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ユーカラさんの口コミ一覧[この方をお気に入り登録する

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221.  ラストミッション
西部劇への目配せからしてヘイリー・スタインフェルドを抱き上げる ケヴィン・コスナーはなるほどナタリー・ウッドを抱き上げるジョン・ウェインなの だが、スーツ姿への衣装変化と故ホイットニー・ヒューストンを抱え上げた 『ボディガード』も経由して重ね合せるなど、ポイントごとに 映画的感慨を刺激してくるのも悪くない。  父娘が『明日に向かって撃て』的に自転車を二人乗りする坂道や、 ラストの白い崖と入り江の別荘に至るまで 勾配や高低をドラマに活かしたロケーションの数々が印象的であり、とりわけ 父が娘に自転車を教えるシーンは高台から見下ろす街並みの景観と自然光あっての 情趣だ。  そして開始早々は彼女が主役かと思いこまされる、アンバー・ハード。 以降、思い出したように登場するのみでありながら、それでいて彼女の放つ妖しさ・ クールビューティぶりも鮮烈だ。  携帯の着信音のギャグなど、何とか携帯電話を映画的に活用しようとする意欲も買う。    
[映画館(字幕なし「原語」)] 7点(2014-08-21 23:46:22)
222.  GODZILLA ゴジラ(2014)
人間ドラマ部分は、冒頭の家族のシーンをはじめとして顔面アップのくどい、 相変わらずの平坦な主流ハリウッド式画面が続く上に、怪獣映画の宿命的な理屈付け に費やされるのだが、ひとたび特撮シーンになると画面は俄然、密度と奥行きを増す。  退避区域に打ち捨てられた車両のドアミラーに、対岸の風景 つまりカメラの背後の画を映り込ませたショット。 または、バスの窓に映るゴジラの背鰭と、それをバスの中から見上げる子供たちと を重層化させたショット。etc. 反射物を利用して一つの画面空間に奥行きを生む工夫だ。  対峙する怪獣2体を、間に挟まれた人間が交互に振り返りながら仰ぎ見るショット。 津波に埋もれる街路から、次々と停電していくビルの窓を追いながら上昇し、 屋上から発射された照明弾を追っていくと、 左手に巨大生物の皮膚が黒光りしながら浮かび上がってくるショット。  これらはカットを割らずにカメラを持続的に移動させて空間を広げることで、 立体感と巨大感を生む工夫だ。 その持続的なカメラは、ゴジラの見得切りのタメと外連でもある。  ビル群や粉塵の演出は勿論のこと、海鳥をその周囲に飛ばせること、 チャイナタウンの瓦屋根や 赤い提灯を画面手前に配置しての構図取りなど3Dを意識した芸も細やかだ。  東宝特撮映画には必須の、火薬大爆破シーンも取り入れて抜かりない。  ドラマにかかわるわけでもない、退避地区の野犬や線虫。津波に追われる犬。 東海岸のコヨーテや海鳥など。役割がなくとも何気なく画面に現れる動物たちも 映画を単調にさせないアクセントとして気が利いている。
[映画館(字幕なし「原語」)] 7点(2014-08-02 14:09:43)
223.  WOOD JOB! ~神去なあなあ日常~
某旬報の批評の中にもあった「身体性」。やはりこれだろう。 クライマックスの御神木落としのスペクタクルは、その直前の染谷将太の もやい結びや、伊藤英明の猛ダッシュのワンカットに及ばない。  染谷と長澤まさみがムキになるフィジカルなドッジボール。 その二人を素早い左右のパンで捉えるカメラワークは、 御神木に大鋸を入れ協働する伊藤・染谷の二人を捉えるパンニングへと連なっていく。  大型バイクを颯爽と駆る長澤、そして チェーンソーをあたかも本職のごとく扱いこなす伊藤の自信に満ちた身のこなし が清々しい。 別れのシーンでも、彼女は懸命に疾走し、彼は全力で抱きしめる。 ここでもひたすら身体的だ。  藁葺き屋根の民家へと登る坂道や森の木漏れ日など、いい情景も多数ある。 撮影は芦澤明子だ。    
[映画館(邦画)] 7点(2014-05-25 23:01:27)
224.  リベンジ・マッチ
折角のファイトシーンも俳優のシェイプアップも、 ロッキー完結編のインパクトの後ではかなり分が悪い。  トレーニングメニューや練習場所のロケーションも様々に趣向を凝らすが、 これもやはり二番煎じだ。  それでも随所に散らばるユーモアがいい。 それらの積み重ねが、逆にふとシリアスになるシーンを活かしている。 特にアラン・アーキンの軽妙な芝居が絶品だ。       
