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1.  オリエント急行殺人事件(2017) 《ネタバレ》 
シドニー・ルメット版のアルバート・フィニーよりも、より紳士的なケネス・ブラナーのポワロである。 列車内で通路を譲るなどの、女性への対し方がスマートだ。 彼がキャサリンと呼ぶ美しい女性の写真を見るシーンが幾度かあるが、彼の愛した女性か、あるいは娘か、彼女に関する説明は明確には為されない。 が、このさりげないシーンの積み重ねが彼に関するささやかな人物描写となってラストでの彼の決断に納得性を与える。  大筋も謎解きも一緒であるから、このリメイクの見どころは新旧キャストの比較でもあり、時代に即したマイナーチェンジの数々でもある。  車外シーンは実景主体だがほぼ列車内を舞台にしたルメット版に対して、CG感満載だが、スペクタクルとアクションを加味した本作。 クライマックスの舞台も、トンネル内の長テーブルと声の反響、白と黒を活用して12対1を巧く演出している。  スター映画らしく顔のアップ主体だが、ジュディ・デンチをはじめとして表情が大変美しく撮られているのがいい。
[映画館(字幕なし「原語」)] 6点(2017-12-11 23:25:07)
2.  奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール 《ネタバレ》 
文体的にも『モテキ』のバリエーションだが、森山未來の運動神経があるわけでもなく、女優や楽曲のバラエティという点でも分が悪く、 ロケーションも貧相な限り。真っ暗な屋内セットばかりで美術の見せ場も無いと来る。 単調なキスシーンを繰り返すくらいなら、『モテキ』のミュージカルや『バクマン。』のペン格闘に類するスペクタクルに 知恵を絞って欲しい。まるで突き抜けない黒猫チェイスでは全く物足りない。  哀れ、コメディ・パートもリリー・フランキーや安藤サクラらのエキセントリックな芝居に縋るしかなかったのだろう。  すべてが安普請。退行もいいところである。
[映画館(邦画)] 3点(2017-09-16 22:26:11)
3.  オケ老人! 《ネタバレ》 
一つのジャンルとも呼べそうなフレームワークで、何ら想定を裏切らない。演奏会終了と共に万雷の拍手で、杏の晴れやかな笑顔がクロースアップされて ハッピーエンディングへと至るだろう流れも律儀なまでにパターン通りだ。  彼女の成長のドラマ、メンバーの団結と上達のドラマでバリエーションと独自性を作っていくわけだが、 ここも杏と笹野高史の関係に絞ってシンプルに徹している。 上達の過程は本来、練習シーンのモンタージュと反復によるべきところを季節変化と街の情景の早送りだけに頼っているのはかなり安直な印象だ。  コメディタッチに合わせて芦澤明子のカメラも明朗、杏の表情のクロースアップが頻繁過ぎるが、彼女のほどよくコミカルで豊かな表情と口跡の良さで 苦にはならない。下手な女優ならこれ見よがしのわざとらしい変顔を連発して白けさせられるところだが。
[映画館(邦画)] 5点(2016-11-11 23:20:53)
4.  溺れるナイフ 《ネタバレ》 
菅田将暉と小松菜奈が初めて出会う入江の波立つ情景などは観る側の心もゾクゾクさせてくれるのだが、そのロングショットと 小松の視線、水面の菅田のカットバックが少々ぎこちなく感じられる。 土手のシーンなども、二人の位置関係が不明瞭で、高低差が活きていない。  劇伴や挿入曲も過剰に感じてしまう部分が多く、地方の映画なら尚のこと河川や水路のせせらぎや波音などをもっと活用して欲しいところだが、 ロケーションをロングショットのフレームの中で良く活かし、俳優らを良く動かし、彼らを幾度も水に浸らせて頑張っている。  森の中を風のように駆け、海に浸かり、炎と共に舞う菅田も小松もさすがに達者だが、 これだけ映画への露出が多いと食傷気味にもなるが、本作では重岡大毅がなかなか新鮮なバイプレーヤーであり、ナチュラルな口跡が素晴らしい。 彼絡みのシーンに長回しが多用されているのも頷ける。  バッティングセンターのショット、カラオケバーのショットなど、緩急自在の呼吸でロングテイクを活かしていて感心だ。 快活さとナイーヴさを体現し、一部で科白を噛んだりしているのも逆に自然体の魅力を生んでいる。
