21. 風雲児たち 蘭学革命(れぼりゅうし)篇<TVM>
《ネタバレ》 まず最初に書いておきますが、原作の「風雲児たち」は紛れも無い傑作です。 「明治維新を描くのであれば、関ヶ原の合戦から描く必要がある」という壮大な歴史観に基づいた品であり、大河ドラマならぬ大河漫画として、自分も愛読させてもらっています。 本作の鑑賞前、原作コミックスを本棚から取り出し「蘭学革命篇」だけを読み返すつもりが、ついそのまま最新の「幕末編」に至るまで読み切っちゃったくらい……と言えば、多少はその面白さも伝わってくれるんじゃないかと。 そんな訳で、本作には大いに期待していたし、映像化にあたり「蘭学革命篇」をチョイスしたと知った時には、小躍りしてしまったくらいなのですが…… 出来上がった品を観終えた後は、暫く無言になって、落ち込んじゃいましたね。 勿論、最低限のハードルはクリアしているというか、映像化した意義はあったと思んです。 例えば、主人公の前野良沢の屋敷内の描写、庭で舞い散る桜が美しかったというだけでも、漫画ではない動画ならではの魅力があったし、音楽やナレーションも良い味を出している。 役者さんも実力のある方ばかりで、安心して鑑賞する事が出来ました。 じゃあ、何が不満かっていうと……それはクライマックスの描き方についてなんです。 本作って、冒頭にて「何故、前野良沢と杉田玄白は仲違いしてしまったのか?」という謎を提示しているのですが、その起承転結の「起」の部分が上手い代わりに「結」の部分が余りにも拙いんですよね。 そもそも原作ではアッサリ短期間で和解した良沢と玄白を、数十年に亘って険悪な仲という設定に変えた挙句、仲直りの仕方は原作と同じアッサリ風味にしているんだから、こんなの違和感あるに決まってるだろと言いたくなっちゃいます。 脚本家としては「最初に劇的な要素を提示して、観る者を惹き付ける必要がある」と考えたのであろう事は、良く分かるんです。 でも原作には無かった要素を付け足し、ハードルを上げてみせた以上は、それを飛び越える必要があると思うんですよね。 本作の和解シーンに関しては(だって原作でもアッサリ仲直りしたでしょ?)という言い訳というか、自分で勝手に上げたハードルを飛ばずに潜り抜けたような恰好悪さを感じてしまい、全然心に迫るものが無くって、非常に残念でした。 「フルヘッヘンド」の件についても原作と違うというか、本当に杉田玄白が昔を忘れてボケちゃったか、あるいは自らの手柄を捏造したかのような描写になっており、大いに不満。 原作では「読者に分かり易いように、聡明な玄白はあえてそう書き残した」という描写が為されており、受ける印象が全く違っているんですよね。 他にも、チョイ役に格下げされた高山彦九郎や林子平はともかく、結構な尺を取ってる平賀源内からも原作のような魅力が伝わってこないんだから、本当にガッカリしちゃいました。 世の中には「原作と違うけど、これは面白い」と思える映画やドラマも沢山ありますが、本作に関しては「原作と違うし、その違う部分が面白くない」と感じてしまい、観ていて辛かったですね。 平賀源内の部屋に「本日土用」の看板があるとか、原作好きならニヤリとする小ネタが散りばめられてるし、作ってる方々の原作愛は本物で、面白い作品にしようと努力されたのだとは思いますが…… 正直、出来上がった品を評価する限りでは「凡作」か、贔屓目に見ても「それなりの良作」くらいになっちゃうと思います。 それでも一応、本作独自の良さがある部分を挙げるとしたら「鼓膜」「十二指腸」「神経」という言葉が生まれた瞬間を描いてる辺りが該当しそうですね。 ここは感心させられたというか、解体新書の存在が「後の世を変えた」事が分かり易く伝わってくるし、歴史物ならではの醍醐味があって、良かったです。 んで、その他の良かった点を挙げようとすると…… 「私の名前が泥に塗れようが、そんな事はどうでも良い」 「私の名前など、歴史に残らんでも良い」 という玄白と良沢の台詞が交差する演出とか「原作の名場面を再現した箇所」ばかりになっちゃいますね、どうしても。 まぁ、これに関しては天邪鬼にならず「押さえるべきところは押さえた作り」として、褒めるべきなのかも。 冒頭にて述べた通り、原作は文句無しで傑作なのだから、奇を衒わず素直に作って欲しかったなぁと思わされた……そんな一品でありました。 [DVD(邦画)] 5点(2020-08-05 19:41:42) |
22. タッチ CROSS ROAD 風のゆくえ<TVM>
《ネタバレ》 これ、結構好きです。 少なくとも「タッチ」のアニメとしては、劇場版三部作&テレビスぺシャル二本の中でも最も綺麗に纏まっているし、面白かったんじゃないかと。 冒頭に流れる歌も哀愁があって、異国の地で一人ぼっち夢を追いかける主人公に合ってるし、この度久し振りに鑑賞して(良い曲だなぁ……)と、しみじみ浸っちゃったくらい。 それと、本作のストーリーラインについては人気野球ゲーム「パワプロ10」でもオマージュされているんですよね。 「日本の若者が一人渡米し、金髪そばかす娘とロマンスを繰り広げつつ、マイナーリーグからメジャーへの昇格を狙う」って話の流れは、文句無しで魅力的だし、これを殆どそのままゲーム中に流用したスタッフの気持ちも、良く分かります。 ただ、そんな「パワプロ10」に取り入れられなかった部分「主人公達也と、ヒロイン南との遠距離恋愛」については……正直、蛇足に思えちゃいましたね。 原作が「タッチ」である以上、この二人のロマンスは外せない訳なんだけど、今回はそれが枷になってた気がします。 そもそも南が新体操を辞めてカメラマン目指してるって設定自体、劇中の人物同様に「なんで?」と戸惑っちゃうし…… 南に「自立した女性」的な魅力を与えようとした結果、空回りしてるように思えました。 他にも「ライバル打者のブライアンが凡退する場面が多過ぎて、凄みが薄れてる」「達也とホセが終盤に和解する流れが唐突」などの作り込みの甘さに「バンクシーンや曲の使い回しが多い」という、アニメとしての根本的なクオリティの低さも見逃せないし……酷評しようと思えば、いくらでも出来ちゃう品なんですよね、これ。 ただ、それでもなお自分は好きというか……粗削りだけど、光る部分も多いんです。 現地娘のアリスは可愛らしくて、南より魅力的に思えたくらいだし、オーナー夫妻も良い人達なもんだから、主人公チームの「エメラルズ」を、自然と応援したくなるんですよね。 「かつては名門チームだったが、今は没落している」「球団の解散が決まった事を知った選手達が奮起し、快進撃の末に優勝する」などのお約束展開も、王道な魅力があって良い。 町から町へ、オンボロバスで移動しながら野球するという、マイナーリーグらしい描写もしっかり挟まれていたし、開幕戦ではガラガラだった客席が、最終戦では満員になっていたのも、凄く気持ち良かったです。 「弟の代わりに投げた」発言からすると、本作は「背番号のないエース」から続く時間軸なのでしょうが、原作漫画しか読んでない人でも、そこまで混乱しないよう配慮した台詞回しになっている事にも感心。 キャッスルロックという地名が飛び出す小ネタなんかも、ニヤリとしちゃいましたね。 「頑張って夢を叶えようとしたら、その過程で他の選手の夢を奪ってしまった」場面を挟み「優し過ぎる兄貴」だった達也に相応しい苦難を用意しているのも、原作漫画が大好きな身としては、妙に嬉しかったです。 そして何といっても、ラストシーン。 達也が最後の一球を投じる直前に「和也……見てるか!」と胸中で叫ぶ場面には、本当にグッと来ちゃったんですよね。 思えば原作においても「好きなんでしょ、野球」「和也くんと、ずっと同じ環境に育ってきたんだもの」という台詞がありましたが、そんな達也の「野球を好きな気持ち」を、とうとう素直に表せる場所に辿り着いたんだという充足感、そしてそんな自分の姿を「和也に見せてやりたい」と思った達也の心意気に、もう観ていて心を鷲掴みにされちゃったんです。 そんな独白の後、幼い和也と達也とがキャッチボールしてる場面が回想で流れるもんだから、もうたまらない。 ここのワンシーンだけでも、本作は観る価値があったと思います。 欲を言えば「和也の力を借りない、達也と新田の真剣勝負」も見せてくれたら文句無しだったんだけど…… まぁ、それは本作から数年後、メジャーリーグの舞台で実現したんだと、妄想で補いたいところですね。 それと、恐らく本作のアリスは新田の妹である由加ちゃんが原型なのでしょうが「達也が好き」「そばかす属性」「一人称オレ」「ピッチャー」って共通点がある事を考えると、吉田君もモデルの一人だったのかなって、そんな事が気になりました。 他にも、あだち漫画で見た事ある顔が、色々と登場していたりするので…… その「元ネタ探し」をしてみるだけでも、それなりに楽しめちゃう一品だと思います。 [DVD(邦画)] 7点(2020-07-25 05:54:50) |
23. タッチ(2005)
