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かっぱ堰さんの口コミ一覧[この方をお気に入り登録する

プロフィール
コメント数 1252
性別 男性
自己紹介 【名前】「くるきまき」(Kurkimäki)を10年近く使いましたが変な名前だったので捨てました。
【文章】感想文を書いています。できる限り作り手の意図をくみ取ろうとしています。また、わざわざ見るからにはなるべく面白がろうとしています。
【点数】基本的に個人的な好き嫌いで付けています。
5点が標準点で、悪くないが特にいいとも思わない、または可も不可もあって相殺しているもの、素人目にも出来がよくないがいいところのある映画の最高点、嫌悪する映画の最高点と、感情問題としては0だが外見的に角が立たないよう標準点にしたものです。6点以上は好意的、4点以下は否定的です。
また0点は、特に事情があって採点放棄したもの、あるいは憎しみや怒りなどで効用が0以下になっているものです。

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21.  バンパイア・ラヴァーズ 《ネタバレ》 
題名の印象は全く違うが、1872年にアイルランド人作家が英語で書いた小説「カーミラ」(吸血鬼カーミラ)の映画化である。最初に出た古城の映像(絵)がいかにも安手で、続いて男が殺されたあたりで型どおりの定番ホラーかと落胆したが、その後は意外に原作に忠実にできている。舞台は一応原作通りオーストリアのスティリア(シュタイアーマルク)に設定されており、年代としては最初の古城が18世紀末、続く本体エピソードが19世紀前半ということになる。 全体構成としては、原作では登場人物の体験談だったものを映画では独立のエピソードとして起こし、時系列順に並べて見どころを作りながら盛り上げていく形になっている。終盤では、関係者が揃って古城に乗り込んでいくところでもう大丈夫、という安心感を生じさせず、屋敷での出来事を別に作って並行させることでスリリングな印象を出していた。ほかオッパイとか全裸の映像が無造作に出るがそれほど刺激的でもなく、かえってあっけらかんとした感じに見える。ちなみに男を誘惑するのは「カーミラ」の映画化としては反則と思われる。 なおカーミラ(カルミーラ)役の女優は右目の下にほくろがあるようだが、これをこの映画では原作に沿った形で生かす気がなかったらしい。古城にあった絵にもこれを描けばいいだけのことだが、なぜかしていないのはかえって意味不明である。  ところで登場人物に関して、劇中の「エマ」は原作の「ローラ」に相当する人物だろうが、原作では清楚なお嬢さんのイメージだったのに対し、映画ではそうでないとまでは言わないが若干のお転婆感が出ており(目玉も目立ちすぎ)、吸血鬼としてはその辺に惹かれたのだろうが自分としては必ずしも同調できなかった。原作では村娘の葬列が来た際、この人も一緒に歌うことで心優しい人物との印象を出していたが、映画では省略されていたようで残念だった。  題名のとおり映画では女子2人の恋愛感情をはっきり出す形になっているが、ラストでそれがどう表現されたのか自分としてはわからなかった。日本人的にはいわゆる成仏して終わったように受け取れるが、もう1人に継承されたというならちょっと洒落にならない結末であるからそういう解釈はなしにしてもらいたい。
[DVD(字幕)] 5点(2017-12-14 22:58:10)
22.  惑星大戦争 《ネタバレ》 
「スター・ウォーズ」(1977)直後に東宝が製作した宇宙映画である。基本的には荒唐無稽スペースファンタジーだがまともな科学知識も出ており、敵の出身地だった球状星団メシエ13(M13)というのは実在の天体である。ほか金星の大気データも結構真面目に調べたようで、これはこの時期にソビエト連邦のヴェネラ計画による金星探査が進んでいたことに関係あるのかも知れない。金星の地表を映像化しようとした映画は珍しいのではないか(地形は出鱈目だろうが)。 しかし10年以上前のクラシックな乗り物を引っ張り出して来た上に、それなりに精悍だったフォルムを芋のような形状に改変する感覚は全く理解できない。要は戦艦大和が宇宙を飛ぶなら海底軍艦を飛ばしてやれということだろうが、特撮技術の面ではまるきり60年代のままのようで、初めからスター・ウォーズと同次元で張り合う気もなくコテコテの東宝特撮映画のまま押し通そうとした感じである。宇宙戦艦の発進場面などアニメの迫力にも劣るのはさすがに呆れた。 またストーリーに関しては、全体としては「宇宙大戦争」(1959)のような印象(池部良氏も出ている)だが捻りもなく、三角関係なども絡めているがお笑い草である。死亡予告が出ていた人物が予定通り死んだ場面では、あまりに予定通りすぎて(本人の顔も幸せそうで)笑ってしまった。また終盤でもあからさまに死を予感させる顔の人物がいたが、そのことに観客側はみな気づいているのに一人だけ知らないでいるヒロインが屈託ない笑顔を見せたのはよかった。ここはこの女優が可愛く見えた(当時まだ17歳くらい?)。 ラストはまた衝撃的な展開で、火山が爆発するのは東宝特撮のお家芸としても、最後の大爆発は正直意味がわからず、そこに直接タイトルが被さったのを見て制作側の精神が崩壊したのかと一瞬思った。しかしその後冷静に考えると、これは最終兵器(波動砲レベル)を使った結果がこうだったということのようで、当方が気づくのが遅いということかも知れないが、それにしても出来事の因果関係が素直につながらず、緊張感も持続できていないと感じるのは映画の作り方の問題ではないか。 そのほか編集か何かに不可解な点もあり、素人が言うのも何だがやっつけ仕事に見える気もする。これなら「さよならジュピター」(1984)の方がまだましだと断言しておく。