[映画館(邦画)] 6点(2016-11-05 23:37:45)
5.  おかあさんの木 《ネタバレ》 
ただただ情緒に訴えるのみの反戦メッセージなど、タチが悪いのみ。 鈴木京香らの記号的・心理的表情と、饒舌な劇伴音楽、加えて無駄にミスリードを誘う語り部による ナレーションによって、ひたすら冗漫である。 ポスプロでの処理もいろいろと施されているのだろうけれど、ロケーションとオープンセットによる昭和初期の農村の再現は よく頑張っているのだが。 志田未来のつくったおはぎを、画面に登場すらさせないなどの無頓着も作品を貧相にしている。
[DVD(邦画)] 3点(2016-10-13 23:56:30)
6.  お父さんと伊藤さん 《ネタバレ》 
食事シーンの沢山ある映画はいい。上野樹里、リリー・フランキー、藤竜也の三人がテーブルを囲むフィックスのショットに流れる時間の 何とない気まずさとぎこちない対話、やがてドラマの進行と共にそこには温かみが感じられてくる。 出される料理はシンプルながらも上野の手料理で、柿を剥いたりフライを揚げたりの調理もさりげなく描出されているのが監督のセンスだ。 古屋敷で夜を明かすシーンも、酒を燗することから微妙に変わっていく場の空気がショットの中に捉えられている。 上野が一人で酒やビールを呷る、その飲みっぷりの良さや、リリー・フランキーがウスター派の藤の前で遠慮がちに 中濃ソースをトンカツにかける仕草なども微笑ましい。 食事や、家で寝そべってのくつろぎ、庭いじり、本屋でのアルバイトの描写。それら生活行為の丹念な積み重ねによって キャラクターが少しずつ肉付けされていく作劇がじんわりと楽しい。(伊藤さんの素性は謎のままだが)  ラスト、藤を追って走る上野はカメラ移動によって前向きのショットで捉えられる。素敵な笑顔と共に。
[映画館(邦画)] 7点(2016-10-10 00:33:27)
7.  オオカミ少女と黒王子 《ネタバレ》 
相変わらず、親も勉学も完全消去された惚れた晴れたオンリーの陳腐な世界観。それが少女漫画なのだろうから文句は言わない。 どう見せるかが問題な訳だから。 とりあえず、開巻から二階堂ふみがよく歩き、よく走り、よく食べるので救われる。 新宿の雑踏を捉えた『さよなら歌舞伎町』の撮影も頑張っていたが、こちらも渋谷らしき街中で山崎賢人を追って歩く彼女をゲリラ的に撮影した長廻しなど、ロケーションを活かした移動が楽しい。その後も学校内で駆け回り、ピーカンの雨の中で走り、マンションからの帰り道を鼻歌交じりに歩くなど、長めの移動撮影によって映画は弾む。 山崎の言葉に傷つき、喫茶店を飛び出して歩道を歩く彼女は泣きながら、やはり後ろも気になってしまう。そんな彼女のいじらしい心情表現が達者だ。  ラストには今度は男の方が彼女を追って走る。のだが、その後が良くない。 彼との大切な思い出の品を探しまわる彼女の姿を目撃するものと思いきや、彼女がごみ袋の中を漁って探していたことを通行人の女性の台詞で処理してしまうのだ。中盤で山崎が風邪をひくエピソードは、彼の家で二階堂がおかゆを作るのをソファから窃視すること、そして二階堂が山崎の寝顔を窃視し、撮影することが重要なポイントであり、相手に見られていることを知らない素の表情を垣間見ることによって、それぞれが相手の本質を理解していったという事である。 であれば、やはりラストは彼女が無様ながらも懸命にマスコットを探し、それを見つけ喜ぶ姿を彼の眼で見つめさせるべきであり、あくまでその視線の劇を通して彼の恋情を提示すべきだろう。  ここでは俯瞰ショットとなる南京町商店街の広場はきちんと水が撒かれ、赤や黄のネオンを反射して画面を彩るという具合に美術も頑張っているのだから、 もう少し肝心な部分で台詞に頼らないなどの工夫が欲しい。
[映画館(邦画)] 6点(2016-05-28 23:25:07)
8.  女が眠る時 《ネタバレ》 