[映画館(字幕なし「原語」)] 7点(2014-05-03 00:17:16)
225.  銀の匙 Silver Spoon
可愛らしいだけのヒロインかと思いきや、無様でカッコ悪い側面をもさらけ出す。 それでも、その醜態を超えたところで最終的により一層の輝きを増すヒロイン。 それが吉田作品のヒロイン像だが、 ここでの広瀬アリスは単に可愛らしいだけのキャラクターで少々もの足りない。 初の原作ものの制約でやむを得ないところか。  親と向き合う、との台詞も言葉だけでは消化不良だ。  が、屋外バーベキューやばん馬コース作り、レースに集まるギャラリーなど、 後半は北海道ロケを活かしたモブシーンが充実して映画をよく活気づけている。  クライマックスとなるばん馬レースの盛り上がりと、離農する市川知宏一家の引越し シーンの対照的なカットバック。その悲喜交々の情感醸成が素晴らしい。  市川と西田尚美の母子、小さな姉妹らが泣かせる。    
[映画館(邦画)] 7点(2014-05-02 23:01:16)
226.  REDリターンズ
それぞれの俳優のキャリアをパロディ的に活かすあたり、 『ギャラクシー・クエスト』の監督らしい味だ。 ロケーションのスケールを広げつつも、テンポは軽快であり、 続投組も新規キャラクターも見せ場を与えられ、そのバランスも申し分ない。 新規組では、イ・ビョンホンがアクティブな魅力と色気を放っている。  前作の『ガントレット』シーンを今回担うのは彼だ。  逆に続投組ではヘレン・ミレンら女性陣が光る。 ポーカーフェイスで大見栄を切る彼女の射撃アクションも前作を継承して爽快である。  カーアクションで滑稽に弾けつつも、一方では堅気の健気さを覗かせる メアリー=ルイーズ・パーカーはその絶妙なバランスで今回キャラクターが 豊かに膨らんだ。 彼女がラストにサンバを踊りながら見せる陽気な笑顔がいい。     
[映画館(字幕なし「原語」)] 7点(2014-01-05 21:42:48)
227.  ゼロ・グラビティ
驚くべきは、その引切り無しの音の氾濫である。 映画冒頭の字幕第一行目でまず宇宙の無音を説明し、劇中の二者の会話でも 宇宙の魅力をその「静寂」と語らせているにもかかわらず、だ。  通信音声が終わると同時に、船外作業の三者の対話が止めど無く続き、 間髪入れずに脅かしのBGMやSEが鳴り響く。  映画が全くの無音を採り入れるのは、中盤でジョージ・クルーニーが ハッチを開けた瞬間の約30秒弱。正確にその一箇所のみである。  無論、音響によって静寂を逆に強調する手法もあるだろうが 本作の場合は明らかに音や台詞が過剰だ。  サンドラ・ブロックがひたすら何かを「GRAB」しようとする 純粋なアクション映画としてならばそれもよろしいが、 映画は最後に何やら地球讃歌・生命讃歌をやりたいらしい。  それなら、最後の羽虫の羽音や波音の感動はより対比的に際立たせるべきではないか。 彼女は単に重力だけを実感しているのではないのだから。  空の青さに、大地の感触。そして生命の音。 タイトルを読むことばかりに囚われては、それらを見逃し、聞き逃すだろう。 (そもそもこの題名自体、重力だけを意味するのではない。)  ともあれ、サンドラ・ブロックが素晴らしい。 中国の宇宙ステーションに取り付かんと悪戦苦闘する、 その全身のアクションこそ感動的だ。    
[映画館(字幕なし「原語」)] 7点(2014-01-05 19:03:46)
228.  ホワイトハウス・ダウン
ドラマの中に登場するメディアが、テレビ報道から今やネット動画へ。 変わらぬ王道プロットだけに、そんな細部の差異が約20年の時代変化を感じさせる。  コンビの掛け合いは『リーサル・ウェポン』や『48時間』を彷彿させつつ、 二者の人種関係の社会的変化も隔世の感である。  ホワイトハウスは黒煙に包まれ、白シャツは綺麗な黒へと染まっていく。   格闘アクションはひたすら無骨で泥臭く、それを追うカメラも乱雑である。 建物の空間性を活かしきっているようにも思えない。  そんな格闘、爆発、破壊の描写を差し置いて、最も感動的なアクションを 担ってしまうのが、少女ジョーイ・キングの旗振りであるところが楽しい。  