[DVD(邦画)] 3点(2017-05-08 21:44:46)
23.  宇宙からのメッセージ 《ネタバレ》 
「スター・ウォーズ」(1977)直後に東映が製作した宇宙映画である。同時期の東宝「惑星大戦争」(1977)が旧来の和風疑似SF映画なのに対し、この映画はスペースオペラ色を強めたことに特徴が出ているとはいえる。 しかし中身としては単純な便乗企画であって、メカニックデザインはあからさまにSW風、他は手持ちのありあわせのもので埋めた感じになっている。センス・オブ・ワンダーのかけらもない一方、戦争で受難した者と儲けた者の明暗の差とか損を承知で政権を引き継ぐ心意気とか、俗世の一般人が容易に思いつく程度のディテールが目につく。「SF考証」のスタッフもいるにはいたが、科学知識でまともなところは「200万光年」の数字だけで、その200万光年を星一個が超光速で渡って来たのは奇想天外というしかない(何時間くらいかかったのか?一昼夜とか?)。 お話としては八犬伝のように見せておきながらいつまで経っても8人揃わず、これ以上の新しい人物はもう出ないだろうと思ったあたりでその辺のキャラクターを適当に指名したかに見えたのは非常に間に合わせ感があった。地球人が下賤の民であるところを延々見せておいて、特に関西人など勇士らしい特性を全く見せないまま挽回もせずに終わったのは完全に変だ。ほか戦闘テーマがショスタコーヴィチの引用というより丸ごと真似というのは節操がなく、毎度のホルンソロも煩わしい。 役者についてはジャパンアクションクラブの面々はまだしも、成田三樹夫氏とか織本順吉氏とかまともな役者を無駄に使った印象で中身と釣り合っていない。ほか変なのは老婆役が二人とも男優だったということだが、それはまあ別に問題ない(これでいいかも知れない)。 以上、まともな大人が見られるような作りでもなく、正直見るのがつらい映画だった。これよりなら「惑星大戦争」の方がまだましだと思うが、向こうも映画としての出来の問題があるので同点としておく。  なおこの映画で褒めたいのは、「自由への夢を奪い取ることはできないのです」という志穂美悦子嬢のキリっとした表情が素敵だ、ということと、ラストで地球との名残を惜しむ帆船の場面が絵的に美しいことだった。自分としては宇宙が青いというところに東映らしさを感じる。
[DVD(邦画)] 3点(2017-05-08 21:44:44)
24.  八つ墓村(1977) 《ネタバレ》 
最初にこれを見た時点ではまだ若かったので、劇中で村の有力者が婦女を拉致監禁して凌辱するのを誰も咎められないのが当時としては非常に衝撃的だった。そのせいで、農村社会とはこういうもの、と当時は思い込んでしまっていたが、長じるにつれて農村社会の全部がこんなわけはないと思うようにはなっている。それでも最初と最後に出る近代的な空港と、舞台になっている山村の間にある断絶感が、かえって日本にまだこういう所があるかも知れないという気にさせるところがある。 またテーマ曲もこの映画の印象づくりに大きく貢献している。個人的にはこの曲から、表面的には平穏に見える風景も実は暗く抑圧された感情と深い悲しみを秘めており、それを無表情の奥に隠しながら黙々と生きる人々の姿がイメージされた。若い頃の自分が農村社会に偏見まで抱いたのは、半分はこのテーマ曲のせいである。  その他の点としては女性の登場人物が印象深い。まず姉の春代さんがきっちりした清楚な女性で、しっかり者のようだが不安を抱えて眠れない夜が続いていたのではないかと案じてしまう。この人の最後は大変可哀想で、主人公も姉として慕うようになっていたらしいのが切ない。また当然ながら鶴子の境遇にも胸が痛むものがあり、子を慈しむ母親の表情を見せながら同時に可愛らしくも見えるのが悲しい。加えて最初の方に出る和江という人(美也子の妹)も、端役ながら個人的に好きな女優(夏純子さん)なので見逃せない。顔はよく見えないが、はっきりしてよく通る声が心地いい。 一方で森美也子に関しては、まずは序盤でスカートが風でめくれるのが気にならなくもないわけだが、そういう色仕掛けに騙されてはならないという警戒感をこの段階で抱かせる怪しさがある。終盤の洞窟内でいきなり「あたしたち」扱いされるのは気色悪く、実際に言われたら思い切り引くだろうと見るたびに思う。  だいたい以上のような印象から(あまり説得力がないかも知れないが)個人的には永遠の名画の扱いになっている。ちなみに全般的に、口から液体を吐くのが汚らしい映画である。 なお余談として、最初の落武者の場面で遠方に見える高い山が何なのかずっと気になっていたが、DVD特典を見ると伯耆大山(鳥取県、1,729m)を南側から見た風景だったことがわかって感激した。こういうのも真面目に見ておくと勉強になる。
[DVD(邦画)] 8点(2016-07-25 19:52:21)(良:1票)
25.  不良少女 魔子 《ネタバレ》 
