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ころりさんさんの口コミ一覧[この方をお気に入り登録する

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41.  AIR/エア 《ネタバレ》 
少しでもNBAの選手を知っていれば、映画冒頭の新人選手の誰をスポンサーするかっていう会議でニヤニヤが止まらない(あー、そっちにいっちゃだめー!とか、そいつは意外とイケるよ、とか)。そんななかで二流スポーツブランドだったナイキ社員のソニーが「これだっ」と見出したのがドラフト3位のマイケル・ジョーダン。しかしジョーダンはすでに当時大手だったアディダスとの契約を希望しているらしい、さて、どうする? という話。  そもそも結末はみんな知っているので、「交渉」の緊張感にハラハラするよりも、バックに流れる80年代音楽とともに流れに身を任せる感じ。映画的な見所はそこで出会う人物たちのキャラとソニーとのやりとり。ナイキの幹部たち、オリンピック関係者、エージェント、そしてジョーダンの両親など、みんなキャラが立ってて主人公ソニーとのやりとりは本当に面白い。とくにエージェントのデヴィッド・フォークが興奮してまくし立てた言葉に思わず笑ってしまうマット・デイモンの表情など、(まるでコントの相方のやり過ぎに思わず笑ってしまった芸人のようで)俳優達も楽しんでる感じが伝わってて最高です。交渉のキーパーソンとなるジョーダン母役のヴァイオラ・ディヴィスの貫禄はさすがだし、軽妙なジョーダン父とのバランスもすばらしい。  あえてマイケル・ジョーダンその人はちゃんと出てこないという仕掛けも面白いけど、まだ「神」になる前の「青年」だったことを思えば、誰かに台詞つきで演じさせてもよかったのかなーとは思います。その(まだプロとしては何も成し遂げていない)「青年」の可能性にどこまで賭けられるのか、という話なので。あと、脚本的には契約の肝だったロイヤリティの話が突然出てきて、しかもあっさり解決してしまったのが少し残念。ここは交渉時からの伏線がほしかったし、フィル社長がそれを受け入れる過程をもう少しうまく描ければ、ナイキの歴史を変える決断の大きさがもっとエモーショナルに伝わったのではないかと思います。とはいえ、肩肘張らずに楽しめるビジネスものの快作。90年代にNBAやバスケットシューズに夢中になった人は必見。
[インターネット(字幕)] 6点(2023-05-28 08:25:03)
42.  ほの蒼き瞳 《ネタバレ》 
19世紀のウェストポイント士官学校の雰囲気、荒涼とした冬のハドソン川、そしてエドガー・アラン・ポーが描いたようなゴシック・ホラーの趣きなど、雰囲気は十二分に楽しめます。作り込まれた世界はNetflixじゃなくて劇場だったらさらによかったかなという印象(ただ、この題材で劇場まで足を運ぶかと言われると微妙なところは辛い)。ただ、なかなか前に進まずテンポが遅い序盤、突然大展開して一気に解決まで持って行ってしまう中盤以降、そしてやけにあっさり解決したなと思ったら最後に待っていた(でもなんとなく予想していた)「意外な結末」まで、ストーリー展開が「惜しい〜」という感じ。真相にはやっぱりちょっと無理を感じる(都合がいい偶然が重なってる点もやや興ざめ)し、クリスチャン・ベール演じる元警官ランドーと士官候補生時代の変人エドガー・アラン・ポーのどっちが物語の語り手だったのかが判然としない感じも残念。どこかで視点の転換が起きているはずなのですが、そのあたりの工夫が乏しかった。とはいえ、ランドーとポーのバディ感はなかなかよかったし、厳寒のNY田舎の風景、士官学校の閉鎖的な雰囲気、鍵を握った医者一家のおどろおどろしさなど、「そういうの」を期待して見ていたので、十分に2時間楽しめました。こうゆう100点満点の大傑作じゃないけど、駄作とも言えず、ちゃんと見所もあってそれなりに楽しませてくれる映画(ふと深夜にテレビ放送してるのを見始めてつい最後までみちゃうタイプ。)、結構好きです。
[インターネット(字幕)] 6点(2023-01-30 08:33:55)
43.  コーダ あいのうた 《ネタバレ》 
前評判どおり、気持ちのいい映画でした。予想外にぶち込まれる下ネタの数々もいいスパイスになっています。主人公のエミリア・ジョーンズは、歌唱力的には物足りないと感じる部分もありますが、たいへんな環境のなかでの嫌みにならない健気さは出色の出来でした。オスカー受賞のトロイ・コッツァーはもちろん、実力者マーリー・マトリンもそしてお兄ちゃんもとにかく「家族」の造形と描写が見事で、この人たちのやりとりをずっと見ていたい気持ちになります。北東部地方の漁村の風景も美しい。これだけで映画としては大成功だとは思うのですが、ストーリー、設定、演出の面では違和感も。コンサートの無音シーンはすばらしかったのですが、実はこのときふと「手話しながら歌えばいいんじゃね?」という考えが頭をよぎってしまいました。