321. スペシャリスト(1994)
これに対してはとくに何もないのだけど、ひとつ強烈に印象に残っているのが、酔っ払ったシャロンがタバコを手に持ったまま車から降りてきて、しかも千鳥足で泥酔一歩手前のまっすぐ歩けない状態。(もちろんお衣装は露出過多)そんで「もうなにがどーでもいいのあたし」てな雰囲気で家までフラフラ歩ってくるところ。 きれいな人がやると、こんな状態でも絵になるよねーほんとに。またそのフラジャイルな感じが(今にも駆け寄って肩を貸したくなる)うまいねー。女優さんはこうでなくっちゃ。(シャロンについて語るといつもこうなるけど) [DVD(字幕)] 5点(2006-07-17 23:37:39)(良:1票) |
322. 二重誘拐
《ネタバレ》 ふむふむ。わりと洗練されたつくりだ。余計な描写の省き方とかカットのつなぎかたもうまい。 登場人物も少ないし、オチがいっこしかないし、邦題がひどいということで、皆様の怒りをかっているようですね。 「山小屋がない」つーのが最大のオチ(言っちゃった)だけど、まあこれも予想はついてしまうよね。だから、そーゆーことでだまされたい人は、怒って当然です。 他の方のレビューにもあるように、「対照的な2人のおじさんの人生の比較」が重要マターではあります。が、それ以上に「あちらの男性にとっての妻の位置なり意味」の重要性が主題となっていた。 ウェインがなんとかアーノルドを懐柔するために必死に話しかけるその内容は、「妻」関係の話。どうやらあちらの男性にとって「妻」とは「山の神」以上の精神的な「聖域」であり、己の「良心」の宿るところ、であるみたいなのです。最も「痛いところ」であり相手との関係を深めるカギなんですね。 そして結果的にこれは「効いて」いた。アーノルドはウェインの手紙を見てはじめて己の妻のことを現実的に考える。それが後の行動につながったわけです。ウェインは殺されたとはいえある意味「勝利」を得たとも言える。(彼の言ってた貧乏だったお父さんのように) 「THE CLEARING」の意味を考えてみましたけど、「清算」か「手形」かなあ。 タイトルにこれをもってきたということは、犯人にとっての「清算」は、せしめた「100ドル紙幣」であり、これを使うことで、わざとつかまる方向へ仕向けたこと?ウェインにとっての「清算」は、浮気を続けて裏切っていた「妻への感謝状」? それにしても画面上のレッドフォードの存在感てすごいですね。なんか、ものすごくオーラ出てます(すでにフェロモンの段階を超えていて掃除機のように吸い込まれそう。) ウィレム・デフォーは、インテリをやってもはまるし、こういう無教養でアブな犯罪者もぴったりくるというめずらしい役者さんですね。 この映画、「勝ち組」「負け組」という視点で見た場合には、「勝っているやつはやはりそれなりの人格者であって、負けてるやつが暴力で脅したところで最終的にはかなわない」と語っているようにも見えますね。まあ、デフォーだって彼自身はセレブだからそういう意味では現実味は欠けるが。 [DVD(字幕)] 7点(2006-07-17 19:57:58)(良:1票) |
323. 12モンキーズ
《ネタバレ》 ずっと前に一度見たけど、「地味な作品」とか思ってその後失念。 今回見直して見たら、なかなかよくできた映画であった。 この作品の核は、私にとってはなんといってもブルース・ウィリス。 ガタイがよくて不器用な男のピュアな感じ、彼はこの分野では傑出した俳優さんと思う。(その意味では「ジャッカル」の役に無理があるのはあたりまえか) 「ストーリー・オブ・ラブ」でも思ったけどこの「ガタイがよくて不器用でピュア」、天然じゃなくてこれを表現するのはさぞ難しかろう。(「ストーリー・オブ・ラブ」はこのブルースの良さを描ききっている。「俺は子供じゃないぞ!」と叫ぶときのアホでピュアな感じといったら) その難しさはウド鈴木などのバレバレ感を見ると明らかである。 