世代限定の映画のような気もするが、とりあえず思ったことを書かせていただく。 まず題名の「少女」が意味不明である。主人公をはじめとしてみな外見的にはオトナに見えるわけだが、あえて「少女」なのは精神的に未成熟だということか。主人公に関していえば、自由に生きたいのに邪魔ばかり多い、と当人は思っていたかも知れないが、現実にはどこまでも優しい兄の庇護があってこそのやりたい放題だったわけである。誰かに守られていながら反抗するという甘えの構造は、劇中では兄だが親に置き換えても同じだろう。これではただの駄々っ子である。 またこの映画では、主人公が盾突く相手が国家権力などではなく市井の暴力組織であり、国家が諸悪の根源だといった責任転嫁ができない設定になっている。劇中では社会の表も裏も関係なく、どんな世界にもその場その場の仁義がある、という極めて当たり前のことを若年者に突きつけていたように見えたが、それを主人公は全く認識できていなかったようで、そういう点でも人になり切れない少女ということだろう。 もしかすると当時の感覚としては、単純に若者の反抗や女性の暴力を小気味いいものとして捉えるとか、あるいは劇中人物の閉塞感と苛立ちを自分のこととして共感するような見方が普通だったのかも知れないが、世代も年代も違う自分としてはそれをそのまま肯定することはできない。普通に見る限り、どこまでも好き勝手に生きようとして周囲を巻き込んで破滅してしまい、結果的に“魔”の字にふさわしい役回りになった少女の悲しい愚かさを描いた映画に思われる。 主人公にしても、一途に妹を思う兄の苦しい立場がわからなかったはずはないのであって、劇中で自分が唯一共感できるのはこの兄だった。  なお主演の夏純子さんは当時日活の専属で、これ以前からスケ番映画の主役をこなしてきていたが、この映画の後に日活がロマンポルノ路線に転換したため松竹に移籍したとのことである。その後もしばらく各種映画に出演していたが(脇役か端役)、個人的にはこの映画の直後の特撮TV番組「シルバー仮面」(1971)でのレギュラー出演が印象深い。日活でスケ番をやっていた頃は野性的と見られていたようだが、自分としては唇を引き締めてきりっとした顔に見える方が好きだ(惚れている)。
[DVD(邦画)] 5点(2016-06-28 22:13:59)
26.  事件 《ネタバレ》 
原作も読んだが、人間ドラマというより裁判そのものに焦点を当てた小説だった。何だかよくわからない事件を題材にして、戦後の首都圏の社会変化や、裁判自体のあり方が変わりつつあることを背景に、当時の司法の実態をそのまま(多少劇的に?)描写したように感じられるのが非常に興味深かった。 しかしそれをそのまま映画化することはできなかったようで、原作の何だかよくわからない事件をよくわかるようにして一般向けの愛憎劇(濡れ場付き)に変えている。原作の内容もそれなりに再現していたようだが付加した部分が個人的には不快で、特に被害者の妹の表情がくどいのが苛立たしい。それは映画というよりこの役者が個人的に嫌いだということかも知れないが、それにしても「あれ」の意味をわざわざ質す場面などは見せ場づくり以外のものとは思えない。ラストに一応の和む場面を入れているのはまあよかったかも知れないが、それで映画全体の印象が好転するというほどでもなかった。ついでにいうと背景音楽の電子音も気に入らない(やかましい)。 唯一面白かったのは証人・篠崎かね(篠崎青果店)の態度だった。この役者は東京銀座の生まれのはずだが一体どこの言葉をしゃべっているのか。
[DVD(邦画)] 4点(2016-06-15 23:38:37)
27.  八甲田山 《ネタバレ》 
これまでに何度か見ているが、国土地理院サイトの地形図やGoogle Earthで場所を逐一確認しながら見ると退屈しない。特にGoogle Earthを見ると山の形から撮影場所がどのあたりだったかわかる場合もある(注:現在はGoogle Mapでも3Dが使えるらしい)。原作本にも当時の詳細な地図がついている。 撮影秘話のようなものはあまり読んでいないが、映像からすればいかにも厳しい現場だったようには見える。特に、休止中の人々の頭の上に相当量の雪がそれらしく積もっていた場面があったが、落ちた様子を見ると本物の雪だったように見え、これはこのように雪が積もる間この人々がずっとここに立っていたことを意味するのだろうかと素朴な疑問を感じる。 また物語に関して印象に残るのは、まずは当然ながら兵隊さんのご労苦ということになるが、暗澹とさせられたのが最後の説明文で、生還した人々がわずか2年後に戦死したと書かれていたことである。この時の経験が満州の平原で生かされたのかどうか不明だが、明治日本が列強に追いつく過程ですり潰されていったかのような人々の存在が痛々しく、登場人物の子どもの頃の情景も、むしろそのこととの関係で哀しく思われた。  ところで弘前の部隊が村へ入る際、案内人を先頭にしてラッパ付きで行進した場面は普通に感動的だった。これは原作とも違っており、当時としては常識外れのことかも知れないが、しかし現代の映画としてはかえってこれでよかったのではと思われる。昔の軍隊は百姓町人に教わることなどないと思っていたかも知れないが、わからないことはわかる人間に尋ねるべきであり、またその人間には敬意を払わなければならない。そのような態度が成功をもたらすというのはまあ当然だろうが、この点でちゃんと筋を通してくれたことで、この映画が昔の軍隊の理不尽さを糾弾するだけのものでなく、現代人の心にも通じるものになっていた気がする。 なお部隊が敬礼をしたときに、案内人殿が照れたように笑っていたのは可愛らしい。いくら何でもこんな人が現地にいたかとは思うが、重厚な高倉健と軽やかな秋吉久美子の極端な対比は非常にいい感じを出していた。「まんまくうべや」という台詞が耳に残る。