この思いつきが、この後に尾を引いてしまい、一番感動すべきラストの試験のシーンもやや興ざめに。あと、結局通訳問題は解決してないように見えるのだけれど、どうやって乗り切ったのかわからないところ。たとえば、お母さんがおばちゃんグループに入っていけないところなど、どうやって乗りこえたのか?「障害者(お母さん)の側が心を入れ替えさえすれば、世界は変わる」という話なんだとしたら、障害者の側に困難を乗り越えろと求めているようで、ちょっとそれは違うように思える。バーのお姉ちゃん以外では、筆談すらする気配がない町の人たちにも、心がざわつく。田舎町という設定だから、ということなのかもしれないけど、とにかくいろいろ不自然に見えてしまって、せっかくの物語に入っていけなかった。愛すべき佳作ではありますが、いろいろコンサバな部分も目に付く。それが、オスカー作品賞を導いたのかもしれませんが。
[インターネット(字幕)] 6点(2022-09-25 14:58:58)
44.  トップガン マーヴェリック 《ネタバレ》 
デンジャーゾーンで始まるのであれば、マイティ・ウィングスで終わってほしかった・・・(ラスト・クレジットであのイントロがいつ来るかと身構えたけど、ガガとアンセムだけだった)。空中戦シーンの「リアル」さには感服するしかないのですが、1980年代の映画の続編を2020年代に作ることの意味ってなんだろう、ということも考えてしまったのでした。  60間近になってもやりたいことっていうのが、kawasakiで疾走、若造たちに格の違いを見せつけるドッグファイト、半裸でビーチ・フットボール、美魔女とのラブシーン・・・という1980年代の発想からほとんど抜けていないことにはむしろ驚いてしまいます。匿名性をやたら高めた「敵」の描き方なんて、前作でも批判されていたはずなのに、今作では何の工夫のなく同じことを繰り返すばかりか、アメリカ側の一方的都合による先制攻撃作戦をメインに置くという点では、前作以上に問題がある。そんなことをいうのは野暮だとわかっているけど、もう2020年代なんだし、そのあいだにアメリカが関わった酷い戦争が何度も起きてるわけだし、観客だって大人になってるどころか人生1周しちゃってるわけだし、少なくとも自分としては前作と同じようには喜べないだろ、それ、としか言いようがない。  「アクション・スター」として「挑戦」を続けるトム・クルーズに、そんな歳相応・時代相応を求めるのは大いなる筋違いだとは思う。でも、そう思ってしまった観客もいるよということは記録として残しておこうと思います。
[映画館(字幕)] 6点(2022-06-19 08:32:27)(良:2票)
45.  騙し絵の牙 《ネタバレ》 
吉田大八監督×原作塩田武士×主演大泉洋なんて、そりゃ期待するなというのが無理な話で、映画館で観たかったけれどかなわなかったものが配信開始されたので、さっそく拝見しました。面白かった、のだけれど、期待が大きすぎたかもしれない。物語の終盤まで、敵味方というよりも登場人物の目的がよくわからず、宙ぶらりんな状態で進んでいくサスペンスは出色だったと思う。ネタについても、完全に隠し切ってラストにドカンではなく、(とくにイケメン作家をめぐるアレコレなどは)あえてネタばらしを小出しにしながら、物語への居心地を悪くするあたりは、とても巧いなあと感じた。  ただ、そこに絡んでくるオールスターなキャストが自分的にはマイナス。佐藤浩市、佐野史郎、木村佳乃、中村倫也、斎藤工あたりの皆さんは、それぞれワンパターンに得意そうなキャラクターを演じてるだけで、ぜんぜん「面白くない!」のだ。そして、「あて書き」だからしょうがないのかも知れないが、もはや日本映画の救世主と個人的には思ってる大泉洋すら、物語の中盤くらいには「もう、大泉洋成分にお腹いっぱい」になっていた。劇中の台詞にもあるように、類型的なキャラへの批評的な視線が欲しかった。とくに、佐藤浩市さんは物語上も重要な役だっただけに、「ザ・佐藤浩市」に批評的に突っ込むような演出や展開があったらよかったなあと感じます。まあ、このあたりは、吉田監督自身が「桐島」の時代とは違って、日本映画を代表する「次作を待望される」監督になってしまったがゆえに、作品づくりのうえで調整しなきゃいけないことが増えた結果だろうなあと余計な推測までしてしまいます。とはいえ、小気味よい展開と松岡茉優さんのキャラに感情移入させるつくりに、吉田大八監督らしい良品感を楽しむことはできました。そして、主題歌なしの音楽とか、TRINITY編集部の面々のアンサンブルとか、スター抜きでも(抜きだからこそ)楽しめる要素もあって、オールスター映画ゆえの食傷気味な感覚がもったいないなあ、と感じた次第です。
[インターネット(邦画)] 6点(2021-11-28 17:44:46)
46.  花束みたいな恋をした 《ネタバレ》 
