どもを扱うのはうまいが、集団になるとダメね。セットも貧相だったが、演出も悪かった(ああいうセットの遊園地のアトラクションっぽさに、ある種の懐かしさを出したかったのかも知れないが)。仮想の食事のシーンあたりはいい。ティンカー・ベルとの合成は、当時としてはうまかった記憶。子ども時代は早く過ぎ去るから大事にしないといけないよ、という気分が底にある。
[映画館(字幕)] 6点(2012-04-12 12:18:49)
34.  フレンチ・ドレッシング(1964)
60年代ってのは、ポップの時代ってことで世界的にトーンが一貫してますなあ。『ナック』『茂みの中の欲望』などイギリスだけでなく、ヌーベルバーグだって、あれポップのバリエーションと見ることが出来るんじゃないか。ヨーロッパの伝統の重みから身軽になりたい、って気分。K・ラッセルの異才もルーツをたどると普遍的なポップという土壌に行き着きそう(本人によるとなんでもジャック・タチ・スタイルを意識したそう)。これをギトギトケバケバに煮詰めていったところに、独特の作家性が生まれたんでしょう。で本編がデビュー作。この人の好きな四角い舞台(ボクシングとか)が、もうこれのローラースケート場で出てくる。式典性。盛装をチャカす。パレードの舞台の歴史劇。それを見ていたヒナ壇がズルズルと後退して…。このひなびた田舎町に英国の自画像を見ているみたい。自嘲でもあるか。ガールフレンドのジュディはこの時代の子ですなあ。長い髪を風になびかせてボーイッシュで健康的で。
[映画館(字幕)] 6点(2012-02-21 09:51:42)
35.  プリティ・リーグ 《ネタバレ》 
姉妹で急ぎ足になる帰り道のとことか、スカウトが妹の肩の筋肉に触って「いけるかも」と思う変化とか、走りながら列車にカバンをホイホイ投げ入れていくとことか、至って職人的な腕を持った監督で、もう「女性監督」という肩書きで売りにする時代じゃないな、と思わせた映画。当時のニュースで彼女らを紹介していったシーン、マーラのとこでロングになるのが傑作。クソガキを登場させるつなぎ方とかね。テーマは「戦争と女性の社会進出」のお話で、男がいない時代のつなぎとしての・二流の・副次的な・キワモノとしての女性野球。ミニスカートをはかされ、屈辱的とまではいかないまでも、オアソビ的な設定。これに対してヒロインたちはマッスグに反発するんじゃなく、「よーし、それならその中でやってやろうじゃないか」となる女性ならではのしたたかさが見どころ。適度に男の顔も立てながら(ライフの写真)、自分たちのほうへ引きずり込んでいってしまう。酔いどれ監督も次第に生き生きしてくる、というわけ。ワンシーンだけど、実力はあってもどうにもならない黒人女性への目配りも欠かさないところに膨らみがある。後半旦那の帰還あたりから、ちょっと甘くなったか。今の日本なら女子サッカーを念頭に置いて観ることが出来そうだ。
[映画館(字幕)] 7点(2012-01-25 10:09:46)
36.  不意打ち 《ネタバレ》 
タイトルのところはかっこいい。が、そこまで。家庭用エレベーターの中に宙吊りで閉じ込められた老婦人の恐怖、って設定があんまり生きてこないんだ。なんせ中盤でエレベーターのドアがお婆さん自身によって開けられ、密閉感が減じる。一応飛び降りられない高所ってことになってて、彼女の視線からだとずいぶん高いんだけど、据えたカメラ目線で見るとそれほどでもなく(腰を傷めてることになってるが)、スリラー演出上、中盤で開けちゃった意図が分からない。入り込んできたチンピラが力ずくで初めて開けたほうが効果あるのに(閉じ込められた場所が防御の場所になってたのに、という展開の妙)、あんまりそういう計算はなく、ただ若者の無軌道ぶりだけが前面に出てて単調だった。彼女自身が息子にとっての檻だった、という皮肉も、だから生きてこない。先に忍び込んでた浮浪者らもチンピラによって家に閉じ込められるが、その閉塞感も薄い。いくらでも逃げられそうなのに、ただグズグズしてるだけに見えちゃう。「閉じ込め」がこのスリラーのモチーフなのに、それをちゃんとやってくれないので、空気が抜けっぱなしでぜんぜん圧力が高まらない。この作品の価値は、『風と共に去りぬ』のオリヴィア・デ・ハヴィランドと『ゴッドファーザー』のジェームズ・カーンが共演してる映画があるの知ってる? と人に言えること。
[CS・衛星(字幕)] 5点(2012-01-23 10:46:13)(良:1票)
37.  冬物語 《ネタバレ》 