「ちょっと知能が足りない」と「知能は人並みだがピュアで口下手」の境界線はぎりぎりのところにあるが、この作品ではその際どいところをよく表現したと思う。 マデリーン・ストウについては個人的には不満だ。この作品の彼女を見ていても、「知的で、適度な年齢で、整った美人」という以外の意味が見出せないじゃないか。それじゃあ、役どころそのまんまでしかない。しかも知的なはずなのにプロ意識に欠けている。ラスト近くで急速にジェイムスに心を寄せて、ラブラブになるのが不自然だ。まあ脚本に問題があるかもしれないが、「役割(精神科医)」をすっとびこして「個人(一人の女)」へ移行するまでがかなり無理がある。1917年の写真に信じられないものを発見しようが、まだその時点では彼女は十分に精神科医。精神科医(しかも女性として苦労のうえつかんだ地位のはず)としての自分のキャリアをかなぐり捨てるプロセスに、観客を説得するものが足りない。→製作者の女性に対する観察眼、認識が甘い。 ところで、2035年、レイリー博士(Railyは「ライリー」じゃないと思う。「レイリー」もしくは「レアリー」のほうが近い)は70歳くらいになっているでしょうか。果たして彼女は生き延びて地下で暮らしていたのでしょうか?生きていたなら、ジェイムスを探したのではないでしょうか?そこのところが気になります。(やっぱりウィルスで死んだのかな) [DVD(字幕)] 8点(2006-07-17 12:02:20)(良:1票) |
324. ショコラ(2000)
《ネタバレ》 フランス語でよかったんじゃないかな。ロケーションや衣装に凝ったわりにリアリティを損なうことを考えると残念な気がする。 ヴィアンヌのファッションが斬新だった。れんが色のシャツに明るいブルーのカーディガンとか。赤い靴とか。 それで問題のビノシュだけども。「ダメージ」で全世界の女性に「なぜこいつの一人勝ち???」と深く疑問を抱かせたビノシュだ。 今回は、そのボンレスハムのような腕、広くたくましい背中、太い胴回り、安定感のある下半身が、役柄の求めるものにぴったりマッチしていたのだった。それはいわずもがなの「生命力」なのであった。 ビノシュにあってレナ・オリンにないもの、それは女優さんの「身体」から発する「スタミナ」「ねばり」である。それは分厚い体から発信されまくる。68キロはあるであろう。レナ・オリンやニコール・キッドマンに勝ち目はない。 まじめなことを少し言うと、原作ものの映画で、「カトリック教会VS人間の欲の解放」がテーマになっているようだが、最後の神父の説教で「何を拒否するかではなく何を受け入れるかが大切である」と言いますね。こういう無責任なことを世界に配給するレベルの映画で言ってはいけない。当たり前だが、「受け入れない」ものは「拒否」するしかないんです。「拒否」しなければ「受け入れる」ことになるんだから。「拒否」と「受容」の間に「グレーゾーン」がないからこそ、国と国、民族と民族、カトリック教会と異教徒や異端との間で争いが絶えず、殺しあってきたわけですよね。カトリック教会の押し付けた因習対無神論者による快楽の解放を描いてそんな極楽トンボな結論でいいのか?原作者でも監督でもいいけど、この問題に答えていただきたい。「拒否と受容の間に何があるというのか。そこに『無関心』をもってくればすむ問題と思っているなら、この現代世界を、歴史をどうとらえているのか。」ファンタジーであっても、こういうメッセージを送ってくるなら「お子様」むけとしか思えない。「サイダーハウスルール」を見るのはやめた。 ジュディ・デンチがすばらしい。007の怖いおばさんだったのね。 [DVD(字幕)] 6点(2006-07-09 14:21:58)(良:1票) |
325. シザーハンズ