ビートたけしを始めとして新井浩文や渡辺真起子に至るまで、クセのある俳優がいかにもクセのある達者な芝居を展開する。 リリー・フランキーなどにしても、如何にもリリー・フランキーらしい粘着質の造形によって凄みを見せつけている。 いずれのキャラクターもその身振りと表情の中に狂気の片鱗を覗かせ、それがサスペンスを形づくるが、 俳優陣のいつも通りハイレベルな狂気演技の安定ぶりが少し物足りなくもある、というのは贅沢な不満か。  窃視のサスペンス。そして覗いていたつもりが、いつの間にか覗かれる側になっていたというサスペンスに否応なく引き込まれる。  快晴から曇天へ、そして土砂降りの嵐へ。天候の変化もまたドラマの不穏な空気を良く演出している。
[映画館(邦画)] 7点(2016-02-27 23:00:16)
9.  オデッセイ(2015) 《ネタバレ》 
この類の作品ならば普通なら主人公の追悼セレモニーのシーンなどで悲嘆にくれる家族の姿が登場するものなのだが、それが一切無いので、おや?と思う。 これはラストまで徹底していて、マット・デイモンの家族は台詞の中では語られても、それとわかる形では登場しない。 この省略は英断だろう。彼はあくまで一個のプロフェッショナルとして存在している。  火星への転進を決定した宇宙船のクルーが、家族と交信する中で帰還の延期を伝えると、彼の妻は画面の向こうで即座に理解を示し、 スクリーン上で互いに手を合わせる。 往年のトニー・スコットを思わせる、スクリーンを通してのさりげなくもエモーショナルな交感シーンに打たれる。  陽性の挿入曲に彩られながら、録画画面の中のマット・デイモンは軽妙に語り、 その一方で、終盤に控えめに登場する彼の痣だらけで痩せた裸身の後ろ姿のビジュアルは彼の艱難辛苦を雄弁に語る。 「危機感がない」からの冗談や軽口なのではない。絶望的状況だからこその精一杯のジョークなのだ。 こういった語りのバランスに唸る。
[映画館(字幕なし「原語」)] 8点(2016-02-12 21:46:57)
10.  orange オレンジ 《ネタバレ》 
上映時間139分というのが、まずは悪い冗談。 それを踏まえて観ているから、余計にテンポの悪さと散漫ぶりが目立つ。 梗概的な部分の整合性を突き詰めきれていない脚本や、ヒロインの口跡の一本調子や、感傷過多のBGMなどの貶しどころはヤフーレビューあたりに 散々書かれている通り。  水泳プールから花火を見るというシーンを設定するのなら、そのプールという場には二人を結びつける説話的論拠を付与するべきだし、 それ以上に、『海街diary』の花火のように水面に花火を美しく反映させるといった映画的論拠がまずあってしかるべきなのだが、 驚くべきことにそれらが何もない。舞台がプールである必然性が全く無い、という。そういうののオンパレードだ。  ソフトボールにサッカーにリレー競争と、運動競技を活かそうとするのは解るが、 それらは悉く、映画性ではなく道徳性のほうに収斂してしまう。 「重荷運び」のストレートで優等生的なメッセージ中毒&言語依存ぶりには、哀れみすら感じる。  上映時間が長いだけあって、6人の個性が明確になっていたのは救いだ。  並木道の木漏れ陽などはもっと巧く活かせたはずである。
[映画館(邦画)] 3点(2015-12-14 23:07:30)
11.  黄金のアデーレ 名画の帰還 《ネタバレ》 
現代パートでの資金難とか家庭不和といった障害はある程度台詞での処理に頼らざるを得ないだろう。  その辺りの淡白さを補うかのように、過去パートの脱出劇がサスペンスと緊張に溢れている。  裏路地で逃亡を通報する者。咄嗟に逃げ道を指示し、手助けする女性。通りの群衆の中で、追う者・追われる者・味方する者・妨害する者、 それぞれの視線が交錯し、スリリングなアクションを形作っている。 出国手続きの受け答えの中で、声を上ずらせながら懸命に機転を利かす若きヒロイン(タチアナ・マズラニー)の気丈さが心を打つ。  弁護士の弁論から大団円まで、クライマックスの調停シーンは裁判映画の型通りの流れだが、それで万々歳とはならない。 その次の場面に訪れる、過去と現在ふたりのヒロインの涙とそれぞれの抱擁が美しい。  その繋がり合いはヘレン・ミレンのチャームあってのもの。メリル・ストリープではこうはいかない。