[DVD(邦画)] 8点(2016-05-28 14:11:03)(良:1票)
28.  砂の器 《ネタバレ》 
まず刑事ドラマの部分については普通に面白い。警視庁の刑事が普通行きそうにない場所を訪れて、「北の旅 海藍色に 夏 盛り」と詠んでおいて「ぜいたくな旅行させてもらったよ」というのが和む。この警部補は旅好きだったようだが、この映画での「旅」の意味づけが不明瞭なのは残念だった。「急行 鳥海」とか「山陰周遊券」を使って行ける現代(当時)と、徒歩で放浪した父子の対比を出そうとしたのかも知れないが、どうも説明不足に終わった感じがする。 一方で謎解きのポイントが方言だったことから登場人物の言葉には気を使っていたらしく、羽後亀田で川にいた中年女性の言葉などはかなりそれっぽく聞こえた。また奥出雲で若手警官が、東京から人が来たので言葉には気を付けていると言っていたのは、当時すでに世代による使い分けの能力差があったことを示していたようで興味深い。この土地の年寄衆の言葉はなるほど東北方言のように聞こえた。  ところで原作は読んでいないが、自分としてはこの映画を見て犯人の心情を思いやるのは無理だった。 確かに正義面(せいぎづら)の世話焼きが煩わしいというのはわからなくもないが、“息子に会いたい”以外に話題のない手紙を24年もやり取りしていれば、元巡査が息子を強く説得しようとするのも無理はない。一方で息子が再会を拒んだ理由といえば、自分が成り上がるためには父親が物理的に邪魔だった、というだけではないか。父親側が知らないと言い張ったことで免責されるわけでもない。 また劇中曲は芸術音楽というより映画音楽のような薄さだが、それは使用目的に合わせたことなのでまあいいとして、そもそも共感できない人間の心情を切々と訴えられても到底受け入れられるものではない。この男にとって大事なのは自分を表現することだけで、自分が孕ませた女を死なせてしまったことなどはこの曲の中で表現されてないだろう。 大体そのような理由で、自分としては犯人が一番悪いと言って終わりにしたい映画だった。ちなみに題名の意味をこの映画から読み取るのは難しいのではないかという気がする。  なお余談として、療養所の老人の嗚咽と元巡査の説得の言葉、及び警部補がハンカチを取り出す場面ではさすがに泣かされた。警部補の隣にいた刑事(丹古母鬼馬二)までが柄にもなく目を伏せていた。
[DVD(邦画)] 5点(2016-05-28 14:11:00)
29.  極底探険船ポーラーボーラ 《ネタバレ》 
東宝特撮としてはそれなりの出来である。Polar Borerというネーミングはいいと思うが、それ以外はほめるところがない。 基本設定については多分、大昔にあった地球空洞説というものから着想を得たのではないかと思うが、劇中の図を見る限りは同じでもない。地底の空間で昼夜があるのはなぜかという説明があるわけでもなく、サイエンス・フィクションというより荒唐無稽ファンタジーになっている。 また最大の問題は主役が汚い顔のジジイなことで、この時60歳くらいの役者を引っ張り出しておいて「アダムとイブ」とは何たることか。そもそもこの主人公が自力で成り上がったわけでもないのに粗暴で傲慢でスケベであって、これまで金も権力も何にも不自由せず勝手放題やって来ておいて年取ったからといって悲哀を語られても共感できるものではない。孤独なハンターとか孤高の英雄のようなものを称揚する文化が向こうにはあるのかも知れないが、個人的にはキ○○○じみたこだわりとしか見えず、アメリカ人とは人種が違うことを思い知らされる映画だった。  ところで原地住民役で出ている日本人女優に関して、自分としては昔のTVドラマ「特捜最前線」の高杉婦警役が好きだったのだが、この映画に出ている顔(眉毛がつながっている)を見ても全く得にはならない。ただ体形が意外にふくよかで、こういう感じの人だったのかと認識を新たにした。またDVD特典で、ご本人が映像付きでコメントを寄せられているのも嬉しかったりする(コメンタリーも務められている)。この関谷ますみさんを人質に取られた形になっているために、映画そのものを全否定できないのは困ったことである。
[DVD(邦画)] 2点(2016-05-14 20:08:39)
30.  ゲゾラ・ガニメ・カメーバ 決戦!南海の大怪獣 《ネタバレ》 