なんとなく、この映画は映画館で見た方がいい、という思いに駆られ、本当に久々(ほぼ1年ぶり)の映画館での鑑賞。休日午前の映画館は、若い女性2人組、カップル、そして4〜5人くらいの若者グループがメインで、その隙間に中年くらいの男性や女性が1人で見に来ていて(私もその1人)、まずまずの入りでした。上映前、普段まず見に来ないタイプの映画の予告編(すべて邦画と韓国映画)が立て続けに流れ、少しアウェイ感を感じる。  映画の序盤、目立たないタイプの麦と絹が、文化系ネタでの共通点を次々と見つけていく過程は(実際に登場する作家やアーティストはわからないものも多いながら)とても楽しい。あの長い一晩を2人とともに過ごし、互いに相手を「運命だ」と感じていくプロセスをすぐ隣でみているような気分になる(この流れは同じ坂元脚本のドラマ『最高の離婚』を思い出します。あっちはむしろ「違った」2人の遭遇でしたが・・・)。しかも、そのきっかけに世代関係なく2人の共振ぶりを実感できる押井守を持ってきた絶妙な設定! しかし、就職活動あたりから2人のバランスは崩れはじめ、麦の夢が行き詰まったあたりから大きな溝が生まれ、そうなればお互いの小さな努力やがんばりも空しく、決定的に瓦解していく。もともと『アニー・ホール』から『(500)日のサマー』『マリッジ・ストーリー』までこの手の恋愛プロセス映画が好きな私は、とくに中盤以降はどこか冷めた視点でみてしまい、いずれ来るであろう「修羅場な口論」シーンを期待(?)して待っていただけに、自分の感情をぶつけるよりも先に状況を「読み」、自分で結論を出してしまう2人に、やや消化不良な印象が否めませんでした。そして、物語の顛末も、鮮やか過ぎるラストも相まってさわやかな後味が先に来てしまい、もっと苦みを・・・と思ってしまいました。  ただ、映画上映後、クレジットが終わり会場が明るくなっても、みな席を立とうとしない。いつも映画館を最後のほうに去る私が、なんと一番最初に席を立っていた。それだけ、当日映画館にいた若い人たちには「刺さっていた」模様。やっぱり映画館で観たのは正解でした。そうか、彼らにとっては、この描写や台詞が「リアル」であり、「切実」だったのだ。残念ながら、この作品は「私の映画」ではなかったけれど、ここにいた人たちにとっては、この後もしばらく引きずりつづける1本になったのだろうな。そういう現場に立ち会えるのも映画館の醍醐味だったことも思い出しました。
[映画館(邦画)] 6点(2021-02-25 22:12:47)
47.  ミッション:インポッシブル/デッドレコニング PART ONE 《ネタバレ》 
さすがに長い。このシリーズ、(「スパイ大作戦」を思わせる)「ミッション」をめぐる知的なだまし合いと、高所バトルやチェイスなどの「アクション」のあいだのバランスがどんどんおかしくなっているのですが、今作ではさすがに擁護できないところまで来た感じがします。今回は2つのカギをめぐる争奪戦なのですが、30分近くかけてあちこち壊しまくってすったもんだした挙げ句、最後の5秒くらいでその行方が決まる(それもスリという最も原始的な技術で)というパターンが多いので、肝心の「アクション」が物語にうまく接続されない。ラストのできるだけ高いところまでいって飛び降りるっていうのはその最たるもので、物語上の必然性がないために、せっかくの体を張ったアクションにも白けてしまってる。シリーズ最長の2時間40分も使ったわりには物語の動きは乏しく、間延びして本筋には絡んでこないアクションが続き、本シリーズのなかでは最もテンポも悪かったのでは。ベンジーとルーサーも見せ場少なめだし、このシリーズのヒロインってみんな似た感じの美人が多い気が・・・。新ヒロインのグレースのキャラもなんだか既視感があって、あんまりワクワクせず。GOTGでおなじみポムさんは違った顔が見れて面白かったけど。  それでも、ラストのオリエント鉄道でのアクションは、ロケーションとスピード感もすばらしく、十分に楽しんでしまったのは事実。1作目のオマージュとなる屋根の上の決闘からの落下アクションのシークエンスはさすがでした。ただ、マンネリって怖い。これだけのものを見せられていても、もう飽きてる自分にちょっと驚いています。
[インターネット(字幕)] 5点(2024-04-28 11:52:14)
48.  ウェディング・ハイ 《ネタバレ》 
こうゆう「悪人」がいないコメディは好きなので、しっかり楽しめました。結婚式あるある、自分はもう20年近く前の話になりますが、それでも思い出して微笑ましい気分になったり。フツーの人びとが非日常で輝く瞬間の楽しさというか、一緒に式に出て「あー、いい式だったね」と感想言い合っている気分になるだけでも、この映画としては大成功でしょう。篠原さんはいつもの篠原さんですが、脇で輝く臼田さん、自意識過剰ぶりが笑える中尾君など、キャスティングもいい。いままで苦手だと思っていた中村倫也さん・関水渚さんのカップルも、この作品では二人の魅力が見事に表現できていたと思います。このあたりは、大九明子監督の演出力でしょうね。  去年『ブラッシュアップ・ライフ』にはまって期待していたバカリズムさんの脚本はいまいち。「縄抜け」をやりたがる義理の兄と「投げ縄」が特技というバーテン、というあまりにも不自然な設定は、きっと伏線として回収されるんだろうなあと思ったら、やっぱり。これは伏線の張り方が不自然過ぎて、逆に興ざめでした。最後30分を岩田さんのパートにする構成も、『カメラを止めるな』的なカタルシスを期待したのかもしれないけど、「結婚式」という本作のテーマからすると逆効果だったような。やっぱり式が終わってよかったねー、お疲れー、幸せにねーという流れが途切れてしまったのが残念。しかも、その30分も基本は下ネタだし、これもカキの伏線がわかりやすすぎて・・・。このあたりのさじ加減は難しい。
