1. ぐるりのこと。
《ネタバレ》 入念に作りこまれた映画だと思う。構成は徹底的に考え抜かれていて、情報量も多い。夫婦の生活と有名事件の裁判を交互に語る形式で、微視的・巨視的に90年代を切り取ってみせたのはちょっとあざとくも思えるけれども、確かに成功している。年代もきちんと提示されるが、女性のファッションを見るだけで時代がわかる描写の細やかさはさすが。風呂場で椅子から落ちてごつんと音がするところとか、リアリティうんぬんというかもう、生々しくて肌に伝わってくるようだ。 女は子どもを失った罪悪感から会社を辞め、男はなにごとにも辛抱強く、自分を納得させるための涙は絶対に流さない。英題を見ると「ぐるり」は二人を取り巻く周囲の状況を指しているようだが、逃げそうで逃げない、遠回りしているようで実は真摯に現実と向き合っている二人の生き方もまた「ぐるり」なのではないか、と感じる。というか安易な答えに飛びつかずに(あのうさんくさいベストセラー作家に抱きつく変人みたいに)、生きることに真摯でいようとするとするなら、回り道せざるをえないのかもしれない。 ただ、これほど見応えのある作品も珍しいが、正直いって内容を消化し切れなかった部分もある。割と爽やかに終われそうだったのに「継母ぁ!」を入れてきたのにはびっくりした。それに巧妙な構成が仇となって、ときどきものすごく冷静になったり、展開そっちのけで考え込んだりしてしまい、肝心な夫婦のドラマを遠巻きに眺めていた感がある。なのですごい作品とは思うけれど、感動の度合いを正直に書くと7.5点くらい。繰り返し観れば、いろんなことが腑に落ちるのだろうか。 [DVD(邦画)] 7点(2009-08-09 22:38:00) |
2. クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ!オトナ帝国の逆襲
《ネタバレ》 年代的にも共感できる要素が少なく、テレビ番組で前もって見所を知っていたのもあって、かなり冷静に鑑賞。なのに、不覚にも泣いてしまった。なんというか、ギャグとシリアスの緩急が上手いのですね。クレしんだけにくだらない部分は思いっきりくだらなくできるわけで、その点は卑怯というか、巧妙だなーと思いました。 衝撃的だったのは、計画が潰えた後に悪役の二人が自殺を図るエピソード。推理ものならともかく、低年齢向けでこんなのは珍しい。おまけにこの悪役がどうしてこんな事件を目論むに至ったのか、バックグラウンドがまったく描かれていない。尺の関係もあったのかもしれないが、大胆に余白を残したのは正解(ジャンプ系のやたらと回想を織り交ぜて語りまくる漫画には見習ってほしい)。 声優の貢献もあり、ケンとチャコは名キャラクターとなっている。敵役に存在感を持たせたことが作品を成功させた要因の一つでしょう。 [DVD(邦画)] 7点(2009-05-07 12:23:26)(良:1票) |
3. クレヨンしんちゃん ちょー嵐を呼ぶ金矛の勇者
ちょうど『戦国大合戦』を観た直後だったのでテレビで放送されていたのをなんとなく鑑賞。……これはちょっと、褒めるところが見当たらないかな。これを子どもだましといったら子どもに失礼でしょう。 いろいろなものを詰めこんだせいでわけわかんなくなってるし、しかも取り入れているのがまた浅はかな流行ネタばっかり。話の筋がくだらないのに加えて台詞のひとつひとつが薄っぺらくて、ギャグは痛々しいほどすべってる。脚本が完全にやっつけ仕事。 というか、一人称に『僕』を使う女の子を出して、しんちゃんがその胸を触ってドキッとするとか――クレヨンしんちゃんでやることじゃない。はっきり言って気色悪かったです。 [地上波(邦画)] 3点(2009-04-22 23:08:35) |
4. クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦
《ネタバレ》 こんな作品を子どもの頃に観たかったと思う。そして大人になってから、もう一度観返したかった。それがいちばん幸せな観客でしょう。 姫が池のほとりに佇んでいるだけの、一切の台詞がないプロローグだけでちょっと感動。又兵衛と姫の関係そのものがそうだけれど、大事なことを言葉にしていない。というより言葉にしたら失われるような微妙な心の動きを、徹底して人の動作や、その目に映っているであろう風景を通して表現している。とてもやわらかで、細やかな視線だ。 侍と姫の恋物語はとても素朴で、単純とすらいえる。けれどもその繊細な描写が二人の息遣いまでも伝えるようで、素直な物語のなかにも汲みつくせない美しさがある。「言わぬが花」という言葉が、ほんとうの意味で生かされた作品だ。 また本編の主役であるしんのすけが脇役でしかないという批判もあるようだけれど、ちょっと違うと思う。 たとえばいざ合戦となって野原家が脱出しようというとき、悲壮な表情の両親とは対照的に、しんちゃんはあっけらかんとしている。つまり幼さゆえに絶望的な戦であることが理解できていないわけで、だから戦場の真っ只中に巻き込まれても両親ほど怖がったりはしない。それがラストで又兵衛が倒れて初めて、大声で泣き喚く。あのときようやく、〝死〟というものがしんのすけのなかでリアルになった。 つまりこの物語は侍と姫の悲恋譚である一方で、幼い少年が初めて〝死〟を知るまでの成長物語でもある。 この映画には子どもからはわかりにくい部分も確かにあるだろう。けれど、子どもにとっては世界はわからないことだらけであるのが当たり前のはず。そんななかでしんのすけは、大人の恋や死といったままならない出来事を垣間見て、少しだけ大人になる。人生は楽しいことばかりじゃなく、どうしようもなく失われていくものがあって、だからこそ輝きがあるということを知る。ほんとうの成長はいつも、苦い。 この映画が子ども向きではないという意見もあるようだけれど、ほんとうにそうでしょうか? これはとても真っ当に、本気で子どもに届けられた作品だと思います。 [DVD(邦画)] 9点(2009-04-14 13:28:16)(良:3票) |