ゴジラ系列に属しない正統派の昭和怪獣特撮である。地味だが真面目に見ればそれなりの味わいがある。 題名の怪獣3匹が同時に大暴れするわけではなく、最初にイカ、次にカニを人間が退治して、最後にカニ(二代目)とカメをまとめて現地在住のコウモリが撃退したので計4匹が出ていたことになる。最後が火山ネタというのは日本特撮伝統の安易なクライマックスだが、南洋の火山島には噴火が付き物だといえなくはない。 出ていた怪獣は全て現地の生物が巨大化しただけのものらしく、これを普通の人間が銃や爆発物などで攻撃していたのは新鮮な印象だった。これなら旧日本軍が組織的に当たれば対抗できた感じである。最初の攻撃のとき、現地住民が旧日本軍の武器を持って来て日本人に渡していたのは、こういう場合は日本人が率先して戦うはず、と思い込んでいたようで可笑しかったが、その後は現地住民もその気になって一緒に戦っていたようである。 なお現地住民によればイカ怪獣は人の心がわかるとのことで、実際に島から逃げようとした者を目がけて襲ったような場面もある。これはその後の逃げられない恐怖感を予想させなくもなかったが、実際はそういう展開でもなかったのは残念だった。また元凶になった宇宙生物の設定は、個人的に嫌いな映画「吸××ゴ××××」(名前を書きたくない)を思わせるので好きになれない。  ところでキャストに関して、特撮ファンとしては現地住民役の小林夕岐子さんが見どころなのかも知れないが、実際はただいるだけのようであまり活躍していない。しかしこの人が突然現れて「わたし、結婚します」と宣言したところは驚愕の展開だった。また今回ヒロイン役の高橋厚子さんは特撮関係ではあまり見ない人で、明らかに美形とはいえないが昭和的に可愛らしいので和む。この人の“乙女の涙”が悪人の心を動かすのは感動的だったといえなくもない。 ほかにも東宝特撮おなじみのキャストが多いので安心する。もう佐原健二氏の悪人役も定着してきた感がある。
[DVD(邦画)] 5点(2016-05-14 20:08:34)
31.  河内のオッサンの唄 《ネタバレ》 
同年発表の同名の歌(いわゆるフォークソング)を映画化したとのことで、劇中では歌詞を台詞にした場面もある。とりあえずこれが川谷拓三氏の初主演映画ということになるらしい(いわゆるポルノ映画を除く)。場所は大阪府松原市と特定されているが、別に地元が誘致したわけでもないだろう。  前半は善良な庶民の出る下町人情物のような感じになっているが、東京の下町よりは少し気が荒いようである。祭りで盛り上がった勢いで真昼間から通りがかりの婦女を拉致する連中がいたのは治安上の問題だと思うが、こういうのは当時の現地事情の反映と思っていいのかどうか。 劇中世界では性道徳が緩いように見えていたが、しかし据え膳食わぬは男の恥などと誘いに乗ってしまうとそれだけでタガがはめられて責任取らされるらしいので注意が必要である。昔でいう“婚前交渉”と事後的にでも認定されなければ追及を免れないらしく、意外に厳格な社会的規制がかかっていたようだが、まあこれ自体は現地の習慣というより当時の全国的な社会倫理を反映したものかも知れない。ほかに劇中で明示された地域社会の掟は「博打のケジメきっちり付けるのが河内者の仁義」ということだったが、これも社会秩序の維持のためには重要な規範だろう。 終盤にかかると一転して組織暴力との闘いになるが、死んだ人間の仇という割には穏便な処置で済ませてしまい、善良な庶民の領分を踏み越えることはしていない。結局、最後の始末は官憲に任せるという趣向になっていたが、これは当時の日本にあってもまだ、お上がきっちり社会の基盤を支えてこその天下泰平だという庶民意識を反映したものかも知れない。 時代が違うということもあり、自分としては特別こういう映画に共感する素地もないわけだが、それでも結構面白く見られる娯楽映画ではあった。  なお昔の映画のため、女優では夏純子さんくらいしか知っている人がいない(さすがにミヤコ蝶々は知っているが)。夏純子さんは東京郊外の出身のはずなのでウソ河内弁だが、この人のきりっとした顔にはいつもほれぼれする。借金のカタになったとはいえ(これ自体が人権問題)劇中のオッサンにはもったいない。
[DVD(邦画)] 5点(2016-02-22 19:49:54)
32.  宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち<TVM> 《ネタバレ》 
次回作のヒロインと敵を紹介したプレイベントのような映画である。 地球にしてみれば恩義ある個人(と乗組員の身内)のため、またデスラーにしてみれば惚れた女のための戦いだろうが、地球そのものが壊滅の危機に瀕するヤマトの通例からすれば緊迫感も悲壮感も感じられない。結果的にはスターシャが死んだことで、デスラーが未練を振り切ることができた?のは幸いだったともいえるが、それだけのためにガミラス人全部が滅亡しかけたように見えており、またヤマト側にも明らかに死者が出ている。こういうメインキャラクターの個人的感情のためにどれだけ人が死んでも構わないというのはまるで他人の痛みを感じられない人間が作ったようで、「戦争のためのエネルギー源なんか採掘させてたまるか」などという唐突な台詞がいかにも空虚に感じられる。だいたいイスカンダルの2人を助ければ済むはずなのに、相手の申し出を蹴ってまで戦闘を始めるのではどちらが好戦的かわからない。 個人的にこの映画の価値と思われるのは、新作の劇伴で「新コスモタイガー」という曲が出て来たことである。ただしそれほど印象的な使われ方でもなかった。
[DVD(邦画)] 3点(2015-10-10 22:20:13)
33.  さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち 《ネタバレ》 