《ネタバレ》 土曜の昼間からやっぱり見てた方いますね。実はこれ私の行っているツタヤでは競争率高くて見てなかったのです。 年々ファンタジーを(映画にしろ小説にしろ)受け付けなくなっているこのごろ。「フィールドオブドリームス」ですら、「ケッ」と言ってしまうこのごろの私。 いやこりゃ「ケッ」と言う気にすらならないぞ。思わず「フィールドオブドリームス」に謝ってしまいたいくらいの差があるさ。 これはねー、「男の子」による「男の子だけ」を描いた「男の子」のためだけのク○映画だった。 ティム・バートンなんか何見てもピンと来なかったけども、ああー、バートンてのはそっち方面(夢見る少年)だったのかー。どうりでどうでもよかったわけだ。 「夢見る少年」の条件とはなんでしょう。「傷つきやすい純粋なボク」ですね。 そんなボクは人々の鈍感さに順応することができず、一人山へ帰っていくのでした。 ヒロインの描き方のおそまつなこと。碧眼じゃないウィノナ・ライダーに金髪ロン毛のカツラをかぶせても、デキの悪いマネキンにしか見えないのに。「とにかく金髪ロン毛でなければ。」というご都合先行にしか見えない。人物像も、「ヒロインはエドワードの愛の対象としてただ居ればいいのだ」とばかりにおそまつなかぎりだった。私は女の子をこんなにおそまつに(ルックスにしろセリフにしろ)出す作品は認めないぞ。 [地上波(吹替)] 3点(2006-07-09 00:52:03) |
326. フレディVSジェイソン
《ネタバレ》 主役のローリの友達が2人とも頭悪そうで、それがつまらない。ローリも、最後のほうで急に勇敢になってしまって違和感がある。。男の子も、だいたいみな頭悪そうに描かれている。ティーンエイジャーの実態に強くない監督さんなんじゃないだろうか。 フレディとジェイソンを大活躍させるにしても、フツーの少年少女がきちっと描けていないと単なるB級に終わってしまうな。 エルム街の売り物である、「覚醒状態からいつの間にか夢の中」は多少楽しめたが、まだ物足りない。 全体的に、画面が明るすぎる。フレディのヤケドメイクの細部までまでくっきり見せてしまっては、「あ、特殊メイクですね」としか思いようがないではないか。 ラストで、ジェイソンを応援しているようでいながら利用して二人とも倒すつもりでいるという込みいった作戦となるが、それにしては、少年少女たちがそんなに頭良さそうに見えないので不自然だなあ。マーク役の子だけは個性があってなかなかよかったが、すぐ死んでしまったし。ウィル役の男の子は、ローリのモニカ・キーナに比べてハンサム度が足りず容貌が釣り合わない。 映画館が満員でチケットも取れないくらいと自画自賛しているが、ひとことでいうと、監督さんにセンスが足らん。 [DVD(字幕)] 5点(2006-07-02 20:38:27) |
327. 蝋人形の館
《ネタバレ》 そう悪くない。 監督さんはよく知らないが、ゼメキスにシルバーの豪華製作陣に、なぜかパリス・ヒルトンも出ているぞ。しかしブレイク役に黒人をもってきたのはいかにもお約束だなあ。 全体的にやりすぎず、ツボを押さえた丁寧地道なつくり、ご都合主義があるものの目立たぬようつとめており、この手の作品としては中の上とはいえるであろう。物足りなさが残るのは、殺人鬼から逃げ隠れするシーンに重きを置きすぎて(長いしつこい)、作品としての深みがイマイチになってしまったため。まあそれ(怖がらせ)が最優先事項だったのかもしれないけど。 その物足りなさがあるために、ラストのニックの言葉(カメラが思い出の品だからとかいう)が全然意味を成さずシラッとした感じになる。 カーリーとニックが、仲良く蝋人形になっているラストシーンもありだよなあ、とほのかな期待を持ったりしてしまった。 しかしまあ、エリシャ・カスバートのブリブリした豊満ボディを見ると「女版ウィル・スミス」とか思うなあ。なに食ったらそうなるんだ? [DVD(字幕)] 6点(2006-07-01 00:52:35) |
328. ゴッドファーザー PART Ⅲ