《ネタバレ》 冒頭のモノローグからして、ヒロインの南目線で進むのかと思いきや、何だかんだで達也が主役でしたね。 原作でも主人公は達也なのだから、当然と言えば当然なんですけど、それなら無理して南の比重を増すような真似しなくても……と、つい思っちゃいました。 この映画、それ以外にも「無理してる」部分が多々あって、ちょっと褒めるのが難しいんですよね。 ラストの告白台詞に関してもそうなんだけど「無理して名場面を挟んでる」「無理して名台詞を言わせてる」感が強くって、観ていて気恥ずかしかったです。 そもそも原作コミックス26巻分を116分に収めるって時点でキツい訳だけど、それに関する原作エピソードの取捨選択も、あまり上手くなかった気がします。 南が新体操やらないとか、その辺は納得なんだけど……やはり、柏葉英二郎の不在が痛い。 「タッチ」で一番魅力的なキャラクターといえば彼だと思うし、せめて明青の監督は彼にして欲しかったですね。 グラサン掛けた強面の監督で、達也に厳しく接しつつも最後は彼の実力を認めるとか、その程度の描写でも充分嬉しかったと思うし……完全にいなかった事にされちゃうのは寂しいです。 そんな柏葉監督だけでなく、西村に吉田といった魅力的な脇役陣も出てこないっていうのに、映画オリジナルキャラである小百合ちゃんを出して、彼女に尺を取ってるというのも悲しい。 序盤から達也に好意を示し、デートしたりもするんだけど、終盤になってからは全く出てこないというチグハグっぷりだったし…… 彼女に関しては、あまり存在意義を感じられませんでしたね。 同じオリキャラでも、原田くんと良い雰囲気になるソノコちゃんは画面の賑やかし役に徹していたし、小百合ちゃんもあんな感じで、主筋には絡ませない方が良かったと思います。 決勝戦前日に和也が草野球で投げてるとか(ちょっと無理があるのでは?)と思える描写が散見されるのも辛いところです。 でも、本作にはそんなアレコレも霞むほどの大きな欠点があって…… 原作漫画が大好きな身としては、こんな事を書くのも辛くなっちゃうんだけど、この映画って「和也が死んでも悲しくない」んですよね。 映画の中盤、始まって一時間くらいで退場しちゃうし、それまでの尺も達也と南のキスシーンとかに費やしているもんだから、根本的に和也を応援したり、感情移入したりする気持ちになれないんです。 達也と和也の性格の対比も中途半端で、達也は毒舌属性がやたら強化されて「嫌な奴」としか思えない一方、和也の「良い奴」っぷりは全然伝わってこないというんだから、困っちゃいます。 南とのキスシーンや、オリキャラ女性の出番よりも、もっと和也の魅力を表現する事に尽力して欲しかったですね。 「タッチ」という物語の構成上、和也の死が悲劇でなければ面白さの根底が崩れちゃいますし、そこだけはキチンと押さえておくべきだったと思います。 ……以上、色々と不満を述べる形になりましたが、それだけじゃあ寂しいし、何やら申し訳無い気分になるので、以下は良かった点を。 まず、主人公達三人が子供の頃から野球をやってたって設定にしたのは上手かったですね。 ちゃんと幼い南が背番号2を付けてて、その後に捕手となって達也の球を受ける場面にも自然に繋がってますし、南の見せ場って意味ではここの「捕手」の場面が一番良かったと思います。 原田くんに孝太郎など、男っぽい脇役陣が気を吐いて、画面をビシッと引き締めてくれたのも嬉しい。 高校一年で140キロのスライダーが投げられる和也とか、打率が七割五分以上で甲子園七本塁打の新田とか、具体的な数字が出てくるのも、野球好きとしてはテンション上がるものがありましたね。 それと、先程自分は「映画オリジナルの女性キャラ」に尺を取るのを否定しましたけど、映画オリジナルの展開そのものについては、結構良かったと思うんです。 達也が秋季大会で滅多打ちされてコールド負けするのも、その後の躍進が「ドン底から這い上がった」感が出て好みですし、雨の中で原田くんに殴られ、再び野球を始める流れも「泥臭い青春物」って感じがして良い。 和也に命を救われた子供と、その母が命日に上杉家を訪れる場面も、何だか救われるものがありましたね。 新田の最終打席にて、和也と同じスライダーを投げた後、達也らしいストレートを投げて勝利するというのも「和也の幻影を振り切った」「達也として甲子園出場を決めた」感があって、良かったんじゃないかと。 そんなこんなで、原作と比較しちゃうと不満も多々ありますが…… 青春映画として一定のクオリティはあったんじゃないかな、と思います。 [DVD(邦画)] 5点(2020-07-16 10:33:11)(良:3票) |
24. 極道めし
《ネタバレ》 刑務所+グルメ物という事で、どうしても「刑務所の中」(2002年)と比較してしまうのですが…… 「刑務所の中」のような乾いたシニカルさとは真逆の、湿っぽい人情路線が、独自の魅力に繋がっていましたね。 ・出所後に意中の女性を訪ねるも、彼女が別の男と結ばれているのを見て、そのまま立ち去る。 ・作り話だと強がった後に、実は本当の話であった事を窺わせる。 といった原作の名場面の数々を、少しずつ作中に取り入れ、別の話として再構成しているのも上手い。 「マカロニをストロー代わりにして牛乳を飲む」「看守がビールを飲む話をして、満点を叩き出す」等の小ネタも再現されているんですが、それらが原作と同じ流れで出てくる訳じゃないので(ほほう、ここでコレを出してきたか……)といった感じに、観ていてニヤリとさせられるんですよね。 たとえ原作をそのまま映像化した訳じゃなくても、原作のファンが満足するような品に仕上げる事は出来るんだなって思えて、嬉しくなっちゃいました。 「上を向いて歩こう」「待つわ」「さよなら」などの曲の使い方も巧みだったし、それより何よりも「ちゃんと美味しそうに食べる役者さんを選んでる」って点が、素晴らしいですよね。 メインとなる五人組の内(この人の食べっぷりは微妙だな)と感じるような人は一人もいなかったし、この原作を映像化する上で最も大切な点を、きちんとクリアしていたと思います。 主人公とヒロインの幸せな日々の中で「いただきます」をちゃんとしなきゃダメと要求するヒロインの姿が印象的であり、別れのラーメンを振舞った際にも「いただきます」してくれなかった主人公を、寂し気に見つめていた演出なんかも、良かったですね。 モノローグこそありませんでしたが(この人には、私の言葉は届かないんだ……)と、しみじみ感じていたように見えましたし、その後に二人が破局する結末に、自然と繋がっていたと思います。 出所後に再びラーメンを食し、泣き声の代わりのように麺を啜り、涙を飲み干すようにスープを飲み干す主人公の姿も、非常に味わい深い。 不満点としては……主人公と母親との別れの件が、ちょっと不自然だった事。 最後に子供が風船を渡すのは、わざとらしく思えた事。 作中で満点を取った「すき焼き」は確かに美味しそうだったけど、お肉が今時のスーパーで買った代物にしか見えなくて、今一つノリきれなかった事とか、そのくらいかな? 自分としては「すき焼き」よりも「パイナップルの缶詰」そして「黄金飯」の方が美味しそうに思えちゃったくらいですね。 もし、作中に出てきた料理で一番を決めるなら「黄金飯」に一票入れさせてもらいたいです。 [DVD(邦画)] 7点(2020-04-09 14:55:09)(良:1票) |
25. 刑務所の中
《ネタバレ》 この映画に対する礼儀のような気分で、コーラとアルフォートを携えて鑑賞。 結論としては、ほぼ文句無しの出来栄えだったのですが…… 数少ない不満点が導入部にあるってのが残念でしたね。 それというのも、原作漫画では「拘置所で朝食を食べる主人公」という場面から物語がスタートしており、読者は自然と囚人生活を疑似体験出来るような作りになっていたんですが、本作は導入部で十分近く掛けて「主人公はミリタリーマニアであり、銃を不法所持していた」事を描いてしまっているんです。 これには流石に出鼻を挫かれたというか……ミリタリーマニアの人じゃないと「まるで自分が刑務所に入ったような気分になる」って感覚を味わえない気がするんですよね。 序盤から主人公の情報を明かし過ぎてしまったのは、構成としてマズかった気がします。 恐らく監督さんとしては「この主人公は悪い奴じゃないよ。誰かに危害を加えて刑務所に入った訳じゃないよ」という事を冒頭で描いておく必要があると考えたのでしょうが、自分としてはやはり「刑務所の中」もしくは「拘置所の中」から物語をスタートさせ、状況説明はその後に行って欲しかったです。 あとは、ハードボイルド色の濃い短編「冬の一日」も映像化して欲しかったんですが……まぁ、これは主人公を「漫画家の花輪和一」に統一する以上、仕方無かったんだろうなと納得出来る範囲内。 登場人物が幼女化するという漫画的演出などもスッパリ切り捨てていますし、その辺りの取捨選択は上手かった気がしますね。 不満点もあるにはあるんだけど、それが致命的になってはいない、というバランスなのは嬉しかったです。 そもそもこの映画って、オリジナル要素が冒頭の「軍隊ごっこ」と「避難訓練」くらいしかなく「原作には無い独自の魅力を生み出した」っていう褒め方は出来なかったりするんですが…… その分「原作漫画の良さを忠実に映像化した部分」が素晴らしくって、それだけでも傑作認定したくなっちゃうんですよね。 原作で「ムショオタク」を自認していた主人公が「刑務所の中」を楽しんでいる様子もしっかり描かれていたし、刑務作業の際のキビキビした囚人達の動きなんかも、如何にも映画的で面白い。 「パン食」「正月の御馳走」「2級者集会」の場面についても、良くぞここまでやってくれたと、思わず拍手したくなるくらいの出来栄え。 「殺人犯が周りの囚人から憧れの目で見られる」「教官に媚びを売る者は嫌われる」などの刑務所事情を、さり気無く描いている辺りも良かったです。 それと、原作と違って懲罰房の件をクライマックスに持ってきたのも上手いですよね。 原作では拘置所(個室)のエピソードの後、すぐ懲罰房(個室)で過ごすエピソードを描いている為、あまり違いが分からないという欠点があったんですが、映画では「五人部屋での生活」をたっぷり描いた後、個室に隔離される形になっており、懲罰房が凄く新鮮に思えるんです。 先程自分は「映画版独自の魅力が無い」という書き方をしちゃいましたが、何も独自の場面を追加せずとも、こういった「順番の入れ替え」だけでも、充分に面白さはアップするんだなと、大いに感心させられました。 映画のオオトリを飾るのが「醤油ご飯とソースご飯の話」というのは、原作の「一生無縁」に比べると、インパクトが弱いんじゃないかとも思えたんですが…… 何度も鑑賞している内に(この終わり方も、シュールな味わいがあって良いな)と、考え方が変わってきましたね。 脱獄する訳でも無いし、裁判で無罪を勝ち取る訳でも無い、刑務所の中の日常を描いてるだけなんだけど、それが面白いし、それが良い。 文字通りの「刑務所映画」として、価値のある一本だと思います。 [DVD(邦画)] 8点(2020-04-05 22:07:41)(良:1票) |
