8. ワタシが敬愛して止まないジェームズ・ボンドは、どうしようも無くジェームズであり、ボンドである。猫手のように腰の全く入ってないフォームで殴った相手は一発で伸びてしまい、二時間で四〇回は死んでもおかしくないほどに間抜けで有り、出てくる女は完全に彼のものだ。要するに、芯まで007である。
ところが、半世紀以上前。帝国は崩壊を始め、北アイルランド問題が巻き起こり女王陛下の最大の危機であった六〇年代の終わり頃出現した、ほんの一瞬だけシリアスだったジェームズは私がこよなく愛する彼らとは少しだけ、違う。
このいつもと違うジェームズを見たとき、当時まだ一般的な映画を小さなレンタルビデオ屋が所狭しと並べていた時代に、初めて棚からどの007を観ようかと思案中VHSの分厚いケースを取り出した瞬間、脳髄が痺れた。
余りに冴えないジェームズに、卒倒しそうである。まるで優秀なスパイのようなイギリス人然としすぎる容姿と、副題が無い007。これは外伝か関連商品か何かなのか?戸惑う私であるが、冗談のようにストッピングパワーのなさげな拳銃を他のボンド同様に構えている。
いったん棚に戻してジブリコーナーをさんざん眺めた後、あれは冗談だろうと言う決着を頭の中で合議して、007シリーズ、と書かれた札の前に戻った。相変わらずコレイクラデスカ?と覚え立ての現地語で土産物の値段を訊ねているかのような腰の入っていないホールディングのボンドに混じって、大まじめなヤツが一人だけいる。
なるほど、そうか。そういうことか。これはジェームズボンドという、役職で、その時代その時代で違ったテクノロジーの、あるいは背格好で任務にふさわしいボンドという部品が、各々の人物に訓練されインプットされるんだな。うん、そうだ。タイプロジャーはアホで、タイプコネリーは大根、タイプブロスナンはシーシェパードなど色々な被験体がいるに違いない。恐るべしMI6、そしてエリザベス女王陛下、大変恐ろしい国王である。
そうやって納得した上で借りた女王陛下の007はその実、傑作であり類い希なスパイアクションであったのだけれども、このボンドは好きになれなかった。余りにマナーが良すぎたのである。大根属性のコネリー型では絶対に出来ないレイゼンビー型の任務には、007を愛して止まない私たちにはどうしようも無い敗北感がつきまとう。