《ネタバレ》 なんて意外性に乏しい脚本だろう。 「Ⅰ」「Ⅱ」とは全くの別物だ。 出だしからして「子供は最も大切な宝」とか言われれば、「あ、じゃあ子供が死ぬんだな」と思わざるを得ないし、メアリーがヴィンセントに出会う最初のシーンからして、「あ、メアリーがこいつに首ったけになるのね」とバレバレだし、コニーが全面的にマイケルを支えていることには、あんまり意外性がないし、ケイが再婚していたのは多少の意外性もあるが、彼女がマイケルに対してあいかわらずの冷たい態度をとっていることも単なるお約束だし。なおかつアンソニーが歌手を目指して後を継がないことは意外といえば意外だが、役者さんじたいが魅力ゼロなので「こんなやつどうでもいいしなあ」としか思えない。そこにアンディ・ガルシアが登場すれば、「あ、こいつを息子のかわりに鍛えるわけね」と誰でも思うわけだし。それにしては鍛える場面が足りないし。これで、「実はヴィンセントはソニーの息子ではなくフレドの隠し子だった」とかなら、「おお、それでこそ『ゴッドファーザー』じゃ」というものだが。 とにかく、こちらの予想どおりにチンタラと進むわけだ。これは「ゴッドファーザー」でいいのか?なんか違う映画だったかしら? 唯一血が沸いたのは、ザザが突然ヘリから銃撃する場面の最初の2秒くらいだけだが、「ここで主要な人物が死ぬわけがないしな」と安心して見ていられるというていたらく。 なんだろうこのゆるーい感じ。「ゴッドファーザー」は見るものの予測を裏切られる快感に酔う映画だったのに。 そんでトドメはいかにも「撃ってください」といわんばかりにメアリーが追いすがり、「あ、やっぱりね」となんの感慨もなく絶叫中のアル・パチーノの口の中を眺めているだけ。 なんだかなあ。タリア・シャイアに対しては冷静に撮っていたコッポラも、自分の娘となると、デレデレの親バカになってしまったようだ。とにかくソフィアを魅力的に撮ることしか頭にない。確かに豊満(すぎる)ボディだし、髪の毛もきれいだけど(うっとうしいからいいかげん結わいとけよ)、極短の登場シーンしかなかったブリジット・フォンダのほうがよほど洗練されて光っていた。要するにソフィア・コッポラってイモっぽいのね。 だいたい自分の娘を主役級に据えるそのずうずうしさはどうなの。今回は「ソフィア・コッポラプロモーションビデオ」と思って諦めましょう。 [DVD(吹替)] 5点(2006-06-26 23:18:46) |
329. ゴッドファーザー
《ネタバレ》 コルレオーネ家は、ケネディ家を模していると言われているが、日本人の私は「田中角栄」を連想してしまうのだった。 「フィクサー」とは、「もめ事の調停が得意な人」と私は解釈している。 では、どうすれば「もめ事調停分野」において他人より秀でることができるのだろうか。 角栄の事を書いた本をいろいろ読んでいくと、その道の常道はまずは「懐柔」そして「脅し」であるらしい。角栄の場合は、「懐柔」のほうに力を入れていて、「相手に法外(相場の2倍以上の)に有利な条件を提示する」ところから始めたらしい。これは当然「自分が持ち出す」ことが必須となる。そうすると、「常に自分が豊富なコネや資産を有する」が絶対条件である。そのために金策が欠かせないから無理に無理を重ねていくことになってしまう。しかしこうしてひとつ「貸し」をつくると、次の別件のときに「そうだあいつに貸しがあったから今回利用しよう」となり、「貸し」が増えるほどフィクサー本人はどんどん「ラク」になっていくという構造になっているらしい。 そしてわがドン・コルレオーネ。彼もまた無一文からのスタートであるから角栄とあまり変わらない。 元手となるものがない彼が「元手」とした最初のものが、街のダニであるドン殺しであったことは「Ⅱ」で判明する。彼が仲間に「貸し」を作り、優位に立つための「元手」、それは「人殺し」だった。そして「フィクサー」としての彼の手法は、「金を取らず」「貸し」を無限に積み重ねていくことで営まれてゆく。上記の「どんどんラクになる」の方程式に従って。このへんが、「Ⅱ」でのコロンボ夫人問題の時に如実に描かれていて、ヴィトの「手法」を鮮やかに見せる。しかし、ヴィトはあくまで「古い時代の町の相談者」に甘んじて、それ以上に「儲け」ようなどと思っていない。 