26. フラッド
《ネタバレ》 これは…… 「途中までは面白かったのに」ってタイプの映画ですね、残念ながら。 クレジットではモーガン・フリーマンが一番上になっているけど、物語の主人公は間違い無くクリスチャン・スレーター演じるトムの方って時点で、既に歪というか、どこかバランスが狂ってる感じ。 両者を好きな自分にとっては「夢の共演」と言える映画のはずなのに、この二人が手を組む流れも雑に思えちゃって、全然興奮しなかったです。 トムに関しては凄く好きなタイプの主人公で、スレーターが演じた役柄の中でも一番じゃなかろうかと思えるくらい気に入っていただけに、途中から(何でそうなるの?)って展開になってしまったことが、本当に惜しい。 繰り返しになりますが、途中までは面白かったんです。 町が水浸しになっている光景だけで、如何にも「非日常の世界」って感じがしてワクワクしちゃったし、狭い室内でのジェットスキーを駆使したアクションなんかも、目新しくて興奮。 牢の中にまで水が押し寄せ、溺死しそうになったところを間一髪で助かる場面なんて、本当にドキドキさせられましたね。 口喧嘩ばかりしているけど、実は強い絆で結ばれていた老夫婦の存在など、脇役の魅力も光っていたと思います。 「他人様の金を命懸けで守るなんて、下らん仕事さ」と自嘲していた相棒のチャーリーが、実は裏切り者だったと明かされる流れも、程好い意外性があって好み。 じゃあ、何で「残念映画」と感じてしまったかというと…… やっぱり、主人公のトムと、モーガン・フリーマン演じるジムが手を組む流れが、無理矢理過ぎるんですよね。 せめて、もうちょっと「トムVSジムVS保安官達」という三つ巴展開を描き、終盤にてようやく緊急避難的にトムとジムが手を組むとか、そういう形にした方が良かったんじゃないでしょうか。 本作の場合「金に目が眩んだ保安官達が、敵になる」というだけでも充分にサプライズ展開だったのに、そこにプラスして「トムとジムが手を組む」っていう展開までセットで押し通しちゃったもんだから、驚きを通り越して困惑に繋がってしまった気がします。 あと「引鉄をひいても弾が出ない」って展開を繰り返しやってるのも興醒めだし、スローモーションの使い方も雑だし、終盤になると脚本だけでなく演出まで一気にレベルが下がっていたように思えるんですが…… (制作現場で、何かトラブルでもあったの?)って心配になっちゃいますね。 途中までは本当(意外な傑作に巡り会えた)(しかもクリスチャン・スレーター主演じゃん! 最高!)ってテンション上がっていただけに、終盤のグダグダっぷりが、返す返すも残念。 スレーター好きな自分としては、彼が主演というだけでも満足度は高めだったのですが…… もうちょっとだけ頑張って「文句無しの傑作」「スレーターの代表作といえばコレ」と言わせて欲しかったという、そんな口惜しさの残る一品でした。 [DVD(吹替)] 6点(2020-02-26 05:37:51) |
27. 忠臣蔵(1958)
《ネタバレ》 自分は「忠臣蔵」(1990年)の項にて「一番面白い忠臣蔵だと思うけど、捻った作りなので初心者には薦め難い」と書きましたが「じゃあ、初心者に薦め易い忠臣蔵は何?」と問われた場合、本作の名前を挙げる事になりそうですね。 とにかく分かり易いというか「忠臣蔵の映画をやるなら、これは外して欲しくない」という部分が、きっちり盛り込まれている辺りが見事。 自分が特に好きな三つのエピソード「畳替え」「大石東下り」「徳利の別れ」を全部やってくれてる映画って、意外と珍しいですからね。 特に「畳替え」の件はダイナミックに描かれており、序盤の山場と言えそうなくらい力が入ってるのが嬉しい。 「朝までに仕上げねばならん、頼んだぞ!」と職人達を激励する浅野家臣の姿も、実に良かったです。 それによって、浅野家に「庶民と力を合わせて頑張る武士集団」というイメージが生まれますし、彼等を善玉として描く上で、非常に効果的な場面だったと思います。 対する吉良方が「庶民の敵」である事を、徹底的に描いている点も良いですね。 どうしても「斬り付けた浅野が悪い。吉良は被害者」ってイメージが拭えないのが忠臣蔵の弱点なんですが…… 本作は、その点でもかなり頑張っていたんじゃないかと。 とにかく吉良方が庶民を虐めてる場面が繰り返し挿入されるもんだから、観客としても自然と浅野方を応援しちゃうんですよね。 討ち入りの際にも「女子供は逃げろ」と言ったりして、徹底して「正義の赤穂浪士」として描いている。 「浅野殿、田舎侍を御家来に持たれては色々と気苦労が多う御座ろうな」と吉良が嫌味を言ったりして、内匠頭が怒った理由に「自分だけでなく、家臣も馬鹿にされたのが許せなかった」という面を付け加えている辺りも上手かったです。 また「斬られたのは吉良の方なのに、吉良に仇討ちするのは筋違い」という事が劇中で何度か言及されている点も、バランスが良かったと思います。 観客に(そういえば、その通りだ……本当に、浅野側が正しいのか?)と考えさせる余地を与えており「視点を変えれば、赤穂浪士は正義にも悪にも成り得る」という事を教えてくれるんですよね。 そういう意味でも、初心者にも安心というか「はじめての忠臣蔵」に丁度良い品であるように思われます。 そんな本作の欠点としては…… 「忠臣蔵お馴染みのエピソード」を描いた場面は凄く良いんだけど「この映画でしか拝めない、オリジナルのエピソード」はイマイチだったという点が挙げられそう。 京マチ子演じる「女間者 おるい」の存在が特に顕著であり、どう考えても浮いてるというか「大スターの為に無理やり女性のメインキャラを追加しました」って印象が拭えなかったんですよね。 一応、女間者が絡んでくる忠臣蔵としては「大忠臣蔵」(1971年)などの例もありますが、連ドラではなく映画でコレだけ尺を取られてやられると、ちょっと辛い。 しかも彼女ときたら「恐ろしいほど美しい姿でした」なんて感じに、主人公を賛美する台詞を延々吐く役どころなもんだから、贔屓の引き倒しに思えちゃって、観ていて居心地が悪かったです。 元々本作における大石内蔵助って、登場時から「有能な家臣」であり、敵からも散々「大した奴」と褒められる役どころで、自分としてはどうも胡散臭いというか…… 正直、あんまり魅力を感じない主人公なんですよね。 頭脳も人格も最高の超人であり、夜道で襲ってきた刺客を撃退したり、斬り掛かろうとした相手の体勢を扇子で崩したりして、剣士としても一流の腕前ってのは、流石に盛り過ぎだった気がします。 かつては細身の女形だったとは思えないほどに丸々と太り、貫禄たっぷりな長谷川一夫の演技力ゆえに、嫌悪感を抱いたりはしなかったし「恋の絵図面取り」に対して「引き出物」を渡す場面や「残りは四十七名か」と呟く場面なんかは、とても良かったんですけどね。 個人的好みとしては、もうちょっと隙が多い内蔵助像の方が嬉しかったかも。 後は、大映制作らしい怪獣映画のような音楽。 切腹までは描かれていない為(もしかしたら、この映画の中では赤穂浪士達は助かったのかも?)と思えて、ハッピーエンド色が強い結末だった辺りも、忘れちゃならない魅力ですね。 自分としては「初心者にオススメ」「色んな忠臣蔵を観賞した上で観返すと、ちょっと物足りない」という、良くも悪くも優等生的な作品という印象なのですが…… 「色んな忠臣蔵を観たけど、やっぱり王道なコレが一番!」という人の気持ちも分かるような、そんな一品でした。 [DVD(邦画)] 7点(2019-10-18 13:02:48)(良:1票) |
28. 忠臣蔵(1990)〈TVM〉