[インターネット(邦画)] 5点(2024-03-02 08:59:48)
49.  インディ・ジョーンズと運命のダイヤル 《ネタバレ》 
映画がはじまって、パラマウントの山ではなくディズニーの城で始まったときに嫌〜な予感を感じたものの、娯楽映画としては思った以上に楽しめた。とくに第1幕。CGの若返りインディは不気味ではあるけれど、アイデアとユーモアに満ちたアクションの連続。そう、これこれ、これがインディアナ・ジョーンズという展開で期待は高まる。そして、1969年のインディアナ・ジョーンズ。実は今作で一番期待していたのは、「1960年代を生きるインディ」をどんなふうに描くのか、という点でした。何しろ、時代は公民権運動の熱気が冷めかけたニクソン政権のころ。人種平等の夢は小さくしぼみ、それどころかベトナム戦争でアメリカの正義や理想がどんどん陰りを見せた時代。そして、第三世界からは欧米の植民地主義への反発が高まった時代。インディたち考古学者が各地の「お宝」を発掘し、ロンドンやらワシントンやらの博物館に収める行為も、文化の収奪として批判されはじめた時代。こんな時代にインディアナ・ジョーンズが過去の自分の行いを振り返り、どう折り合いをつけていくのか。そんなことを期待していた・・・・。もちろん、そんな難題に本作がまともに挑むとは考えていなかったけど、『ウエスト・サイド・ストーリー』で独自の21世紀版を作り上げたスピルバーグの製作であれば、何かそういうスパイスが効いた一作になってるのではないか、と微かな思いを胸に劇場へ。  残念ながら、そうした関心は本作の製作者には共有されていなかったようです。それは、せいぜい60年代の若者文化についていけない、さえない老人としてのインディの描写に反映される程度であり、むしろインディはそんな「新時代」には背を向けて「元ナチの科学者」との秘宝争奪戦にのめり込んでいく。インディは物語中、何度も何度もフォラーを「ナチ」と呼び、そう呼ぶたびに彼の中にエネルギーが満ちていき、どんどん生き生きとしていく。結局、彼は「アメリカが正しいと信じられた」過去の世界へと向かっているよう。1969年の変わりゆく世界を背に、そこだけが30年前の世界であるかのような冒険が続き、最後には考古学者が夢にまでみた世界へ・・・。いっそのこと、そのまま帰ってこない、という手もあったかもしれないけれど、NYに戻ったインディの前にはもうひとつの「過去」との再会があり、物語は大団円で幕を閉じました。結局、本作のなかのインディは最初から最後まで「過去にとらわれた人」でした。その姿は、かつて夢中になった作品の十数年ぶりの新作を観にせっせと映画館に通う、私のような観客にも重なっていたようで、胸に苦いものが残ったまま劇場を後にしました。  というわけで、たぶんスピルバーグが製作から降りたのも、本作のあからさまな過去への固執ゆえでしょう。同じものをもうひとつ作るんだったら自分が作る意味がない。『クリスタルスカルの王国』は難点は多々あれ、新しいものを作ろうとする意思は感じましたが、今作に新たに彼がメガホンを取る理由はなかったのでしょう。まあ、ちゃんと終わらせるだけでも大変なことだし、過去を愛したままそっと幕を閉じるための一作としては、よくできていたのではないかと思います。
[映画館(字幕)] 5点(2023-07-21 22:08:32)(良:1票)
50.  東京2020オリンピック SIDE:A 《ネタバレ》 
自分はもともと東京でのオリンピックの開催には反対だったし、それでもいくつかの競技をみて、それなりに楽しんだり感動したりして、そして開催後は(感動した選手の名前でさえも)きれいさっぱり忘れてしまった、たぶん「一般的な」視聴者の一人だったろう。そんな自分にとっては、「公式記録映画」が何を残そうとしているのか気になって本作を観たのだけれど、観たところで何かに納得できるわけでもなく、なんとも評価に困る一作となった。ナレーションなし、音楽も最小限で、アンチクライマックスな演出。登場する選手たちはオリンピックが何らかの人生の転機と重なっているものの、全体で見えてくるのはそれぞれの人生がオリンピックの後も続いていくということ。選手としては男性も女性も登場するが、印象的なのはやはり女性の選手、とくに子どもを持つ「母親」でもある選手たちだ。