[映画館(字幕なし「原語」)] 7点(2013-12-29 01:29:33)
229.  ばしゃ馬さんとビッグマウス
書き仕事が中心となるシナリオライターのドラマを如何にアクティブに描出するか。 映画としては困難な題材だろうが、『風立ちぬ』の図面書きのようによく工夫している。 最後の挑戦となる執筆を前に、髪を束ねる麻生久美子の凛とした横顔。 安田章大と麻生のリズミカルなカットバックと、キーボードを打つ手のアクションが、 手持ちカメラの躍動と共に画面を弾ませる。  一方で、要所要所では丹念な長廻しによって俳優の心情の静かな昂ぶりを収めきる。 友人の結婚式の帰り、安田に携帯電話をかけるシーン。 岡田義徳の部屋で泣きだすシーン。それぞれに、麻生のナチュラルな芝居が活きている。  脚本あっての映画だが、俳優の活かし方が良いのだろう。 主演らの芝居の背後にさりげなく映っている助演たちもまた彼らの世界を生きている、 という細やかさがいい。 双子の姉妹とか、本筋とは無関係ながらそのキャラクターたちから 映画が豊かに肉付けされていく感覚がある。 出番としては少ない山田真歩も、彼女なりのドラマを持った役柄となっており、 それが作劇にも活かされている。   
[映画館(邦画)] 7点(2013-11-10 21:55:35)
230.  箱入り息子の恋
夏帆の横顔から、ピアノを弾く彼女の指の動きへ、 彼女自身の演奏をしっかりと捉える緩やかなカメラの動き。  二人の主観に可能な限り近づけんとするかのように、 お互いの肩越しの接写で切返される、二人の出会いのショット。  小高い丘の上でぎこちないキスを交わす夏帆と星野源の清々しさを 演出する、彼らを撫でるそよ風。  雨に濡れること。並んで牛丼を食べること。互いの生身の身体に触れること。  そうした接触・感触を意識した部分部分の積み重ねが丁寧でいい。  それだけに、二階へよじ登る星野と彼の手を握って引き上げる夏帆の 協働のシーンが手抜きにみえてしまい残念だ。  2人が渾身の力でベランダを乗り越える、 最も肝心な触れ合いの部分が省略されてしまっている。  誰がどういう動作をして、どうなったという流れはとりあえず解る。 が、心を動かす映画のアクションにはなっていない。 ベランダからの落下のくだりも同様である。そこが惜しい。       
[映画館(邦画)] 7点(2013-06-25 23:10:30)
231.  サニー 永遠の仲間たち
作中二度目の『愛のファンタジー』が流れる喫茶店内、 ユ・ホジョンの成瀬目線によってかつての片想いの相手の登場が仄めかされる。  そこでパラレルに映し出される失恋の記憶。  同じくここでもシム・ウンギョンの目線送りが彼女の想いを語る。 彼女の視線を介すことで、画面外の出来事への思い入れと共有感覚がより増す。  現在の視線、過去の視線がシーンを繋ぎ、鏡面のように交錯・融合しあう 夜の歩道とベンチの場面が美しい。  その冴えわたる視線演出はラスト数カットで再び見事に決まる。  それらが感動的なのは勿論、台詞を大幅に削り、 視線によって心を通わすシーンだからだ。  対して遺言のシーンがつまらないのは、 その内容やリアクション云々より何より台詞偏重であるからということになる。  ありがちな故人のヴォイス・オーバーなどを用いずに 第三者の代弁として処理したことでかろうじて 言葉そのものがより活きたものとはなっているが。  続く都合三度目となる『サニー』のダンスシーンは 約1秒刻みにまで分解した細切れカッティングが煩わしく、 リズム感覚やテンポと引き換えにダンスの映画性が大きく減殺している。  暴力沙汰で護送される車両内のラジオから流れてくる『サニー』に それぞれが体を動かしだす1ショットのほうが断然良い。 『ラ・ブーム』譲りのヘッドフォンの活用など、 前作同様に音楽の挿入方法についてはかなり凝り性らしい。  物語的な貶しどころも多々あるがキャラクターの魅力が何よりだ。   
[DVD(字幕)] 7点(2013-06-06 00:50:00)
232.  この空の花 長岡花火物語
いわゆるナチュラルさを装った小芝居を潔しとせず、あえて棒読みさせてまでも俳優に 「日本語」を的確に発音させる事を重視してきた監督である。  ここではさらに徹底し、台詞は元より新聞記事から擬音語・字幕まで動員して 画面に活字を展開させ、言葉へのこだわりを見せつける。 映画と演劇とアニメーションが合成され、渾然となる炎のクライマックス。 フィクションとドキュメンタリー。言語と身体。過去と現在。花火と爆弾。 そして現実とファンタジー。 それらがパワフルに一体化し、エモーションを形成する。  花火もよく撮れているが、やはり一輪車に乗った少女の 中空で揺れるようなモーションとイメージがなかなか秀逸だ。 