《ネタバレ》 数ある忠臣蔵の中でも一番好きなものは何かと問われたら、本作を挙げます。 王道ではなく、かなり捻った作りとなっている為「忠臣蔵に初めて触れるなら、これが一番」なんて具合にオススメ出来ないのは残念ですが…… それでもなお「一番面白い忠臣蔵はコレだ!」と叫びたくなるような魅力があるんですよね。 もう三十年近く前の作品なのですが、今観ても斬新だし、若々しいセンスに溢れていると思います。 何せ、始まって十分も経たぬ内に「斬り付けたのは浅野の方で、吉良は被害者でしかなかった」とズバリ結論を言ってしまうのだから、恐れ入ります。 小説ならば菊池寛の「吉良上野の立場」舞台ならば井上ひさしの「イヌの仇討」という先例もありましたが、ここまで長尺の映像作品で「浅野が悪い」と断定しているとなると、寡聞にして他の例を挙げる事が出来ないくらいです。 しかも吉良側がそう主張する訳ではなく、浅野の家臣である大野が「乱心ですよ」「殿中で刀を抜けば、三百の家臣と、その家族二千が路頭に迷う。その事を弁えずして、これを乱心と言わずして何と言いますか」と主君である内匠頭を糾弾しているのだから、本当に徹底しています。 観ている側としても(これは従来の忠臣蔵とは、全く違う物語だ……)と感じる場面であり、そこからは襟を正して観賞する事が出来ました。 本作は「昼行燈と呼ばれ、平素は無能扱いされていた」という大石の側面に踏み込み、仕事中に居眠りして笑い者になったり、趣味の絵ばかり描いて妻に詰られたりする姿をコミカルに描いているのですが、その一方で「いざとなったら有能だった大石」という、シリアスな魅力を描く事にも成功しているんですよね。 特に、討ち入りを決意した後「非情な軍人」に徹して、冷静に作戦を主導していく大石の恰好良さときたら、もう堪らない。 一人が敵一人と対している時、味方二人が背後から斬り付けるようにと指示し「それは卑怯ではありませんか」と仲間に反発された際に「物見遊山ではありません、戦です。戦は必ず勝たなければならない」と諭す姿は、歴代の大石内蔵助の中でも最も凛々しく、頼もしく感じられたくらいです。 見事に吉良を討ち取った後「上手くいきましたね」と能天気に騒ぐ堀部安兵衛に対し「本当に、そう思うか?」と、自分達が死ぬ未来を予見したように呟く姿も、非常に哀愁があって、味わい深い。 ・赤穂浪士も決して一枚岩ではなく、互いに見下し合ったり憎み合ったりしている。 ・仇討ちは純粋に主君を想っての行いではなく、赤穂浪士が名を挙げて再士官する為の就職活動という側面もあった。 ・生類憐みの令をはじめとして、独断専行の多い将軍綱吉の人望の無さも事件に密接に絡んでいる。 などなど「吉良邸討ち入り事件」の動機や背景を、多方面から描いている点も良かったですね。 そんな本作の欠点は……「耐え難きを耐え、忍び難きを忍び」「話せば分かる」など、その後の天皇やら首相やらの有名な台詞を大石に吐かせ「悲劇の人物」として重ね合わせるかのような演出があったのは、ちょっと微妙に思えた事。 終盤に出てくる侍女かるの存在は、わざとらしくて浮いているように思えた事とか、そのくらいでしょうか。 とはいえ、冒頭の筑紫哲也の解説にある通り、これらの欠点すらも「平成の忠臣蔵を、当時の人々はどんな願いを込めて作ったのか」という目線で観れば、非常に興味深く、一概に「余計な要素」とも言いきれなくなってくる辺りも面白い。 自分としては「敗戦で背負い込んだ挫折感」「軍人への不信感」「若くて自由奔放な女の子に癒されたいという、中年男特有の欲望」などを感じ取った訳ですが、そういった負の感情が込められているのも、また忠臣蔵の魅力なのかなと思ったりしました。 一人討ち入りに参加せず、生き延びてしまった大野が「良い奴だった」「だから、死なせたくなかった」と、英雄でも忠臣でもない「友人」としての大石内蔵助に対する想いを語る場面も、実に素晴らしい。 ラストシーンでも「刃傷事件が起こる前の、楽しそうに笑う大石と大野の姿」が描かれており(二人は、この頃のような平和な日常を取り戻したい一心で、あんなに頑張ったんだ……)と、観客に感じさせるような終わり方になっているんですよね。 「忠誠心ではなく、奪われた日常を取り戻したい一心で行動した赤穂浪士」というのは、本当に独特だと思うし、現代に生きる自分としても、非常に共感を抱く事が出来ました。 これが「最高の忠臣蔵」であるかどうかは分かりませんが…… 「特別な忠臣蔵」である事は間違い無いんじゃないかな、と思います。 オススメの一本です。 [地上波(邦画)] 9点(2019-10-12 05:59:13) |
29. 映画ドラえもん のび太の月面探査記
《ネタバレ》 自分には「アニメのドラえもんは原作漫画に敵わない」「原作大長編の存在する映画の方が、原作無しのオリジナル映画より面白い」という偏見があったのですが、前者を「恐竜2006」が、後者を本作が徹底的に打ち砕いてくれた気がしますね。 オリジナル映画としては間違いなく一、二を争う出来栄えですし、ドラ映画全体で考えても、これより上と言えるのは「恐竜2006」「新・鉄人兵団」「新・大魔境」「新・日本誕生」の四つくらいになるんじゃないでしょうか。 しかも「南極」「宝島」という傑作が二つ続いた後に、またまた凄いものを拝ませてもらった訳なのだから「映画ドラえもんは、オリジナルでも面白いものを作れるようになった」と潔く認め、脱帽する他無かったです。 本当にもう、作り手の皆さんに「参りました」「ありがとう」という言葉を送りたい気分。 小説版を読んだ際に一番の懸念となっていた「定説バッジの効果を、小さい子供でも分かるように描くのは大変じゃないか」って部分を、視覚的に分かり易く、面白く描いてクリアしている辺りなんか、特に見事でしたね。 「月世界旅行」に「キングコング」などの古典映画や「恐竜2006」「緑の巨人伝」のオマージュ描写が散見される辺りも、ニヤリとさせられるものがあって、良かったです。 他にも、教室に勢揃いしたクラスメイトの顔触れに、まさかのペロ登場など、ドラえもん好きなら嬉しくなっちゃう描写が多くて、本当に観ていて楽しい。 月世界にて、異説バッジが外れた途端に無音になる演出がゾクッとしたとか、出木杉くんとルカが話す場面が凄く特別感があって良いとか、細かい部分の「良かった探し」を始めたら、止まらなくなっちゃうくらいです。 それでも、これだけは書いておかずにはいられないという意味では、やはり気球での旅立ちの場面が挙げられます。 もう二度と帰ってこられないかも知れないという恐怖を乗り越え、友情が芽生えたエスパル達を救う為、約束の場所に皆が集まる流れだけでも感動しちゃうし、ここのジャイアンとスネ夫の描き方が、本当に素晴らしいんですよね。 スネ夫は来ないのかと諦めかけている他の面子に対し「頼む。もうちょっとだけ待ってくれ」と訴え、最後までスネ夫は来ると信じているジャイアン。 そんな信頼に応えるかのように、時間ギリギリでやって来て「前髪が決まらなくてさ」と照れ隠しを口にするスネ夫。 (あぁ、良いなぁ……こいつら、良い仲間だなぁ)って思えたし、それから(良い映画だな)って、しみじみ感じ入る事が出来ました。 月に向かって気球で旅立つという浪漫溢れる景色に、微かな寂寥感を伴ったBGMも最高で、本当に忘れ難い、特別な場面だったと思います。 じゃあ、そこが本作のクライマックスなのかというと、然に非ず。 ディアボロとの最終決戦や、ルカ達を「普通の人間」にして別れを交わす場面も、同じくらい素晴らしかったというんだから、本当に参っちゃいますね。 モゾは宇宙一硬い甲羅の持ち主、ノビットは「あべこべ」な道具を作る天才、という伏線を、ギャグシーンで笑わせつつ張っておいたのか、という驚き。 ムービットや怪獣達という「月からの援軍」で形成逆転する痛快さ。 空気砲ラストシューティングの迫力。 あえて涙は見せず「もう一度会える日が、きっと来る」と笑顔でルカと別れるのび太の、強さと優しさ。 そのどれもが心地良くて、観ていて幸せな気分に浸る事が出来ました。 一応難点というか、気になった点を挙げるなら「いつか、月へ行く事が当たり前になる、その日まで」という台詞でルカ達と別れるのは、なんていうか、勿体無い気持ちに襲われましたね。 これって、勿論良い台詞なんだけど、原作における「のび太の息子ノビスケは、新婚旅行で月に行く」って設定を知っていると「良い台詞」から「凄く良い台詞」に昇華されるんです。 つまり「のび太とルカは、再会するんだ」「何時かまた会えるという言葉は、嘘じゃなかったんだ」と分かって感動する形になっている訳で、凄く上手いんだけど、凄く勿体無い。 ここは、もうちょっと分かり易く描いて、原作を読んでいる人が受ける感動を、読んでいない人にも伝わるようにして欲しかったなぁ……って思わされました。 ちなみに、予告の映像からすると、来年は今井監督。 内容は「新・竜の騎士」か、あるいは恐竜を題材としたオリジナル映画となりそうで、これまたワクワクさせられましたね。 また一年、あれこれと想像力を働かせながら、楽しく過ごす事が出来そうです。 [映画館(邦画)] 9点(2019-03-01 13:31:14)(良:2票) |
30. 大巨獣ガッパ
《ネタバレ》 ストーリー展開が「怪獣ゴルゴ」そのままな訳ですが、それを差し引いても「ガッパという怪獣だからこその魅力」をあまり感じられない内容だったのが寂しいですね。 熱線を吐いて戦車を爆発させる描写、翼から生じる風圧で瓦が剥がれていく描写なども、ゴジラとラドンの良いとこ取りを狙ったんでしょうけど、それが結果的に個性を削ぐ形になっていたと思います。 そんな中、忘れられないインパクトを与えてくれるのは主題歌の存在。 最初に聴いた時こそ(なんじゃこりゃ)とズッコけたけど、二度、三度と聴く内に(あれ……案外良い曲かも)と思えてくるんだから、全くもって不思議。 牧歌的で、如何にも昭和特撮ソングってノリなのが、映画の内容とも良く合っていた気がします。 現代の観点からすると特撮がチャチだとか、島の原住民がどう見ても肌を黒塗りしているだけの日本人だとか、欠点と呼べそうな部分は多々あるんですが、まぁ御愛嬌。 河童というより鳥みたいな外見だなぁと思ったら、本当に劇中で「鳥に近い生態を持っている」という研究結果が出るのは面白かったし、人間側に「仕事にかまけ、娘に素っ気ない父親」を配置し、家族の事だけを考えて行動する怪獣側と対比させているのも良かったです。 「女性は仕事を頑張るよりも、家庭に帰ろう」というメッセージが提示されているのも、当時の世相が窺えて興味深い。 ただ、ガッパが蛸を咥えているシーンに関しては、特典の解説によると「我が子に食べさせようと蛸を持参する親の優しさ」を表しているそうなのですが、ここはもう少し分かり易く、映画単体を観ただけでも伝わってくるように描いて欲しかったですね。 