[映画館(字幕)] 7点(2015-12-04 20:20:53)
12.  俺物語!! 《ネタバレ》 
カメラに正対しての顔芸のアップに頼りすぎ。カメラに向かってヒロイン微笑むの図も映画というよりもテレビコマーシャルのよう。 コミックのキャラクターが映画によって動きを得たというのに、アクションシーンも動感に乏しく硬直気味。 火事の中、棺桶を支えるシーンは状況の提示が絵解きとして不適格。意味を伝えるだけならフィルムコミックで十分である。 特にこの遊園地のシーンは演出全般の粗雑さが目立つ。おそらく原作エピソードの継ぎ接ぎだろうが、キャラの感情の流れが一貫していない。 永野芽郁が懸命に主人公のカッコ良さを訴える場面の人物配置が不適当。鈴木亮平は影となる位置に置くべき。 鈴木が永野にかけてやったブレザーの扱いが雑。汚れたブレザーを何故そのまま返させるのか。何故、それを抱きしめさせないのか。 永野の友人たちが鈴木を見直すのは「惚れそうになった」という科白ではなく、具体的なカットバック等による表情で示すべき。 といった具合である。  メインの恋愛ドラマもまたヒロインの作るスイーツのように大甘だが、ドラマの進行と共に脇役を含めた人物たちに次第に血が通っていくのがいい。 チョイ役であるパン屋、ケーキ店の店主たちがみせる人柄の良さ。彼らの言葉を介して伝わるヒロインの真情。 そんな細部もまたクライマックスを盛り上げる手助けをしている。  クレジットによるとロケ地は杜の都、仙台らしい。鈴木亮平が夕陽を見る高層階のベランダや校舎の屋上や、風が緑を揺らす橋と川の俯瞰ショットなど、 開放的で見晴らしの良い景観がところどころにあり、少女漫画のファンタジーと登場人物たちの清潔感とによく馴染む。  それだけに、ラストの告白シーンの橋は爽やかな快晴で撮って欲しかった。
[映画館(邦画)] 5点(2015-11-02 23:17:37)
13.  オール・ユー・ニード・イズ・キル
敵方の動きを想定した訓練機器に何度も激しく弾き飛ばされるスタントも トム・クルーズ本人がチャレンジしているのだろう。 その果敢なアクション魂が彼への好感度を一層高める。 重火器装備で動きやスピードが制限されかねないスーツを纏いながら、よく動く。  反復学習によって、練度を上げていく主人公のアクション。 その予測動作とリアクションの面白さを、例えば一連の長廻しショットの中で 捉えていくなどすれば、よりキートン的な活劇になっただろうに。 この映画では、それがカッティングのリズムの面白さに留まっている。  その意味で、火器としての見せ場も少ない上、 トム・クルーズの動きを鈍重にしてしまうスーツはさして映画に貢献していない。  その装備を外し、肉体アクションが弾むべきクライマックスが 大状況の物語の側に収斂し、失速しているのも惜しい。 
[映画館(字幕なし「原語」)] 5点(2014-08-13 15:06:59)
14.  思い出のマーニー
スケッチブックに押しつけられて折れる鉛筆の力感や、ナイフで鉛筆の芯を 乱暴に削る動き。トマトや西瓜に包丁が入るその質感など。 巧いアニメーションではあっても、それが単なる現実の模写に留まってはいないか。  紅花摘みのリアリズムを見せつける『おもひでぽろぽろ』にしても、 幼少時代のシーンでは空を泳ぐといった奔放なアニメーションが しっかり活かされているのに対し、 こちらが志向するのは向地性とでもいうべきものだ。 映画は重力を強調し、ヒロインは幾度も地面に突っ伏す。  それはいいが、アニメーションであるべき必然性はやはり低い印象である。 何よりも肝心の「動き」の面において。 和洋のキャラクター・舞台を違和感なく 共存させた世界はアニメならではの強みだろうが、 あの大波と風のシーンだけではいかにもアニメーションとして弱い。  そして、「美少女ヒロイン」以外のキャラクターの何と魅力の薄いことか。 世話になる夫婦も無口な男も、いくらでもドラマに絡ませようがあるだろうに。 登場意義すら見いだしづらい。 絵描きの婦人も、単なる種明かし説明の道具に過ぎないだろう。 成長のドラマならせめて、他者との関わりあいの中で主人公の成長を描いて欲しい。  ヒロインの「碧い瞳」への言及の段取りも、こうすればより映画的なのに、 という代案が簡単に浮かんでくる。  それでいいのか。 