ところが、大学出のマイケルは、単なる「もめ事調停人」から脱することを望み、そして「親父の時代のヤクザな仕事」から徐々に手を引いて、まっとうな「ファミリー」へ脱皮しようとしていくのだが…。 ちなみに、マイケルにヴィト譲りの並々ならぬ「ネゴシエーション」能力が引き継がれていることがはっきりと描かれている場面が「Ⅰ」にあります。皆さん、一瞬考えて見てください。 それは、シシリアでアポロニアに一目ぼれした彼が、拒絶する彼女の親父さんを口説いて面会にこぎつける場面です。 [DVD(字幕)] 10点(2006-06-25 22:03:47)(良:2票) |
330. ゴッドファーザー PART Ⅱ
《ネタバレ》 本当に何度見てもすばらしい。 今回見直してみて感じたこと、2点述べたいと思う。 まず「人生の収支」について。 ヴィトはコソ泥仲間に先駆けて、いちはやく人殺しを行った。しかも誰に強制されるでもなく。普通に考えたら、ヴィトは仲間よりもダントツにひどい人間だ。 ところがヴィトのその後といったら、町の住民には尊敬され、商売もうまくいき、仲間にも慕われ、妻にも愛され、多くの子供を授かり、あげくのはてに両親の復讐まで成し遂げる。そして彼に倒された多くの敵と違って穏やかに死ぬことができた。 彼の才能と努力のたまものといってしまえばそれまでのことだが、私はここに(コッポラの考えるところの)「人生の収支」の存在を感じる。 つまり、ヴィトの前半生は、後半の大成功を補ってあまりある悲惨極まりないものだったわけだ。ほとんどこれ以上の悲惨な少年時代はない、といえるほどに。私はヴィトの人生は源頼朝と似ていると思うのだが。(前半生悲惨、後半バカツキ) そして対照的に限りなく重苦しいマイケルの人生とはなんなのか。 私に言わせれば、マイケルに次々に降りかかる災難や、失われてゆくものこそ彼の「人生の収支」の「支」であるのだ。つまり彼は父から多くを与えられすぎているのだから。 2点目はドンの力が文字どおり「GOD」を超えたところで「Ⅱ」が終了していること。 フランクが自殺したこと、これはすごいことなのだ。シシリア生まれのイタリア人=ゴリゴリのカトリックの彼が、神に背いてまでドンの力に屈したのだ。そしてフレドはマリア様を讃える歌を歌っているというのに殺される。そしてエンディング。なんてことだ。マイケルはついに神様より強くなってしまったのだった。 しかしそんな全能のマイケルですら思い通りにすることができないもの。それが「金目当てでない女」である。生きるのがせいいっぱいの時代には、共に苦労したヴィトの妻なら、夫のすることを肯定し愛し続けたわけだが、マイケルの言う「時代が違う」=「女が変わった」。それなら「金で転ぶ」女にすればいいじゃん、といっても、肝心のマイケル本人は「金で転ばない女」が好みなわけで、どうしたってうまくいくわけがないという完璧なパラドックス(コッポラの作った)なのであった。 [DVD(字幕)] 10点(2006-06-23 22:45:18)(良:5票) |
331. デューン/砂の惑星(1984)
《ネタバレ》 なんといっても浮かぶデブ。興奮すると急上昇だ。 おおまじめにヒーローとして立ち上がるマクラクラン。しかしその鼻にチューブ。 あまりにも陳腐なストーリーゆえ、「画づくり」に力を入れるしかなかったのであろう。登場人物全員超シリアスに演じているにもかかわらず、どうみてもコントにしか見えず終始クスクス笑う。 しかしなあ。前半もたもたして、後半急に「予告編か?」と思うほどのドタバタした話はこび。どうなっちゃってるの。そんであのフグみたいなのはなんなのかしら。 「女には、決して辿りつけない境地があるのだ」って、字幕で言われてもなあ。さいざんすか。 ストーリーがひどすぎる。よって皮肉にもリンチのわけわからなさが薄まる結果となって、いいような悪いような。でももうリンチは見ないし。(また言ってるけど) [DVD(字幕)] 4点(2006-06-18 20:34:03) |