解説されないと(なんで蛸?)と戸惑っちゃうし、解説を踏まえた上で観れば良いシーンだと思えるだけに、実に勿体無い。 後は……クライマックスにて、親が子に飛び方を教える流れも感動的で良かったんですけど、空港のセットが簡素過ぎて、せっかくの感動が冷めちゃう辺りも「勿体無い」「惜しい」って思える部分。 城や都市部のセットは結構頑張っていたのに、よりにもよって最後の最後で一番力の入っていない空港のセットが舞台となっている訳で、なんかチグハグなんですよね。 背景の書き割り感も凄いし、地面には滑走路に見えるようマットを敷いているだけって丸分かりだしで、せっかくの感動的な音楽や、ガッパの涙が台無しになっている形。 これって「中盤のセットは稚拙だが、クライマックスでは流石に気合いが入っている」という形なら、大分印象が違っていたでしょうし、本当に(もっと上手くやればいいのに……)って、じれったくなっちゃいます。 本来は畑違いの日活が、当時のブームに乗って怪獣映画に手を出してみた一本、という事で、やはりその辺りの「手探り感」「ノウハウの無さ」は、如何ともしがたいものがあったのでしょうね。 そういった背景の諸々も含め、色々考えながら観る分には楽しめたけど、純粋に娯楽作品として考えると、ちょっと厳しいかも。 ともあれ、怪獣映画好きであるならば、押さえておいた方が良い一本だと思います。 [DVD(邦画)] 5点(2018-04-09 12:42:26)(良:1票) |
31. アフリカン・ダンク
《ネタバレ》 「才能」を発掘する喜びを味わえる映画ですね。 冒頭、生意気な新人選手と対決する件では主人公を応援したくなるし、舞台をアフリカに移してからの敵となる「町の顔役」も憎たらしいので、勝利の瞬間には大いにカタルシスを得られるという形。 「ディフェンスは息するより大事」などの台詞も印象深く「身体能力は高いが、粗削りなメンバーを磨き上げる」楽しさが、しっかり描かれていたと思います。 第二の主人公と言えるサーレが一度わざと下手な振りをして、落胆させた後に本気のプレイを披露し「やっぱり駄目かと思ったのに、本当に凄かった!」と歓喜させてくれる流れも上手いですね。 観ている側としても(アフリカの奥地に物凄い才能を持ったバスケットプレイヤーがいるだなんて、そんなに上手い話があるのか?)という疑いの念を抱いてしまうのは避けられない訳で、それを逆手に取っている。 「嘘みたいなストーリー」だからこそ出来る、気持ち良い展開でありました。 実はサーレーの兄もバスケが上手いという点に関しては、もうちょっと伏線が欲しかった所ですが……気難しい父と和解し「ウィナビに戻す」と宣告される場面が凄く良かったので、あんまり気にならなかったですね。 アメリカ人の主人公と、現地の部族が交流し「水道を作ろう」「それじゃあ、皆で一緒に水を運ぶ事が出来なくなる」という会話を交わす件も、現代人の価値観に違う方向から光を当てる効果があり、良かったと思います。 部族の仲間入りを果たす為、チャンピオンリングを空に捧げる場面も、雄大な自然を感じられて心地良いし「振り回し」のテクニックが、主人公からサーレーに受け継がれた事を証明して、試合に勝利する流れも素敵。 展開が王道、お約束に沿っている為、意外性や斬新さには乏しいかも知れませんが、その分だけ安心して楽しめる一品でありました。 [DVD(吹替)] 8点(2018-04-04 05:18:53)(良:1票) |
32. フレフレ少女
《ネタバレ》 文学少女が高校球児に恋をして、少しでも彼に近付く為に応援団に入る。 そんな導入部を経て、以降は「部活物」映画お約束の「挫折→修行→成功」の流れを辿ってくれるという、安心して楽しめる一品でしたね。 団長に任命されるまでの流れが強引だとか、ヒロインが恋した球児が転校までするのは不自然だとか、物語としての欠点と呼べそうな部分は沢山ある。 「GWに合宿やっただけで一人前の応援団になれる」「彼女達が応援したら、卓球部も柔道部も将棋部も、関東大会で優勝出来る」など、ツッコみを入れたくなる部分も沢山ある。 それでも、上述の通り王道の魅力をしっかりなぞる形になっているので、細部に粗があったとしても、全体としては綺麗に纏まっていたんじゃないかな、と思えました。 特に、序盤にて「即席応援団」のダメダメっぷりを見せ付けられた後、彼らが「立派な応援団」に成長した姿を見せてくれる展開とか(ベタだけど、やっぱり良いなぁ……)って、しみじみ感じちゃうんですよね。 ヒロインが一人前の「団長」になった事を「眼鏡を外す」という形で、視覚的に分かり易く表現している辺りも良い。 合宿にて、最初は練習がキツくて食事も喉を通らなかったのに、後半には皆して食欲に満ちていて、次々に皿を空にしちゃう演出なんかも、気持ち良いものがありました。 中でも一番好きなのが、夜明け前の海を、皆で座って眺める場面。 特に気の利いた台詞がある訳ではなく、本当に黙って海を見つめているだけなんだけど、何となく「青春」って感じがして、心に残るものがあるんですよね。 その直前にある「応援団を続ける意味」について皆が言い争う場面も、演技は稚拙かも知れないけど、熱意は確実に伝わってくる。 その不器用さ、未熟さが、泥臭い魅力を生み出しているように思えました。 「野球部は、応援団よりもっと厳しい練習をしている」という一言により、その野球部が快進撃を繰り広げる様を、素直に応援出来た事も大きかったですね。 この一言が有るか無しかによって、かなり印象が変わっていた気がします。 それだけに、最後の逆転サヨナラ3ランの場面は、もっと「野球物」としての魅力も感じられる演出に出来ないものかという不満もあるんですが……映画としては、その後の「応援団と野球部の和解」「エール交換」をクライマックスとした作りである為、仕方の無いところでしょうが。 肝心の応援シーンにて、ヒロインの声が思いっきり裏返っているのは「ちょっと無理し過ぎていて、痛々しい」と感じられたし、最後に学ランからセーラー服に戻って終わりというのも、拍子抜けな結末ではあります。 でも「軽い」「明るい」「爽やか」な青春映画としては、このくらいの、粗も見つかるくらいの出来栄えの方が、かえって愛嬌を感じられて、良いのかも知れませんね。 「良い」「悪い」ではなく「好き」か「嫌い」かで判断して、この映画は好きだと結論付けたくなるような……そんな好ましい映画でありました。 [DVD(邦画)] 6点(2018-03-21 03:40:35)(良:1票) |
33. もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら
《ネタバレ》 高校野球を題材にした映画としては、良く出来ていると思います。 才能はあるけど問題児なエース、苦労性で縁の下の力持ちな正捕手、足だけが取り得の代走屋、少女のように華奢で小柄な遊撃手と、漫画的で分かり易いキャラクターが揃っているし、マネージャー三人も「元気な子」「内気な子」「病弱な子」と色分けされている形。 ブラスバンドの演奏にはテンション上がるものがあるし、九回裏に先頭打者が凡退して悔しがる姿なども、きちんと描いている。 試合前に円陣を組み「程高、勝つぞぉっ!」と皆で叫ぶ場面も、気持ち良かったですね。 投球フォームやら何やらに違和感があるし、ヒロインが重そうに金属バッドを振っているのに「フォンッ」と鋭く空を切る音が聞こえちゃう場面なんかは頂けないけど、まぁ仕方ないかと納得出来る範疇でした。 でも、根本的な問題があって…… そういった「王道な高校野球もの」としての部分は面白い反面「ドラッカーのマネジメントを読んで、それを高校野球に活用する」部分が微妙という、困った事になっているんですよね。 タイトルに関しても偽りありというか、これなら「もし高校野球の女子マネージャーが余命幾ばくもない病気だったら」の方が正確だったんじゃないかと。 そのくらい「病弱な子」の存在感が強く、ヒロインの陰が薄かったように思えます。 作中で行われる「イノベーション」の内容についても、どうにも疑問符が多いんですよね。 「部内でチーム分けを行い、競争意識を高める」「吹奏楽部に演奏を頑張ってもらう」などについては(それ、当たり前の事じゃないの?)と思えちゃうし、ノーバント作戦はともかくノーボール作戦に関しては、ちょっと説得力が足りていなかった気がします。 多分、ノーコンで悩んでいた石井一久が「全球ストライクゾーンに投げろ」と言われてから活躍するようになった逸話を踏まえての事なのでしょうし、エースの慶一郎が150キロ左腕なら可能かも知れませんが、そんな怪物投手という訳じゃないみたいですからね。 もうちょっと「この投手なら、全球ストライクで勝負しても抑えられる」と思えるような場面が欲しかったところ。 ・エースの慶一郎=「病弱なマネージャーと良い雰囲気になる」→「仲間を信頼し、最終回のマウンドを他の選手に託す」 ・キャッチャーの次郎=「ヒロインと良い雰囲気になる」→「病弱なマネージャーの為に本塁打を放つ」 ・遊撃手の祐之助=「エースとの間に確執がある」→「ヒロインの話を参考にしてサヨナラ打を放つ」 という形になっているのも、何だかチグハグに思えましたね。 チーム内で色んな人間関係があるのは結構な事ですが、本作の場合は「エースと遊撃手」の二人「キャッチャーと病弱なマネージャー」の二人というグループに分けた方が自然だった気がします。 そうすれば…… ・「エラーを巡って喧嘩していた慶一郎と祐之助が、和解する」→「慶一郎は仲間を信頼するようになり、マウンドを他の選手に託す」→「その心意気に応える為、祐之助がサヨナラ打を放つ」 ・「次郎は幼馴染である病弱なマネージャーと良い雰囲気になる」→「彼女の為に本塁打を放つ」 となるし、後はヒロイン格を「病弱なマネージャー」ひとりに絞りさえすれば、綺麗に纏まったんじゃないかと。 