5. 空中庭園
《ネタバレ》 家族ものかと思ったら……サイコサスペンス?! 目新しい設定ではなく、中盤の流れもどこかで見たような感じのネタが多い。ラストのまとめ方が比較的上手かったので腹は立たなかったけれど、あまり良いとは思わない。 とくに悪い意味でマンガ的というか、あまりにも大仰で過剰な表現が目立っていた。 たとえば、あの携帯をくるくる回している男はいったい何者なのか。なまっちろくてぷよぷよのお腹にださいタトゥーして、「バビロンにようこそ」ってあんた……笑っちゃったよ。あと、おばあさんが殺し屋のような動きでソニンをぶちのめす場面。あのシーンだけ全体から浮いていると思う。格闘漫画じゃないんだから。ていうかソニンの顔に煙草の火を落とす前に、孫を殴れ。 血の川が流れるシャイニングみたいな映像や、泣き叫ぶ小泉今日子の姿には正直、失笑してしまった。もっと抑制を効かせたほうがいいんじゃないだろうか。 それに母親と娘との間にある根深い確執が、娘の思い込みが強かった、という説明でああも簡単に氷解してしまうのは、いくらなんでも強引過ぎる。歪んだ母娘関係というものを実際に目にしたことがあるけど、真面目な話、あれはとんでもなくやっかいなものだ。そう単純に片付けられてたまるかよ、と思う。 おおまかな話の筋は良かった。しかしテーマにしても表現方法にしても、もう少し突き詰める余地があると感じる。 [DVD(字幕)] 5点(2007-01-01 15:13:21) |
6. くりいむレモン
空の美しさが印象的だ。冒頭で妹が一人歩いている上空を、電線が斜めに区切っている。こういう絵作りの上手さは絶妙である。画質がVシネっぽくてチープ残念でならない。 北野作品のように間の長い映画ってちょっと苦手なんだけど、これはかなりリアルだったのですんなり観られた。沈黙の多いタイプの作品としては成功している方だと思う。 たとえば妹が電話を終えた直後に「ユウスケさんがお兄ちゃんのこと変態だって言ってたよ」と報告し、ヒロシ(兄)は軽く動揺し、声が上ずる場面。たぶん、〈え? 何? 俺が妹にちょっと惹かれてるってあいつは気づいてて、妹に言っちゃったわけ? いや、まさかそんなはずはない。でも…〉というようなことを考えていたんだと思う。気づかれていないは思いつつ、後ろめたいことがあるので確信はもてず、発言がどことなく不自然になる。この微妙な心理描写に、目が釘付けだった。主人公の気持が手に取るようにわかるのだ。それどころか、二人とも言葉がカミカミで会話のキャッチボールが微妙に成り立たない、という現実にはありえても映画ではついぞ観たことのない場面もある。 たいていの映画ではこぎれいな台詞を噛んだり被ったりすることなく応酬するものであって、ここまで現実的な間の悪さ、ぎこちなさを再現しようとはしない。このひねくれたリアリズムが非常に斬新に感じた。原作はおそらく典型的な男の願望充足ストーリーなのだろうが、それをここまでリアルで繊細なドラマに仕上げてしまう監督の技量に感動した。地味だが、細やかな心の動きを感じさせる良作だと思う。 [DVD(字幕)] 8点(2006-02-03 16:17:19)(良:2票) |
7. 蜘蛛巣城
《ネタバレ》 序盤はやや冗長と感じたのだが、鬼気迫る終盤でささいな瑕疵など吹き飛んだ。これほど壮絶という形容がふさわしい作品はない。運命に絡めとられるように破滅へと突き進む武時の姿から一時も目を離すことができなかった。『七人の侍』などに比べるといささか寓話めいてはいるが、もっと知名度が高くてもいいはずだ。 森に棲む妖婆の怖さは『妖怪百物語』の置いてけ堀の下りを思い出させる。が、はっきりいって怪奇映画であるあちらよりも怖い。そして皆さん言及しておられますが、なんだかんだいっていちばん邪悪な奥方、山田五十鈴さん。あんた怖すぎるよ! 夢に出てきちゃうから! あんまり怖いので森の化生が憑依してるのかと疑ったくらいだ。 何の前知識も無しに観たために、三船敏郎が矢の雨のなかでの絶命する場面には口があんぐり。かっこいい決め台詞を言わせたり堂々とした態度をとらせたりせずに、みじめに悲鳴をあげて這いずり回るのが非常にリアル。すさまじい迫力だった。『俺たちに明日はない』のボニーとクライドが銃弾の嵐を浴びる場面に勝るとも劣らない名場面でしょう。 個人的には『七人の侍』よりも好きかも。登場人物に温かみがない分、白と黒だけで映される荒涼とした風景が胸に沁みる。なんともいえない虚無感が閉幕後もしばらく後を引くのです。 [DVD(字幕)] 9点(2006-01-06 15:43:27) |