若い娘に振り回されることに快感を感じる監督であった。あの髪結いの亭主とか、ヒロインがシャルルとの再会を祈らされるロイック君とか。ヒロインが一度きりの人生を満足に送るために、男どもはひたすら奉仕させられる。そういう状況を作ることに、この監督は熱心になってる。彼にとっての男女関係の基本。奉仕して裏切られる屈折した快感、裏切らせることであがめてるの。このシャルル君、不在だから輝く対象になったので、これからどうなるのかを見せないところが、ずるいと言えばずるく、優しいと言えば優しい。演劇による啓示。現実は演劇になり、おとぎ話のように再会する。再会のシーンでこちらの娘に対応するように、向こうに女友だちドラがいて、これが『緑の光線』の人なんだな、あの人はまだ不幸を背負ってるようだ。
[映画館(字幕)] 7点(2012-01-03 10:53:59)(良:1票)
38.  不法侵入
普通は無邪気な笑顔ってのはロビン・ウィリアムズみたいにいい人を演じるときの看板なんだけど、このレイ・リオッタは無邪気な笑顔を見せて怖がらせる。なんつうんだろ、口の中央だけで笑うような感じ。必要以上に表情が澄んでいってしまう。純粋の怖さ、純愛の怖さ、一途の怖さ。この時代、純愛を描くとすると、まるでそれしかないようにサイコ人間のクレイジーな物語になってしまうんだな、ってところが一番怖かった。理想の女性への献身と、邪悪な世界への暴力。正義は己れだけにあるんだ、って義務感の裏打ちがある。ほどほどならいいんだけど、それがドン・キホーテ的な滑稽止まりならいいんだけど、やがてそれをも乗り越えると恐怖映画になってしまう。ストーリーとしてはカードが使えなくなるあたりの鈍い怖さ。この世のシステムがそっくりヤツの側にあるんだ、ってあたり。「健全な社会」ってあくまで夫婦が単位で、独身者はそれを脅かす存在なんだなあ。最後に忍び込んで料理を作っているのも怖いけど、独身者は人に料理を提供するのが夢なんだよなあ。
[映画館(字幕)] 7点(2011-12-12 10:23:10)(良:1票)
39.  武士の家計簿
ユニークな映画が出来てるのではないかと期待してしまった。小説ではない人文系の書籍をベースにして劇映画にしたってことで、市川崑の『私は二歳』のような風変わりな作品を期待した。同じ才人監督だし。侍たちが並んでソロバンをはじいているなんて、あんまり見たことない図で、事務職としての侍の職場を描いた珍しさなんかいい。それで主人公の「ソロバン馬鹿」ぶりを具体的に展開していくのかと思っていると、それほどでもなく中盤に至り、そうか一家の倹約作戦を細々と見せていくのか、と膝を乗り出すも、その話は大ざっぱに収まり、いつのまにか幕末になってけっきょく歴史をソロリと撫でただけで終わってしまった。原作にあっただろう(読んでないので想像で言っちゃうのが弱いのだが)エピソードを、あたりさわりのない話(父と子の確執とか)に変換して繋いだって感じ。親父の一つ語りの門の片面だけを塗った話、みたいな「何の教訓にも変換されない」具体的な手触りの感じられるエピソードをもっと聞きたかった。原作の人文書そのものから膨らませるのではなく、既存の物語の型に当てはめただけに見えた。もったいない(歴史学の本を劇映画にするのは実際大変だろうとは思います)。ただ最近小林正樹の『切腹』見たばかりだったので、江戸時代のアタマと終わりでの侍の対比となって面白かった。とりわけ刀の扱いの違い。侍が官吏になり士道がソロバン道になっていったが、別にそれは劣化だったわけではなく、それなりの一生懸命が必要だったんだ。息子の祝いの席で出た絵の鯛を持って縁側を(縁「川」に見立て)人々が行くシーンが、唯一映画として生き生き感じられた。
[DVD(邦画)] 5点(2011-12-09 10:23:02)(良:1票)
40.  フォーエヴァー・ヤング/時を越えた告白
プロポーズは決めたときにすぐやらないと、ヤヤコシイことになる、という教訓つき。人間の冷凍保存もの、ってのがこの頃ちょっと目に付いた時期でしたなあ(『レイト・フォー・ディナー』ってのが前年にあり)。この手の趣向では、世代のズレを見せるのが面白味なんだけど、これは別にそうでもなかったか。留守番電話に戸惑ってた。少年を配置して繰り返されることを強調。軍の上層部がこのことを知ってたのなら保管がずいぶんいい加減だし、よーく知ってたのならもうとっくにハリーのノートなんか入手してたように思うんだけど。「日本を襲う台風のように」なんて比喩が使われてたな。まあ全体ブツブツ言いながら見てたんだけど、ラストの再会シーンではホロリとしてしまった。こういうのに弱いんだ。意が通ずる、というか、よかったよかった、って空気。ウミカモメが浮遊してて。
[映画館(字幕)] 5点(2011-11-21 10:20:53)
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