そんな具合に、不満点も多いんですが「仲間にマウンドを託す場面」と「ベンチに置かれた麦わら帽子に手を触れてから打席に向かい、本塁打を放つ場面」の演出は、凄く好きなんですよね。 同監督の作品「うた魂♪」もそうでしたが「観ていて恥ずかしくなるくらいベタな演出なんだけど、やっぱり良い」と思わせるような魅力がある。 最後にセーフティーバントを敢行し「ノーバント」作戦を破る流れについても「そもそも禁止されたのは自己犠牲を目的としたバントなので、問題無い」あるいは「拘りを捨ててでも勝ちたいという強い気持ちがある」と解釈出来て、良かったと思います。 後は……「今年も一回戦負けなので、背番号が全然汚れない」というマネージャーの台詞があったので、決勝戦では「汚れた背番号を誇らしげに見つめるマネージャー」という場面に繋がるのかと思ったら、全然そんな事は無くて拍子抜けしちゃったとか、気になるのはそれくらいですね。 エンディング曲の歌詞は野球と全然関係無かったけど、まぁそれは「熱闘甲子園」などにも言える事だし、明るく爽やかな青春ソングなので、違和感も無かったです。 この後の程高野球部が、甲子園でどこまで勝ち進むのかも観てみたくなるような……劇中のチームに愛着が湧いてくる、良い映画でした。 [DVD(邦画)] 7点(2018-03-09 16:32:40)(良:1票) |
34. 映画ドラえもん のび太の宝島
《ネタバレ》 初代アニメ版ドラえもんを盛大にリスペクトした「奇跡の島」に続いて、二代目アニメ版、所謂「大山ドラ」をリスペクトした内容となっている本作。 とはいえ「野沢雅子が主役級のキャラとして復帰」というほどの衝撃は無く、リスペクト度合いとしては低めに感じられましたね。 一応、キャラデザには「大山ドラ」調のテイストも取り入れられており、特に主人公のび太とドラえもんの造形が前作までとは異なっている為 (せっかく2006年から原作通りのキャラデザになったのに……) という抵抗も大きかったのですが、脚本や声優陣はキチンと「現行アニメ版」の空気を保持している為、安心して観賞する事が出来ました。 ちょっとメタ的な分析をすれば 「フロックは新世代ファンの象徴」 「ジョンは旧世代ファンの象徴」 であり、この映画はそんな両者の和解を描いている……なんて事も言えそうなのですが、そんな事よりも何よりも、純粋に娯楽映画として「面白い!」と言える作品であった事が、嬉しかったですね。 上述の通り、脚本や声優陣の力も大きかったのですが、何と言っても、これが映画デビュー作である今井監督の演出が素晴らしい! 特に、クライマックスの流れは、本当に手に汗握るものがありましたね。 ドラえもんが地球を守る為に奮闘し、スーパー手袋やタケコプターが壊れていく中でも、身一つで頑張り続け、とうとう意識を失う。 それを受けて、のび太が怯える我が身を勇気でもって抑え込み、危険を顧みず奈落の底に飛び込んでみせる。 どちらも非常に熱い演出であり、普段のテレビ放送回にて今井監督が見せている切れ味を、映画という舞台でも如何なく発揮してくれた事が、心底嬉しかったです。 単なる「可愛いマスコット枠」かと思われたミニドラが、のび太達を救ってみせる際の、絶望の中に光を差し込ませる演出も良いんですよね~ 船で旅をする魅力、皆で外泊する魅力、美味しそうな食事シーンの魅力と「ドラえもん映画なら、ここは押さえておいて欲しい」と思える要素が、きちんと揃っている辺りも良い。 挿入歌「ここにいないあなたへ」の使い方も上手くて、その曲が流れる親子の和解場面では、涙で画面が滲んでしまった程です。 そんな具合に、褒めだすといくらでも褒められる映画なのですが……欠点というか、気になる部分も多かったですね。 まず、主題歌の「ドラえもん」に関しては、ドラえもんという作品そのものをテーマにした曲である為「映画宝島の主題歌」という感じがせず、ラストに流れても今一つピンと来なかった事。 名曲「夢をかなえてドラえもん」が流れなかった事。 「ここは俺達に任せて、先に行け」という場面が二つ存在し、最初のジャイアンとスネ夫の方は凄く熱くなれたのに、二回目になるマリアさん達の場面では(それ、さっき同じ展開やったばっかりじゃん)と思えてしまい、白けてしまった事。 そして、静香ちゃんとセーラが瓜二つである理由について、説明が為されていない事が挙げられるでしょうか。 最後の点に関しては、過去作の「奇跡の島」において「のび太とダッケが瓜二つである理由」を、タイムマシンを絡めて劇的に説明してみせた前例があるだけに、実にもどかしい。 恐らく「人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことのできる人」という劇中の台詞からすると、フロックもセーラもジョンも、のび太と静香ちゃんの子孫なんだよって事だとは思うんですが、そこはもっと断定的に表現して欲しかったです。 この描写だと、観賞中に(これって多分、のび太達の子孫って事だよな……いや、深読みし過ぎか?)とアレコレ考えてしまい、せっかく感動しているのに、気が散る形になっているんですよね。 ここでハッキリと「のび太とフロック達は血が繋がっている」と確信させてくれる描写さえあれば、思う存分映画に没頭して、より感動出来ていた気がします。 総評としては、前作の南極が「完成度の高い傑作」であったのとは対照的に「欠点も目立つけど、長所がそれを補って余りある傑作」であるように思えましたね。 ラストに金貨を手に取り、冒険の日々を思い出して笑顔になるのび太達という「本当の宝物は、金貨じゃなくて、そこに込められた思い出だった」と示す終わり方も、凄く良かったです。 ……そして、来年は八鍬監督による「異説クラブメンバーズバッジ」を題材にしたオリジナル映画であるらしく、こちらにも大いに期待! 予告映像からすると、再びキャラデザも原作準拠な形に戻るようですし、心から楽しみに待ちたいと思います。 [映画館(邦画)] 8点(2018-03-03 12:33:13)(良:1票) |
35. IAM A HERO アイアムアヒーロー
《ネタバレ》 とうとう日本にもゾンビ映画の傑作が誕生したんだなぁ……と、感無量。 邦画にも面白い作品は沢山あるけれど、その中で「ゾンビ映画」というジャンルは非常に頼りなく、胸を張って「面白い」と言える作品は、これまで無かったように思えますからね。 「火葬の風習がある日本では、死者蘇生がイメージし難い」 「銃器が身近に存在しない」 等々、ゾンビ映画を作る上では不利なお国柄なのに、そんなハンデを乗り越え、これほど面白く仕上げてみせたのだから、もう天晴です。 二時間という尺の都合上、どうしても原作漫画の要素は色々と切り捨てられてしまう訳だけど、その取捨選択も見事でしたね。 原作においては、丸々一巻分かけて「売れない漫画家の鬱屈とした日常を描いた漫画」と思わせておいて「実はゾンビ漫画だった」と一巻ラストにて種明かしするという、非常に面白い構成となっているのですが、これを再現するのは潔く諦め、十五分程で「ゾンビ物ですよ」と種明かし。 謎の存在「来栖」や妄想の産物「矢島」も登場させず「主人公の英雄」「ヒロインである比呂美と小田」の三人を中心とした作りにして、分かり易く纏めてある。 英雄の恋人である徹子の描写が大幅に削られており、彼女を殺してしまった事への葛藤すらも失われているのは気になりましたが……まぁ仕方ないかなと、納得出来る範囲内でした。 そもそも原作においては作者自身が「作中に散りばめられた謎を解く事」を放棄したフシがあり「適当にそれっぽい言葉を並べておけば、信者が勝手に深読みしてくれる」と、作中人物に嘯かせているくらいですからね。 よって、原作における「来栖とは何なのか?」「ZQNとは何なのか?」という謎解き部分を徹底的に排除したのは、もう大正解だったかと。 日常がゾンビの発生によって崩壊する様も、真に迫って描かれていましたし「日本」という身近な世界が舞台になっている分だけ、その臨場感も倍増。 ここの辺りのスピーディーさ、動きを伴うからこその迫力は、漫画には出せない、映画ならではの魅力だったと思います。 ロレックスの伏線が三重、四重になっている脚本にも、非常に感心。 「原作では準主役格だったりする中田コロリ先生が、ロレックスを付けている」→「それを気にしていた英雄が、文明崩壊後の世界では簡単にロレックスを拾える事に拍子抜けする」と、ここで伏線の回収が済まされたと油断していたところで「英雄がロレックスを大量に装備し、それが腕のガードになっていたお蔭で、噛まれても助かる事になる」「最終的には、我が身を守る虚栄心の象徴のようなロレックスを外して、射撃に専念する」ってオチに繋げてみせたのには、もう脱帽です。 ボス格の敵キャラとして「高跳びゾンビ」をチョイスするセンスも良いし、そして何といっても……終盤のショットガン描写が、素晴らしい! それまで発砲する事が出来ず、躊躇い、怯えていた英雄が、ヒロイン達を守る為、ラスト二十分程で、とうとう引き金をひいてみせるんだから、本当に痺れちゃいましたね。 溜めて、溜めて、解き放つというカタルシスがある。 連射系の武器ではない、一撃の威力が大きいショットガンと、非常に相性の良い演出だったと思います。 襲い来る大量のゾンビに対し、素早くリロードしながら迎え撃つ英雄の姿も恰好良かったし、最後は「弾切れの銃で、敵の頭部にフルスイング」という倒し方なのも、実に痛快で良い。 原作においては「富士山に行けば助かるというのは、ガセネタだった」「実は英雄も感染していた」などの情報が明かされ、この後どんどん絶望の匂いが濃くなっていく訳ですが、本作においては「富士山に行けば、何とかなるかも知れない」「比呂美の存在によって、ワクチンが作れるかも知れない」という希望を残した段階で完結しており、その点でも好みでしたね。 最後の台詞通り「ただのヒーロー」になった英雄なら、きっと彼女達を守り抜けるだろうなと思える。 良い終わり方の、良い映画でした。 [DVD(邦画)] 8点(2017-12-01 04:19:50)(良:2票) |