赤ちゃんへの授乳を求めるカナダ代表バスケ選手、子どものために人種差別に抗議する米国代表選手、子連れで日本に来たのに子どもと離ればなれの生活を余儀なくされる米国マラソン選手、そして、出産後のオリンピック延期で引退した元日本バスケ代表など。「公式記録」として後世に残したいと思ったのは、女性スポーツ選手が育児と競技とどう向かい合っているかというテーマだったのではないかとさえ思える。この関心には共感するけれど、正直劇中での描き方、とくに元バスケ日本代表の大崎佑圭選手が赤ちゃん連れで競技を続けるカナダの選手と対面する場面はなかなか残酷で、少しイヤな気持ちになった。映画全体としては、河瀬監督は、オリンピックを心から楽しんだ人もやっぱりやるべきじゃなかったと思ってる人も、誰もかれも突き放したところにボールを投げてきた。この映画を「公式記録映画」として出してきた河瀬監督の胆力には感心するけど、これが「公式記録映画」でよかったのだろうかという疑問はますます大きくなっている。
[インターネット(邦画)] 5点(2023-01-03 16:36:47)
51.  マトリックス レザレクションズ 《ネタバレ》 
第1作目のころ、「いま生きている世界は偽りの世界だ。覚醒せよ」という話にいまいち乗れなかった。というか90年代映画って某スリラーや某暴力系まで「見えている世界と本当の世界は違う」的なモチーフがあふれてたような気がして、そのなかでは本作はあまりに「中二病」的でダサくみえてしまったのでした。そこから20年あまり経って、正直いまのほうが本作にとっては難しい時代なはず。なぜって、このモチーフはまるまる「陰謀論」の世界観でもあって、それが現実の政治やら生活にも影響を及ぼしている昨今、本作が描く「覚醒」や「革命」も文字通りに感情移入するのは難しくなってしまったから。ただ、そんな難しい時代にあえて本作を問うことに、ラナ・ウォシャウシキー監督自身がどういう意図をもってるのか、軽い興味はあった。  で、見た結論としては、残念な結果に落ち着いてました。それは、物語上は「覚醒」を求めながらも、どこかで「なんちゃって」というメタ視点を留保し続けることで「本気になるなよ、これは作り話だよ」という構造にしてしまったことです。世界観への没頭力やら物語の推進力は大幅に後退し、2時間半を持たせるのはかなり辛かった。序盤のグダグダした展開はコミカルにテンポよくすることができたと思うし、モーフィアスとスミスというオリジナル・キャストの変更は、物語上の理由付けも中途半端で製作上の理由だろうというのが見え見えだった。前作以降のアクション描写、スペクタクル描写の進展についていけておらず、あまりに「進歩」がないのはあえてのレトロ趣味かと思えてしまうほど。いろいろ足りない部分を謎かけっぽい会話でなんとか補っても、物語に没入できないメタ構造がそれを邪魔する・・・。  ただ、それでもある意味、元祖陰謀論のような本作シリーズに自ら落とし前を付けた部分はあったと思うし、そうするしかなかったんじゃないのかな、という風にも思います。決して無意味な商業映画ではなく、トランプやコロナを経験したあとの2020年代という時代を象徴した一作だったのかもしれない、というふうに思います。それが「いい映画」だったかどうかは別として。
[インターネット(字幕)] 5点(2022-10-16 09:03:44)(良:1票)
52.  シン・ウルトラマン 《ネタバレ》 
ウルトラマンって怖いよね。っていうか、あらゆるヒーローは「異形の存在」であり、その不気味さを見事に映像化した序盤、とくに最初のウルトラマン登場シーンは秀逸でした。さっと延ばされた左腕・・・のへんな姿勢からのスペシウム光線の恐ろしさ。もうこれ見ただけで満足。ただ、そこからは徐々に失速。ザラブやメフィラスとの頭脳戦は面白いが、やっぱりラスト、ウルトラマンがなぜそこまでして地球を守ろうと思ったのか、何を何から「学んだのか」がまったくわからないので、カタルシスもない。美女を巨人化してる暇があったら、そっちをちゃんと描けよって、制作陣もわかっているとは思うし野暮だとも思うが、やっぱり思ってしまう。自分も幼少期に夢中になった1人なので「わかる」ことも多かったけれど、結局のところ、制作陣の「思い入れ」を観客がある意味読み取りながら見なきゃいけないのって、なんだかんだいって苦痛なんですよね。「さすが○○、わかってるー」っていうのにあふれてる現在、そろそろそういうの抜きで楽しめるカイジュー映画も見てみたいかなあ。
[映画館(邦画)] 5点(2022-09-08 14:42:32)(良:4票)
53.  DUNE デューン/砂の惑星(2021) 《ネタバレ》 