現在、「宇宙戦艦ヤマト」が日本アニメ史上に確固たる地位を占めているのはこの映画の成功のせいだろうが、その後に際限なく続編を作り続ける契機になったものでもあり、個人的にはいい印象を持っていない。 まず年少者向けアニメにも関わらず2時間半もある超大作のため見るのが疲れる。また今回のテーマは「愛」であるらしいが、個人的にはそういう空虚な綺麗事を持ち出されると嫌悪を催すので真面目に聞く気にならない。だいたい前作で「愛し合うべきだった」という台詞が出て来たのはガミラス本星を滅ぼしたときだったのに、今回また平気で星(都市)全体を壊滅させているのは全く反省がみられず、そもそもこれは他人の痛みというものを感じられない人間が作っているのではないかと疑われる。 それから古代が序盤から新鋭戦艦に嫉妬しているとか、過去の栄光が忘れられずに大事件とみれば騒ぎ出し、地球防衛軍なのに「宇宙の平和のため」などと叫んで見境なく飛びついていくとかいう行動は痛々しい。死んだ英雄は顕彰していれば済むが、生きた英雄が自ら波乱を求めるのは民主社会にとって物騒なだけである。皮肉なことをいえば、この映画で古代がたまたま死に場所を与えられたのはかえって幸せだったとも取れる。  ところで、前作では目的を遂げてちゃんと帰還したヤマトが今回は最後に失われてしまったのは、前作に共感した自分としては肯定しかねるものがある。しかし終盤で古代が長々と語っていた内容自体は無下に否定できることでもなく、必ずしも同じ状況とはいえないが、これは本物の戦艦大和に関して語られることにも通じるところがあると思われる。簡単に人が死ぬアニメではあるが、最低限、死ぬこと自体が格好いいと思っていたわけでもないらしいことは確認できた気がする。 ラストの「もう 二度と 姿を現わすことはありません」には大笑いしたが、本当にここで有終の美を飾る形で終わっていたとしたら、自分としてもヤマトというコンテンツ全体の印象がもう少しましなものになっていただろうと想像する。
[DVD(邦画)] 5点(2015-10-10 22:20:07)(良:1票)
34.  日本沈没(1973) 《ネタバレ》 
初見がいつかは忘れたがかなり昔である。原作のストーリーをけっこう克明に追っているようだが総集編のようでもあり、特にドラマ部分はブツ切れに見えた。密度の濃い長編を映画にするとこんな風にしかならないのか、というような失望を初めて感じた映画だったが、今回見返してみると140分もあり、これでも可能な限りの内容を詰め込もうとしたらしいことはわかる。 内容としては原作本来のテーマも表現しているようだが、原作既読の立場としては改めてそれを映画に教えてもらう必要はない。それよりこの映画で衝撃的だったのは、東宝特撮の大迫力で描写された都市破壊場面の方だった。制作側の意識としては東京大空襲あたりの記憶も入っていたのだろうが、古くは関東大震災の教訓も生かし、また高層ビルのガラスの雨といった現代的な危険も含めて、巨大都市を襲う巨大災害の恐怖を映像化して見せたインパクトは大きかった。 今は昔になるが90年代前半頃、東京東部の某区の職員が“今やわが区は23区で最も安全な区になりました”と防災対策の現状を語ったのを聞いた気がするが、そのような対策が現実に行われてきた背景にも、こういう災害パニック映画が一役買っていたのではなかったかという気がする。劇中でも“とんでもない大バカ者が騒いでおけば360万人は死なずに済んだ”といったような台詞があったが、その大バカ者の役をこの映画も現実に担ったのだと考えたい。 加えて個人的にはプレートテクトニクスの考え方を初めて習ったのがこれであり、映画ではコンニャクのようなのがプルンという映像が印象に残っている。そういうお勉強の面でもためになった原作/映画だった。
[DVD(邦画)] 7点(2015-06-29 23:28:30)(良:1票)
35.  実相寺昭雄監督作品 ウルトラマン 《ネタバレ》 
実相寺監督は「狙われた街」で、金城哲夫氏の生真面目な脚本を茶化して通俗化していたのが腹立たしい。また「ペギラが来た!」「超兵器R1号」「光る通り魔」で印象深い田村奈巳さんを、「怪獣墓場」では変人のような扱いにしたのも気に入らない(この映画ではカットされている)。 そういうわけで嫌いな監督だが、それはそれとして、この監督の回だけを集めるといかにも変に見える。怪獣側に同情的というのもそうだが、この5作の中に怪獣を宇宙へ返そうとするものが3つもあって、毎度こういうことをしていたのだなという感がある。また撮り方に関してもこの監督の特徴とされているものがすでに出ており、見ていて結構退屈しない。ただ集めただけではあるが、これは集めたこと自体に一定の意義があると思われる。 ところでDVDに入っている本人の語りを聞くと、自分が“正統ではない”と意識した上で羽目を外していたというのはいいとして、そのことで「ウルトラマンを駄目にした、という批評もあった」と言っていたのは意外だった。自分にしてみれば、この変なことをやる監督は初めから織込み済で円谷特撮を見ていたのであり、確かに本人のいう通り正統ではないにせよ、なくてはならない彩りだったことは(嫌いとはいえ)積極的に認めなければならないと思っている。ハヤタがスプーンをかざしたエピソードが嫌いな子どもはいなかっただろうし、このシリーズ自体がそれだけの許容度を持っていたことも評価されてしかるべきと思われる。 なおこの映画で改めて気づいたのは、イデがTBSの局内?を徘徊する場面のBGMと仕草が微妙に変だったことで、またその直後に地底人を発見したのが「Gスタジオ」という場所なのを隠そうともしないのがまた図々しい。こういう比較的シリアスなストーリーの中に、必然性のないとぼけた場面が入っているのは相当笑える。