36. THE 有頂天ホテル
《ネタバレ》 「グランド・ホテル」形式の作品である以上「出演者が有名人だらけのオールスターキャスト」である事が要求される訳ですが、その点は間違いなくクリアしていましたね。 (あっ、オダギリジョーだ)(唐沢寿明だ)といった感じに、脇役も見知った顔ばかりなのだから、実に贅沢。 大晦日を舞台としている事も併せ、お祭り映画としての楽しさが伝わってきました。 ……ただ、自分としては主人公であるはずの副支配人のエピソードが好みではなかったりして、そこは残念。 とにかくもう、見栄を張って元妻に嘘を吐く姿が痛々しくて、観ているこっちが恥ずかしくなっちゃうんです。 映画の最後を締める「おかえりなさいませ」の一言にしても、妙に滑舌が悪いもんだから(いや、これは撮り直せよ)とツッコんじゃったくらい。 この時点で「好きな映画」とは言えなくなってしまった気がします。 でも、そこは群像劇の強み。 複数の登場人物、複数のエピソードが用意されているもんだから、その中から自分好みのものを探す事が出来るようになっており、有難かったですね。 自分の場合、香取慎吾演じる「夢を諦め、故郷に帰ろうとしている青年」の憲二君がそれに該当し、このキャラクターのお蔭で、最後まで退屈せずに観賞出来た気がします。 歌手を目指していたという設定の為、終盤で絶対唄う事になるんだろうなと思っていたら、やっぱりそうなるという「お約束」「ベタさ加減」も心地良い。 ホテルの壁が薄い事が伏線になっており、彼の歌を聴いて、隣室の客が自殺を思い止まる展開になる辺りも良かったです。 演歌歌手を演じる西田敏行も魅力的だったし、そんな彼に「プロにはなるな」「君程度の歌手は五万といる」と諭され、意気消沈するも、やっぱり夢を諦め切れずに再びギターを手にする憲二君という流れも(そう来なくっちゃ!)という感じ。 かつて手放したはずのラッキーアイテムが、結局は手元に戻ってくる流れなんかも、非常に綺麗に決まっていたと思います。 そして何より、周りの人物、かつて夢を叶えられなかった人々が「夢を諦めないで」とエールを送る形になっているのも、実に素晴らしい。 ここの件だけでも(観て良かったな……)と、しみじみ感じ入りました。 そんな人々の想いと、叶わなかった夢の数々を背負って、憲二君がラストに熱唱する姿を、是非観たかったのですが……結果的には、YOU演じるチェリーさんに見せ場を奪われた形でしたね。 この辺りは「群像劇であるがゆえに、色んな人物に見せ場を用意する必要がある」という事が、マイナスに作用してしまった気がします。 最後をチェリーさんで〆るなら、もっと事前に「歌に対する彼女の想い」を描いておくべきだったと思いますし、そういった積み重ねが足りていないから、ラストに彼女が唄ってもカタルシスが無い。 逆に「歌に対する想い」が濃密に描かれていた憲二君に関しては「もう充分に見せ場を与えたから」とばかりにクライマックスで唄ってくれないので、結果的に両者ともに浮かばれない形になっているんです。 いっそ最初はチェリーさんが単独で唄い、途中から憲二君がギターを弾きつつ参加して合唱する流れにしても良かったんじゃないかと思うんですが、どうなんでしょう。 どちらかといえば、もっと長尺のテレビドラマ向きの題材じゃないか、とも思えたので、そちらのバージョンをアレコレ妄想してみるのも楽しそうです。 [DVD(邦画)] 6点(2017-11-01 09:21:43) |
37. 吸血鬼ゴケミドロ
《ネタバレ》 とにかくもう、展開が早い早い。 映画が始まって十分も経っていないのに「旅客機がハイジャックされる」→「不時着する」までを描き、その間にも「血の海のように赤い空」「その中を泳ぐように飛ぶ旅客機」「窓に激突して血みどろになる鳥」と、印象的な場面をバンバン盛り込んできますからね。 「爆弾魔は誰か?」「狙撃犯は誰か?」といった作中の謎も、手早く解き明かし「人間VSゴケミドロ」「人間VS人間」という対立劇に移行する。 その潔さ、割り切りの良さ、実に天晴です。 本作は国内外でカルト的な人気を誇っており、あのタランティーノ監督もお気に入りとの事ですが、その理由の一つは、この「早さ」が心地良いからじゃないかな? と思えました。 作品のテイストとしては、自分の大好きな「マタンゴ」に近いものがあり、ゴケミドロなんかよりも、人間の方がよっぽど恐ろしいと思える作りになっているのも特徴ですね。 日頃恨みを抱いている相手に、喉が焼けて苦しくなると承知の上で、水ではなくウィスキーを飲ませる件なんて、特に印象深い。 また、如何にもな悪徳政治家とその手下だけでなく、金髪美人のニールさんまでエゴを剥き出しにする辺りも、意外性があって良かったです。 ヒロインと並んで「善人側」であると思っていた彼女が、銃を手にして主人公に発砲し、自分だけでも助かろうと足掻く姿を見せてくる訳ですからね。 これは、本当にショッキングでした。 楠侑子演じる法子さんがゴケミドロに操られ「人類の滅亡は目前に迫っている」と語った後、笑って崖から身を投げるシーンも、忘れ難い味があります。 干からびてミイラになり、恐ろしい姿になっていた、その死体よりも何よりも(もしや、最後の笑いと自殺に関しては、操られての事ではなく、自らの意思だったのでは?)と思える辺りが怖いんですよね。 それは人間の意思がゴケミドロに敗北してしまった事の証明、狂気に負けてしまう人間の弱さの証明に他ならず、深い絶望感を与えてくれます。 そんな風に「テンポの良さ」「随所に盛り込まれる衝撃的な場面」などの長所がある為、細かな脚本の粗は気にならない……と言いたいのですが、ちょっと粗が多過ぎて、流石に気になっちゃう辺りが、玉に瑕。 まず、高英男演じる殺し屋は素晴らしい存在感があり、ゴケミドロに寄生されて襲い掛かって来る姿もインパクトがあって良いんですが、これって脚本的に考えると、凄く変なんですよね。 だって彼、最初から主人公達と敵対している殺し屋であり、別に寄生なんてされなくても、元々が銃を使って争っていた相手なんです。 にも拘らず寄生されてからはゾンビや吸血鬼よろしく、ゆっくりと動いて襲い掛かって来るのだから「見た目が怖くなっただけで、むしろ敵としての危険度は下がっている」訳であり、これは明らかにチグハグ。 ベタかも知れませんが、こういった寄生型の場合「本来なら敵対するような間柄じゃなかった相手に襲われてしまう」「善良だった人物が化け物に変わってしまう」という形の方が、よりショッキングだったんじゃないかなと。 もしかしたら「ゴケミドロよりも人間の方が恐ろしい。だからこそ寄生される前の方が危険な存在だった」というメッセージを意図的に盛り込んだのかも知れませんが、それならゴケミドロなんか襲来しなくても人類が勝手に自滅したという結末の方が相応しい訳で、やっぱりチグハグ。 脚本上の難点は他にも色々とあるのですが、自分としては、そこが一番気になっちゃいました。 ただ、バッドエンドが苦手な自分でも、本作の「人類滅亡エンド」に関しては、不思議と受け入れられるものがありましたね。 最後まで善良さを保っていた主人公とヒロインが、直接死亡する描写が無い事。 「宇宙の生物は、人間が下らん戦争に明け暮れている隙を狙って攻撃しようとしている」との言葉通り、戦争批判が根底にある事。 そして何より「人類が戦争を続けていると、何時かこうなっちゃうかも知れないよ」という反面教師的なメッセージが込められているからこそ、観ていて嫌な気持ちにならなかったのだと思われます。 そういった具合に、歪だけど不思議と整っていて、もしかしたら凄い映画なんじゃないか……と錯覚しそうになる。 そんな絶妙な、しかして危ういバランスこそが、本作最大の魅力なのかも知れません。 [DVD(邦画)] 7点(2017-10-28 06:41:00)(良:3票) |
38. 自虐の詩