自分ではヴィルヌーヴ監督との相性はいいほうだと思います。代表作『ボーダーライン』『メッセージ』『ブレードランナー2049』はどれも複数回見て、見た年のベストテンにも入ってます。しかし、この作品はダメでした。ダメだった理由ははっきりしていて、一つは「終わらなかった」という点。公開直後から「終わらないらしい」という話は聞いていたのでわかっていたことではありますが、ヴィルヌーヴ監督作品って見てる最中は、退屈というか苦行に感じる部分もあるのですが、物語がきちんと「終わる」ことで、その苦行が昇華するというか、そういう作品がいいのです。『メッセージ』なんか、あのラストで大感動が押し寄せるわけで、それがなければやっぱり退屈な設定勝負のハードSFって感じだったわけで。今作、事件らしい事件も起きない、というか起きてるんだけどアンチクライマックスな作りと終始鳴りっぱなしのハンス・ジマーの音楽が、映画としての抑揚を失わせてしまい、その苦行にたえても最後にカタルシス不足。自分は『ロード・オブ・ザ・リング』は『旅の仲間』が一番好きで、冒険がはじまるぞという高揚感で終わってもぜんぜん楽しめるタイプの人間だと思ってましたが、たいして盛り上がりを見せることなく、ゼンデイヤのあの台詞で興ざめて終わってしまう本作では、さすがの私も頭にきてしまいました。二つ目のダメな理由は私の個人的なものなので点数には反映させていませんが、映画館で見られなかったことです。それなりの大画面テレビ+音響で見たとはいえ、暗い画面が多く、とくかくスローに画が展開する本作はやっぱり映画館で見るためのものでした。全編これは映画で見なきゃいけなかったとひたすら思いながら、2時間半以上を過ごしました。結局のところ、この作品は、「終わらない」とわかっていて、いつものカタルシスを味わえないのに、わざわざ映画館に見に行くのか、という壮大なジレンマを抱えてしまっているというわけです。次作を観に行くかどうか。二部作なら行ってみようかなと思うけど、三部作だったらもういいかな、という気分です。
[インターネット(字幕)] 5点(2022-07-16 10:32:54)
54.  ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償 《ネタバレ》 
シカゴの歴史博物館にいったとき、フレッド・ハンプトン事件についての展示をみた記憶がある。FBIによる強制捜査で暗殺されたという経緯も今の感覚ではにわかには信じがたいけれど、50年前のアメリカで実際に起きた出来事。本作は、この事件をブラック・パンサー党のメンバーで「裏切り者」ビル・オニールの視点から描いたもの。社会運動の現場を臨場感たっぷりで描きつつ、潜入もののサスペンスも加味されることで、事件の背景に詳しくなくても話にはついていけると思う。ハンプトンのアジテーション演説も力強く、ダニエル・カルーヤはオスカー受賞に値する好演でした。ただ、このドラマとサスペンスにあふれた設定を映画としてどこまで昇華できたかは、少し疑問でもある。ビルとメンバーとの会話、FBIとの隠れたやりとりなどはどうも演出が平板で緊迫感に欠けている。その分、突然の逮捕劇、銃撃戦、FBIの襲撃シーンとの落差が大きくてショッキングにはなっているのだけれど、全体を通してみると、裏切り者の苦悩を描きたいのか、カリスマ的なリーダーとしてのハンプトンを描きたいのか、潜入もののサスペンスを描きたいのかはっきりしない印象になってしまっている。せっかくの題材ではあるけれど、脚本・演出の面では物足りなさが残念な一作となりました。
[インターネット(字幕)] 5点(2022-05-01 19:11:15)
55.  あの頃。 《ネタバレ》 
これは難しい題材だなあ。個人的に期待していたのは、ハロプロオタクたちの常識を突き抜けた「向こう側の世界」から浮かび上がる青春の普遍性、みたいなものだったのだけれど、結果的には「あの頃俺たちバカやってたよね」っていう比較的普通の青春映画におさまってしまった。登場人物たちのあまり褒められたことのない言動だったり、ちょっと理解に苦しむ友情のあり方、みたいなのはあったように思うのだけれど、突き抜け不足というか、いまひとつ「ハロプロでなければいけないもの」が見えなかったか。とくに、主人公たちが一時期の「祭り」状態から醒めていく過程にこそ、この物語の軸はあったように思うのだけれど(少しタイプは違うけど『花束みたいな恋をした』はそこをきちんと描いていたからこそエモーションにぐっと来たと思うのだ)、そこを主人公のナレーションでさらっと流してしまった時点で、「あ、これは自分が期待してたやつとは違ったらしい」と思ってしまい、一気に冷めてしまった。とはいえ、主人公を取り巻くオタク仲間たちのキャラはみんなすばらしい。実質的な主役の仲野大賀さんの芸達者ぶりはもちろん、ロビさんとナカウチさんの外見も含めた存在感とか、美青年なのにぜんぜんイケてない若葉竜也さんなど、みんな説得力があった。松坂桃李さんも「主演俳優」ながら見事な「受け」の演技で、「恋愛研究会。」のアンサンブルはとても楽しく、たしかにいつまでもこの人たちのやりとりを見ていたくなりました。そうだっただけに、もう少しオタク部分の「沼」をがっつり描き、その「祭りのあと」感を丁寧に描くことができれば、終盤の展開はもっともっと切なくなったのに・・・というのが残念でした。