332. ダーク・ウォーター
《ネタバレ》 そうきたかラスト。 邦画リメイクでまたしても母性愛。「リング2」といい、リメイクじゃないが「フォガットン」といい、ほかにテーマはないのかというほどの母性愛の大洪水状態だな。ジェニファーが出るというので見てみたが正直言ってもう満腹だな。 白人女性にしたらガリガリでモデル体型のジェニファー、熱演してて悪いけど彼女の表現する母性愛はリアリティが感じられなかった。だいたい映画で「さあ母性だ」と正面きって押し付けられるのもどうかなあ。 べつに粗悪品ではないが、佳作ともいえない。 どんどん壊れていくジェニファーの神経症ぶりを鑑賞しつつ、我が身を振り返って「やば度」を検証するのが有効な利用法と思います。 それにしてもあれがティムロスとはクレジット見るまで気付かなんだ。 [DVD(字幕)] 6点(2006-06-09 22:08:33) |
333. シャッフル(2005)
誰しもまーそうだろうと思って見ているので、オチに格別の意味はなし。 「最後どうやってオトすんだ」と思って見ているだけ。 ただ、ゲイの隣人やイキがっている不良青年、あやしい医者や、黒人親子など、それぞれのキャラがみんな少しこわれているうえに濃い。そのため、相対的にヒロインの壊れっぷりがそれほど奇異に見えないほどだ。 BC級だがカラッポなわけではない。 このドロッとした独特の空気、センスはゼロではない。 [DVD(字幕)] 5点(2006-05-22 21:07:43) |
334. メリンダとメリンダ
《ネタバレ》 キレがない。 パンチもない。 ウッディ本人という大スターの登場なしで「もたす」には、クロエ以外の俳優さんに吸引力が無さ過ぎる。 よって、あまりにもナチュラルで軽妙な日常会話のつなぎのみがみどころと化し、なんともしまりのない作品が完成。 あえて吸引力のない役者を揃えたのだとすると、いったいなんの狙いというのか? それで「もつ」ほどのお話じゃないし。 ラーダ・ミッチェルなんてこれっぽっちも魅力を感じないし。 あーゆー破滅型のだらしがないタイプのヒロインを持ち上げるのは大間違いだし。 うう、これはもしかするとモニカ・ポッターならなんとかなったのか?ありえないな(前科者なんて) こりにこったインテリアをこりにこった照明で屋内のシーン連発してこれがまた映像美麗なのに内容がこれかよ、非常に残念(クロエまで無駄遣い) [DVD(字幕)] 6点(2006-05-21 00:43:48) |
335. プライマー
《ネタバレ》 ああーごめんなさい。 はっきりいって理屈がまったくわかりませんでしたー。 なんか雰囲気はなかなかよいのだが。 途中からワケがわからなくなり。 そしてあまりにも説明が無く。 こうなると「娯楽」とは程遠い気がするなあ。 一言だけ感想をいうなら「男の子どうしでコソコソなんかやってる場合はロクなことにはならん」まちがいない。 [DVD(字幕)] 5点(2006-05-19 22:30:53) |
336. ソウ2
《ネタバレ》 「13ゴースト」ぽいやたらな絶叫シーンつなぎのカット。 「揺らす」カメラワーク。こんなもの使わないと作品にならないなら造らないほうがいい。 前作の中国系の監督さんとの力量の差大。今回は彼は製作に入っているが、脚本も含め「2」はバウズマン作品ということであろう。 主役のマシューズ刑事のわざとらしさ全開ヤサぐれデカ演技ですでに「イカン」と思ったが。(ダーティーハリーあたりを真似たのでしょうが)とりあえず他の出演者のレベルも「低」だったのでつりあっているという妙なあんばい。おっと息子役だけはまあまあのデキ。 特殊メークも安かったなあ。あと、照明が明るすぎる。ジグソーの不気味な表情など、「顔全部」をくっきり写す必要がどこにあるのじゃ。バウズマンはイカン。センスが足らん。 [DVD(字幕)] 5点(2006-04-03 19:32:25) |