《ネタバレ》 良い話だし、感動もしたはずなのですが、どうも引っ掛かる部分がある一品でした。 まず、主人公の内縁の夫であるイサオに感情移入出来ないというか、同性の目からすると引いちゃうものがあるんですよね。 実質的な妻であるはずの幸江を働かせて、自分は働かない、家事もしない。 喧嘩して警察のお世話になったり、パチンコに使う金を幸江に集ったりで、あまりにも情けない男なんです。 こういった「暴力的で不器用な男」に惹かれる女性がいるのは分かるし「ああ見えて、良いところあるんだから……」という幸江の一言によって、彼女がイサオに依存している事も、分かり易く描かれてはいるんですが、ちょっと自分としては距離を感じちゃいました。 唯一「幸江を殴ったりはしない」という線引きを守っている事には感心しましたが、流石にそれだけじゃ物足りなかったです。 そんな二人の馴れ初めが、後半の回想シーンによって明かされる形になっている本作品。 「不幸な生い立ちゆえに薬物中毒の売春婦となっていた幸江を、イサオが救い出してくれた」 「だからイサオが駄目男になっても幸江は見捨てたりしない」 との事なので(良い話だなぁ……)と感じる一方(で、そんな理想の王子様みたいだったイサオが、何で駄目男になったの?)という疑問も湧いてきたりして、どうもスッキリしないんですよね。 「根っからのヤクザ気質なので、ヤクザを辞めたらまともな仕事も出来なくて恋人のヒモになってしまった」「そんな自分がやるせなくて、かつては女神のように崇拝していた幸江にも冷たくなってしまった」のだと解釈すれば、やっぱり(情けない奴だ)って感想しか出て来ないです。 イサオの代名詞であろう卓袱台返しに対しても、作中でお約束として何度も繰り返される度に「食べ物を粗末にするなよ」ってツッコんじゃったくらいなので、自分とは相性の悪いキャラクターだったのだと思います。 そんな具合に、根底の部分で肌に合わないものがあったのですが、全体的には楽しめたし、面白かったですね。 牛乳と饅頭をくれたりした新聞配達の雇い主が「悪いけど、明日から配達来なくて良いよ」と言う場面は衝撃的だったし、そういった不幸な場面が丁寧に描かれているから、観客としても、主人公には幸せになって欲しいと思わされる。 お守りの五円玉や、刻み海苔など、小道具の使い方も上手い。 熊本さんと殴り合って育まれる友情、駅での別れ、空港での再会も、ベタだけど良かったです。 「前略お母ちゃん、貴女は何故私を産んだのですか?」という冒頭の問いかけが、妊娠によって主人公の身に返って来る構成にも、ハッとさせられました。 その問いに対する答えは、やはり「幸せになりたいから」だろう。主人公も子を産む事によってハッピーエンドを迎えるはず……と思っていたら、それがちょっと違う方向に着地する辺りも、意外性があって良い。 「主人公カップルは生まれてきた子供と一緒に、幸せそうに海を眺めて終わり」 「その一方で、ラーメン屋の店主や隣人の小春さんは、不幸になる未来が示唆されている」 「結局、主人公達は結婚もしないし、イサオは真面目に働き出したとも思えないしで、子供が生まれた事以外は何も変わっていない」 という形であり、完全なハッピーエンドとは言い難いけど、主人公二人の状況は改善されたし(まぁ、これで良いのかな?)と思える、不思議なバランスだったのですよね。 恐らく「幸や不幸は、もういい」「どちらにも等しく価値がある」「人生には間違いなく意味がある」というメッセージで完結させた以上、何もかも幸福にして終わる訳にはいかない為、こんな形になったのだと思われます。 自分としては主人公カップルよりも、彼女達を支える隣人側に肩入れする気持ちがあっただけに、そこは少し残念。 主人公達が不幸を乗り越え「人生の意味」を見出せたのと同じように、店主や小春さん達も、何とか乗り越えて欲しいものです。 [DVD(邦画)] 6点(2017-10-26 22:44:21)(良:2票) |
39. メッセンジャー(1999)
《ネタバレ》 これは好きな映画です。 バブル期の若者を主役に、オシャレな青春映画を撮り続けてきた馬場監督が「バブル崩壊後、肉体労働で生計を立てる主人公」を描いてみせたという、その舞台背景も面白いし、そんな予備知識無しで、シンプルに作品を観賞するだけでも面白い。 初見の際には、主人公の尚実に感情移入出来ず「何だ、この女は」と呆れる思いもあったんですが、今となっては彼女の存在ひっくるめて好きな映画になったんだから、本当に不思議ですね。 理由としては、もう一人の主人公である鈴木が尚実に反発しつつも、少しずつ認め、惹かれていく過程が、観客である自分の心境と、上手くシンクロしてくれたのが大きいかと。 とにかく最初の印象は最悪で、車で人を轢いておきながら相手よりも先に車の傷を心配する場面なんてもう、正直ドン引き。 それでも「携帯電話を届ける依頼」をやり遂げてみせた辺りから、徐々に見方が変わってくるんです。 ここの演出が上手くて、それまで日焼けを気にして着込んでいた上着を「邪魔」と言って脱ぎ捨てるシーンを挟むなど、視覚的にも分かり易く「彼女は生まれ変わった」事を示しているんですよね。 また「ありがとうの一つも言われないような最低の仕事」という台詞が伏線になっており「ありがとう」と言われる事で、初めて彼女がメッセンジャーとしての喜びに目覚める形でもある。 これまた凄く分かり易くて、その分かり易さが心地良い。 「ビール」と「シャンペン」を巡る一連のやり取りも面白かったですね。 汗水垂らして働いた後はビールに限るという鈴木と、高級なシャンペンが一番という尚実。 中盤にて、尚実の方が労働後のビールの美味しさを認め、それによって彼女が正式にメッセンジャーの仲間入りを果たす訳ですが、この映画はそれだけで済まさないんです。 鈴木もこっそりシャンペンを注文してみせたり、ラストにて皆でシャンペンで乾杯したりするという、素敵なオマケを付け足しているんですよね。 それによって、単なる肉体労働賛歌だけに終始せず、高級品の魅力もキチンと認めてるのだという、作り手のバランスの良さが伝わってきました。 バランスと言えば、尚実が一方的に「汗水垂らして働く喜びに目覚める」という受け身な立場に終始せず、元キャリアウーマンの経験を活かし、メッセンジャー業の改革に貢献していく流れも気持ち良いんですよね。 その他にも、憎まれ役と思われた尚実の元恋人や、取引先の太田さんなども「実は良い奴」オチが付くものだから、非常に後味爽やか。 そんな中、最後まで悪役の座を貫いたバイク便の「セルート」は実在の会社との事で、イメージダウンを覚悟で悪役を演じ切ってみせた、その懐の深さにも拍手を送りたいところです。 ラストの競争にて、チーム内で封筒の受け渡しを行う際の演出も、逐一恰好良い。 「何も言ってないだろ」「自転車よりバイクの方が速い」「楽勝」という台詞の使い方も上手いし、鉛筆や無線機などの小道具の使い方も上手い。 演者さんの棒読み率が高い事、エンディングでのアマチュア感漂うラップなども、普通なら減点対象となったかも知れないけど、本作に関しては「愛嬌」に思えてくるんですよね。 最初はメッセンジャー業を恥じらい、元同僚に対し「別の仕事をしている」と見得を張っていた尚実が、誇らしげに働く姿を見せるようになる様も良いし、鈴木が尚実を後ろに乗せて、自転車に二人乗りして帰るシーンなんかも、凄く好き。 全体的に「分かり易い面白さ」に溢れている中で、唯一つだけ「尚実は鈴木に何を言ったのか」という謎掛けが残されているのも良かったですね。 自分としては、凄ぉ~くベタだけど「アンタが好きだから」が正解だったんじゃないかな……と思いたいところです。 [DVD(邦画)] 9点(2017-09-27 08:18:55)(良:4票) |
40. 免許がない!
《ネタバレ》 「あの舘ひろしが、実は運転免許を持っていない」という、出オチのようなアイディアだけで撮られたとしか思えない映画。 こういうネタである以上、やはりクライマックスでは主人公が実際の事件か何かに遭遇し、映画的なカーチェイスを繰り広げるのでは……と期待してしまうのですが、そこを外してくる惚けっぷりが、如何にも森田脚本らしく思えましたね。 全体的にユル~い空気が漂っており、退屈さも感じる一方で、何処か心地良さもあるという、不思議な作風。 作中で飛び出す駄洒落「クリープ現象。ミルクじゃないよ」も、最初はツマンなかったはずなのに、二度言われると少しクスッとしたりするんですよね。 映画全体もこんなノリであり、観賞中は(面白くないなぁ……あっ、でもここの場面は、ちょっと良いな)という反応を繰り返す事になりました。 大前提として、主演が舘ひろしでなければ成立しない話なのですが、序盤に変装して教習所に通う姿が、本当に「冴えない中年のおじさん」にしか見えない事には、驚きましたね。 それが正体を現すと、ちゃんと恰好良くなって、映画スターのオーラをビンビンに感じさせる立ち居振る舞いになるのだから、やっぱり凄い人なんだなぁ……と、感嘆。 ちょっぴり気障で、嫌味っぽいところもあるんだけど、フッと渋い笑みを浮かべるだけで色気と愛嬌が漂うもんだから、憎めないんですよね。 作中で観衆にキャーキャー言われているのも当然だなと、自然に納得出来ちゃいます。 踏切の前では窓を開けて音を確認するようにと教官に注意され「一般車で、そんな事やってるの見た事ねぇ」と反発するも「教習所では、そうすんだよ」と諭される件も皮肉が効いていて面白かったし、ミスを犯した後、教官に減点されちゃう嫌ぁ~な雰囲気なんかも、上手く表現されていたように思えますね。 特に、仲の悪かった教官が妻と復縁出来るようにと、主人公が手伝ってあげる場面なんかは、本作でも一番のお気に入り。 ……でも、その後の展開にて「純粋に合格した訳ではなく、借りを返す為に教官がハンコを押してあげた」と思える形になっているのは、それこそ大幅減点です。 そりゃあ教官だって感謝はするだろうけど、仕事に私情を挟んだような描き方をしているのは、ちょっと違うんじゃないかと。 あれだけ真面目に努力する主人公を描いておいたくせに、最終的には「映画スタッフが色々と助力して、反則まがいの方法で免許を取らせた」というのも、何とも納得し難い結末。 そこはやはり、実力で合格出来たんだと、スッキリ納得させて欲しかったところです。 中盤にて、やたらとお色気シーンが多くてウンザリさせられた事も含め、どうにも「好きな映画」とは言えそうにない本作。 とはいえ、憎み切れない愛嬌も備えているし「ここの場面は、結構好き」と言えるような部分も幾つかはあった為、何だかんだで観ておいて良かったと思えるような……そんな一品でありました。 [DVD(邦画)] 4点(2017-08-23 07:05:20)(良:1票) |