[映画館(邦画)] 5点(2014-08-05 15:38:31)
15.  オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ
アナログレコードの音楽に合わせて踊る、トム・ヒドルストンとティルダ・スウィントンの俯瞰ショット。 ソファの上で弾むように脚を組み替えるミア・ワシコウスカの仕草。 静かな映画の中で、それらの滑らかな運動感がアクセント的に心地よい。  途中、そのミア・ワシコウスカの闖入によって館が三人所帯となることで ジャームッシュ流の移動の映画=ロードムービーとなる。 彼女の登場は、移動を促す契機としてあると云っても良い。  遠くに街の灯が散らばるデトロイトの寂れた夜道。 まばらな明かりの中に浮かび上がる廃墟の群れが、街の盛衰を偲ばせる。  勾配が特徴的なタンジールの石畳の路地。 黄昏のような、艶を帯びた妖しげな光の加減がエキゾチックで素晴らしい。  ランプを光源とした屋内シーンの見事さも見逃せない。 
[映画館(字幕なし「原語」)] 8点(2013-12-23 23:24:51)
16.  オブリビオン(2013) 《ネタバレ》 
例えば二者の電話での対話を見せる際、双方の顔を発話に従って交互に映し出す というのが最も芸がなく単調でつまらない撮り方なわけだが、 中盤まで続くトム・クルーズとアンドレア・ライズブローの交信の描写はそれに近い。  おまけにファン・サービスでもあろうアップ・アップの連続がくどいとくる。  カメラの主体は判然としないが、彼女の前にモニター画像があるのなら それをもっと利用するなり、一方の側の状況を見せないことで 観客に想像の余地を与えるなりしてサスペンスを創り出すのが基本中の基本だろうに。  緑に囲まれた一軒家、「青い影」が流れ、今度は トム・クルーズとオルガ・キュリレンコが並んで対話する。 その拙い切返し編集もまた単なる対話の説明であり、酷い。  幾度もフラッシュバックされる過去の記憶と対になるべき、ラストの視線の交錯は もっと外連が欲しいところ。  ランドスケープのスペクタクルも部分的な見世物としては第1級のものだが、 距離感と空間性は『トロン・レガシー』と同様に欠落している。  その中でトム・クルーズが鮮やかな身のこなしをみせる船内遊泳やライディング・ 格闘術等の身体アクション、これはやはり流石だ。  そして、ツーショット写真のハッとするような用い方もさりげなく印象的でいい。  
[映画館(字幕なし「原語」)] 6点(2013-06-03 23:57:34)
17.  オズ/はじまりの戦い
2D版を鑑賞。  噴煙の中に浮かび上がる『イングロリアス・バスターズ』のような映画内映画。 『蜘蛛巣城』のように、白霧と共に押し寄せてくる軍隊の影。 枯葉の落下や草の揺れなど細やかな動きに満ちた、高精細に造形された森の美術。 これらの立体的イメージはぜひ3D版で味わいたかった。  映画こそ魔法。その主題が声高でないところが好ましい。  透過光と火炎を派手に使った魔法合戦もよいが、マリオネットのレトロな味わいを残す 陶器の少女の愛くるしい仕草も絶品である。  あるいは幻燈のキスや、シルエットによるメタモルフォーゼなど、 簡素で古典的で不可視の表現ほど観客の想像を掻き立て、 画面に引き込む事も弁えているようだ。  暴力と正義のテーマ性を含ませたドラマだても『スパイダーマン』の監督らしく、 ラストの魔女同士の対決なども、地味ながらサム・ライミらしさがあっていい。 
[映画館(字幕なし「原語」)] 8点(2013-04-15 23:56:44)
18.  踊る大捜査線 THE FINAL 新たなる希望 《ネタバレ》 