337. ROCK YOU! ロック・ユー!
ヘルゲラントって人は売れセンの脚本家なのね。その作品の顔ぶれだけでもそうそうたるものだなあ。(某ゲームに「ヘルブラント」という強力魔法があり、どうしてもトラップ取得できないのでそれを思い出してしまう)しかしこれは。身分社会で成りあがるってテーマは、「バリー・リンドン」の向こうを張ったと思うなあ。しかしバリーと違って女を利用してヒモになるじゃなくて、スポーツ?の実力と偶然の好意で成りあがるのか。有り得ないが。でも「バリー・リンドン」の質には遠く及ばない。これを見たらやっぱりキューブリックの語り口の辛さ、どこまでもシニカルな目線はスゴいものだと思った。「バリー・リンドン」も長かったが、「カットできるとこがない」長さだった。「ロック・ユー」はこの内容で132分は長すぎると思った。カットできない監督さんは監督としては落ちるんじゃないかと思った。ヒース・レジャーはなかなか姿のよい俳優さんだ。 [DVD(字幕)] 6点(2006-03-12 22:48:44) |
338. リバー・ランズ・スルー・イット
《ネタバレ》 美しいモンタナの自然に兄弟の生い立ちにレッドフォードの抑えた演出。これに登場人物の死ときたら、ウルッときそうなものだが。ところがどっこい、なんかこう、不発弾という言葉が浮かぶ。なぜでしょう。それは、この原作じたいが、兄の「言い訳」のために書かれたからじゃないかしら。「賢く美しい弟が居たけれど、若くして殺された」ていうだけの話だが。それを自伝に書いてしまうのはもう、「罪滅ぼし」としか思えないんだな。この弟っていうのは、依存症体質で、もはや自力ではやめることができないほど酒とギャンブルにのめりこんでたわけで(正規の仕事に就いているのに昼間から酒飲んで原稿書き)、兄貴はそれをわかってたはずだ。アル中もギャンブル中も、もうこうなると入院するとか隔離しないと更正できないんだわ。それでこの兄貴の腰の引けていることといったら。弟のために何をしたというのか。「何もしていない」「ほっといたら死んじゃった」このことに対する、壮大な「言い訳」として書かれたとしか思えないこの原作、これでは泣き所もなければ「心に残る名シーン」もないはずだ。主人公が自分で書いてるんだから、自分に都合の悪いことは全部カットしているだろう。本当は、もっと弟が死ぬまでに色々あったはずだ。死んだあとも、兄は一生「弟が転落していくのを傍観していたこと」の罪の意識に苦しんだはすだ。だから、あんなきれいな終わり方じゃなく、「苦しむ兄」とか、「弟の真実を知る兄」とかを入れないと、ドラマとしては「不発」なのだ。第三者でなく兄本人が書いた原作であることが、映画としての「限界」だったと思う。ブラピは「スパイ・ゲーム」の時と全く同じ演技だった。弟体質の彼はいいとして、なぜ兄がクレイグ・シェーファーじゃないといけないのか分からなかった。太ってるし、ストーカー顔だし。 [DVD(字幕)] 6点(2006-03-12 21:56:31) |
339. リアリティ・バイツ
ほのかな期待をズタズタにされて金返せと叫ぶク○映画。「90年代のアメリカの若者の実態」を描く?それなら「お行儀が悪くて自己中心的で自分だけが頭がいいと思いこんでてだから自分は社会的にいい思いができるはずだと思いあがってて努力とか勤勉という言葉を知らない親がかりのお子様」ってことなんですね。それならそれでそういう姿を描いてくれてもいいが、もっと厳しい目で描く必要があるでしょう。「どうだ、こいつら甘ちゃんだろ」ってさ。ところが、傍若無人な彼らになんの罰が下ったか?何もない。この作品は彼らに現実の厳しさなんてひとつも教えてない。こんなものを「悩める若者の姿」とか言うな。まあ、カントクが自ら出演して喜んでるような若造なので、むべなるかな。こんなもの賛美するならば、努力と勤勉と辛抱を重んじる日本人としては0点をつけるしかない。 [DVD(字幕)] 0点(2006-03-12 15:45:14) |
340. マルコヴィッチの穴
《ネタバレ》 それなりにおもしろかった。 乗り移られる人間(ホスト)を、穴を通してどうやって特定しているのか、そこんとこがイマイチわからない。なんで一人のホストにわざわざ大勢で乗り込んで人格統合するのかもわからない。あと、15分超えのテクはなんなのかもよくわからい。まあ不条理だから。それでもいいけど。後半マルコヴィッチがジョンキューザックの真似演技をしているところがウケた。 あと、そんなにまでして皆が乗り移りたいと思う対象が「俳優マルコヴィッチ」てところが、ジョークと思った。(腹たるんでるし) [DVD(字幕)] 7点(2006-03-12 15:35:07) |