[インターネット(邦画)] 5点(2021-09-23 16:30:54)(良:1票)
56.  ヤクザと家族 The Family 《ネタバレ》 
バイオレンスと人情のヤクザ映画な前半と、没落稼業の悲哀を描いた後半で2本の作品を見たような、ちょっとお得な感じ。綾野剛、市原隼人、磯村勇人のそれぞれのハマりっぷりもよい。とくに前半と後半で別人のような市原隼人の演技の巧さに久々に唸った。開始20数分後に登場するタイトルもワクワクした。ただ難点は、藤井道人監督の前作『新聞記者』と同様に、暴対法以降のヤクザというテーマ的な新しさの反面、人間関係の描き方、とくに男女関係の描写の妙な古くささ。『新聞記者』の松阪桃李夫妻の描き方もそうだったが、本作の綾野剛と尾野真千子のロマンスは最初から最後まで「いつの時代の話だ?」というクエスチョンマークが続く。ヤクザ映画の男女関係なんてそんなもん、なのかもしれないが、新しいヤクザ映画を模索した本作だったからこそ、尾野真千子のキャラは重要だったはずなのに、なぜか「純朴」で「努力家」で「待つ女」という、いつもの「ヤクザの脇で悲劇に耐える女」でしかなかった。肝心の親分との絆も、実はそこまできちんと描かれているわけではなく、そこは古今のヤクザ映画を思い浮かべて観衆の想像で補うしかない。ラストの娘と翼が会うシーンは「いい場面」風なのだが、本編を見た身としては「おいおい、また同じ間違いを繰り返すのか、この人たちは・・」という危惧のほうが先に立ってしまう。狙いは面白く、新しいアプローチを評価したいのだが、肝心の映画として台詞や演出の古くささが目立って微妙な印象というあたりも、『新聞記者』と同じだった。
[インターネット(邦画)] 5点(2021-09-09 09:10:43)(良:1票)
57.  ミナリ 《ネタバレ》 
思ったよりも手強い映画でした。移民の成功物語では定番の周囲からの差別の問題や世代間のギャップみたいな話は出て来ず、主人公はひたすら「大地」と戦い、妻は信仰と夫への不信のあいだで揺れ動き、息子とおばあちゃんが少しずつ心を通わせる。息子とおばあちゃんのパートはハートウォーミングで楽しいのだけれど、それ以外は妙にストイックで劇的とはいえない描写が積み重ねられ、最後にたどり着いたのは、積み上げてきたものが崩れることで、バラバラになりかけた家族がかろうじて形を取り戻した、という話。ある意味、あのラストからが本当の「移民物語」のスタートだったのかなとは思うけれど、多用される宗教的メタファーをはじめ、たいへんに知的なドラマであったのだろうと思います(が、自分には響く部分は少なかった・・・)。個人的には、ポール・トーマス・アンダーソンの『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』に近い手触りの映画。見るときの調子や気分にも左右されそうだけれど、万人にわかりやすい映画でないのは確か。
[映画館(字幕なし「原語」)] 5点(2021-05-04 08:28:51)
58.  Winny 《ネタバレ》 
裁判ものとして議論の場面には引き込まれるし、その背後にあった人間ドラマも丁寧に描いてあったと思う。それでも、やっぱり本作のアプローチはいろいろ残念でした。  自分もWinny事件は同時代の出来事として経験してました(Mac使用者だったので、Win中心のWinny現象自体は横目で見てましたが)。その視点から見てみると、あの時代の空気感のようなものを本作が掴み損ねているように思える。この事件の少し前、同じP2P技術を用いた音楽ファイル交換ソフトのNapsterが、文字通りの「革命」を起こそうとしていた。Napsterもまた裁判で負けてビジネスとしては失敗したものの、CDというモノを売る音楽ビジネスのモデルの限界が示唆されるようになり、いまの配信やサブスクで音楽を聴くモデルへの一大転換点となりました(その渦中、日本では音質に問題があるコピーコントロールCD(CCCD)という珍品まで出現しました)。その時代の波のなかに、Winny事件もあったはずです。Winny事件を起こしたのは時代の変化に対する人々の不安でした。金子勇氏は、既得権益を守りたい「業界」と新たなネット社会への不安のスケープゴートとして、拘留され、法廷に立たされ、開発者としての、そして自身の身体的な生命も絶たれたのだと思っています。  CD販売店やビデオレンタル店が街から姿を消し、サブスクで映画や音楽を楽しむのが当たり前になった今の時代にWinny事件を描くのであれば、その時代の空気をどれだけ描けるかが焦点になったはずです。しかし、本作では、なぜ警察があれだけ金子氏を立件しようと躍起になったのかという問いも、警察の隠ぺい体質や自白強要といった昔ながらの捜査・立件手法の問題として描くのみで、まったくその時代の不安を描けていない。また、皆川猿時さんが演じる旧世代と、三浦貴大さん演じる新世代の弁護士のあいだの溝は、弁護団のなかにも、金子氏がやっていること、そして金子氏という人物を本当に信じていいのかをめぐる、もっと根源的な対立として描けた筈なのに、残念ながら単なる世代間の温度差として処理されてしまう。