『映画は映画的であるほどドラマから遠ざかる』と、 本広克行が尊敬しているらしい押井守が書いている。  ドラマの本質はダイアログと状況設定にあり、 映像的主張はドラマを停滞させるから、というわけだ。  バストショット主体の対話劇でドラマは十分に機能するが、 劇場用作品となるとそうはいかない。映画的な見せ場こそ肝要だからである。  となると、既に盛んに批判されている荒唐無稽なバス突入や、 織田裕二の直感的判断と疾走こそ、 ドラマ的には不正解、映画的には正解だと見る事が出来る。  合理的動機に拠らない活劇であり、スペクタクルだからである。  あるいは、膨大なエキストラを統制しまとめあげた署内セットのモブシーンの活気、 充実した空撮、盛り上げどころで目一杯活用されるクレーン撮影の快いリズム感、 そして事件解決後の織田と柳葉のツーショットに 適切に差し込まれた朝陽の演出なども同様だ。  一方で、戒名を巡るギャグやラストの織田の演説などは、 ドラマ的には妥当であり、映画的には妨げでしかない。 活字、言語が機能するシーンだからである。  そうしたドラマ―映画のバランスの中途半端さは、 テレビドラマを始点とするシリーズ映画ゆえの性質にも拠るのだろう。  ステマを含む局の様々なしがらみ、制約、ファンサービスにも折り合いをつけながら、 映画的こだわりが伝わるのが何よりである。 
[映画館(邦画)] 6点(2012-09-17 22:19:28)
19.  おおかみこどもの雨と雪
映画に登場する母親の子育てのスタンスを批判するのは実に容易い。  だが、フィクション映画の登場人物が賢くあるべき必要などまったくない上、 子育ての正論などそもそも映画とはなんの関係もない。  人間が不完全で愚かなのは当たり前の話。 あいにく、こちらはご立派で正しい子育て論など アニメーション映画に求めてはいない。  作り手が試みているのは、主人公が愚かであるなりに、間違っているなりに、 子への情愛とその試行錯誤を映画という動態の中でどう表現するかである。  愚直に読書に頼り、独学にこだわる未熟で愚かなキャラクターだからこそ、 睡眠不足で身体を泳がせる様、息を切らしながらの農作業、 涙と鼻水を流しながら瀕死の息子を抱き締める姿、 そして嵐の山中を必死に捜し回る歩みが愛しむべきものとなる。  その中で、『時をかける少女』でも不可逆性の象徴として使われた 坂道や勾配がアクションとドラマの場として活きてくる。  中盤の雪山を延々と滑降するシーンが作画的クライマックスとして印象深いのは、 そこにあるのが自立的な疾走感・爽快感だけでなく、 己の意思ではどうしようもない自然の力が作用しているからであり、 それが親離れのドラマ展開の予告ともなっているからだ。  そして細田印の蒼(空)と白(雪と雲)もまた印象的なシーンである。 
[映画館(邦画)] 6点(2012-09-12 23:29:17)
20.  ALWAYS 三丁目の夕日‘64
例によってあれもこれもとエピソードを詰め込んでいるのだが、出産も独り立ちも嫁入りもその型通りな展開がある程度中途から見越せてしまう以上、台詞やアクションを介してリズミカルにシーンを繋いでいくような岡本的あるいは成瀬的な場面転換の工夫が欲しい。 二家族のエピソードの交互羅列は、先読みが容易なだけに尚更映画を冗長にしてしまっているが、反面、3Dカメラの機動性の悪さも幸いしてか2作目のような欠点も目立たず、ロングテイク中心に芝居や列車の情景などをじっくり撮るフィクスショット主体の落ち着いた撮影が安定感を醸している。  そして、シリーズに一貫している接触と授受の演出も控えめながらいい。 堀北真希の左腕を看る森山未來。彼の鼻血のついたチリ紙を厭わず握りしめる堀北の細やかな動作に垣間見せる人間性。 縁側で堤真一の左腕に手を重ね、嫁ぐ堀北の首にネックレスを掛けてやる薬師丸ひろ子の柔和な魅力。 小清水一輝の頭をたびたび小突く堤真一の不器用ぶり。 須賀健太の胸ポケットに万年筆を差し込む吉岡秀隆の仕草。  同じく作品では仰ぎ見ることが貫かれる。  空を見上げる人々の表情の記念写真風ショットもやはりシリーズのトレードマークとして清々しい。 
[映画館(邦画)] 6点(2012-02-05 16:29:06)
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