[DVD(邦画)] 4点(2014-06-11 20:27:47)(良:1票)
36.  ゴジラ対ヘドラ 《ネタバレ》 
当時わざわざ映画館に行って見たが、子ども心に非常に強い印象を残した。テーマ曲は今でも全部歌えるし(DVD特典にカラオケが入っていたので実際に歌った)、この曲で名前を覚えた元素名もある。毒々しいイメージで悲惨な場面もあるが特にトラウマになるようなこともなかった。いま見れば全体的にコミカルな作りで素直に笑える場面が多く、アニメもユーモラスで好感が持てる。  ところでこの映画を見ていると、子役は別として誰が主役なのかわからない。一見重要そうに見える青年は、実は無責任でおバカな若者の代表だったらしく、最後はどうやら皆と一緒に死亡したらしいのは自業自得っぽい。お相手の女性歌手は生き残っていたが、これは当時の若者にもあった純粋な良心(または批判精神)をこの人が代表していたからかも知れない。 一方ゴジラについては、時期のせいもあるだろうが擬人化の度合いが大きい。今回は海のゴミ掃除の延長で?ヘドラ退治にもご尽力いただいたわけだが、そもそもの原因となった人間側にもそれなりにお怒りだったらしく、最後にはきついお叱りをいただく形になっていた。映画のラスト、ゴジラが去って行く場面では男声コーラスの歌うテーマ曲がかかり、なんでこんな間抜けな歌を入れたのかと一瞬思ったが、ああこれはゴジラ本人が歌っているのだと気がついた。ゴジラの心がわかったのは、最初から共鳴関係にあったらしい少年と、テーマ曲を歌う女性歌手の二人だけだったようである。  なお当時の記憶では、田子の浦のヘドロ公害は都市部の光化学スモッグと並んで環境汚染の代名詞だった。当時は富士山麓の海辺という程度の認識しかなかったが、劇中の被害地図は現在の地図と対照可能な程度には正確で、ヘドラの被害がどこまで及んだかが具体的にわかる。ヘドロ問題に関する現在の住民感情がどうかはわからないが、せっかくのご当地怪獣であるから、地元の皆さんにもぜひ見ていただければと思う。
[DVD(邦画)] 7点(2013-03-16 12:44:11)(良:1票)
37.  ガメラ対深海怪獣ジグラ 《ネタバレ》 
前作が明るい万博映画だったのに対し、今回は一転して高度成長期の陰の部分である公害をテーマにしている。ヘドロを扱った怪獣モノとしては、1971年1月にTV放送された「宇宙猿人ゴリ」のヘドロンのほか、同年7/24に公開された「ゴジラ対ヘドラ」がよく知られているが、同年7/17に公開されたこの映画はヘドラより1週間も早く公害について問題提起をしていたことになり、これはガメラファンとして誇るべきことである(そういう自分はヘドラは見たが、この映画は見てない)。  それはそうと、実際見ればそんな社会派映画という印象は全くなく(当然だが)、前半はもっぱらお気楽な幼稚園児向け映画である。宇宙船に色とりどりの粒がついていて、中に茶色が混じっているのはマーブルチョコレートのイメージに違いない。大東京が壊滅状態なのにも頓着なくチビッコどもが暴れ回るのを笑って見ている一方、悪役のおねえさん(本当はいい人、日本版エリス中尉)はほっぺたがふっくらして脚がきれいだとか、この人が着替えをするたびに被害者は全裸で放置されるのかと想像するなど、お父さん向けの趣向も楽しんでいられる。ホテルの支配人と飼育係の口喧嘩も可笑しい。 ただ後半は一転して妙に深刻な状況になり、親子ともども絶体絶命の危機に陥るので笑っていられなくなる(おまけに一部の展開が不可解)が、どうせ最後はガメラが助けてくれるので問題ない。逆に今回は人間側がガメラを助ける場面がない(不発に終わった)のが残念だったかもしれない。 以上、おそらく最低映画だろうと思っていた予想を裏切り、実は結構面白いのだった…ただし自ら面白がろうとする努力は必要である。まず冒頭のアシカショーを真剣に見て、よくできましたと感心するくらいの心の余裕をもって鑑賞したいものである。また初めから笑うつもりで構えて見ることも大事な心がけだと思う。  なお敵怪獣の背中のヒレは6つあるので、あらかじめドからラまでの音をきちんと割り当てれば見た目も正確な演奏ができたはずだが、実際にガメラが叩いた音板はドレド-レミレであってガメラマーチにならない。それでもガメラが喜んで踊りだしていたので、まあいいか。
[DVD(邦画)] 4点(2013-01-19 10:07:12)
38.  ガメラ対大魔獣ジャイガー 《ネタバレ》 
前作は1969年の月面着陸だったが、今回は1970年の大阪万国博覧会ということで、高度成長期の山場を飾るイベントの一つが登場する。同時期に「ゴジラ ミニラ ガバラ…」を見たからかこの映画は見なかったが、本物の万博会場には親に連れられて行ったので実写風景は懐かしい。映画のセットにはソ連館(だけ)のミニチュアが作ってあり、敵怪獣に鼻で押されて揺れていたが、ソビエト連邦を選んだのは政治的理由というより建物の見栄えを重視したのと、実物が会場の隅にあったことが理由だろう。周辺がどれだけ破壊されても会場だけは壊すなという雰囲気だったのは、万博の成功にかけた当時の意気込みが感じられる(と言えなくもない)。  それで今回は過去映像をオープニングだけにとどめ、あとは個別場面の流用はあるが基本的には新撮の映像であり(当然だが)、都市のセットもなかなか頑張っている。