[映画館(邦画)] 7点(2013-04-21 04:46:36)
233.  ヒッチコック
劇場内の観客の反応をロビーでリズムを取りながら聴くアンソニー・ホプキンスの 満足げな姿は、『フレンチ・カンカン』のジャン・ギャバンのようでもある。  『映画術』での、「大衆のエモーションを生み出すために映画技術を 駆使することこそが歓び」であり、「観客を本当に感動させるのは、 メッセージでも名演技でも原作小説の面白さでもなく純粋に映画そのものなのだ。」 との監督の台詞がこのシーンに体現されている。  その意味では、ヘレン・ミレンのいかにもな「名演技」臭に少々くどさも感じるが、 いずれの役者もモデルに似せる以上のアプローチを目指していて、 演劇的な楽しさに満ちている。  セロリを齧る咀嚼音や、ソファの軋む音など、 さりげなく不穏を掻き立てる音使いとその積み重ね。 装置としてのプール、水着などのドラマへの活かし方もいい。 
[映画館(字幕なし「原語」)] 7点(2013-04-14 22:04:42)
234.  フタバから遠く離れて
映画中盤に、双葉町へ一時帰宅する避難家族たちの模様が映し出される。  舩橋淳監督ら撮影クルーも同行しているが、幾つもの家族を追うには限界がある。 監督から預かったビデオカメラだろうか。取材対象であった中井裕一さんは 自ら機材を持って、被災地の様を記録していく。  墓参に訪れた墓地は荒れ果て、あちらこちらで墓石が崩れている。 中井さんの慨嘆の声。カメラは激しく動揺し、忙しない。 時間がない、と怒鳴りながら親を急かす中井さんの切迫した声が胸を衝く。  限られた時間の中、頼まれてきた思い出の品々を家具の中から慌ただしく探し出す 一時帰宅者たちには悲しむ余裕も無い。  一方で、避難所の家族たちに寄り添うローポジションのカメラ、 牛舎の中で餓死している牛たちの惨い姿に正対するカメラの意志的な構えと スタンスは揺るぎなく、厳しい。  民主党の海江田・細野らによる恐るべき珍セリフも忘れがたい。 
[映画館(邦画)] 7点(2013-04-12 23:40:29)
235.  アルゴ
車窓を流れていく、クレーンに吊るされた見せしめの死体。 夜の路側で炎上している車両。 マイクロバスの窓を叩いて威嚇してくる、デモ行進の市民。  それらはベン・アフレックの無言の視線を介して捉えられることで強調され、 同化を促し、不穏と緊張を巧妙に増幅する。  つながらない電話のシーンをさりげなく布石として配置しておき、 クライマックスに反復を仕掛ける手練。  人物の忙しない動きをスムーズに追いかけていく移動撮影もまた、 映画に緩急のリズムをもたらし、最終盤の盛大な横移動で テンションをマックスに高めていくよう、運動感の構成もよく出来ている。  細々した映画ネタが色目使いに見えなくもないが、あくまで適度におさめる品の良さがいい。 
[映画館(字幕なし「原語」)] 7点(2013-03-09 23:57:52)
236.  アウトロー(2012)
レザーを纏い、獣性を帯びたカマロを駆る流れ者トム・クルーズ。 勾配のロケを舞台とした狙撃戦から、雨中の徒手格闘へなだれ込むアクションの流れ。 決斗の場となるアジトの四角いドア枠に、細かいところではバスタブの意匠など。 映画は古典的なウェスタンの趣を漂わせる。  殺し屋の持つ携帯電話に、幾度も発信しては語気鋭く相手を挑発する主人公。 あるいは、ロザムンド・パイクの部屋にかかってくるトム・クルーズからの電話。 彼女の背後に立つ二者のどちらかが裏切り者だと伝えられる、その表情とリアクションのサスペンスが素晴らしい。 公衆電話と携帯電話を介した緊張感漲る駆け引きが光る。  ロバート・デュヴァルとの再共演もやはり感慨深い。  
[映画館(字幕なし「原語」)] 7点(2013-02-22 01:26:22)
237.  東京家族