金子氏が起こした「革命」は、彼を陥れたい警察側のストーリーとしてのみ存在し、弁護側視点(そして本作の製作者も)からは開発者のオタク的な「純粋さ」の物語に収束してしまう。  しかも警察司法の問題を描きたかったのであれば、焦点は最終的に無罪を勝ち取った最高裁判決になるはずなのに、それは最後に字幕で知らされるだけで、法的にもこの事件の何が問題だったのかもわからない。愛媛県警のエピソードも、Winny事件を描くために絶対に必要なものだったのか、よくわからない(Winnyはいい側面もあるとか、警察にとって都合が悪いから目の敵にされたとか? どっちにしても表面的な矮小化だ)。90年代生まれの若い松本優作監督がこの映画に託したかったメッセージがなんだったのか、どうにもよくわからなかった。
[インターネット(邦画)] 4点(2024-05-19 10:20:45)
59.  ゴジラ-1.0 《ネタバレ》 
アカデミー賞効果で平日朝9時上映の回なのに劇場はほぼ満員。観客も春休み中の学生さんたちからシニアまで幅広い。公開半年過ぎても熱気というか活気がある映画館というのはやっぱりいい。  そして、それなりに日本映画を見てきた自分としては、オスカー受賞の特殊効果はやっぱり映画館で見て良かった。冒頭のジュラシック・パークもどきに「大丈夫か?」と心配になるも、巨大化した後の「見上げるショット」がものすごく効果的で、そして満を持しての「熱線」炸裂、そしてその爆風。かつて何度「ハリウッド顔負け」といううたい文句の日本製VFXにがっかりさせられてきたか。それが、今回はなんとオスカー視覚効果賞ですよ。なんと痛快なことか。  ただ、懸念だったドラマ部分はやっぱり自分はダメでした。「しゃべりすぎ」は山崎監督作品なので、やっぱりといったところでしたが、今作の主要人物「死ななさすぎ」はかなり気になりました。「生きろ」が本作のメッセージなんだとしても、「生きろ」と願った人は「死なない」というのは本末転倒というか。人ってほんとうに簡単に死んじゃうんです。びっくりするくらい簡単に。それを学んだのが戦時中の日本だったと思うし、震災を何度も経験した今の日本もそうでしょう。なのに、今作の主要人物は「死なない」。島で海で目の前でゴジラに遭遇しても、電車で宙づりになって落下しても、爆風に吹き飛ばされても、放射能を大量に浴びても、死なない。死ぬのは名無しのモブキャラばっかり。そんな設定のなかで「生きろ」って言われたって・・・・。主人公もその仲間もモブキャラも、みんな等しく生きて死ぬんです。その緊張感を欠いたまま、言葉ばかりが上滑りのまま語られる「命」の物語のどこに感動しろというのか。  あと連合軍占領期という時代設定がまったく生きていないのが残念。「国家主権がない」ってどういうことか。じゃあ「民間でやればいい」という単純な話ではないはず。でも「核」に頼らない「わだつみ」作戦のアイデアは評価したい。
[映画館(邦画)] 4点(2024-03-19 16:38:13)(良:1票)
60.  ヴィレッジ(2023) 《ネタバレ》 
多くの人が抱くであろう「思ってたのと違う」という感想は、M・ナイト・シャマランの作品と同タイトルであることから仕方がないのでしょう。しかもあっちは、閉鎖的な共同体を奇抜な方法ながらも真正面から描いていたので、同じようなモチーフを藤井監督がどう描くのか、そんな期待で見始めた人も少なくないはず。ただ、結果としては新しさも深さも感じない、表面的な描写に終始した一作でした。思わせぶりな能のシーンや祭りはあるものの、本編にうまく絡んでいるともいえず、結局は「ボス一家と搾取される若者たち」という都会のヤクザものでも描かれるような人間関係のほうに焦点は当たってしまう。終わってみれば「村」は主役というよりは舞台設定に過ぎず、そこで先が簡単に読めてしまう安直なドロドロ劇が展開しているだけの映画でした。ゴミ処理場が「SDGs時代の人気観光地」っぽくなったり、朴訥と解説するだけのイケメンがローカルヒーローになる展開は、「習俗」「伝奇」的な共同体ものというよりは、某民放番組の「ダーツの旅」が描くような「素朴で明るい」田舎観といったほうがいいのかも。でもその表層性を批判的に掘り下げるわけでもなく、物語上「ありえた未来」のように描かれてしまうのもいかがなものか。藤井道人監督作品、毎回興味深い題材を選んでくる眼は確かだと思うのですが、人間関係観(とくに男女観・家族観)もメディア観も微妙に古く、テーマも上っ面を走るのみで脚本が練り上げられてるように思えないのが残念。人気監督となって企画も満載で忙しいのだと思いますが、ここらでじっくり取り組んだ一作を観てみたいと思ってしまいます。
[インターネット(邦画)] 4点(2023-06-18 09:00:10)(良:1票)
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