怪獣同士の戦いで、ガメラが同じ攻撃を二度受けないというのは相応の賢さを表していて面白い。 また例によって小賢しく無鉄砲な子どもが勝手な大冒険をやらかしているが、今回は映画全体のテーマが“子どもの優れた点を大人も見習うべきだ”ということだったために子どもらがますます増長してしまい、大人の事情で悩みの多い万博事務局長が渋い顔をしていたのが可笑しかった。子どもらがガメラに直接助けられる場面はなく、反対に深刻な危機に陥ったガメラを救う展開になっており、子どもらの貢献度はシリーズ中最高レベルだったかも知れない。 ほか今回は大阪が舞台のためかユーモラスな場面が多く、寄生虫の映像を見せられた一同の表情と、大村崑氏がボケをかまして娘にどつかれる場面は可笑しかった。今回はこの娘(主人公の姉)の活躍度が高く、十分に画面の華になっていた気がする。  なおこの映画を見ると、当時もいろいろ問題はあったろうが、基本的には先行きが明るく感じられる良い時代だったのだろうなと想像する(自分が無責任な年齢だったからかも知れないが)。この頃になると劇中の子どもが自分の年齢に近くなって来るが、「人類の進歩と調和」を志向した時代に「次の時代を背負って立つ」と思われていた世代が今はこんな歳になって、われわれは現実に社会をよくしてきたかと思うと少々寂しいものがある。
[DVD(邦画)] 5点(2013-01-19 10:07:06)
39.  宇宙戦艦ヤマト 《ネタバレ》 
「古代くんが死んじゃう…」がないのは知っていたが、「馬鹿め」の返信や、ワープ時の視聴者サービスくらいは短いので入れてくれてもいいだろう。要はTVシリーズの総集編なので映画として評価すべきものでもないだろうが、中身は一応ヤマトなので、ヤマトに関することを書いておく。 まず2世紀前の廃物を改造するのが不自然なのはもちろん、全体的にも科学考証度外視でサイエンス・フィクションとしては落第だと当時の小学生でさえ思っていた。また何かと適当な作りに思える部分が多く、ご都合主義も満載で動画としても粗い印象があり、決してベタ褒めできるようなものではない。 しかし自分にとってこのストーリーの価値は、実はそんなことには全く左右されない。悲運の軍艦大和が宇宙戦艦として復活し、大遠征の果てに目的を遂げてちゃんと還って来る、という点に激しく共感したからこそ、各種の問題点は当時から全部不問にしていたのである。また、勝利と引換えのあまりに大きな犠牲に茫然とする描写や、周囲が喜びに沸く中でひとり家族の写真を見ながら息を引き取る姿など、見るべき場面もちゃんと用意されている。個人的に忘れがたいアニメであったことは間違いなく、自分にとってのヤマトはこのTV第1シリーズだけで充分だというのが、その後の商業展開を横目で眺めて来た立場からの実感である。個人的に一定の思いもあることから、ここは総集編というよりTVシリーズに対する評価をそのまま点数にしておく。  ちなみに思い出話になるが、うちのクラスでは短いチョークを教室の天井に投げ、跳ね返らせて目指す相手に当てるのを反射衛星砲と言っていた。授業中にこれをやったら、怒った相手からチョークが一直線に飛んで来たことがあった。
[DVD(邦画)] 7点(2012-09-24 20:02:21)
40.  ブルークリスマス 《ネタバレ》 
90年代の有名アニメの元ネタの一つということで見た。 恐るべき科学力か何かを備えたユーエフオーが、人間の血液に変異を生じさせるというところまではまあいいとして、そのことに対する人類社会(台詞では「政治」)の対応にリアリティが感じられないのは困ったことである。発生源を断つことも考えずにただ対象者を隔離して抹殺するのでは、とにかく嫌なものは見たくない、という子供じみた行動のようで、本気で対策を打とうとしているようには思えない。一体ここで「政治」がやろうとしているのはユーエフオー対策なのか、迫害そのものなのか。 また劇中では「謀略」という言葉が妙に好まれていたようだが、登場人物に怖い顔で「政治における謀略ってものはな…」などと大仰なことを言わせるなら、背後にはもっと深い闇があると匂わせるくらいでないと凄味に欠ける。しかし結局は登場人物が語ったことそのままで終わりだったようで、かえって底が浅く感じられた。  ほか、個人的にこの映画が好きになれない最大の理由は、ヒロインに魅力が感じられないことである。変にとぼけた感じに見えるのは金星人(※)の仕業かも知れないが、やはり普通に「イライラしたり、嫉妬深かったり、人を憎んだり」していた頃の方がよほど生き生きしていたのではないか。こんな連中ばかりになるのでは、為政者が事態の拡大を危惧するのも当然に思われる。そもそも相手役の男が無口で何を考えているかわからない上に、ヒロインの精神が退行状態では誰にも共感できなかった。最後の場面は人が死んでいるので気の毒というべきだが、素直に泣けないのが残念だ。 ※注:アダムスキー型の円盤に乗って来るのは主に金星人とされている。  なお余談だが、この映画の脚本段階では特殊部隊が暴走族を射殺する場面があったのを監督が削除したとのことだが、結果的にはその場面があった方が、ヒロインの相手役の本来の非情さが際立った気がする。
[DVD(邦画)] 2点(2012-03-12 20:33:20)
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