『息子』(1991)において、聾唖である和久井映見と永瀬正敏の間で交わされた FAXのやりとり。 そのやり取りには説話的な納得性と同時に、その手書き文字を秀逸な人物描写と する細やかな演出が施されていた。  対して、本作で蒼井優と妻夫木聡の間に交わされるメール文字の何と味気なく、 無意味な事か。観客は事態の推移を既に知っているのだから、 蒼井の表情変化なりを見せるだけで事は足りるわけで、 メール画面の文字は説話的にも無駄な二重説明でしかない。  一方では、妻夫木らの馴れ初めを写真一枚で物語らせるスマートさを持ちながら、 一方では上のような蛇足・無駄もあちらこちらに見受けられる。  または、『息子』でのコンロにかかったおでんの鍋のような、 簡素にして情緒豊かな小道具の類に欠けるのも寂しい。  作為性も露わに画面を賑わすエキストラ達は、 おそらくは山田流のリアリズムなのだろうが、蒼井と吉行和子が対話している奥で、 向かいの窓に姿を見せるアパート住人などはどうなのかと思う。 末っ子の部屋の開放性を以て彼の性格を演出したものとは思うが、 シーンの阻害要因となってはいないか。  貶しどころも多々あるのだが、俳優陣は文句無し。 高級ホテルの窓から見る観覧車の夜景シーンは本作オリジナルのイメージとして 印象深い。 
[映画館(邦画)] 7点(2013-02-11 23:55:20)
238.  脳男
オレンジ色の太陽が登場するのは2シーンのみ。 その2度の夕焼けシーンとラストの快晴以外はほぼ雨か曇天。 登場人物を赤く照らすのは、忌まわしい火事の炎と爆発の火焔、そして血糊だ。 それらが、ローキー設計の見事な屋内シーンの中に浮かび上がる。  半逆光のシルエットの中に瞬く、生田斗真の左目の冷たい眼光がいい。 閉所でのしなやかな格闘動作も流石だ。  まるで松田優作を思わせる江口洋介のキャラクターはご愛嬌といった感じである。  物語上の様々な説明が多いのは止むを得ないとして、 護送途中のアクシデントと混乱の中で、生田がどのように姿をくらましたのか、 そのあたりは省略しないでアクションとして提示して欲しかったところ。 あるいは病院を舞台としたラストの二階堂ふみとの決戦も、 病棟の空間と構造をもっと有効に提示して両者の位置関係を明瞭にするよう 工夫すべきだろう。  いずれも、台詞説明に頼っていて肝心な画面自体による説明が不十分である という事が云える。 
[映画館(邦画)] 7点(2013-02-11 21:23:11)
239.  ドリームハウス
ヒーローを演じつつもどこか邪まさを匂わせるダニエル・クレイグの キャラクターイメージが次第に活きてくる作劇の転換が サスペンスを呼び込んで面白い。  夜の窓外に蠢く人影より何より、主人公の変貌ぶりにインパクトがある。  家の映画としても、二階に続く階段、地下への階段がそれぞれドラマの舞台に 組み込む配慮が為されていて如才ない。  ラストの業火の中、レイチェル・ワイズとのやり取りが感動的で、 温かい余韻を残す。 
[映画館(字幕なし「原語」)] 7点(2012-12-30 00:29:56)
240.  巨神兵東京に現わる 劇場版
加東大介『南の島に雪が降る』の中で、南方戦線の兵士たちは、 演芸分隊による作りものの雪や柿に涙する。  実物の雪でないのは明らかであるにもかかわらず彼らの心を打ったのは、 そこに人の手作りによる文化の感触があったからではないか、と長谷正人氏は云う。  CGアニメーションの動画が最新技術によって いかに滑らかに軽やかに表現されようが、 コマ撮りアニメの独特のタッチと動きがいまだに新鮮さを失わないのは 実物らしさの問題ではなく、丹念な手作りの感覚の中から 作り手の人間性や心意気が伝わるからこそだろう。  コストだけでは計れない贅沢な職人技、だからこそ現在的な意義がある。 作り手の後ろ向きな回顧趣味では為し得るわけが無い。  光線に貫かれたビルの被弾部が一瞬間を置いて溶解し、炎が噴出する。 寺院をなめた背後の建築物が爆発すると共に散乱する大小様々な破片。 舞い上がる火の粉。巨神兵の姿を揺らめかせる陽炎の効果がさらに禍々しい。  崩れ落ちるビルは、内部まで高精度に作り込まれており、 安っぽい発光を用いないので鉄塊の物質感は満点である。  細部に至る作り込みとハイスピード撮影との相乗効果が生み出す即物感と重量感。 それこそが、CGには出せない具体的な味の最たるものだ。 
[映画館(邦画)] 7点(2012-12-09 01:43:17)
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